16話 噂は本当?
「これ、どうぞ」
ユイラは先にクッキーを食べながらアイラにレモネードを手渡す。アイラは火照った顔にレモネードを当て目を細めた。
私もその気持ちよさは物凄くわかる。熱い体に冷たい飲み物は格別にうまい。口の中を涼しくした後、喉を通り全身の血管に冷たい液体が送られるような感覚はたまらない。それが、労働やお風呂から出た後なら更に格別だ。
まぁ、労働の後も美味いのだが、やっぱり私はお風呂後かな。
「あ、美味しい」
アイラはレモネードを口の中に含み飲み込んだ。豪快には飲まずちびちびと飲み進め途中クッキーを挟む。
私は中に入れたレモンまで食べてしまうので、グラスの中には既に何も入っていない。皆が食べるわけではないがこの村で作った蜂蜜とレモンは他のどの地域で作ったやつにも美味しいと思っている。王都でもソーユ村の物が一番高値で取引されているらしい。何とも誇らしい事だ。
アイラはレモンを食べたユイラに倣いコップの角度を鋭角にし口に運ぼうと振動を与える。その仕草はとても17歳とは思えないが、ラフと言うかユイラに心を許しているようにも捉えられた。一様にそうとは限らないが。
「あのね、逃げてきた理由はね」
急な話の導入の仕方にピクリとユイラの肩が上がる。ユイラも自身からは聞けずとも逃げてきた理由に興味はあった。それを、アイラから話してくれるのなら気負わずとも話に付いていけるだろう。
夕日が落ち始め部屋の中を橙色に染めていく。そのうち紺色に変化するのだろう。昼から夕方。夕方から夜までの時間はとても早く、その変化を逃さないよう私たちは日夜動いている。
「端的に言うと、結婚に悩んで逃げてきたの」
結婚に悩んで逃げてきた?
一般市民の結婚は様々な条件よりも互いの思いによることが大きいのではないのか。相手に欠点があったとしても駆け落ちなど頻繁にあるはずだ。結婚に関し深く考えたことのないユイラは結婚の悩みに付いて何か思い当たる事は無かった。
「相手側がね、昔は偶に遊ぶただの友達だったの。でも最近現れた彼は、その、地位の高さって言うのかな。明らかに私には相応しくない位の人に婚約を申し込まれたの」
何かが頭の中で引っかかる。最近どこかで聞いたような話だ。
ーーー
私はソメール町で生まれ小さなころから染色に付いて沢山のことを学んでいた。お母さんとお父さんは二人とも染色に人生を注いでいるような人だったので、遊んでくれる人はいなかった。私は染色も好きだが遊ぶのも好きだった。
偶に染色に使う草などを探し、近くの森に足を踏み入れる事がある。幽遠の森と繋がってはいるが決して1番門に近づくことは一回もなかった。虫しかいない森を下を見ながら歩いていく。
「何してるんだ」
突然木の上から声が聞こえてきた。私は気の強い方では無かったので直ぐに頭を抱えその場にしゃがみ低い姿勢を取っていた。
今思えばそのまま逃げてしまった方が良かったのかもしれない。
樹木が揺れる音が聞こえ後ろから足音が聞こえる。私は怯えなが硬直した体を無理やりに動かし振り向いた。
「お腹痛いのか?」
顔を上げると心配そうにこちらを覗き込んでいる男の子を見つけた。銀色の綺麗な髪に、青色の美しい瞳。全ての顔のパーツが本来あるべき場所にしっかりと収まっている。後ろから太陽の光が降り注ぎ、舞台の主役のようにスポットライトを浴びている。
「い、いぇ。驚いてしまって...」
塞がりそうな喉をかっぴらき震わせる。彼は言葉を聞いて安心したのかしゃがむ私に手を差し出してきた。私と同じ小さな手。でも、私とは違い綺麗な手。小さな切り傷と土が付いていたが誰が見ても彼の手は綺麗だと言うのだろう。なんだか、私の手を合わせるのが申し訳なかった。
彼は私が伸ばした手を迎え優しく力を加え引っ張り立たせた。




