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九話

「え、何々!? もしかして、もう産まれるの!?」


 桜色の卵を抱きかかえていたシャナの言葉を筆頭に、武闘職三人からも同様の反応が返ってくる。卵は徐々に揺れを増し……数ある『孵す系』のゲームと違い、卵内部から軽い打撃音が響いてきた。ゴンッ、ダンッ、と、まるで工房から聞こえてきそうな音だ。


「ちょ、アポル! これ大丈夫なんですか!?」


 タンク故、突発事象に耐性があるトカゲですらこの有様だ。他の三人も程度の差はあれ尋常ではない卵の様子に大わらわだ。


「ドラゴンの孵化だからな。生まれ持っての最強生物は生まれる前からそれなりの力を持っているって訳だ。どうだ、ワクワクするだろ? これが答えだな」

「先に言ってくださいーーー!!!」


 トカゲの絶叫はいつ聞いても耳に心地良い。文句言いつつ不満言にせず。昔の経営者が残した理想的な従業員を現す格言だが、上下関係を抜きにしてもまったくもって同意する。軽口を叩き付け合える姿こそ、人間関係の最たる物だと俺は思うね。

 俺の笑みを見て、さり気なくSっ気疑惑を浮上させたシャットに拳骨を落とした瞬間。


 シャナの卵に亀裂が入り、バキャッ! という音と共に側面から卵と同じ桜色をした腕が生えた。腕は器用に割れ口を広げ、ほんの数秒で残りの殻を突き破り小さな小さな桜色のドラゴンが新たにこの地を踏みしめた。


「おめでとう、シャナ。今日から君の相棒となるドラゴンだ。名付けを」

 突然に突然が重なった状況で少々放心していたシャナだが、既に瞼を開いた女の子竜に抱き着かれた(一般的に圧し掛かれたとも言う)衝撃で、なんとか俺の指図に合意するくらいの正気は取り戻せたらしい。


「名付け、名付け……サクちゃん! あなたはサクちゃんよ!」


 ……シンプルイズベストとも言うし、ツッコミはすまい。

 次に生まれたのはルナナのドラゴンだ。深緑色の細かい鱗と額の水晶角が特徴的な、少しぼーっとしたタイプの可愛らしい雄ドラゴン。シャナより早く混乱から立ち直った為か、少々悩んだ末……


「よし、君は今日からカトハだ。よろしく頼むよ、相棒」

「……キュー」


 お、鈍いながらしっかり返事をしたな。多少抜けてはいるが、ルナナに似て随分賢そうだ。まんまる丸い鼻をルナナの頬にすりすりしている。しかも正しい向きでだ。ドラゴンの鱗は一定方向に生えているから、間違った方向で相手に触れるとおろし金をかけるより悲惨な事になる。まだ幼いから間違えても多少皮が剥ける程度とはいえ、触れ方を既に悟っているとは……かなり将来有望な子竜と言えるだろう。


 お次はシャット。

 これはまたなんとも。大変珍しい事に、シャットを選んだドラゴンはワームだった。細長い体に細長い顔、申し訳程度に生えている翼は一見可愛らしい飾りのように見えるが、あの光り具合は……育つとどこぞの忍者竜みたく、刃のような性質を持ちそうだ。


「蛇みたいだな、君は。名付けか……時にアポル君、アドバイスは無いのかね?」


 む、予想外だ。ゲーマーは多かれ少なかれ名前は自分で決めたがる傾向にある。なので俺は存分に皆の反応を愉しむつもりだったが……ま、名付け親もまたロマンか。


「そうだな……日本では馴染み浅いが、その子みたいなワームタイプのドラゴンの一体にヴィーヴルと呼ばれる種族がいる。アマゾネスと同じで雌しかいない種族だ。ただ、その子は男の子なんだよな……」


