18話 カーラ・パーク
「良かったのですかカーラ様」
馬車の手前で待つ黒髪の初老の男性がカーラに声をかけた。姿勢がいい男性はゆっくりと馬車のドアを開ける。価値の高い物で作られた馬車は音を立てずドアが開く。
カーラから中に入りその後3人がゾロゾロと入っていく。皮の硬い椅子に4人が座ると、ゆっくりと馬車が音を立て動き出す。2、3回鞭で叩く音が聞こえた時馬車はスピードに乗り走り出す。
「この青い染色は僕の罰だ。何も言わず去った罰であり、嫌な事から逃げた罰だ」
カーラは目を伏せ右手首に付けたミサンガを触った。
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僕は勉強や習い事が嫌だった。物事をこなしても直ぐに新しい事を覚えなければいけない。王族の使命であり国の為だと、少々気の僕には意味がわからなかった。
7歳の頃習い事を抜け出し始めて付き人無しで外を歩いた。いつも拘束してくる手も無い。自由に足を走らせ、触りたい物を触れた。町の人は少しだけ不思議な目で見ていたけど今の自分には関係ない。
屋台の香ばしい匂いに誘われるが、ポケットを叩いてもお金が入っていることは無かった。いつもはしない舌打ちなんかをして町の中を歩き回った。
警備員見たな人に声を掛けられたときはごまかし、逃げるように去っていく。町の中を抜け出し小さな森に入った時、不意に木に登ってみたいと衝動に駆られた。
足場がしっかりとある木を探し、森の中を歩く。途中川に寄り道したり、不思議な虫を追った。時計を持っていないのでどのくらい時間が経っているかわからないが、丁度足場がよさそうな木を見つけた。
手に刺さる木は少しの痛みと楽しみをくれた。自分よりも大きな木。家のように表面は綺麗になっておらず、どのように登るか、頭を使うのが楽しかった。
目的の場所まで到達したときの喜びは今でも覚えている。そして、木の上から見た時の金髪の彼女のことも。
彼女に初めて会ってから僕はどのように屋敷を抜けるかを考えていた。父上や母上の用事のさい、使用人たちは手薄になる。その時を見計らい抜け出し、森に一直線に向かった。
何回も遊び彼女と遊ぶのは日常になってきた。同い年の友達がいない僕にはそれがとても嬉しかった。彼女は色目を使わず、いつも笑ってくれる。
だけど、時間が経つにつれ状況は変化する。今までは感覚だけでやっていた勉強や習い事も次第に要求されるものが高くなってきた。
毎回のダメ出しに、課題の量の多さ。所作を含め就寝まで徹底的に叩きこまれた。いつしか森とも距離ができ行くタイミングを失ってしまった。アイラから貰ったミサンガは没収されない為に就寝中に付け、朝起きたら引き出しにしまっておく。ミサンガを見るたびにアイラを思い出し、森に行けない事への虚しさが胸の中で疼く。
17歳になり王子としての地位を頂いた。来年には婚約をしなくてはならない。
お父様もその事に付いて聞かれるが、言葉がつまり上手く答えられない。
「このままだと、ケーカリ家のお嬢さんと婚約になるが良かったのか?」
二人で話す際はフランクな言葉遣いをするお父様は威厳が感じられない。それでも、父の目は頭の中を覗いているようで今の質問も背筋に汗が垂れた。
「....私が何かを言ったら変わるでしょうか?」
「変わるぞ?」
「え?」
「え?」
どういう事だろうか。この数年間、国を指揮するために様々なことを学んできた。どこに出ても恥ずかしくない知識や考え方。歩き方から靴の脱ぎ方。全て国民に対し恥ずかしくないように沢山のことを積んだ。
貴族の食事会に誘われ、多くの娘を紹介もされてきた。いつか自分はこのパーティーにいる誰かと結婚するのだろうと漠然とした考えが頭の中を包み胃を重くする。
王族は地位の高い者と結婚するのだと。そのような考えも嚙み砕いて理解し納得もしたが、父上が行ったことは不自然なほど体の力が抜ける言葉だった。
「別に市民でも婚約は出来るぞ?現にお母様は農家だったぞ」
「おばあ様がですか?」
おばあ様はいつも朗らかに茶を嗜む優しい方だった。庭に咲く花をいつも暖かく見守り微笑んでいた。その立ち居振る舞いは身に着けたものだったのか。
「庭の花たちはどうしても土が触りたい、植物を育てたい、とごねたお母様の物だ。今では庭師が管理しているが。とても良いものになっている。家の王族は自由恋愛だぞ?まぁ、身辺調査は勿論念入りに行う事になるが」
全く知らなかった。そんなことがあるなんて。じゃあ、もしここで願いを告げたのなら。
カーラは胃液までもが逆流しそうな感情を押止、軽く息を吐いた。無理なく息を吐くと次第に呼吸が落ち着き、顔が上がる。
「ソーメル村にアイラ・ポーリエスという女の子がいるんだ。その子と結婚させてほしい。彼女とはお付き合いもしていないし、合ったら頬を叩かれるかもしれない。それでも、あと少しの時間、僕に任せてもらえませんか」
カーラは頭を下げ懇願した。コップがコトンと音を立てコースターに置かれたことが分かる。お父様の側近だろうか、紙にペンを走らせる音が聞こえた。
「頭を下げなくてもいい。身辺調査を行い、見るに堪えないものが出てきたら分かっていると思うが受け付けない。あとはお前次第だな。断られないよう最善を尽くせカーラ」
使用人がメモを胸元にしまいカーラに近づく。使用人はカーラの目の前で止まると、カーラのネクタイを整え笑顔で告げた。
「身辺調査は明日の夜までにはお伝えできると思います。今日はお休みになってください」
「ありがとうございます」
彼は笑顔で扉の前で一礼し、部屋を出ていった。




