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ことの始まり
私は、地球の大都市で探偵事務所を開設している、ごく普通の小市民だ。季節は21世紀の、ある非常に寒い冬、駅前のビルに1部屋を借りて住居兼探偵事務所としていた私のもとへ、見知らぬ人物がやって来た。玄関のブザーがなり、部屋の中からカメラで確認すると、その人物は灰色のコートに黒い手提げカバンを持って立っていた。
「どちら様ですか?」
「仕事の依頼に来ました」
私は、それから、その人物を部屋に入れて依頼内容を聞くことにした。依頼は、ないよりあった方が良い。小市民なら誰でも毎月の生活のやりくりは大変だろう。
当時、私は、大変どころではなかった。依頼を選ぶ余裕さえない窮状だったのだ。引き受けられることなら、拒まずに引き受けるつもりだった。もちろん犯罪以外の依頼に限るが。
この手記は、私が引き受けた、とてつもなく難解な依頼内容と私が3日間にわたって悪戦苦闘しながら立ち向かった仕事の真摯な記録である。