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死にかけ奴隷と暗殺者

作者: 因幡白兎

 つい半年前のことだ。

 革命によって旧国家が倒れ、新体制が発足した。

 その影響により今までの奴隷制度は完全に廃止され、奴隷たちは奴隷から一般市民に格上げされた。

 しかし、いきなり市民と同じと言われようとも、養い手のいない元奴隷たちはその生活に順応できないでいた。

 私もまたその一人で、幼子であった私は路地裏に独り横たわっていった。食料もほとんどない状況でよく半年も生き延びたと自分でも感心する。

 でもそれも今日までだ。私はそろそろ餓死するだろう。

 奴隷だった頃の方が幾分かマシだった。私の元主人は国の役人の中でも偉い方で、結構羽振りも良かった。奴隷である私も働けば対価として様々な報酬が貰えた。病気になった時は医者も呼んでもらえた。奴隷の私が飢えに困ることなく、健康に生活出来ていたのは彼のお陰と言っても過言ではないくらいだ。

 それも半年くらい前までの話だ。革命によって国は崩壊。国家の重役に就いていた彼は処刑された。奴隷制が廃止され、私たち奴隷は一般市民になったが、元奴隷を雇おうとするところなどなく、職のない私たちは路頭に迷った。

 残飯でも何でもとにかく食らってここまで生き残った。周りの奴隷仲間には餓死する者もいた。盗みをして殺されるものもいた。他にも様々な理由で死んでいった。

 そして私ももうじき死ぬ。革命なんて起こらなければ良かったと思いながら私は目を閉じる。

 視界が闇に包まれた。


「おい」


 声がした。目を開けると私の前にフードを被った男が立っていた。


「聞いているのかそこの少女」


 男が私に呼びかける。なんだ、と声を出そうとしたが、声が出なかった。三か月前からまともに喋っていなかったせいだろう。


「……一応俺の声は聞こえてるみたいだな。会話の意思がないのか、それとも話すことができないのか。まあいい。とにかくだ」


 男は一度言葉を切ると、私の前にしゃがみこんだ。


「死ぬのは勝手だが俺の家の前で死ぬな。掃除に困る」


 眉間に皺を寄せながら男が言う。

 うるさいな。どこで死のうが私の勝手だ。お前の迷惑なんて知ったことか。それにもう体も動かないというのにどこに行けと言うのか。

 ぼんやりとした視界で男を見ていると、男の方が私の腕を掴んだ。


「どうしても動かないというのなら、俺が殺してやる。俺は殺し屋でな。そういう技術に関しちゃ折り紙つきだ」


 なんだこの男は。いちいち構っているのも面倒だ。無視しよう。

 私はまた目を閉じた。


「……返事がないってことは、俺の判断でいいんだな? じゃあ殺すわ」


 真っ暗な視界の中で男が言った。まあこれ以上空腹に苦しまなくなるのなら殺してもらってもいいかもしれない。どっちにしろ私が死ぬことに変わりはないのだから。


「よっこいしょっと……」


 彼の声と一緒に身体が持ち上がった。軽い衝撃があり、腹辺りに私の全体重がかかる。どうやら肩に担がれたようだ。


「殺すにしても今のままじゃ俺の流儀に反する。というか俺が殺す気にならない。とりあえずその小汚い身体を何とかしないとな」


 男は私を担いだまま、今まで私が背中をつけていた建物に入っていった。




「お帰りなさいませ、旦那様。そちらのお方はお客様で?」


 建物に入ってすぐ、老人の声が男を呼び止めた。目を閉じたままでは何も見えないが、私と同じ召使いの類だろうということは推測できる。だってご主人様なんてその道の人間しか使わない言葉だからだ。


「まあそんなところだ。うちの前で転がってたから連れてきちまった。ハンス、こいつを風呂にやってくれるか」

「かしこまりました」


 男は空いている手でフードを取ると、私を老人に引き渡した。



 その後、風呂に入れられてすっかり小綺麗になった私は、食堂に通されていた。

 食堂という割にはそこまで飾っているわけではないが、それでも最低限の用意はあるようだ。


「飯は……って、見た感じしばらく何も食ってないように見えるんだが、お前今日で何日間絶食状態なんだ?」


 男の問いかけに私は喋ろうとするが声が出ない。仕方がないので両手を使って男に示す。


「四十一⁉ あ、いや逆か。十四日ね……。丸々二週間は何も食ってないと」


 男は、ほー、と言いながら背もたれに身体を預け天井を仰ぎ、指を長い間宙に滑らせていたかと思うと、椅子から立ち上がって奥の調理場に行った。しばらくして両の手にコップと皿を持って戻ってきた。


