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八話

「うわぁ! すっごいね!」


 シャナの言葉は、俺とイフィルニを除いた全員の胸中でもあったのだろう。

 洞窟を抜けた先に見えたのは、広がるばかりの空。洞窟の出口はやや上を向いているので、先に視界に入って来るのも空だ。


 ちなみに何故荒れ地に出現した洞窟の先に青空が広がっているのか、という疑問をルナナから頂いたが、そこはもうゲームだからとしか言いようがない。もしくはファンタジーだから空間湾曲なりなんなりがだね、という曖昧な説明が付く。言わせんな、恥ずかしい。


「不思議だよね」

「二百年前に比べれば五大都市だって十分不思議存在だからな?」


 数歩進んで眼下に見えた景色は、更に圧倒と言えるだろう。右手に見えるのは複雑に切り立った崖で、ようやく飛べるくらいに成長したドラゴン達が必死に飛行訓練という名の滑空を繰り返している。左手に見えるのは逆に青々と広がる草原で、可愛い幼竜や母性溢れるマザードラゴンがのんびりと寝転がったり駆けまわったり火を吹いたり戦い合っている。正面にはポツポツと建築物が点在しており、それぞれの仕事に精を出すドラゴンやドラゴニュートが沢山いた。ドラゴニュートの国、竜国でさえ滅多に見る事の出来ない両者入り乱れた光景。


 まさしく、楽園と言っても過言では無い。


「そこの人間共! 止まれ! 何者だ!」


 感動もひとしお、正面の建築物群に向かって歩みを進めていると、一竜の黄色い鱗のドラゴンに誰何され……ん? あれは、もしかしてエレティカ嬢か?


 イフィルニには及ばない(俺主観)ものの、中々どうして美竜な彼女に一枚の鱗を掲示し、内心の驚きを隠しつつ呼びかけに答える。


「俺の名前はドラゴンアポスル。相棒にして恋竜であるイフィルニと『偉大なる雷鳴者』ドゴラ・フィラスキアの御方より賜りし『友誼の歴鱗』を持つ者だ」

「竜の友か。来訪を歓迎しよう、ドラゴンアポスル」

「ありがたい。後ろの連れは俺が特に信頼する者達だ。彼らの罰は俺の罰。その責任は俺が背負う。滞在の許可を求める」

「竜の友よ、汝の判断を尊重しよう。その者らの滞在を許可する。風と空の栄光は翼によって訪れるだろう」

「友の竜よ、感謝する。破壊と君臨の栄誉は炎によって齎されよう……もういいか?」


 荘厳な態度と口調で交わしていたやり取りを終え、フランクにエレティカ嬢へ話しかける。彼女も息を抜き、やや翼を崩して答えた。


「ええ。掟とはいえ、やはり疲れるものがありますわ。お久しぶりです、アポスル殿」

「久しぶり。大きくなったな、エレティカ嬢」

「ありがとうございます。イフィルニ殿も、ますます美しくなられましたわ」

「ありが、とう、レティ。貴女も、グンと、綺麗になった。元気、だったか?」

「ええ、おかげ様で。今日はどのようなご用事で参られたのですか?」

「俺の友人に紹介したくてね。カレラクト達から聞いてるかもしれないけど、一応紹介しておくよ。ヒューマンがラガルト。ライカンスロープがシャナ。ドラゴニュートがルナナ。マーメイドがシャットだ」

「初めまして、ラガルト、シャナ、ルナナ殿、シャット。私はエレティカ・フィラスキアと申します」


 エレティカ嬢が長い首を少し下げる。四人は一瞬戸惑ったようだが、すぐに同じく頭を下げた。MDOのドラゴンは基本敵だからな。エレティカ嬢はペットじゃないし、無理も無い。

 むしろここで頭を下げられたのは俺というドラゴンと深い関りを持つプレイヤーを知っているからであり、決して普通の反応とは言えない。一般プレイヤーはこの隙に襲い掛かる。


「さ、ここからは自由行動だ。俺とイフィルニはエレティカ嬢と積もる話があるし、楽しみは後に取っておいた方が良いだろう」

「楽しみって何?」

「秘密だ。ほら、楽しんで来い。集合は一時間後だ」


 現在時刻は九時ちょい。修学旅行の随行教師みたく宣言した俺は有言実行とばかりに椅子とテーブルを取り出し、次いで茶菓子とコーヒーを用意する。イフィルニとエレティカ嬢にはそれぞれ菓子甘肉の塊を取り出し、飲み物はイフィルニに俺と同じ味のアイスコーヒー、エレティカ嬢にホットミルクを専用の器へ入れてその場に置いた。


