32話 考察
静かな図書館に紙が捲れる音が所々から聞こえる。目の前に座っているエイラも私に気付くことなく本に手を置きページを捲る。
時より隣の紙に何かを書き再び本に目を向ける。耳に掛かった赤い髪が前に垂れペンを持つ手で器用に耳に掛ける。
ユイラは一冊の本も開かず目の前のエイラの仕草を目線で追う。ペンが紙に擦れる音が次第に増えていき、ページの捲れるペースが落ちる。重要なことをまとめるために綺麗に書かれた文字は少し丸みを帯びエイラの独特さを表す。
「ユイラ?」
急に頭の中にエイラの声が響きドキリとする。エイラが私に気付いていないはずが、私の意識がどこか違う場所に置かれていた。
「あ、ごめん。集中してたのに邪魔して」
「私も集中切れたから」
エイラはそう言い両手を天井に高く上げ伸びをした。目が細くなり口元が伸びる彼女のリラックスした姿はあまり他人に見せない為、知らない人が見たら胸が高鳴るのだろう。
Tシャツの襟が力なく垂れているので、エイラを知っている私でさえ目のやり場に困ってしまう。
鎖骨が綺麗に見え、背凭れに凭れたエイラはユイラを見ながら微笑んだ。
「なんか久しぶりだね。ユイラと図書館に来るなんて...」
しみじみと目を細め腕を組み机に置いた。柔らかい物腰のエイラは昔を思い出すかのように図書館を見渡した。
「エイラが来なかっただけだよ」
「まぁ、そうかもね」
エイラは頬杖を突き、ペンを手元でくるりと回した。親指の甲で綺麗な円を描くペンは綺麗に指の間に収まる。
「何かの品種の本?」
エイラの横に積み上げられた本は植物の育て方に関する物から品種に関する物ばかりだった。お米を育てるのは止め、野菜などの安易に育てやすい物に変更してからエイラは良く勉強していた。
昔は全く本を読まなかったのに、本を読む姿は凄く似合う。
「うん。いちごに関して調べてるの」
「あの、赤いやつ?」
「そう。だけど、私が作ろうとしてるのは青イチゴ」
聞いたことない名前に疑問符を浮かべているとエイラが何ページか本をさかのぼりこちらに見せてくれた。
「この本は色が付いていないけど、青イチゴは赤いやつより少し小さいけど、甘みが濃厚でくどくないの」
エイラは雄弁に話し、本の上に指を滑らせ簡単に説明を加えてくれた。
昔のエイラは元気っ子だったのに、今の彼女は知的でゆとりがあるお姉さんになってしまった。そんなエイラも魅力的だけど昔見たく少しうざったい彼女も私は好きだなぁ。
「聞いてるのユイラ」
「聞いてるよー」
「ほんとうかなー」
エイラはクスリと笑いユイラの頬を摘まむ。
「それで、いつ頃できそうなの。青イチゴ」
「んー」
エイラはポリポリと頬を掻き困ったような顔になる。まだ、方向性が決まっていないのか紙に書いた文字を目で追い唸っている。
青イチゴ・受粉品種変化。成功例5地域。
え、五つの地域でしか成功してないの.....
「難易度高くないですか?」
「そーなんだよね。情報が少なすぎて、それよりユイラはなんで図書館に?」
「私はベラリエラについて調べに来た」
「海の?」
「魚の」
エイラは首を傾けるが、興味がないのか再び本に集中しペンをくるりと回した。
ユイラも積み上げられた本の上から一冊取り広げる。
太陽の高さが変わったのだろう。窓から入る光の角度や光る窓が変化し図書館内の光彩を変えた。今は日の灯りだけが室内を照らしているが、夜になり月明かりや弱い暖色などの落ち着いた図書館も幻想出来で魅力的だ。全ての備品や柱が木材で出来ており鼻に通る匂いも心地よく、呼吸を整える。
・ベラリエラ・水深3000メートル・確認種.約2000種・パーク王国から北東に面する巨大な海。
・ベラリエラ・中級魔物・大きさ.未知・討伐数0・考察.海面上に巨大な影が出現。大きさ測定不可能。発見場所.ベラリエラ
え、ありえない.....中級の魔物が魔力が薄い森以外の場所で生きられるなんて。