36話 配送馬
特別暑くも寒くもない平凡な気候。街の中は不満なども感じられない空間が広がっているのだろう。しかし、私の体は酔っていた。アルコールを多量に摂取したわけではない。胃の中に三種類ほどの液体が互いに反発し刺激しているような、ピリリとした痛みと吐き気が襲う。喉あたりに沸き上がってきた酸っぱい液体を無理あり飲み込む。
「ユイラ大丈夫?」
隣に座るエイラが私の背中を優しく撫でる。温かみのある手は私の背中を上下し少しだけ余裕ができた。呼吸を深くし埃っぽい空気を吸い込む。ガタガタと揺れる配送馬には時期に慣れるだろう。今が一番つらい時だ。
「てか、なんでエイラ来たんだ?ガイスと二人はやだ!とか言ってたのに」
「ユイラとあんた二人で行かせるのも嫌。まぁ、丁度予定もあったし」
どうやらガイスは嘘を付いたようだ。エイラは忙しいと言っておきながら単純に断られてたみたいだ。
配送馬の中には私たち含め五人。他の二人は各々来ているみたいで先ほどから眠りに付いている。私たちより先に乗っておりそれなりに疲れも溜まっているのだろう。先ほどから大きな揺れが続くが目を覚ます様子がない。
「エイラは青イチゴできそうなの?」
「どうだろうね。私も行き詰って逃げてきたってのも本音としてあるから」
エイラの正直な性格は私は好きだ。ここまで本音をポロリと平然に話す人もいないだろう。裏表とかそんなものでは無く、自然体だ。
配送馬の揺れにも慣れ酔いが引いてきたころ配送馬が止まった。
「一旦休憩だ。また、声を掛ける。あまり遠くには行くなよ」
前方の隙間から運転手が顔を出し簡素に伝えた。馬も運転手も疲労は溜まる。乗客員も固い座面に長時間座っているだけで体のいたるところが悲鳴を上げ始める。
私たち三人は配送馬を出て新鮮な風に当たる。馬は拘束を解かれ川の水をがぶがぶと勢いよく飲み喉を鳴らす。
「ユイラ、私たちも川行かない?」
「いいよー」
ガイスはトイレに行ったのか茂みのどこかに行ってしまったのでエイラと川まで歩く。舗装された道を離れごつごつと凹凸のある岩場に二人は腰を下ろした。
ユイラは長いスカートを膝までたくし上げ、エイラもズボンを膝まで捲った。二人は恐る恐る水面に足を向けつま先からゆっくりと川の中に侵入していった。
「「きもちーー」」
靴の中で縮こまった足が解放され指の間に冷たい水が通り抜ける。普段より熱を持った血液が冷やされ快適な温度を循環させていく。時より魚が足をつつきくすぐったいが嫌な感じはしなかった。両手を体の後ろに置き背筋を伸ばす。丸まった体からポキポキと枝を折るような音が聞こえ、その音は隣のエイラからも聞こえた。
「流石に疲れるね。これから一泊して明日の朝ごろにやっと王都に着くて考えると、まだ先は長そうだね」
「おいおい、そんなこと言うなよ。俺でもこの配送馬は速いんだぞ。一番遅い配送馬だと明日の夕方になっちまう。乗車料金も高いんだから文句言わんでよ」
「それに関しては素直にありがとうございます」
ユイラは後ろからやってきたガイスにぺこりと頭を下げた。ガイスは旅費を自分で持つことを条件に加えていたが、早い配送馬を頼んだのはユイラであった。渋々了承したガイスはお財布の中が多少なくなったのだろう。
「まぁ、俺も時間があった方がいいから別にいいんだけど」
ガイスも二人と同じようにズボンを捲り水の中に足を入れる。体力があるガイスも疲労はしっかりと体に纏わり付いているようで深く吐息を吐き気持ちよさそうに目を瞑った。
「おーい、そこの三人そろそろ出発するから後ろに乗っておくれ」
男性特有の低い声が聞こえユイラたちは川から足を上げた。持ってきたタオルを使い足を拭い靴を履く。
靴の中にはまだ生温いぬくもりが残っており、もう届かない川が恋しくなってしまう。エイラとガイスは切り替えが早く既に靴を履きスタスタと歩き始め馬車に近づくが、ユイラはブツブツと小言を言い灰色の布に包まれた配送馬に乗り込んだ。