「優雅にお茶を始めたよ!?」

「あれってプレイヤーが食べたら状態異常『虫歯』になる肉じゃ……」

「アポルが言い出したらテコでも隕石でも動かないよ。大人しく秘境巡りに繰り出した方が良い。それじゃ、またねー」

「一時間後だな。ほら、二人とも。行こうではないか」


 何か納得できなさそうに俺のコーヒーセットを見つめる二人を引き連れてシャットが武器屋の方へ歩き出し、ルナナは気ままにでたらめな方向へ足を向けた。シャットは完全に姐御肌だな。ルナナはまあ、ソロも好きな奴だから、当然っちゃ当然の行動か。


 去っていく四人と付き添いの使いミニマムサイズのドラゴンから眼を外し、椅子に座る。コーヒー(キリマンジャロによく似ている)を一口啜り、改めて口を開く。


「それにしても、ほんと見違えたよ。最後に会った時なんてこんな小さかったってのに」


 たまに集まる親戚のおっちゃんみたいな事を言ってテーブルと同じ高さに手を水平に置く。成長期に入る直前だったからか、丸っこくて、可愛らしい愛らしいという表現が似合う姿をしていた。しかし今では、長槍の如き鍛えられた細さと稲光が如く美しさを持つ美竜だ。

 気分は可愛い姪っ子の成長を見守る叔父そのものだ。


「あれから私も里長の竜として成長しましたからね。アポスル殿も、なんだか少し雰囲気が変わりましたわ」

「そうか? 自覚は無いんだが……」

「レティの、言う通り。少し、優しく、なった」

「ええ。前にお会いした時よりも幾分柔らかくなったように感じられますわ」


 そうか……最後にここに来たのが一年と二か月くらい前だから、トカゲ&シャナの夫婦と出会う前だ。ルナナが休止して、あの貧乳戦乙女のアタック(物理)が普段より鬱陶しくなって荒れていた時期でもあるし、何より思春期の最中だった。そりゃ雰囲気も変わるってものだ。

 ……雰囲気まで分かるAIにチェンジした、って所に驚いたのは秘密だ。


「トカゲ……ラガルトとシャナのおかげだよ」


 脳裏に二人の眩しい若者の姿を思い浮かべる。口には自然と、笑みがこぼれる。


「あいつらは……なんて言うか、若々しいんだよ。警戒心はあるけどそれ以上に好奇心旺盛で個体として優れた心を持ち、実力を向上させる姿勢が綺麗で話していて楽しい。正直人生でここまで好感の持てる人間が見つかるなんて、思ってもみなかったよ」


 煌めく一番星のようで、揺らめく焚火のようにも見える。中二の頃には思春期故の荒れた心がこの先一生楽しい人生なんて送れないだろうな、と何度も心の内に叫んでいたというのに……中学自体も、ウザかったしな。


 ルナナや他の知り合い、そして何よりイフィルニや望未の存在があるのに、自分が不幸だと思ってしまうなんて実に愚かだと、今なら思える。あの体験に確かな意味はあった。今の楽しさの儚さと価値を知る事が出来たのは、俺の世界でたった俺だけだ。


「……ちょっと嫉妬してしまいますわ。ヒューマンやライカンスロープなんかが、アポスル殿の心の支えになるなんて」


 ふっ……少し拗ねている。ドラゴンは偉大で誇り高い生き物だからな。過去に慕った相手の中の大きな存在が、よりによってドラゴンでもドラゴニュートでも無いのだ。妬いてしまうのも仕方あるまい。


「究極的には、どんな種族だろうと種族以上に優れた個体が生まれる物だ。あの時はたまたま二人が俺を癒してくれたってだけで。俺の生涯を癒してくれるのはイフィルニやカレラクト、そしてエレティカ嬢を始めとしたドラゴン達だけだ。あと妹な」


 俺が……重要極まりないと馬鹿でもわかる空中都市の点検を疎かにしたゴミのせいで家と両親と妹の意識を失った11の俺が、それでも絶望せずに生きる事が出来たのは、死にかけの妹と物語に出て来る神秘的な彼らのおかげだ。


