21話 交換条件
「ユイ姉!」
ミツネの家に向かう為来た道を戻っている時、後ろから声をかけられた。コージは何やら袋を持ちこちらに走ってくる。
「ユイ姉、まだご飯食べてないでしょ?これあげる」
放物線を書くように袋が飛んでくる。胸のあたりでキャッチすると中から香ばしい香りが漂ってきた。パンだろうと思ったがパンだった。丸いパンが三つ入っており見るだけで涎が出てしまいそうだ。本当にできた男だ。
「ありがと!」
数メートル離れたコージはニッコリと笑い踵を返していった。あんなにできた弟はあまりいないだろう。朝から店の仕込みを手伝い姉の友達に出来立てのパンを渡す。
ユイラは袋からパンを取り出し一口食べる。ぎっしりと中が詰まったパンはバターの芳醇な香りが鼻から抜け少しの甘みを感じた。外はカリっと中はふわっとしており、口の中が幸せだ。
袋の中にあった三つのパンはすぐに無くなり袋を回しながら歩く。時より強く吹く風は季節の変わる合図だろうか。それとも、ただのいたずらか。目に入った砂埃を涙で流し歩き続けミツネの家に付いた。
三回ノックをし待つとくぐもった声が中から聞こえた。ガタガタと音を立てながら何かが近づき、板を挟んで目の前にいる。ドアノブがゆっくりと下り擦れる音を立てながら扉が開いた。
「こんな朝早くにどうしたの?」
目の前にいるミツネはユイラを確認するとゆっくりと口を動かし疑問を投げかけた。日も上がり町が明るくなってきた。朝で眩しいのだろうミツネは目を細めユイラを見ている。
「頼みごとがありまして....」
「......なに」
訝しむ目でミツネはユイラを見て徐々にドアを開ける。ユイラはめんどくさいと思われないよう濁しながら話始める。ミツネ深緑色のパジャマが日に当たり色濃くなっていく。
頼む事柄がめんどくさいわけではなく、それによって返ってくる回答がめんどくさいんだよな。でも、言わないと始まらないし。
ユイラはブツブツと言葉を洩らし一息つきミツネにお願い事を頼む。
「あのね、髪とか手を綺麗にしてほしい人がー」
「え!とうとうユイラおしゃれに目覚めたの!やるやる」
ミツネの目は先ほどとは違い丸々と綺麗に見開ききらきらと輝いている。太陽の光の影響だろうか、深緑だったパジャマも若干明るい黄緑色に変化を始めている気がした。
「いいから最後まで聞け」
「なになに」
髪のペンダントはどうしよう、色爪はどうしよう、とか忙しなく口を動かすミツネは話を聞く体制になってないようだった。そんなミツネを横目にユイラは何度か中指を親指で押さえ放つ。何度か素振りを終え、くねくねとしているミツネのでこに手を置いた。
バチン、と小さだが確実に鈍い音が鳴りミツネがポカンと口を開け黙った。
「イタイ」
「人の話を聞いて」
「ワカリマシタ。デモ、ユイラノデコピンイタイ、ノデヤメテクダサイ」
固めに涙を浮かべ片言に話すミツネは落ち着いたみたいだ。
私も中指の爪が痛い。
「あのね、私の友達を綺麗にしてほしいの」
そう一言いうと輝いていた目から光が消え、パジャマも深緑に戻った。太陽が雲に隠れてしまったのだろうか、振り向き空を見上げるが燦燦と光、目に刺激を与える。振り向いた体を再びミツネの家に向けると今度はキーっと小さく音を立てながらドアが閉まり始め、破裂音と共にドアが完全に閉まってしまった。
「あのーやってもらえませんか?」
「やらない」
「そこを何とか...」
「やだ」
「今度幽遠の森に清掃しに行ったとき、真っ先に色爪の材料取ってくるから」
「やんない」
「どうしたらやってくれる?」
ミツネはいつも温和化だが何故か意味の分からないところで頑固なところがある。今回は頑固というより、早とちりをしてがっかりしているだけなのだが。
ミツネノ条件を聞こうと提案したところ、再びキーっと高い音を立て扉が開いた。
「ユイラを一日私の自由にさせてもらう」
「...嫌だけど」
「じゃあ、やだ」
再びバタンと強めにドアを閉められてしまった。これでは堂々巡りだ。
別におしゃれなんかしたいと思わないんだけど....
「わかった、その提案受けるよ...」
「ほんと!やったー」
切り替え速いなこの女。何故弟みたく情緒を保てないのだろうか。どうか、新しい家族は普通な子に....
「ユイラ失礼なこと考えてない?」
「考えてないけど、私そんなに変かな?」
膝上ぐらいまでの白いTシャツに黒のロングスカート。おばあちゃんやコージには特に何も言われなかったけど。
「変ではないけど、変だよ?」
「どっち?」
「まぁ、いいやそれで頼みたい事って?」
もうそろそろ、人が動き出す時間になり町の話し声も大きくなってきた。二人は話始めから家の前で話しているので周りからは浮いていた。
「私の家に、友達?みたいな人が来てるの。その人の髪と手と爪を何とか綺麗にしてほしい」
「良いけど、それだけでいいの?」
「うん、素は凄く綺麗な人だから」
「そう...準備もあるからお昼でいい?」
丁度その頃アイラも起きるだろうから、時間としては完璧だ。
「うん。じゃあ、私の家まで来てね。コージが仕事、変わってくれるみたいだからミツネがやってね」
ユイラはそう言い残し歩きだす。日は既に町の殆どを明るく染め、人々の一日を示し始めていた。抑えきれない、あくびを噛み殺しユイラは帰路に立った。
「用意周到だな...てかコージはユイラに甘すぎる...」
ミツネは小さなユイラの背中を見送りあくびをしながら家の中に入って行った。