 日本では竜の特徴を持つ人間タイプの美女扱いされているドラゴンが最初に上がってきて、却下されたので即座に数名挙げていく。


「エチオピアのドラゴン……は個体名が無かったな。ケツァルコアトル……白だった。クエレブレ……いかん。シャナと被る」

「え、私?」

「クエレブレ伝説に出て来る近代竜クエレブレと同棲している妖精の名前がシャナなんだよ」


 出会った時のトカゲと同じく「知らなかったー!」と叫ぶシャナ。紅い眼の彼女をイメージしたんだろうか……いや、世代的に知らないだろうなと同い年の俺が呟く。


「他には……そうそう、『お月さまをのみこんだドラゴン』って絵本に登場するバクナウというドラゴンは題名通り月を飲み込むほど大きく、また闇の神であったとされ」

「君は今日からバクナウだ! よろしく頼むぞ、バクナウ!」

「ていて……って早いな!」


 まあいいが……当のバクナウ坊も満足そうに舌をチロチロさせている事だし、流石に月を飲み込んで飴玉のように転がしまわす程のサイズには成長しないだろう……しないよな? いかん、ロ・ドゥク竜国自体と言える大地竜ドグマガルゴ様の御姿が脳裏にチラつく。あまり深く考えないようにしよう。


 そして、最後に生まれたのがトカゲ……ラガルトのドラゴン。

 こちらは予想通り、弱いながら確かな風格を漂わせる黄色のドラゴン。体と翼の黄金比が素晴らしく、顔立ちも中々どうしてイケメンだ。子竜は全体的に丸っこい体型が多い中、バクナウ坊は例外としてこの子は本当の意味で例外と言っても良いくらいにシュッと整った顔をしている。

 ああ。間違いなくこの子は……


「トカゲ、下手な名前は付けるなよ。その子はこの里の次期里長、エレティカ・フィラスキア嬢の弟君だ」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!? ちょ、待っ、なんだって!?」


 絶叫からのキャラ崩壊ごちそうさまです。


「そう不安がるな。狩りや子育てみたいな役割分担はともかく、地位に関しては雌雄の区別を付けるような種族じゃないから、次期里長はエレティカ嬢に決まっているようなものだ。公爵貴族の五男坊とでも思っておけ」

「エレティカ、様って、そぉんなに偉い人じゃなくて竜だぁったんですかぁぁ!?」


 いかん、これはヤバい方の混乱の仕方だ。こうなると最終的に周囲の全てにヘイト技を投げまくって盾でポンポン弾くから後処理が大変面倒に!


「シャナ! ゴー!」

「ラガルト、大丈夫だよ!」


 突撃命令に本能で従ったシャナがラガルトへ突っ込む。MDO最強格闘家直々に教えを受けた彼女はStrやAtkはともかく最終計算上の攻撃力は並みのヒーラーを軽く超える。そんな勢いで突っ込まれたトカゲは、しかし同じくMDO最強のプレイヤーに教えを受けたタンクだった。タンクとは仲間を思いやり、最後の最後まで踏ん張る者だと散々受けた教えを憶えていてくれたのだろう。衝撃が走った瞬間に腕をシャナの背に回し、突き飛ばされる事なく無事後ろに倒れ込んだ。


 ちなみにシャナが並みのタンクに突撃するとダメージはともかくとしてノックバックがかなり酷く、ある騒動の後にプレイヤーから『トラックウルフ』の異名で恐れられる事になった。


「大丈夫、落ち着いて。私がいるよ、ラガルトの近くに」

「シャナ、シャ、ナ……うん、シャナ」


 名付けられない黄竜の坊やをイフィルニが必死で慰める。姉と違い泣き虫ではあるようで、ちょっぴり目元がキラキラ光っている。哀れ。


「何も怖くなんかないよ。私が付いてるから。ラガルトはずっと安心してて良いよ」

「シャナ……ごめん。ううん、ありがとう」

「いいよ。ラガルトはいつも私を護ってくれるから、特別。私だけだよ、ラガルトがいつでも甘えていいのは」

「シャナ……」

「ラガルト……」

「同じ日に二回こうなるのは珍しいな」


 またしても二人の世界に入り浸る夫婦。エクスプロージョンしてしまえ。


「くるぅ……」

「そしてお前の事はイケメンと表現したが、取り消す。お前は可愛い坊やだ」


 何が細くてイケメンだ。雰囲気からすれば完全に雌っぽいじゃないか。凛々しい系の男の娘ドラゴンだ。ドラゴンアポスルと同じ同じ。


「きゅぅ」

「サクよ、名無き、竜よ。偉大なる、竜なら、寂寥を、耐えるのだ」

「くるるぅ……」


 イフィルニがやや古めいた保母さんと化して相棒が突如異世界へ飛んで不安そうにしている二竜の相手をしてあげている。まだまだ幼竜だから、人間である俺が不用意に近づくのもアレだしな。力不足この上ないが、二竜の事はイフィルニに任せる。


