スト……追跡。
放課後。彼が教室から出たのを確認した私のその後の行動はとても早かった。
彼の自宅の場所を知るためにもこの尾行は必ずや成功させなくてはならない。
彼が歩いている後を等間隔に距離を置きながら追跡する。
物陰に隠れつつ、物に化け、絶対に見つからないように。
しかし変だ。彼が歩いて行くのは大通り。
住宅街は反対側だし、マンションだとしても既に通り過ぎている。
何だろうと思いつつもついて行くと、彼はコンビニに入っていった。
何だ、何か買いたかっただけなのか。
けど何を買うのか気になる。
もしも買い食いだとすれば、彼の好きなものなんかもわかるかもしれない。
私は雑誌を見るフリをし、彼が何を選んでいるのかを見ることにした。
うん。全然イメージなかった。
彼、グミを5袋ほど手に持ち微笑して頷くと、レジに向かっていった。
何あの表情、まじで尊いんですけど。
彼がコンビニを出た後、距離を確認しつつ私も外に出る。
何も買わずに出るのは少し気が引けたから飲み物を一つ買って。
彼は外に出るとコンビニの袋からさっき買ったグミを一つ取り出し、開け始めた。
向かう先はおそらく家の方向ではない。
彼は一体どこへ向かっているのだろう。
しかもグミ食べながら。
◆
しばらく歩いて行くと不意に彼が進む向きを変えた。
その先は…あぁ、そういうことか。
彼がグミを3袋ほど消費して到着したのはとある喫茶店。
表にあるわけではないが雰囲気の良さそうなお店。
窓から見えた感じだと人も結構入っているみたいだ。
でも彼は何でこんな時間にこのお店に?
その答えはすぐにわかった。
彼はお店の入り口を素通りし、裏側からお店に入っていった。
バイトだ!バイトしてる!
さすがに働いている姿を見るにはお店の外からだと不信極まりない上に見づらい。
一般客を装って自然に見に行くべきだろう。
◆
と、いうことで速攻変装してきた。
テーマは喫茶店で勉強する文学少女。
私の普段の格好とはだいぶ離しておいた。絶対バレない。
自信満々にドアを開けた先、私は衝撃を受けた。
彼のお店の制服姿はもちろん眼福ものだ。うん。
でもそれじゃない、私が驚いたのは。
いつもの彼の姿はそこになかった。
髪を上げただけの彼は、まるで別人のように私の目に映った。
「あ、いらっしゃいませー。お好きな席どうぞー」
声をかけられてハッとする。
どのくらい固まっていたのだろうか。
取り敢えず彼が一番見やすそうな席に座り、メニュー表を眺めながら考えを整理する。
「(あれって本当に笠原君、だよね……普段のもいいけどバイトver.も凄く…イイ)」
バイト先ではいつもあんな感じなんだろうか。
髪上げただけなのに…髪、髪上げただけなのに!