 俺は兄だ。俺は異常者だ。俺は読者だ。


 『女性』が生きやすい世の中になっても、あの世界は相変わらず『変人』が生きにくい。フォローは出来てもリカバー出来ない程度の、理想にほど遠いただの世界。


「そうですか? 私もアポスル殿のお役に立てていますか?」


 ……ふっ。鬱陶しい独白はやめだ。

「エレティカ嬢は俺の姪みたいなものだからな。好かれるだけで嬉しいよ」

「ハぁ、フゥゥゥゥスス。よかったですわ」


 竜の声で無邪気に笑うエレティカ嬢は、夫婦に負けないくらい眩しく輝いていた。


「それはそうと、エレティカ嬢。俺とイフィルニは、実は、その……」

「遂に、婚約まで、こぎ付けた」

「ええ! おめでとうございます、お二竜共! となれば、今日はお祝いをしなければいけませんね!」

「そこまでされる訳には……いや、まあ、エレティカ嬢がしたいと言うなら、甘んじて受けるけど」

「良いでは、ないか。私も、アポスルの心を、焼き焦がしたと、皆に自慢、したい」


 イフィルニにまで言われちゃ、仕方ない。今日はレッツパーリィだ。


「では早速、皆に準備するよう伝えてきますね」

「いや、もう少し後で良いだろう。なんと言っても他の奴らを連れてきた理由の一つは『選人の儀』を受けてもらう為だからな」


 ニヤリと笑って告げると、エレティカ嬢は驚いたように瞼をパチクリさせた。


「選人の儀、ですか……なるほど。そういう事ならもう少しこのお茶会を楽しみましょう。さあ、アポスル殿、イフィルニ殿、外の世界の話をもっとお聞かせください!」


 キラキラした瞳で一度ホットミルクに舌を付けるエレティカ嬢に、俺とイフィルニは前に話さなかった武勇伝、そして別れてから新たに生まれた冒険譚を話して聞かせる事に、この一時間を注いだ。


 Now Loading...


 優雅にお茶会(中身は非常に物騒だったが)を楽しんでいると、一時間なんてあっと言う間に過ぎてしまう。

 自由行動をしていた四人が帰ってきた。


「ねえねえアポル! 子竜たち超可愛かった! 嫌がってる顔も見ちゃったけど、撫でるととっても甘えてくるの!」

「そりゃよかったな」

「……強かった」

「何故お前だけログアウト不可ダンジョンにアタックした後のプレイヤーって雰囲気なんだ? いやなんとなく理由は分かるけど」

「凄いねアポル! 竜属性の魔法書なんて初めて見たよ!」

「あー、そういえばあったな。俺は魔法使えないから興味無かったけど」

「見ろ、アポル君! この黒麟で出来た『アサシド・ラグナイフ』の冷たくも強力な輝きを! 今まで私が使っていた短剣と比べて一.三倍の攻撃力と二倍の隠蔽率、及びダメージ二倍のクリティカル率だ!」

「へぇ、良いもん見つけたな。ここの商品は品ぞろえが完全にランダムで、主に脱皮や生え変わりで地に落ちた素材を使ってアイテムを作っている。そこまでの高性能品は滅多にお目にかかれないぞ」


 誰も彼も(若干一名目が死んでいたが)が興奮した様子で竜の里について好意的な意見を並べる。第二の故郷のようなここが褒められるのは気分がいいな。

 そしてその思いは、地元種族であるエレティカ嬢の方が強くあるのだろう。


「人間の方々、我が竜の里を堪能していただいたようで、嬉しく思います」

「すっごく楽しかったよ! あとあと、ロディリオさんっていう緑のドラゴンさんが貴女によろしく、って」

「まあ。他者に言伝を任せるなど情けない」

「度胸自体はあるのに何でそういう面ではヘタレなんだロディリオ……」


 ただ切って捨てたエレティカ嬢に想いを寄せてしまった曲芸ドラゴンへ哀悼の意を表す。俺にとってはイフィルニが一番だが、エレティカ嬢は竜の里一の美竜と言っても過言では無い。有力な次期里長候補でもあるし、求婚は絶えないのだろう。


