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45話 魔法の小道


 カランと飲みかけのラムネ瓶が中のビー玉と接触し高い音を立てる。ユイラはサエラから聞いた通り美容院を左に曲がりウロウロと本屋を探すが一向に見つからない。それどころか、本屋があると言っていた細い道すらも見えてこない。広がる景色は屋台が広がる広い道だけだった。


 ユイラは辺りを見ながら歩いていくが直ぐに再び十字路の交差点に出くわしてしまった。踵を返し再び美容院まで戻るが見つからない。

 さっきのラムネの店員に聞けばよかったな。

 美容院を曲がる前とはいえユイラは聞かなかった自分に苛立った。


「すみません。お聞きしたいのですが」


 ユイラが捕まえたのは籠を腕にかけ歩いていた物腰の柔らかそうな女性だった。長いスカートに歩きやすそうな靴はおそらくどこかのお嫁さんであることが見て取れた。


「何かしら?」


 警戒心もなく微笑み返した女性にユイラはたどたどしく話す。


「あ、あの本屋さんを探しているのですが、この道で合ってますか?」

「本屋?んー私がしている本屋はこの近くにはないわ。ここら辺には本屋は無いよ」


 その回答は意外なものだった。サエラが間違えたのかこの女性が知らないのかは分からないが、自身があるように本屋が無いと言った女性は信用できそうだった。


「そうですか、ありがとうございます」


 ユイラは頭を下げそそくさとその場から足をどけた。

 女性は断言した、本屋が無いと。でも、サエ姉はしっかり頭の中で場所を浮かべ答えてくれていた気がするし、噛み合ってないな。

 ちぐはぐな二人の回答に頭を悩ませたユイラが最終的に出した結論は単純に多くの人に聞くことだった。


「あのすみません、この近くに本屋はありますか?」

「ないね」

「あのー」

「聞いたことないね」

「あのー」

「ー」


 中年の男性から腰が曲がり杖を突く老人。子供などにも聞いたが一人も本屋を知らず、途方に暮れてしまった。

 サエ姉が間違えたのかな。でも、明確に筋道を伝えておいて間違える事なんてあるかな。

 ユイラは屋台の間にあるベンチに座り残りのラムネを飲み干した。カランと上下するビー玉が瓶と辺り高い音を鳴らす。ぼーっと辺りを見渡し少しだけ発汗し汗を染み込んだ服が乾き始めたころユイラの目の前に杖を携えた青いベストを着た国兵が前を通った。その後ろを緑のベストを着た国兵も続いており、ユイラの体は自然に近づき話しかけていた。


「あの!お聞きしたいことがあるんですけど」


 緑のベストを着た国兵が振り向きそれに続き青のベストを着た国兵も振り向いた。振り向いた緑のベストを着た国兵はまだ顔は幼く、ベストの方が崩れていなかった。緑色をした髪は丁寧に手入れされており振り向き様綺麗に靡いた。


「なんでしょうか」


 尋ねる言葉に数秒のラグがあった緑のベストを着た国兵はユイラの視線に合わすかのように膝を曲げ視線を合わせる。

 私はそれほど子供ではないけれど、今はそんなことはどうでもいい。サエ姉には悪いが目の前の国兵が無いと言ったら諦めよう。


「本屋を探しているんですけど、この辺にありますかね」

「本屋ですか..」


 女性の国兵は困った顔をし青いベストを着た男性の国兵に助けを求めた。歴が長いであろう青いベストの国兵はすぐに回答を出すかと思ったが意外な質問で返された。


「君は魔法を使うのかい?」


 魔法を使うのか。

 青いベストを着た男性の国兵の言葉が食道を通り鎖骨の間でつっかえる。鎖骨の間に挟まったそのしこりを吐き出すこともできたが、唾と一緒に飲み込んだ。


「使いません」

「なら何故ここの本屋を目指している?」

「本屋を目指す?」


 男の国兵が言っていることが海馬に触れる事無く通り過ぎる。


「何故、本屋を知っている?」

「人に教えてもらいました」


 私は悪いことはしていない。でも、何故か悪いことをしているかのように心が動いている。目の前で不思議な顔をしている女性の国兵は話に入れず、小刻みに体を動かしていた。


「その人は君が魔法を使えると?」

「そんなことは無いと思います」

「本当にそうかい?」


 平坦に話していた男性の国兵は顔が綻び口角を上げた。その顔を見た瞬間唾と一緒に飲み込んだしこりのような物が胃の中で溶け始め、体に馴染み始める。


「アク、杖を貸してやりな」

「は、はい」


 突然呼ばれた緑のベストを着たアクは左腰に携えていた三十センチほどの杖をユイラに渡した。

 私にとって杖はただの加工した木の棒。お母さんの杖をなんど借りようが、火花も水滴も微風も小さな光も出現しなかった。お母さんは笑ってまだ早いというが、6歳の事から使えた人に言われたくは無かった。お父さんもお母さんも魔法が使えるが、私は...


「集中して」


 青いベストを着た国兵が人差し指を立て顔に持っていく。


「手を腕が軽く曲がるくらい伸ばして杖の先を目の高さに。両目で杖先を優しく見て」


 言われるがままユイラは腕を伸ばし、杖の先を見る。何も変化が起きない、知っていた。私とお母さんの一番の差。


『魔法が使えない事』


「右足を一歩前に。目を閉じて」


 ユイラは雲を踏むようにやさしく足を出す。


「手首を早く返して小さく杖先で円を描いてみな」


 なんだというんだ。こんな人通りが多い場所で私は何をやっているんだろうか。魔法なんて使えない。本を読んでも使えない。図書館の長い階段を上り棚にあるちぎれかけの本を読もうと使えない。頭の中でバタバタと棚にある本が落ちていく。小さな私の頭に当たり埋もれていく。茶色く色褪せた本。古臭い匂い。捲ったら破れそうな分厚い紙。それらが頭に当たり消えてく。

 魔法なんて使えない。諦めたはずなのに、何故杖を持っているのだろう。


 ユイラは手首を返し円を書く。閉じた目は暗く何も見えない。時より小さな線が見えるが、いつものことだ。

 ユイラは次の指示を待つためじっとしているが、指示か来ない。変わり来たものは杖先に小さく何かが振れる感覚。


「あの..」


 軽く声を掛けるが何も返答がない。そんな状況に焦りが出てくるがふとユイラは気が付いた。

 街の喧騒が消えている。

 そんなおかしな感覚に心拍数が上がり勢いよく両目を開けると、目の前に薄暗い一本の小道が現れ、光は点々とある小さなランタンだった。

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