これを他の女子が知ったらどう思うだろうか。
考えるまでもない。一発即堕ち確定だ。
ただでさえ人気のある人間だから尚更だ。
「あのー、ご注文お決まりですか?」
ずっと頭を抱えていたからだろう、彼は心配したように私の顔を覗き込みながら訊いてきた。
一気に顔が赤くなっていくのが自分でわかる。
サッと顔を背け「コーヒーを」とだけ言えた自分を褒めたい。
「少々お待ちください」と去っていったのを見て安堵する。
何故?見たかったのは自分なのに普段とは違う距離にある種の恐怖を覚えている。
けどそれも、運ばれてきたコーヒーを飲んで一息つくとなくなった。うん、美味しい。
落ち着いてからよく見ると客層は結構様々。
50〜60くらいの人たちが談笑していたり、パソコンと睨めっこし続けている会社員、如何にもな感じの大学生。
でも共通していることもある。
全員が女だ。あの大学生二人組なんて明らかに注文を小分けにしている。
そりゃ5、60のおばちゃんらなんか敵じゃないだろうけど、大学生ぐらいだと普通にあり得るから怖い。
彼のバイト姿は普段とかけ離れた感じがするが、よく見ると動き自体はいつものサバサバとなんでもそつなくこなす笠原高成そのものだ。
◆
だいぶ外も暗くなってきた。
時計を見ると7時半を過ぎている。
店にいる客もそろそろ私だけだ。
閉店時間が8時だから私もそろそろ帰らないと迷惑だろう。
そう思い、コーヒーの名で埋め尽くされた伝票を手に席を立つと
ホールの奥から野太い男の人の声が聞こえる。
「高くーん?そろそろ上がってくれていいよー」
「あ、はい、分かり…あ、お会計ですか?」
「はい」と伝票とお札を置く。
そろそろ上がるのか。自宅特定はまたの機会に回そうと思っていたけど今日でもいいかもしれない。
店の外で待ち伏せしよう。
店を出て、道路を渡り反対側まで行く。
彼が出てくる前に元の格好に戻らなくては。
彼を待つこと十数分。いつもの髪型に戻した彼が店を出て歩いていくのが見える。
私もまた、さっきと同じ間隔を開けて追跡する。
私の存在はまだバレていない。
そう思っていたのがいつしか油断に変わっていたのだろう。
不意打ちに振り向いてきた彼に反応することができず、存在を認識されてしまった。
だけど別に焦るようなことではない。
私はさっきの姿ではない。たまたまいただけ。
けど、彼はとんでもないことを口にした。
「行き道も尾けて来てたよね。如月さん?」
「へっ?」
うそ、バレてた?
そんなはず……なんで?
というか、名前覚えてくれてる!
「まさか、バレてないとでも?」
「い、いつ…から?」
「校舎出たぐらいから。窓から見張ってたよね。そのあとはぴったりの距離寸分ずらさずついて来てたし。嫌でも気がつくよ。
まぁ流石に変装までして監視してるとは思わなかったけど。」
「そんな…」
それだとだいぶ前からバレていたことになる。
完璧に尾けて来てたつもりでいたのに。
初回でバレるの!?
「で?誰に頼まれてこんなことしてるの?」
「へ?頼まれてって……」
何を言っているのだろう。
多分彼は私が尾行していた理由までは分からなかったのだろう。
でも話し合わせて適当に流すこともできるかな?
「あ、いや、依頼人の情報漏らすわけにはいかないっていうか…」
ふーん、と言いながらこっちに迫ってくる。
でももしこの事で嫌われたりしたらどうしよう。
「じゃあ詮索はしないけど。けど、今日つけてみて何か得られた?バイト先ぐらいのものじゃない?」
「あとグミを好んでること」
「あはは、それはできれば依頼人に言わないでほしいんだけど…」
「えっと…私が追っかけてたこと…」
「ああ、いいよ別に。危害加えられた訳じゃないしね〜。言いふらしたりはしなけど、家まで特定されるとなるとまた話変わるかな〜」
あ、やめておこう。
本人にバレたのに他の人にまでバレたら…!
「じゃ、じゃあ、私今日はこれで……」
「送ってくよ?近くまで。」
へ!?い、今何て!?
お、おく、送ってくって……!
「ん?どうしたの?あ、あれ?」
やめて〜!覗き込まないで〜!
バレる、バレちゃうから!くぁー!
◆
「結局送ってもらっちゃったぁ〜!あ"ぁ〜!」
でもどうしてだろう。自分を追いかけ回してた女なんて気持ち悪いだけなんじゃないのかなー。
多分あの性格だとただ夜が遅いからってだけな気もしないでもないけど〜!
でも、でももし私に気があってとかだったら!
なんて、ある訳ないかぁ。
そう思うことにした私はニマニマしながら布団に潜り、眠りについた。
なげぇ。しかも多分無茶苦茶な文章。