狙われている側
「ただいまー」
如月さんを家付近まで送ったあと帰路に着く。
これ以上何かされるということがないといいけど。
「家にいるのは姉さんだけか」
「おかえりー」
料理でもしてたのか、エプロン姿の姉がとてとてと小走りで玄関までやってくる。
「お風呂にする?ご飯にする?それともア……あぁ?」
「え?何?」
「こーくん、今日どっかの雌豚に追いかけられなかった?」
やばい。姉の目からハイライトなるものが消えているのがわかる。嘘をついてもバレる上、面倒。
「まぁ、追いかけっていうか、調査的なものを入れられたけど。雌豚っていうほどのアレじゃない気が……」
「こーくん?」
「いや、かーくんって呼ぶのいい加減やめ「アタシニシテ?ジャナイト許サナイ」ひいぃぃっ!」
逃げた。
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こーくん。姉からはそう呼ばれている。
笠原高成からとったただのあだ名に過ぎないが、なんとなくちっちゃい子扱いされているようで気に入ってないが。
俺が小学3年生に上がって少しした頃、母子家庭で懸命に働いていた母親がある日突然男を連れてきた。
再婚すると聞かされはしたが所詮小学生の頭。
ほぼ理解なんかしちゃいなかった。
新しい父親に戸惑いもしたが、それより新しい兄弟が二人できると聞き喜んだ。
ずっと母親が帰ってくるまで一人寂しく家にいた。
それがなくなる。優しい姉と不器用ながら面倒見の良い兄。
姉の名前は笠原 楓大学二年生の理系だ。
頭の回転速度がものすごく速い上、心理学に浸っていた経験から心理戦になればまず負けない。計算やらせてもそれは同じ。
家族としての姉は家庭的で穏やか、そして何より美人。
兄の名前は笠原 響介姉の一つ上。高校でグレてしまい、大学進学の道は蹴飛ばした。だがただふらふらしてるだけのニートをやっているわけではなく、兄曰く「自分の食い扶持ぐらい自分で稼ぐ」とだけ言い、モデルをやっているらしい。帰ってくる頻度は少ない。
両親は先月から海外出張。ほんとは父だけだったのだが母がそれについて行った。なので基本家には俺と姉だけ。
姉と兄の関係性以外は特筆すべき問題のない家族だ。
そんなことはまぁ良い。
今俺は飯を食うこともなく部屋で毛布を被り饅頭形態で震えている。誰かに会いたいわけではない。
姉だ。普段は物腰の柔らかい話し方でいるが、俺の周りに女子が寄ってきたりした時がひどい、とことん酷い。
中学2年の頃、いわゆるモテ期が来ていたんだろう。
バレンタインのチョコの数が凄かった。学年一位、ぶっちぎりの59個。その前の年が5個ぐらいだったんだからすごい差だ。
もちろん同じ学年の男子から妬まれたりもした。だがそんなことも気にならないレベルで姉が怖かった。
どこからその情報を仕入れたのかは知らないが、ナタを持ってチョコレートを一個一個粉々にして行ったあの光景は軽くトラウマだ。
如月さん。君が調べて回っている人物、俺は相当難易度が高いぞ。近付いただけでもれなく処分の対象にされてしまう。
「こーくーん?ご飯はー?」
ガタガタガタ。
「大丈夫ー?開けるよー…って鍵しまってる?」
ガタガタガタガタガタ。
ガチャガチャガチャガチャガチャ。
「(ん?ガチャガチャ?)」
音が気になりふと振り返ると、
ーガチャリ
ドアが開いた。解き放たれてしまった。
「どうしたの?具合でも悪い?」
喋り方は普段通りだ。喋り方だけは。
「いや、特に…」
「でも、震えてるよ?ほら?」
「いやほんとに大丈夫だから」
「じゃあ、ご飯食べよ?冷めちゃうよ」
仕方ない、と饅頭を解除する。
夕飯は白米に味噌汁、唐揚げにサラダと久々のメニューだった。
少し食べ始め落ち着いた頃になるとわかっていたそれは訪れた。
「で、、さっきの話の続きだけど。その女、誰?付け回してたんでしょ?こーくんのこと。」
「う…まぁ、そうだけど。ちょっと違うんだよね。」
「違う?」
「多分誰かに依頼されてる感じかなぁ、と。」
ふーん、と味噌汁を啜る姉。俺にはわかる。平静を装いつつの激怒だ。どうにかして宥めなくては後々が面倒臭い。
「なんか出来ることある?」
分かる。自分でも意味が分からなくなるくらい不自然な質問だ。
だが下手に話題を持って行ったりしようとしても無駄だ。
ドストレートに何かしておけばとりあえず機嫌は治る。
「え!?本当!?じゃあ私とお風「無理に決まってんだろがい」
じゃあ、添い寝でいいかな」
「何譲歩してあげました感出してるの。大して意味合い変わってないよ」
「むー!だったら子作「もう可能な要求してくる気ないでしょ」
「段階はやっぱり気にしちゃう?やっぱり恋人からだよね。だから私と「何言ってんのマジで」うぅ……」
と、不毛なキャッチボールもうんざりだが、取り敢えず宥めることはできた。普段のテンションに戻りつつある。
けれど再確認させられた。如月さんに忠告はしておこう。
姉さんも依頼されて動いてる人に何かするとは思えないけれど
不気味な笑みでチョコを叩き割って行ったような人だ。
何をするか分からない。
健闘を祈る。