「私を娶りたいのなら、アポスル殿よりあらゆる面で強くなくては」

「せめて一対一で勝てる、って条件に緩和してやれよ。俺とイフィルニが組めば大抵の奴は倒せるんだから」


 例外もいるにはいるが、そうなったら切り札を使えばいいだけの事。MDO最強は俺だ。


「ロディリオさん良い人……じゃなくて良い竜だったのになぁ。お菓子くれたし」

「おいトカゲ、お前の嫁が餌付けされてるんだが良いのか?」

「嫌ですよ~、アポル。シャナの胃袋を握っているのは僕じゃないですか」


 それもそうだな。トカゲの料理はほっぺが溶け落ちそうなくらい美味いし、ポッと出のドラゴンに掻っ攫われる程甘い尖塔ではないか。いや、むしろ甘すぎて、か。


「ま、なにはともあれ楽しんでもらえたようでよかった。ここで楽しめるなら、皆の種族に関りのある隠れ里を見つけたとしても十分やっていけるだろう。あるかどうかは分からんが……と、無駄話だったな」


 訳知り系NPC気取りを取り直して。


「さて、楽しい自由時間はお終いだ。今回の竜の里訪問においてのメインイベントが君達を待っているぞ」

「私は失礼いたしますわ。今夜は宴ですので人間の方々も是非ご参加ください。では」


 チュートリアル系NPC気取りをしていた俺の空気を返してくれエレティカ嬢……


「何かおめでたい事でもあったのかな?」


 ほれ見た事か。見事に話が脇道へ逸れた。


「後で分かるから今はとにかく行くぞ。出発だ、出発!」


 何も言わずに進めば俺を抜きで雑談の限りを尽くしそうな連中にやや辟易しながら竜の託卵所へ歩みを進めた。


 道中も俺の心は休まるところを知らず。あちこちへ勝手に歩き出そうとするシャナとシャットを牽制しつつ、挨拶を交わしてくれるここのドラゴンやドラゴニュート達にきっちりと挨拶を忘れない。最初に来た時は何かとお世話になったからな。本当ならもう少しゆっくり相手をしたいものだ。


 五分も歩かない内に目的の建物に到着。大理石で出来た巨大な白石館は今日も厳かな雰囲気に包まれていて、見る者に相応の畏怖を与えている。何度見てもここが単なる託卵所とは思えない。どちらかと言えば屈強なドラゴンが中で待ち構えていて、「矮小なる人共よ、我が聖域に何用だ」と襲い掛かって来きそうなイメージだ。


「えっと、アポル? 私ここに入るの止められたんだけど……」


 入ろうとしたのかよっ。なんというか、相変わらず怖いもの知らずだな、コイツ……


「安心しろ。友誼の歴鱗を持つ俺が同行者なら問題ない。むしろこの鱗の本来の意味はここにあるからな。扉を開ける役目は副次的な物だ」


 再び手に取った鱗を握り、特に覚悟らしき物は持ち合わせず白石館の中に入る。入ってすぐ二体のガーゴイルドラゴンに誰何されたが、歴麟を見せると途端に物言わぬ石像と化した。シャナがビクついた為、彼女を止めたのはこいつらかと当たりを付けた。

 薄暗い廊下はすぐに途切れ、壁や床と同じ白い大理石で出来た扉を開ける。


「おや、アポスルの坊やじゃないか。久しぶりだねぇ」


 中で待っていたのは可愛らしい老婆のドラゴニュート。この竜人には竜の里に来るたび美味しいお菓子やお小遣い(鱗とか皮とか骨とか)を貰う等、随分とお世話になっている。懐かしいな。


