3話 春が経過し、生を感じる
「少し家寄っていい?」
エイラは自身の指を刺しユイラに聞いた。ミツネの家まであと2軒。外で待つ私はミツネの家は既に見えていた。
日差しは暖かいが、少しずつ風に冷たさが含まれ頬を触る。エイラが家に戻り数分が経っただろうか、ガタガタと木の家から小さな音が聞こえ扉が開いた。
ドアが開き、エイラが壁の隙間から抜けてきた。後姿のエイラは、家の中に一声かけこちらに振り替える。
長い赤紙が揺れ、振り向く姿は年々色気と共に幻想的になっていく。
そんなエイラの腕の中には、エイラの髪の綺麗さにも負けない赤いチューリップの花束を持っていた。
エイラが階段をゆっくりと降りていき、それに合わせ私が隣に並ぶと花特有の鼻腔に残る匂いが漂ってきた。
「エイラはそれを渡すの?」
「そう。今年は上手く咲いてくれてよかったよ」
チューリップの花は蕾は細長く、花が開くのは上の少しだけと可愛らしい花だ。エイラはその花が好きで毎年小さい花壇で育てている。
私たちが住むソーユ村で春に満開になる、桜は既に散っており、道を綺麗なピンク色に染めている。それより少し後に咲くチューリップはサクラと違いとても色濃く、心を揺さぶられる。
まぁ、私は桜も好きなんだけどね。今年は雨だったからあまり見られなかったけど。
ゆったりと、風に煽られ進み、コエラ家に着いた。
外観はエイラやユイラの家とは違い、クリーム色の煉瓦を重ね合わせ家ができていた。村の大体の家は木制か煉瓦製の二択である。例外として、木の枠に草を編み込み作った家もあったが雨漏りが酷く一週間持たなかった。
四季があるこの村でそんな事をしたのが、私の母である。
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私の小さい頃、草で覆う家を作りながら母は言った。
「私は、やってみたいの。草の匂いで生活したら気持ちがいいかもしれないでしょ?」っと。
しかし、6日後の雨の日にお母さんは言った。
「うん。無理だ」っと。
私はその雨の日、どうなるかと思い見に行ったら、至る所から水滴が侵入し、自然の音楽を鳴らしていた。
それはそれでと、母は気に入っていたが丁度一週間後ということもあり、7日目の朝に私が起きたら普通の家で朝ごはんを作っていた。
ー
「丁度良かったみたいね」
エイラがドアノブを開ける前に、家の中から小さな歓声が聞こえた。壁を通す歓声は少しくぐもっていたが、声色から吉報であることは確実だろう。
ドアノブをゆっくりと下に下げ中に入る。玄関には靴が乱雑にあり、人の多さが分かる。声が聞こえる方は上からなので玄関の前、目の前にある階段を上っていく。
外装は煉瓦だが、中には木材の物が多く階段もその一つだ。二人同時に乗るとギシリと音を立てるが壊れる心配はなさそうだった。
二階の右側、一番端の部屋が少し開いていた。二人とも考えは同じで、何も言わずともその部屋に向かう。
嬉々がこもった声が中から聞こえ、自然と口角が上がってしまう。隣にいるエイラも嬉しそうな優し気な笑みを浮かべていた。
中に入ると、ベットの周りを人が囲っていた。ミツネをはじめ、二つ下の弟コージ、父親のアラゴ、ココラ町の医者が二人、あとは近所のおばさんが1人と部屋の面積に比べ人が多くいた。
「おめでとうございます。シズミさん。これチューリップです」
「わ~ありがとう、エイラちゃん」
出産後の女性は一番輝くと言うがその通りかもしれない。ミツネより長い水色の髪が窓から入る光に当てられ幻想的に輝き、その髪に包まれるようにある小さな顔はとても自愛に満ちており、チューリップの匂いを嗅ぐシズミさんはこの世で一番素敵な存在なのではないかと感じた。
「ありがと、エイラ、ユイラ」
シズミさんのお隣にいたミツネがこちらを向いた。
腕の中には布で巻かれた、赤ちゃんがおりそれを抱えているミツネもとても嬉しそうに優し気な笑みを向けていた。シズミさんよりは短い髪だがエイラと同じく肩甲骨付近まで髪が伸びている。小さな顔とおっとりした目はシズミさん譲りだろう。
「私からはこれ。急いで作ったからすぐ壊れちゃうかも知れないけど」
「ありがとう。ところで何に使うの?」
優しい顔を崩さず疑問を投げてきたミツネにわかりやすく私は近くにあった赤ちゃんが入るであろう籠に近づいた。
「まぁ、クッションなんだけどね」
「クッション?」
「ミツネ...この子凄い物、作ったわよ」
頭の上にクエスチョンマークを浮かべたミツネは赤ちゃんを一度シズミに渡しユイラに近づいた。
籠の中に優しくクッションを入れ空きが無くなるように整える。
「ふわふわなベットができました」
ミツネは恐る恐る籠の中のクッションに手を入れると、勢いよく顔を上げユイラを見た。
「なにこれ...この包まれる感覚、癖になりそう」
ミツネは何回もクッションに手を沈め感触を確かめる。その後シズミさんから赤ちゃんを預かりゆっくりと籠の中に入れた。
そんなに気に入ってもらえたのなら作った甲斐があったな。赤ちゃんをあまり見たことないけど、なんか不思議だな。手足も米粒みたいに小さいのに、私たちみたいにしっかりと成長していくなんて考えると、神秘的だな。
小さな頬に指で優しく触れると、綿のように包み込むが、綿とは違い確かな温度が伝わる。
無機質な綿と違い、そこに温かみがあるから抱きかかえると、気持ちが穏やかになり温かみを感じるのだろう。
人に包み込まれた時の安心感は人の暖かさ、生きていることに意味があるのかも知れない。
今もミツネに頭を撫でられて心が落ち着くのはミツネが暖かくそこに生きているから。
「ありがとユイラ」
「どういたしまして」
ミツネの優し気な笑顔はユイラと同じぐらいに、本当に素敵なものだ。
この春の暖かさが過ぎ去る時期の中、この空間だけはとても陽気な風が吹いていた。