25話 私
「あ、懐かしい」
「なにそれ?」
アイラは軽く跳躍し木の枝に実っていた赤い小さな果実をとった。一回の跳躍でいくつのも実が取れたのかユイラに3つ取った実を渡した。
爪ほどの大きさの実は特に匂いなどは感じず皮は皺一つなく張っていた。
「アカボって言う果物。もう少し立つとキイボになるの。そこから先は種を落とるミドリボ。実は物凄く苦い。一番甘いのはキイボだよ」
アイラは一粒アカボを口に投げ入れた。すると、急に唇を尖らせ目を細める。アイラに倣いミツネもアカボを口に入れると先ほどのアイラと同じく口を尖らせ目を細めた。
「すっぱー」
アイラより早くユイラはアカボの種を宙に飛ばした。アイラはケタケタと声に出し笑い、種を飛ばす。
最初に渋みがやってきて、その後すぐに酸味が襲ってきた。
「甘いって言ったじゃん!!」
「それはキイボだよ。冬まで待つんだねー」
子供の様に笑いアイラは森の先に進んでいく。アカボが傘を作る場所を抜け、所々日が射す大樹が並ぶ場所に来た。アイラはこの森に慣れているのかスイスイと足を前に運ぶ。
「アカボはね、甘くなる前の好まれない実。キイボはジャムになりアカボは悪さをする虫や動物除けに使われるの。用途がないアカボは大衆には知られていないけど、ひっそりと強烈なアカボは私は好き。」
アイラはもう一度実を口の中に入れ口を尖らせた。
私はあまり好きじゃないからいいや。
ユイラは手の中にあったアカボを軽く下に放りアイラの背中を追う。
「多くの人が好かないアカボだけどさ木は成長を信じ毎年酸っぱい実を付けるって、考えるとなんか泣けてこない?」
アイラは掌に載せていた残りのアカボを全て口に入れしゃがみ込んだ。
アイラの話は分かるようでわからない。アカボの実を自分と重ねているのだろうか。でも、それならいずれキイボになることは分かるはずだけど。
「すっぱーーーーーー」
しゃがみ込んだアイラは大きな声で地面に叫んだ。綺麗な声が森の中に響くと同時に鳥たちが一斉に飛び立った。
涙を浮かべながらこちらを向いたアイラは私が見た3日間の中で一番綺麗で可愛らしかった。それと同時に確信めいたモノが頭の中に落ち、溶けだした。
「アイラさん。思い出の場所はもうすぐ?」
アイラは立ち上がり種を遠くに飛ばした。
「うん。もうすぐだよ」
「そう、じゃあ私はもう帰るね。糸を染色してくれてありがとう」
「こちらこそ、ありがとう。近いうちに一緒にご飯食べようね。あと、ベッドも作ってもらわないと!」
「わかった」
ユイラとアイラは互いに反対向きに体を変え歩き出した。簡素な別れかもしれないが、また直ぐに会えるとどこか確信めいたモノが二人の中にはあり、その感覚を信じ歩き出した。
「アイラさん!」
ユイラが一度振り返りアイラの足を止める。
「私は、アイラさんの染色好きですよ。染色をした物も、作業中の顔も!」
ユイラの声は細く森の中を抜けて行き一直線にアイラの耳まで届く。
「ありがと」
アイラは振り向き笑顔を向けると再び歩き出した。
ーーー
「ごめんなさい。待たせたかな」
「そんなに待ってないよ」
伐採された木の幹に座っていたカーラは立ち上がりアイラの顔を見た。
アイラを知っている人は今の彼女を見たら驚くだろう。髪は波を打つほど美しく綺麗になり、手の爪は鮮やかに輝いている。手は昨日の夜に染色をしたため、薄っすら緑がかっている。洗泡石で丁寧に洗おうとも色は全て落ちるわけではなかった。
しかし、そんな綺麗な彼女を見ても彼は容姿に触れず一言言った。
「まずはこれを渡したくて」
胸ポケットから青く染色されたハンカチを取り出し掌に置いた。一歩近づきカーラはハンカチを広げた。開かれたハンカチの上には三本で編まれた細い糸があった。青・赤・緑で編まれた糸。その糸の色は所々ムラが目立ち決して綺麗だとは言えない。糸の端は白色で完全に染色がされてはいなかった。それでも、使用形跡はなく毛羽立っていなかった。
「これは?」
「昔、アイラに貰ったミサンガのお返しに作って渡しそびれたミサンガ」
カーラは優しく言い、アイラの細い手首にミサンガを付けた。
「これはただのお返し。これは本気」
カーラは片膝を地面に付きアイラを見上げた。掌には小さな黒い箱が置かれており、箱の上にもう片方の掌を置いた。
「結婚してください」
風に揺られ擦れた葉の音が止まり、何もない真っ白な場所に二人がポツンと置かれているように森は変化した。
箱の中には綺麗なライトグリーン色の指輪がひっそりと輝きアイラを見ていた。
あぁ、ミサンガ今も付けていてくれたんだ。何年たってると思って。もい、切れそうなくらい毛羽立て細くなってるじゃん。
「私は」さカーラが好きだよ。それでも、アカボが好きなんだよ。
「私はさ、カーラが好き。でも、結婚は出来ない。カーラと同じぐらい、いやそれ以上に染色が好きなんだよ。何もできない私が初めて人に褒められたモノが今も捨てられない。何も考えられないくらい好きなの」
アイラは目の端から涙を流し痰が絡まるようなざらついた声で言葉を並べた。
「別に結婚したからって染色が出来なくなるわけではない。おばあ様は家に花を植えていた。だから、アイラもー」
「できないよ、」
カーラの言葉を遮ってアイラは話した。
「多く人目に触れる人が手を汚くしていたら嫌でしょ?荒れた手に触れるのは嫌でしょ?ごめんなさいカーラ、」
ぽたぽたと地面に涙が落ちていき土を湿らせる。
「私は染色が好き。貴方がいたから気づけた事でもあるし、あなたが染色を綺麗と言ってくれたから今まで頑張って来れたのもある。だから、いつかもっと素晴らしい物を作りたいの。貴方に負けないぐらい素敵な物を作りたいの」
カーラみたいな人はもう、現れるかはわからない。それでも、今の感情だけの自分を失いたくはなかった。私は何か一番になろうとかは思わないけど、あの日カーラが目を輝かせていた染色されたハンカチをもっと多くの人に見せてあげたい。
「わかった。でも、このミサンガは受け取って」
彼の苦々しい笑顔を見るたび、心臓が強く脈を打つ。
「うん、ありがとう大事にする」
アイラは彼からミサンガを受け取り掌で優しく包む。
カーラはアイラが受け取ったのを確認し、後ろを向き一歩ずつゆっくり歩いた。
その背中をじっとアイラは見つめ昔のことを思い出す。初めてできた友達。今では短い時間を過ごした友達。私を親以外で初めて認めてくれた彼。
「なぁ、アイラ!いい服が出来たら、俺にくれよ。結婚式の服の染色任せたぞ!」
カーラは少し歩いたところで振り向きアイラに。ニカっと笑いかけた。しかし、カーラは答えを待たずして歩き続ける。
「うん。まかせとけ」
アイラは近くに生えていた青草を摘みソーメル町に帰っていった。
ーーー
「ねぇ、ミツネ。アカボ好き?」
「何それ」
「あまり知られていない、凄い独特な果物」
「しらなーい」
「でもね、アカボはいずれ大衆に親しまれるモノに変化するんだって」
読んでくださりありがとうございます。
誤字報告ありがとうございます。(誤字・脱字・変な文、本当にごめんなさい)