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38話 無賃乗車


 配送馬(はいそうば)の強い揺れが減り、馬の力強い走る音だけが響く。布の外から漏れる光はなく小さな暖色の光がぽつりと、乗客が乗る小さな部屋を照らす。

 先に乗っていた乗客もエイラもガイスも寝てしまった。起きているのは運転手と私、あと馬だけだろう。十分な昼寝が此処に来て私の身体を起こしてしまった。


 布で覆われた車輪付きのカゴに身を任せ前後左右に小さく揺れる。小刻み揺れ酔うことはなさそうだが地面に降りた時足元が震えそうな気がした。

 目を瞑っていても落ち落ち着かず開けたまま夜を越そうかと思っていたら前方の布から手が伸びこちらに来いと振られた。初めは少しドキリとしたが、固そうな手を見た瞬間に運転手の手だと気が付いた。親指と人差指にくっきりと付いた縄の後は痛々しく、関係のない私の手まで違和感を懐いた。


 木で作られた枠組みを掴み、ゆっくりと前方まで歩く。前に行くほど縦揺れが大きくなり手に力が入った。布をわけると前方に暗い夜道が広がっていた。所々小さな光が道を示すが二頭の馬が走るには余り広くない道だ。


「寝れないのか?」


 運転手の男性は小刻みに縄を振り馬に当てると、速度が遅くなり揺れ幅が落ち着いた。ユイラは男性が据わる板状の椅子に座った。


「お昼に寝すぎてしまいました」


 男性はユイラが据わるのを確認すると一度強めに縄を馬に当てた。数秒の間が空き馬がスピードを上げ走り始める。スピードに乗った馬はそれなりにスピードが出ているのか小さな点が線になり過ぎていく。


「お前さんはソーユ村で乗ったが村の出身なのか?」

「そーですよ。生まれも育ちもソーユ村です。王都には始めていきます」


 運転手の男性はユイラを一瞥し直ぐに前方に目線を変えた。風を切って走る前方はとても気持ちよく汚れなども吹き飛んできそうだった。


「昔お前さんのような黒髪の少女ソーユ村から王都に運んだことがある。その綺麗な黒髪は珍しいからよう覚えとる」


 運転手の男性は風の音にも負けずどしりとした渋い声で話し始めた。ユイラの頭の中に一人の女性の顔が浮かんだ。正確には一人しか浮かぶことは無かった。


「私より髪が長くて少しだけ声に色気がある。あと、私よりも胸がある....」

「知り合いなのかい?」


 運転手の男性はユイラの自虐に反応を示さず質問をした。ユイラは胸に手を当てため息を付く。


「私のお母さんです」

「そうか。わしも年を取ったな。あの子がいきなりわしを脅して王都に連れて行け、と言ったのがつい最近の様に思える」


 お母さんは昔は何をやっていたのだろうか。私は今どんな顔をしているのだろうか。頭のつむじか湯気が出そうなくらい顔は熱くなり、後ろにある布で覆われた箱の中に今すぐに戻りたい。


「すみません。何年前かわかりませんが代金お返しします....」


 ユイラはズボンのポケットから巾着を取り出そうとした時男性は口髭を上げ笑った。


「別にいいさ。それよりも価値のあるものを君のお母さんから貰ったんだよ」

「価値のあるもの?」


 男性は片方の縄を手から外し首元に掛かる紐を服の中から引っ張り出した。男性の太い首に掛かったそのブレスレットの装飾品は丸く黒い石の中に小さく青い宝石のような輝く物が付いていた。


「君のお母さんが行ったんだよ、夜も走ってくれないかって。そして、このブレスレットを渡したんだよ」


ーーー


「おじさん。明日のお昼には王都に着いていたいんだ。夜も配送馬を走らせてくれないか?」


 メルトは共にカレーを食べる運転手の男性に提案をしていた。しかし、運転手の男性はカレーを飲み込み首を左右に振った。


「うちの馬は夜の中走ることはできるが俺が小さな光を追うのが大変だ。視界の悪い中馬のコントロールを擦れば一歩間違えれば死ぬ。君のような無賃乗車でも殺すのはごめんだ」


 その言葉を聞いたメルトはカレーを勢いよく平らげ紙皿と木のスプーンを焚火の中に放り込んだ。その後コップにあった水を飲み干し首に掛かるブレスレットを自身から取り男性の前に向ける。


「これが乗車料だ。これを付ければ暗いところでも見える。いわば暗視だ」


 男性は困ったようにブレスレットを受け取り首に付ける。ブレスレットを付けた男性は世界の見方が変わったのだろう。焚火の後方、数メートル先も見えない木々の中が鮮明に見える。太陽な眩しさを感じずただ見える。


「.....本当にいいのか?こんなものは高価な物だろ」

「さぁ、わからない。ただ、森の中で見つけただけ」


 メルトはポツリと言葉を返し配送馬の後方に着く車輪が付いた箱に戻っていった。



ーーーー


「この石のおかげで他にはできない夜の道も走れるようになって儲けが増えたんだよ。だから、代金なんか取ったらばちが当たる」

「そうですか...」

「あぁ、だから気にすることは無い。ただ、余り見ない黒髪を見て、もしかすると知り合いなのではないかと思っただけだ」

「そうですね。もう、死んでしまいましたが」

「そうか」

 

 運転手の男性は小さく言葉を洩らし、顎を引いた。

 他の国は知らないがパーク国は黒髪が極端に少ないらしい。私の村では今は私だけ。他の村の髪色の情報は知らない為、お母さん意外黒髪を見たことは無かった。

 その後は、たわいもない話をゆっくりと続け、少しだけ周りが騒がしくなってきた。


「長話をしてすまなかった。もうじき朝が来る。後ろに戻って寝てなさい。朝ごはんにまた起こすよ」

「そうします」


 男性は小刻みに縄を振り馬のスピードを落とす。

 ユイラはゆっくりと立ち合がり木の枠を掴みながら箱の中に戻っていった。




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