「あー……とりあえず、ルナナとシャットはその子竜たちと戯れてろ。イフィルニは子守を頼む。俺は外の子竜をテイムしてくるから、桃色空間が解除されたらささやきよろしく」

「あ、うん……行ってら」

「バクナウ~、可愛い可愛いバクナウ~……はぁ、なんて可愛いんだ。フォースロイド買おうかな……そのためにはもっと可愛がって良い子にしないとな♪」

「任せろ……私たちの、これからの、予行練習に、ちょうどいい」


 心ここにあらず、そして心酔。ダメだ、プレイヤー組の意識が全部異空間へ飛んでやがる。

 仕方ない。たまたま竜の里に帰郷していたらしい俺のペット、ピュラカテへ調教師スキルで念話を飛ばし、この場を頼むと伝えてから、俺は集落の外の子竜をモフりに行くことにした。


 Now Loading...


「くぅ、くぅ……」

「よし、ようやく説明も後半だ。ここまで長かったな……」

「アポルの頭の上に乗って寝てる子供ドラゴンは何?」


 ピュラカテからようやく異次元が落ち着いたと連絡を受けた俺は、既にテイムして一緒に遊んでいた子竜ジェイリルを頭上に構え、元の場所に戻った。若干甘い雰囲気が残っているようにも感じられたが、まあ良い。こっちの世界にいてくれるなら井戸の向こうの器物だろうがオマージュだろうが構わん。なんならマキナ人間でもアルターでも良い。


「ドラゴンライダーは卵に選ばれる。選んだ卵はドラゴンライダーの存在を感じ取って孵り、自らを育てる権利を与える。ドラゴンライダーは子竜を立派な成竜へ育てなければならず、ライダーが相棒のドラゴンに乗って戦闘を行えるまで成長するのに、リアル換算で半年かかる」

「僕の疑問はスルーなんだね。それはそうと、半年っていうのはちょっと早くない?」


 ルナナの疑問(後者)はもっともだが、勿論ちゃんとした理由はある。


「別に成竜まで育たずとも、竜の里の竜はまともに戦える。半年もすればレベル160相当の力を得るからな。そこから先も、選人の儀によって古の風……つまり、ドラゴンの御先祖様が力を注いでくれるから、成長速度はともかく成長の密度は飛躍的に上昇する。一年もすれば十分メインの狩場で共に戦っても問題なくなるだろう」

「それって危なくないの?」

「ドーピングの副作用や魔力過剰を心配したんだろうが、問題ない。古の風は強者在る空を好む為、自らの子孫に生前の力を少しずつ託すんだ。元々がドラゴンの正常な力だ。子竜が受け取っても毒にはならん」


 もちろん、人間や他の種族が別の方法でドラゴンを強化しようとすれば普通は取り返しがつかない事になるのだが……それに関しても実は問題なかったりする。


 俺とイフィルニかエレティカ嬢が古の炎の前で大層な捧げ物と演奏を行えば、竜の神が目覚めて歪みを押し付けられた竜を卵に転生……いや、作り替えるからな。

 とはいえ気分の良い物ではない。主要種族の首都や各国のお偉いさんには俺がよ~く言い聞かせてあるので、馬鹿な真似をしようとするヤツはいない。まあ、たまにそういう奴の情報が流れてきて、直々に粛清へ向かう事も無い事は無いが。


 ちなみにドーピングは各種強化用ポーション漬け、魔力過剰はマナポーション系のがぶ飲みによって齎される中毒の事を指す。一般的には。


「元々ドラゴンは強さを求める生き物だからな。生きる上の優先順位の一番に名誉や家族みたいな他の物が来ても、二番目か三番目は必ず強さと来るくらいだ」

「なるほど……でも、それならどうしてわざわざ人間を選ぶんですか? 必要無いんじゃないかと思いますけど……ああ、違うよ。別に君がいらないって訳じゃないんだ。ただ、生まれつきの強者であるドラゴンが強くなるのに人間は不必要じゃないかな、って思っただけだよ。だから怒らないで、エルギナ」