「ご無沙汰、お祖母ちゃん。元気だったか?」

「春の仔馬のような快活さが見えないのかい? 相変わらず鈍い男じゃ」


 ちなみにツンデレだ。そして俺に実の祖母はいない。


「百万の軍勢をなぎ倒せそうな程元気に見えるよ。ああ、これ下界のお土産。カルシウムたっぷりのスケルトンヨーグルト」

「ふんっ、気味の悪い名前だね。まあ貰えるというなら貰おうじゃないか」


 嫌そうな顔をしながらもお土産の樽を受け取るお祖母ちゃん。


「……スケルトンヨーグルトとはなんだ?」

「中位スケルトンの骨で作るヨーグルトだよ。それなりの聖水や聖菌が使われているから、体に害は無いよ。ちなみに取引相場は今でも一樽2億はするんじゃないかな」

「2億!?」


 後ろ煩い。そういう即物的な事はピーチクパーチク囀るもんじゃないぞ。


「それで、何の用があって来たんだい?」

「お祖母ちゃんに会いに、っていうのももちろんあるけど、こいつらに選人の儀を受けさせに来た」

「ふぅん。ヒューマンとライカンスロープとマーメイドかい。まあいいさ。せいぜい頑張る事だね」

「……ナチュラルに除け者にされた?」

「そうじゃない。ドラゴニュートは例外で、他の種族を見下しているだけだから」

「ま、好きにするがいいさ。わしはただドラゴン様の卵をしっかりと見守るのが仕事じゃ。それ以上でもそれ以下でもない」

「ありがとう、お祖母ちゃん。それじゃあ早速頼める?」

「規則じゃからな」


 そう言ってお祖母ちゃんは奥の扉の向こうへ。俺も戸惑っている皆を半ば強引に引っ張って後に続く。

 扉の先には妖しい紫の光を仄かに放つ黒水晶で囲まれた部屋が待っていた。俺もここに来るのは初めてなので、他の連中と同じように驚き、感嘆の声を上げた。中央にある魔法陣は明滅を繰り返す青い光を放ちながら、静かに俺達を待っていた。


「ここが選人の儀を行う祭壇じゃ。まずはヒューマンの小僧、選定陣の上に立て」


 説明も無しに早速厄介事を済ませようとトカゲに白羽の矢を立てるお祖母ちゃん。当のトカゲは困惑したように動きを見せず、問いで返した。


「あ、あの、お婆さん」

「誰がババアじゃ! わしの事はウィリエス様とお呼び!」


 婆さん扱いされたお祖母ちゃんが怒る。理不尽かもしれないが、初対面の女性にはレディと声をかけるのが異世界ファンタジーのお約束だ。無礼はトカゲにあり。


「ご、ごめんなさい……えっと、ウィリエス様」

「モジモジしとらんとさっさと言わんか」

「は、はいっ! えっと、具体的に全部わかりません!」


 それ具体的って付ける必要あるのか? まあ気持ちは分からんでもないが。


「なんじゃ、説明しとらんかったのか、アポスル坊や」

「有限の生においてサプライズは潤いの一つ。別に説明しようがしなかろうが完全に運の仕事だし、さっさとお祖母ちゃんの言う事を聞け、トカゲ」

「そこはかとなく理不尽なんですが!?」


 叫びながらも素直に魔法陣の上に立つトカゲ。するとその瞬間、エレティカ嬢の体色と同じ黄色の光が魔法陣より発せられ、どこかで聞いたことのある一声が響いたと思ったら、いつの間にか魔法陣の上に錠剤のカプセルに似た形の黄色い卵がポツンと現れた。

 ほぉう。中々良い卵に選ばれたじゃないか。


「……ふむ。流石アポスル坊やが連れてきただけはある。小僧、その卵を抱え、選定陣より離

れるのじゃ」


 やや他種族へのトゲが抜けた声音でお祖母ちゃんの指示が飛ぶ。呆気に取られて動けなかったトカゲの背に容赦なく魔法の土塊を叩きつけたりはしたが、少しは認められたようだな。あの卵に選ばれたなら当然と言えるが。


「ほれ、お主らもさっさとせんか。久々の儀式に騒ぐドラゴン様の卵らを早う宥めなければならぬのでのう」


 急かすお祖母ちゃんに言われるがまま、シャナ、ルナナ、シャットもトカゲに続く。

 結果として、三人ともトカゲと同じような過程を経ることが出来た。シャナは桜色、ルナナは深緑色、シャットはやや紫がかった黒色の卵を抱えている。


 ――この時点で、俺のシャットに対する警戒は完全に消えたと言って良い。


「全員選ばれおったか。おのれアポスル、さては貴様怪しげな術を覚えたな?」

「ちょ、お祖母ちゃん! 失礼だろ!」


 皆それぞれ清い人格を持ってるって事だよ! いや、清くは無いかもしれないが、少なくとも卵に選ばれるだけの水準にはあるんだって!


