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17話 カーラ


 なんと言ったらいいのだろうか。彼は見ているだけで絵になる少年だった。当時の私には彼は只々輝いているだけの存在に過ぎなかった。手を取られ引っ張り上げてくれても、心には波風は経たず平然としていた。


「こんなところで何をしているんだ?」


 彼は先ほどの声音とは違い優し気な声で問いかけた。視線を上げるだけで彼の銀髪が宝石のように輝き引き寄せられる。いや、彼の顔と髪が互いに合っているから引き寄せられるのかもしれない。


「染色の材料を探していて」

「染色?」


 当時7歳の子供にはわかりずらかったのだろう。

 アイラは彼のポケットからはみ出しているハンカチを指さし告げた。


「そのハンカチは、この青草あおぐさで色を付けた物なの。草の時はあまり明るい色をしないけど、水に溶かして布に付けると、とっても綺麗に色を出すの」


 アイラは右手の木の根元にある青草の近くまで行きしゃがんだ。目にかかる金色の髪を耳にかけ、三本の指を使い根元から青草を摘んだ。取った青草は自身が持っていた籠に入れ、三回同じ作業を繰り返す。途中、赤草あかぐさも見つけ摘んだ。青くなった手で髪を耳に掛けたからだろうか、頬にうっすらと線が描かれた。


「へぇーこんな綺麗な物が草のおかげで出来ていたのか」


 少年はハンカチを太陽に翳しながら見たり、裏返してみたりと念入りにハンカチを見ていた。

 アイラはそのまま染色に使う草を取り続けていると不意に頬に柔らかい何かが伝わる。私たちが使うタオルとは全く違う柔らかさが頬に触れた。


「顔、汚れてるよ」


 彼は高価であろうハンカチをわざわざ私の頬に当て擦った。だけど、布では取れないんだよ。肌に付いた染色草せんしょくそうは、特別な洗泡石せんわせきを使って二日間くらい洗わないと落ちないんだよ。でも、そんなことを言わず私は心からぽろっと言葉が出た。


「ありがと」


 少し恥ずかしくて下を向いてしまったのは今でも失礼だったと思っている。


「カーラ様。カーラ様!」


 森の奥からお母さんよりも少しだけ歳をとった声が聞こえる。誰かを探しているのだろう。その声は徐々に近づいて来た。

 彼はその声に反応し、悔しそうに笑った。


「じゃあね。今度会ったときはあそぼ!」


 彼は服をはたき砂を落とし、元気よく駆けていった。太陽が直接当たるような彼は、華やかさよりも明るさを強く感じる暖かな人だった。


 それから私は度々材料を集めに行くと出かけ彼と遊んだ。予定などを合わしていなかったので、一週間のうち三回会う時もあれば一回しか会わない時もある。一時間遊ぶ時もあれば10分遊ぶ時もあり、毎回ドキドキしながら材料集めをしていた。

 彼の為に赤色と青色の混じったミサンガを作り渡したこともあった。染色以外に関しては不器用な私が作れる物は限られており、簡単に二つの紐を絡めただけのミサンガを彼は嬉しそうに右手首に巻いてくれた。


 時間が進み10歳になったころ突然、彼が森に来ることが無くなった。一週間来なかったわけではない。1年間、2年間と成長する自分を見るたびに彼が来ないことを少しだけ恨んだ。何も言わず居なくなった彼を少しだけ憎んだ。

 だって彼だけが要領の悪い私を対等に扱ってくれたから。これはダサい逆恨みだ。自分の弱さを彼にぶつけるだけの醜い言い訳だ。


 彼と森で合わなくなって三年が経ち私はドキドキしながら、何かを求めながら森に行くのをやめた。


 時間が経ち17歳の春。

 私が家の外にある染色場でハンカチの染色をしていると、黒のスーツで正装をした男性が三人やってきた。お母さんとお父さんはすぐさま立ち上がり、布で手を拭いた後手袋を付ける。

 私は来客の対応を任されていないので、そのまま染色を続けていた。


「少し良いですかね?」


 凛とした声は乾かしている布などに吸収され後方で仕事をしているアイラには届くことは無かったが、母の驚いた大きな声は流石にアイラの鼓膜を震わした。

 何かあったのかと思い、アイラも入り口付近に目を向けると頭の中で幼少期の事がフラッシュバックする。何千枚と撮りためた写真が高い空からアイラの頭の中に降り注ぐ。


「カーラ...」


 銀髪の綺麗な髪。身長は昔と違い私より頭一つ大きい。スーツが丁寧に彼の体を型取り美しく見せる。

 私は立ち上がり足早に彼の元に向かう。ポタポタト指先から青い水が落ち肌色のズボンにスプラッシュ模様を付けた。

 様々な思い出が浮かんでくる。土の匂い、木の匂い、川の匂い、花の匂い、彼の笑顔、困った顔。頭の中がパンクしそうになるぐらい思い出を振り返った。そして、最後の思い出を振り返った時、私は彼の頬を汚れた手で叩いてしまった。


「貴様!」


 右手がピリリと痛む。人を叩いたのは初めてかもしれない。こんな声に表せない感情で泣くのも初めてだった。

 その一瞬の出来事に、隣にいた体躯の良い男性が叫び懐から何かを取り出した。


「やめろ!」


 しかし、すぐさまカーラの凛とした声が染色場に広がりアイラの首元で止まる。振られたナイフはアイラの細胞を一つも傷つける事無く戻っていく。


「すまなかった。今日は一言だけ言うつもりだったんだ。アイラ」


 顔を上げられない。今の彼の綺麗な顔には私の使っていた青草の液体がへばりついているだろう。二日間取れない、しつこい汚れを付けてしまった。まるで、私がしつこく森に通って彼を待っているような。

 それよりも「私は」、要領の悪い今の私を見て欲しくなかった。


「結婚してほしいんだ」


 私のドロッとした感情とは裏腹に彼は、頭の中が海に浸かるような意味の分からない、いや、意味は分かるがおかしなことを言い彼は去っていった。


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