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10話 お泊まり・2


 レモンに村の名産の蜂蜜を付けた瓶を床下から取り出す。一度瓶をゆっくりと回し中の液体を循環させていく。レモンの綺麗な色が瓶越しに宝石のように輝く。味を想像するだけで口の中に唾液が広がった。

 暑いお風呂から出たばかりで体はまだ火照っており、頬に瓶を当てた時にひんやりと感じる冷たさは格別だ。


「ほら、ユイラ髪乾かしな」


 エイラが髪の上に布を置き手で包んだ。軽い力で手を小刻みに動かし乾かしていく。


「できたの?レモン蜂蜜」

「うん。完成かな」


 お母さんが作っていたのを再現できるかと思い冬から作り始めたレモン蜂蜜。ガユラおっばさんが作った炭酸粉たんさんふんを入れ炭酸水を作る。そして、炭酸水の中にレモン蜂蜜を入れ軽く混ぜる。そうしてできた飲み物が私はとても好きだった。冬に作り始め春から夏まで飲める。私にとって少し特別な飲み物だった。

 再現出来ていたらいいんだけど、そう簡単に成功するかわからないからな。お母さん少し変だけど料理とか物作り上手かったからな。私のレモン蜂蜜がどこまでできるか、少し楽しみだけどまずかったらどうしよう。


「美味しそうだね」

「うん。見た目は完璧かな」


 ガラスにいくつも気泡が浮き上がり小気味のいい小さな音が鳴り始める。嗅ぐだけで頬の横が締まるレモンの酸味の匂いと、舌の上で転がるような甘い蜂蜜の匂いが炭酸が弾けると共に漂ってくる。エイラはまだユイラの髪を乾かすために頭を手で包んでいた。


「ありがとエイラ。あとは夜風で乾かすよ」

「そっか。じゃあミツネ待たせてるから行くよ」


 三つのグラスに均等にレモネードを注ぎ、レモンを添えていく。木のお盆に三つとも乗せ、屋根に向け足を向ける。フワボウは未だに糸を作り続けクルクルと周回している。先ほど上げたキャベツはもうすでに食べ終わったみたいだ。

 階段を上り屋根裏に行く。ギシリと重みが伝わる屋根裏は少しだけクロガバトの匂いが残っていた。窓のカーテンは微風で緩やかに揺れていた。既にミツネが屋根の上にいるのだろう。エイラがカーテンを開け体を小さくし外に出ていく。


「ほら、お盆頂戴」


 長くて細い綺麗な手を伸ばしエイラはレモネードを乗せたお盆を要求した。先ほどよりも強い風が吹きエイラの髪が靡く。月明かりが彼女を照らしとても神々しい。

 やっぱりエイラは月が似合うな。


「ありがとう」


 ユイラはエイラにお盆を渡しゆっくりと窓の外に出る。春が終わる前の少し肌寒い夜の中、三人は屋根の上で小さな机を囲った。

 さぁ、レモネードの味はどうかな。香りはとりあえず良くできていたから大丈夫だと思うけど、味はまだわからない。お母さんみたいに毎日しっかりと手入れしたから大丈夫だと思うけど...

 ユイラは二人の様子を伺う。二人がコップに手を付けるのをソワソワと落ち着きのない様子で伺った。その様子に気が付いたのかミツネがグラスを持ち上げ月に翳す。

 太陽の光より弱い月は熱量こそ感じられないが、品よく宝石のようにレモンを輝かせた。


「綺麗だね。メルトおばさんにも負けないぐらい」


 ミツネは小さな口にグラスを当て味わうように一口飲んだ。

 自分が作った物を人に食べてもらう事ってこんなにも緊張するものだったのか。いつも二人が作ってくれた食べ物を普通に食べていたけど、二人も緊張してたのかな。


「うん!おいしい」

「どれどれ」


 ミツネに続きエイラもレモネードに口を付ける。しっかりと味がしたのか顔が緩くなり笑顔をユイラに向けた。


「メルトおばさんのより私は好きだよ」

「ありがと」


 あの人に勝つだけでなんだか嬉しい。他ごとにおいてはお母さんはとにかく器用の人だった。勉強もできて体力もあって非の打ちどころのないお母さんに少しだけ勝てた気がした。まぁ、亡くなった人に勝って悦に浸ってもしょうがないか。私と違って成長することも無いしね。

 その後は夜風に当たりながらミツネの持ってきたクッキーをつまみに会話を楽しんだ。春に人が多く亡くなって悲しいとか、エイラのお姉さんやお兄さんの事、様々な日常の会話を楽しんだ。


「おーい三人とも俺も混ぜてくれ」

「何してんのガイス」

「コージから三人で泊まるって聞いたから遊びに来た」


 三人の唯一男の幼馴染のガイスは家の下から大きな声で叫んだ。

 コージも文句は言うがガイスのことを嫌ってないんだよな。こうして場所を教えるぐらいだし。本当に将来義弟になったりして。

 ガイスは足場を確認し軽やかに屋根まで登ってきた。


「あ、俺にもレモネード頂戴」

「あ、ごめんガイス。ガイスの分はないの」

「え、とうとうコージだけじゃなくてユイラも俺に厳しくなったの?」

「ごめんな、ガイス」

「エイラまで!」

「...」

「ミツネその笑顔やめて!」


 春の夜風に当てられたのだろうか。なんだか新鮮でとても懐かしい。花の匂いと木の匂い。夏の匂いが漂い夜が更けていった。


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