「ふんっ、我らから子竜様を奪っていくくせによう言うわい」

「あの、アポル? そろそろ説明してくださいよ」


 拗ねるお祖母ちゃんに苦笑する。まあ、可愛い可愛い孫のようなものだからな。仕方ないとしばらく放置する事にして、引き伸ばしてきた説明タイムに入る。


「選人の儀っていうのは、平たく言えば人間全員に一度だけ挑戦の権利がある特殊職習得クエストだ」


 沈黙。

 直後の怒声は四人同時にゴチャゴチャと重なったため、聞き取る事が出来なかった。


「やかましいわ鼻たれ共!」

「お祖母ちゃんの言う通りだ! 知的存在の話を最後まで聞かないヤツは痛い眼を見ると何度口にしたと思っている!」

「聞いた事も無いな!」

「揚げ足取るんじゃねぇよ! 子供かてめぇはこの大人!」


 何か矛盾したことを言ったような気もするが、言いたい事は言えたので良しとしよう。


「言っておくが、特殊職っつうのは習得難易度が高すぎて職業に設定されない超レア職の事だよ! レベル基準の第四職に加わる事は無いから、安心しろ」


 まったく、俺に対する信頼ってやつが無いのかてめぇらは。俺がお前らに取り返しの付かない押し付けをしたことがあったのかよ。確かに普段は強引だが、然るべき理由があれば断れる事しかしてなかっただろうに。ったくよぉ……


 などというご都合な悪態は胸中のみに留める。職は一度決めると変更が許されないから焦る気持ちも痛いほど分かるのだ。人間っていうのは『まさか』を常に想定するべき生き物だからな。必定の行動だ。

 四人とも安堵したように溜め息を吐き、恨みがましい視線を俺に向ける。


「そういう事は早く言ってよ!」

「アポル、流石に今回は納得のいく説明が無いと僕も怒るよ?」

「分かった分かったからそう針の筵にするんじゃない! 特殊職っつうのは、他のネトゲで言うところの副戦闘職みたいなものだが、性能としてはメイン職とほぼ変わらん。その代わり習得難易度が鬼のように高くて、運の要素も非常に強い。『セブンボーイ』の噂は知ってるだろう? あいつが何で豪運を持っているのかっていう質問にも、そいつが原因だと答えが出る。あいつはMDOにアカウントを登録した77777人目で、それを祝して『フェスティバル』を与えられたんだ」


 ……無論、あのゲームの愛し子の幸運はもっと他の部分に縁る存在だが。


「wikiには載ってないけど、なんでアポルはその事を知っているのかな」


 ルナナの質問は、何故『特殊職』という『存在』を知っている、という意味だろうな。

 簡単だ。


「『フェスティバル』セブンボーイことコウイチは俺の一番弟子。『ヒーロー』エレヴィオは永遠のライバル。『オールマイティ』シュバルツは黒ビール仲間。『マスタースミス』ドラフは俺と専属契約を交わした鍛冶師。そしてローラン、ジェイス、ケリットヴィルスはこの里で『ドラゴンライダー』の特殊職――俺らは『横文字職』って呼んでる――を得た。なんの事は無い。変人同士の奇妙な縁だよ」


 横文字職というのも『横文字職』持ちやその存在を知っている俺らで勝手に決めた名前だ。ハーレムパーティーのリーダーであるコウイチや俺はともかく、他の奴らは揃ってソロだし、wikiを更新しようなんて殊勝な奴は一人もいない。知らなくて当然だ。


「ちなみに俺がドラゴンライダーじゃない理由は明白だ。俺にはイフィルニを始めとしたペットのドラゴンがいるから、卵に選ばれない。さっき挙げた三人はここを見つけたドラゴニュートに招待されて、たまたまドラゴンライダーになれたんだ」


 まあ、失敗したヤツの話は聞いた事ないけどな。そもそもここに連れてきても大丈夫と判断されたヤツは問答無用で無類のドラゴン好きだ。トカゲ達は例外として、流石に俺程でなくとも十分変人扱いされる程度にはドラゴンに心酔している。成功して当然ってやつだな。


 だが他の特殊職、特にオールマイティなんかは噂程度に広まっている筈だが、成功者がシュバルツの旦那を除いて誰もいない時点でお察しの習得難易度だ。ネトゲでは噂=ガセネタか未検証。ガセじゃ無いのは俺が知っているので、結局特殊職もたった一つだけが噂程度に認知されているって訳だ。それらしき挑戦クエはハッキリしているのだが……まあ説明する必要は無いか。俺もよくわかってないし。