 トカゲを選んだエルギナ坊が拗ねたようにトカゲの脚をゲシッと蹴る。トカゲの相棒の黄竜はエルギナと名付けられた。正確に言うと、エルギナ・フィラスキアだ。


「無論、意味はある。人間は汎用性の生き物だからな。ヒューマンは特にそうだが、人型というだけで生物としての格は無条件で高まる。ドラゴンは例外だがな。野性ありきのガチンコバトルしか出来ない自然界より、武術に始まり夫婦喧嘩で終わる人間の多用な戦い方を学べば同じスペックのドラゴンと比べて、ドラゴンライダーを選んだドラゴンの方が強くなる訳だ」


 なんだかドラゴンライダーという特殊職を説明する教官系NPCと化している気もするが、だからといって説明を手抜く訳にもいかん。


「それと、言うまでも無いがドラゴンはドラゴン自身の武具を持たない。人に教えられた人の為の技術を振るって素晴らしい宝具を作る事は出来ても、それらを自身に活かすことは出来ない。そこら辺はドワーフやヒューマンやドラゴニュートの担当だ。そういう意味での力を得る事もまた強さだ」


 どうでもいいが確信がある。MDOの運営は絶対俺の一族のようなオタク一家が混じっている。昨今のオタク界でドラゴンに武具の類を取り付けるのはNGだからな。


「ま、今のところはせいぜい可愛いペットが出来たって認識で構わん。餌は皆で狩りに行けば良いし、お散歩も適当な狩場で適度に初心者を助けつつ適切なモンスターを割り振れば問題無し。その分普段より狩りは出来なくなるが、お前らにとってはむしろありがたいだろう? 学生組はもちろん、社会人のシャットもしばらくはプレイ時間が減るだろうし」


 そう言うと四人そろって首を縦に振った。シャットが「ウチの職場には問題児がいてね~」などと俺の悪口を言いかけたので拳骨を振り落としておいたが、そうでなくても皆新しい人間関係の構築で手一杯なんだ。単純に人生を削る事無く負担を軽くしてやるのもパーティーリーダー……いや、先立ちとしての仕事だ。


「さ、これで目的は達成した。この後はどうする? 俺はこの後エレティカ嬢主催の婚約パーティーに参加するが、お前らはもう寝ても良いぞ?」


 今度の問いには揃って首が横に振られた。まだ時間も夜の十一時半ちょっとだから、リアルにはあまり影響しないか。ドラゴンの一般的な宴は二時間も三時間も続かないし、丁度いいといえば丁度いいのか。


「それじゃ、今夜はレッツぱーちーと洒落込もう。そうだ、どうせなら横文字職持ちの何人かに声かけるか。運が良ければ正統派『ドラゴンライダー』ローランやMDOのアイドル、ラッキーボーイと顔合わせ出来るぞ」

「世界の裏側とそんな簡単に会えて良いんですか!?」


 安心しろ、トカゲ。連中はそんな大層な輩じゃなくて、どいつもこいつも横文字職を得るに相応しいド変態ばかりなんだから。


 その後。

 婚約パーティーは俺が呼んだフレンドや横文字職の連中が大いに盛り上げまくったお陰で随分盛大となり、俺とイフィルニはそれぞれ「アポルちゃん、嫁に行かないで!」とか、「イフィルニ様がご婚約……悔しいっ」とか、「二竜なら祝福出来るよ」、などとツッコミどころ満載のセリフを次から次にかけられまくり……結果としてドラゴンアポスル=男の娘説が十分弟子やシャットに受け入れられる事となった。


「そぉか、あんたさんもなっちまったんやなぁ。ライフ・デッドに」

「意味わかんねぇよ。普通に人生の墓場へようこそでいいだろ? シュバルツの旦那よぉ」


 ぶくぶくと冷え切る前のマグマのように飛沫弾ける黒ビールを醸す四十前後の渋い親父(既婚者)と軽口を叩き合いつつ、俺は愉快な気持ちでドラゴンライダー同士の夢の対戦と次代を担うドラゴンライダー達のキラキラした若い表情を、春のように温かい心で眺め続けていた。

 なお、酔ったイフィルニはまっこと可愛らしい事をここに記しておく。

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