「とりあえず飲め。その絶食期間だと何か食べたら胃が受けつけねえ」


 私の前にコップと皿を置きながら男は言う。コップの中身は水、皿の中身は半透明の白い粒だ。


「喉が渇いてるとは思うがゆっくり飲めよ」


 毒が入っているという可能性も考えたが、さっきの男の言葉から考えるに、これに毒は入っていないと確信した。まあ万が一毒が入っていたとしても死ぬだけだから別に構わないが。

 コップに手を伸ばし、男の忠告通りゆっくりと水を飲み干す。体に異常が起きる様子はない。やはり本当にただの水だったようだ。


「最初は気分が悪くなると思うが我慢しろ。ゆっくりでいい。一緒にこれも舐めながらな」


 男は皿を私の前に出す。中身の粒はそこまで小さいわけではなく、むしろ一粒一粒が私の目に見えるくらいの大きさだった。どうやら危ない薬の類ではないらしい。

 少し指に取って舐めてみる。塩辛い。ということは塩か……塩?


「ん? どうした。そんなに驚いて。ただの塩だぞ、それ」


 私の驚きに気づいた男は、何故驚いているかまでは気づけなかったらしく、不思議そうに言った。

 なんでそんな平然と言えるのか私には謎だ。革命後とはいえ、そこまで物価が変わっていないのに、塩なんて高級調味料がこんな平凡な家庭で出てくるわけがないだろう。

 私はその気持ちを込めて男を見つめる。

 しばらく見つめ合ってから、男が何かに気づいたように手を打った。


「ああ、塩は高級品だからこんな家にあるのがおかしいって驚いてんのか。まあ、そうだな……そういうのはまた今度教えてやる。いいからさっさと食べ終われ」


 男は私の疑問に答えることもなく笑った。仕方がないので私は時間をかけて食事と呼称するか甚だ疑問な食事を終えた。


「さてと、食事も終わったし、あとすることと言えば……」


 男はどこかもったいぶった口調で一度言葉を切ると、ビシッという擬音が聞こえそうなほど力強く私を指差した。


「ぐっすり眠ってもらう!」


 ……は?

 力強く言い放たれた言葉は、その力強さとは裏腹に、なんとも間抜けな言葉が飛び出した。


「とりあえず寝ろ。もう空き部屋の用意も寝具の用意も済ませてある。あとは寝るだけだ。ほら、ほらほらほらほら」


 男に背中を押されながら無理やり椅子を立たされ、歩かされ、適当な部屋に押し込められる。部屋には天蓋付きのベッドが既に置かれていて、男の言う通り、すぐにでも寝られるようになっていた。

 私はそこに無理やり横にさせられ、上から大量の布団を掛けられた。

 僅かに抵抗したが、布団はふかふかですぐにその気は失せ、私は眠りに落ちてしまった。



 それから数年が経った。子供だった私は成長と遂げ、今年で十六になる。言葉も話せるようになったし、会話も特に問題ない。

 ただ、この数年間で一つだけ気になったことがあった。


「なあ、主」

「ん? なんだ?」


 ここには私の他にハンスさんがいる。だが別に構わない。


「いつになったら私を殺してくれるんだ?」


 私の質問に主は少し驚いたように目を見開き、そしてクスリと笑った。


「ああ、うん。()()()()()よ」

「は?」

「昔の、俺と出会った時のお前は――死んだ目をした、死んでもいいと思っていたお前はもう死んだ。今は生きることに希望を持って生きてるだろ?」


 と、主は笑顔で言った。主の言葉に私もつい笑いが零れてしまう。ハンスさんも笑っている。


「……ははっ、なんだそりゃ。下らない」

「下らなくていいじゃないか。死ぬ方がよっぽど下らない。だからさぁ、もう死んでもいいなんて思うなよ」


 そう言う主は気さくに、不敵に、快活に、そして何より心底楽しそうに笑っていた。

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