39話 一泊と少し
「ユイラ起きて。もう朝だよ」
固まった瞼がゆっくりと上がり、光を取り込もうとする。手掌基部であくびから出た涙を拭い目を開く。
ぼやける視線に映る細い赤い糸は掴めば幸せがやってくるだろうか。手を伸ばし掴もうとした時柔らかい何かが替わりに私の手に触れた。
「ほら、起きて。朝ご飯できてるから」
「ん、起こして」
ユイラはエイラの手を掴み上目遣いで頼んだ。いつもと違い、細い目をしたユイラをじっとエイラは見つめため息ひとつ付き引っ張り起こした。
力を入れないユイラは重いためエイラはもう片方の手も使い起こす。力強く持ち上げられエイラに捕まる。外からは味噌汁の香りが漂っておりお腹がグルルと鳴った。
配送馬を出ると既に木皿に今日の朝食が継がれており焚火を中心に乗客が座っていた。
「良く寝れたか?」
「おかげさまでよく眠れました」
運転手の男性はおたまで味噌汁を掬いユイラに差し出した。器の中には味噌汁をかけたご飯に卵が細く固まり入っていた。朝の余り動かない体に食べやすい食事はありがたかった。
朝ごはんをさらっと食べ配送馬に戻る。少し埃っぽい配送馬の箱の中にも慣れもうすぐ王都に着く。王都はどんなところなのだろうか。
幼馴染4人の中でユイラ1人まだ王都には行ったことなかった。ミツネとエイラは幼い事に行きガイスは最近王都に行っていた。そんな中、ユイラは本を読み森の中を歩いていた。
「そういえばユイラは何しに王都に行くの?」
「あーガイスに弱みを握られて.....」
「ガイス?」
「ユイラめんどくさい嘘つくなよー」
「パンツ見られた」
「ガイス?」
エイラは鬼の形相でガイスを睨みつけ今に食って掛かりそうだった。その後ろでユイラはお腹を抱え笑いあと少しの道のりを笑って過ごしていく。
「私の目的はベラルーカの冒険譚を探しに大きな本屋さんでも行こうと思って」
「この前読んでた小説?」
「うん。あの小説続きがあるみたいなんだけど、村には無かったからさ」
一日と少しを掛けて買いに行く本ではないかもしれない。図書館に頼めば一週間か二週間で届く可能性もある。でも、胸の中が騒ぎ立てる。直ぐにでもベラリエラに合いたいのか殺したいのか本当にいると認識したいのか。お母さんが言っていたことは本当なのか。その他にもベラリエラに関して知りたいことはあるが今はただベラリエラについて何か手がかりが欲しかった。
「エイラは何しについて来たんだよ。用事がどうとか言ってたけど」
「私はお兄ちゃんが忘れてた書類を届けに行くだけ。ガイスはミツネに何を上げるの?」
「今考えてるのは髪留めかな。前が認めるピンみたいなやつがいいかな」
正直ミツネには何でも合いそうな気がする。丈の合わない服も。色褪せた物を生活に取り入れてもそれを上手く見せれてしまう力がミツネにはある。こんな言い方は良くないかもしれないが、
「楽でいいね」
「何が?」
「なんも」
私なんかエイラのプレゼントを作るために他の人にかなり手伝ってもらった。何ならもはや手作りとは言い難いかもしれない。
「もうすぐ王都に着く。荷物広げてるものは片付けておいてくれ」
前方から男性の声が聞こえ、絶え間なく動く心臓が少しだけ強く運動し、血を体に送り始めた。お父さんが昔お母さんは知識欲求の塊と言っていたが私にもその血が流れているのだろう。布で覆われ景色は変わらないが何故だか既に外には高い建物を想像し、人々の服が彩を持ち、笑いながら歩く街並みを想像してしまう。
自分の高揚を抑えるために唇を噛み口の端に力を入れ結ぶ。ガイスは最近行ったこともあり落ち着いているが、エイラはどこか浮ついたように感じ取れ、いつもの落ち着きには欠けていた。
私はそんなエイラも好きである。
「なに?」
「いやいや、エイラも楽しみなのかな、っと思いまして」
「....まぁ、楽しみだよ。ユイラもいるし」
照れ臭かったのだろう。エイラは下を向きボソッと呟いた。
「俺もいるけど」
「「......」」
馬の足音が次第に落ち着き始め、配送馬の揺れが収まっていく。外から聞こえる声は鮮明には聞こえないが何やら運転手の男性が他の男性と話しているのだろう。
声が無くなり数秒の間が空き、私たちがいる配送馬後方の箱がゆっくりと捲られた。
「条件通り5人ですね。大丈夫です」
国兵の服を着た男性が運転手の男性にハンコを押し紙を返す。男性が布を戻し再び数秒間時間が空いた。
「前に進む。気を付けてくれ」
運転手の男性の声が聞こえ、ゆっくりと配送馬が動き始めた。カタカタと小刻みに刻む音は私たちが聞いてきた土を蹴る音とは違い何か固い物を蹴る時の音だった。
運転手が小刻みに縄で叩き馬に指示したのだろう。ゆっくりと配送馬が止まり、前方の布が開けられた。
「着いたぞ。王都だ」