「なるほどね。でもアポル、いくらこっちの反応が過敏だったとはいえ、そういうデリケートな問題はきちんと説明してもらわなきゃ困るよ。刹那的快楽も良いけど、今は多人数のパーティーなんだからさ」


 ……う、うむ。まあ、確かにちょっと、お茶目が過ぎたように思う。ここは謝るのが吉か。しっかりと頭を下げる。


「それもそうだな。驚かせて悪い」

「まったくだよ! えい!」


 うぐっ……杖で殴られた。攻撃力は皆無に等しいので大したダメージは入らなかったが、精神的ダメージはちょっと深い。


「ホウレンソウは人生の基本だぞ。やはりまだまだガキだな」


 あんたに言われたくないと切実に反論したくなったが、正論なので言い返せない。


「ま、まあまあ。アポルにも悪気は無かったと思いますし、ここは一つ笑って水に流しましょうよ」

「あっはっは」

「あんたが笑わないでください!」

「水で流すよー」

「ギャグボゴァゴボゴボォ!?」


 ルナナからウォーターラインの魔法が飛んできて少し溺れるというハプニングで、今回のどうにもならない失態に蹴りが付いた。


「ゲホッ、ゲホッ……さて、肝心のドラゴンライダーについて説明しようか」


 まだ水が変な所に残ってる気がする。体内構造自体はいくつかの例外を除けばヒューマンとさして変わらない為、心なしか鼻も痛い。


 あまり長居するとお祖母ちゃんが怒るので現在は白石館の外、建物群の中心にある広場にて思い思いの体勢で話をしている。


「俺も聞いた話だからドラゴンライダー自体についてはよく知らん。せいぜいプレイヤーが直接振るう武器に何故か片手半剣と槍と弓のみって制限が付いているくらいだな」

「えっと、ドラゴンライダーって言うくらいですからそれは搭乗時の制限ですよね?」


 相変わらず洞察力の高い弟子だ。直感ばかり強くて碌に修行が身に付かなかったコウイチとは比べ物にならんな。それでも超一流を名乗れるだけの力があるというのは、なんともな。


「そうだ。ちなみに訓練は必要だが、慣れれば杖とかが無くてもドラゴンを媒介に魔法が使えるようになるらしい。魔法使いは言うに及ばずだが、そこら辺の職を持っていなくても軽い魔法なら使えるようになるらしい」

「……ゲームバランス的に大丈夫なのかな、それ?」


 ルナナの心配は分かる。ドラゴンライダーって言えば戦場に出れば天空より圧倒的な機動力と殲滅力によって幾千の兵を薙ぎ殺す伝説の英雄だからな。


「だから特殊職なんだよ。そもそもこの竜の里は実装から二年……いや、俺が見つける前からあるから、少なくとも二年以上昔に実装されているにも関らず、その存在が噂にもならないくらい発見困難な場所だ。そんな場所で習得出来る職が、まともな職な筈がない。そもそもこのゲームは力量の区別が残酷なくらいはっきりしてるだろうが」


 そもそもMDOはリアルで武芸の嗜みを持つ者が有利なゲームだ。勿論魔法や現実では廃れた武器、そして武芸に関りが無いからこその柔軟な発想も同じくらいプレイヤーに利を齎すものの、ネトゲしか能が無いような奴らはせいぜい一流程度のプレイヤーにしかなれない。一流はパーティーを組めば強敵に勝てるが、俺や前線の二つ名持ち、横文字職持ちみたいな超一流はソロでも格上に勝てる。そのくらい不公平……いや、才努の差が激しく出るゲームだ。発見困難なクエストを潜り抜けて手に入れた力が、ただの弱者の為に弱く作られているなんてありえない。


 逆に言えばしっかり努力をすれば誰だって一流になれるし、時々本職の人がゲリラ指導を行ってくれたりすると異様な程実力が上がる。そこが評価される所なのは確かだ。


「それもそうだね。話の腰を折ってごめん。続けて」

「懸念は大事だから別に構わん。とにかくドラゴンライダーとしての戦闘能力は、俺とイフィルニのような関係とは少し異なる。ルナナ以外は知らんだろうから想像しにくいかもしれないが、俺とイフィルニのようにそれぞれ別の存在として相手を攻撃するペアタイプと違い、ドラゴンライダーは完全に人間と竜が一体となって敵を殲滅するタッグタイプだ。下りてしまえばその実力を十全に発揮できるとは言えんな」


 無論、ドラゴンとライダー単体でも強い事は強い。単純計算で言えばプレイヤーをはるかに越えるスペックの攻撃役が一竜増えるんだからな。だが俺とイフィルニのように1+1を10とか20にするような連携は望めないだろう。実際に騎乗時と連携時で戦ったから分かる。三人のドラゴンライダーは、騎乗時は俺とイフィルニを圧倒し、連携時は俺とイフィルニにボコボコにされた。俺じゃ騎乗時のリーチが無いってのもあるが。


「ま、某小説みたく常に一緒にいる必要は無いし、共に戦わない時は専用のアイテムになってアイテムボックスに収納できる。今までの強みが消える訳じゃ無いさ」


 シャナとシャットが、ホッ、と安堵の息を吐いた。ヒーラーと短剣使いじゃドラゴンライダーには向かないからな。


「ただし、トカゲだけは騎乗時のスキル、及びプレイヤースキルを磨いた方が良い。確か今使ってるのってロングソードだよな……じゃなくてロングソードだな」


 アイアンタートル・ロングソード。それがトカゲの持つ剣だが、どう考えてもロングソードだ。名前にもあるし。普通タンクは大型の盾とショートソード、もしくはソードブレイカー系の比較的大きい短剣を手に持つのだが、トカゲの場合半ばメインの火力も担っていた為、ショートソードよりやや大きいロングソードをメインに使っている。


「今度適当な片手半剣見繕って鍛錬してやるから覚悟しとけよ」

「鍛錬はともかく……あの、片手半剣ってどんな武器なんですか?」


 ……ああ、そういえば一般的な呼称じゃなかったな。


「ハーフ・アンド・ア・ハーフソード……いや、バスタードソードって言った方が伝わりやすいか。バスタードは蔑称だからあまり使いたくないけど」


 バスタードって言葉は私生児もしくは雑種って意味だからな。海の向こうじゃまだまだ現役の差別用語だ。バスタードソードってのも、バスター(破壊)のイメージが強いアジアくらいでしか使われない表現だしな。こういうところは百年経とうと変わらないって事だ。一人胸の中に不満を仕舞うしかない。


「バスタードソードって言うと、確か両手でも片手でも使える剣、でしたっけ」

「その認識で合ってる。重心が独特で、専門の訓練が必要な武器だ。その汎用性と扱いの難解さから別名英雄の剣、主人公の剣、ライバルキャラの剣などと呼ばれる」


 これは本当だ。実際、片手半剣は物語においてよく主役の手に握られる。特別な表記がなくともまともな人間が両手と片手の両方で扱える剣と言えば大半は片手半剣だろう。ツヴァイハンダーのような大剣に分類される剣を二刀流で振り回す『オールマイティ』シュバルツのような変態は例外中の例外なのだ。


「最後のは自分の趣味入ってない?」

「関係ねぇよ。過去の伝承や伝説だって、突き詰めれば『昔風ラノベ』。純文学は『硬派ラノベ』。海外文学は『外国系ラノベ』なんだから。全部二次元の話である事に変わりはない」


 暴論も良い所だろうが、文字がメインという点で言えば畑違いの人にしてみればそんな物。どれもこれも近寄りがたい事に変わりはない。


「ともかく、俺の知るドラゴンライダーについては以上だ。つっても、本当の意味でドラゴンライダーとしての力を振るう事が出来るようになるのは、せいぜい半年後ってところだろうから、後々そういう事になる、程度の認識で良いと思うぞ」

「そうなのか。私としても心の準備くらいは欲しかったから、十分なのだが……半年後云々という話はどういう訳だ?」

 暗殺者兼俺の監視役であるシャットが内心のみ随分安堵している一瞬を見なかった事にしつつ、理由を説明する。


「それはズバリ……お、ナイスな展開だぜ」

 久しぶりに思い出したラッキーボーイのキャラクターネームと同じ名前の主人公の決め台詞をキメつつ、それを見やる。

 各々の卵が、ピクピク動き出したのだ。


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