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七話

 現実時間で二十分程抱き合って、理性を取り戻した後。

 私事で時間を取らせてしまった事を謝ろうと皆に眼を向けた時、不意にシャナがこんな事を言ってきた。


「そういう事なら、恋人……じゃなくて恋竜から始めればいいんじゃない?」


 驚天動地。

 まさしく頭を突いて出てきたのは、やけにイケボな「ナイスアイディア!」だった。


「という訳で、今から俺の彼女兼婚約者になったイフィルニだ」

「アポスルは、私の、ものだ。シャナ、ありが、とう」

「イフィルニちゃん、おめでと~!」

「おめでとうございます、アポル、イフィルニさん」

「ネト充おめでと、アポル。イフィルニちゃんもようやく念願叶って。お幸せに」

「改めて思うが君達、頭がどうかしてるんじゃないのか? それとも私がおかしいのか?」


 現在の発言限定で言えば考えるまでも無くあんたが一番まともだよ。人間としては、だが。


「この事を広げるつもりは無いが、特に気にせずいてくれ。どうせ四年と三月後には噂になるだろうからな」

「確かに。イフィルニちゃんとまったく同じ姿のフォースロイドだと、確実に噂になるだろうね」


 ルナナの言葉にささやきで『私としては余計な手間が増えるのだが? 一応フォースロイドの安全管理も微妙にこちらの仕事なのだぞ?』などと愚痴愚痴聞こえてきたが、あえて無視させてもらおう。


「ついでに、そうなったらお前らとリアルで会おうと思う。楽しみにしていてくれ」

「アポル、そういのはネットリテラシー違反じゃないですか?」


 そうは言うがトカゲよ。


「お前、絶対ニュースか週刊誌に載せられる俺にそれを言うか? どうせリアルバレするくらいなら、開き直って友人欲しいんだよ」

「芸能界に引きずり降ろされるかもしれないじゃないですか」

「……そうだな。連中ブラックホールよりも性質悪いからな…………キッヒ」

「わ、話題を変えよう! 今のアポルの笑い方は不味い!」


 おっと。どうやら空中都市に向けるのと同じくらいの嫌悪が漏れて出てしまったらしい。

 弟子二人は頭上にクエスチョンマークを(実際に)浮かべていたが、不穏な空気には気付いたらしく、ルナナの軌道修正に同意を示したようだ。悪いな、言い出した俺が言うのもなんだが、この話題はなるべく避けてほしい。


「そういえば、なんでアポルとイフィルニちゃんは歌って奏でて青春してたの?」

「青春は別だが、歌って奏でていた理由はもちろんあるぞ」

「帰還の、歌。全ての、竜の、故郷へ、帰る、歌」

「ちなみにホルンはイフィルニの素晴らしすぎる歌を際立たせる為だ」

「奏でる方にも意味無いじゃないですか!?」


 馬っ鹿、お前。きちんと意味はあるぞ!

 俺は釈迦が説法を説くような気分で何も分かっていない若者に真理を説いた。


「愛する者の素晴らしさを、より高みに……そう思うのは果たして、おかしな事か?」

「とても立派な行いだと思います」


 久々に見た『心の底から尊敬しています』という表情に満足してだろうだろうと頷きながらアイテムボックスを開き、アレを取り出す。


「なんだかアポルもすっかりバカップラーの仲間入りだね。いや、イフィルニちゃんに関しては昔からこうだったけどさ」

「好きな人の為に吟遊詩人になったのかな? アポルって」

「いや、それは違うだろう。無論理由の一つなのかもしれないが、君たちの為を思ってした事であるのは疑う余地が無い。そもそも演奏自体なら吟遊詩人であることに関係は無いからな。なのにあえて取ったという事は、タイミングから見ても間違いないだろう」

「シャットさん……そうだね。アポルなら色んな考えを一つの事に纏めるなんて、朝飯前だもんね!」

「シャナちゃんも分かってるね。それを言うなら、たった一日でアポルの事をそこまで理解しているシャットさんはどうなんだ、って話になるけど?」

「ふふん、当然だ。私はアポル君のお姉さんみたいなポジションだからな!」

「……アポルもそうですけど何でそこまでリアルを曝け出すのに抵抗とか無いんですか? いえ、そこまで信頼してくれるのは嬉しいんですけど」

「半分本当だからだ!」

「もう半分は嘘なんですか!?」


 誰が誰のお姉さんだって? まあ俺が参加しない所でも仲が良いのは素晴らしき事だが。


「おーい、そろそろイフィルニが歌った理由の方に入るんだけど、話続けるか?」


 ピタリと止まった。本当に仲良いな。ちょっと妬けるぞこの野郎(理不尽)。


「素直でよろしい。イフィルニに歌ってもらったのは、あの歌自体が鍵だからだ。皆もさっきのやり取りで知ったかと思うが、イフィルニは高位AIによって行動している。だが最初からそうだった訳じゃない。ペットは一定以上の強さと格、そして飼い主との親密度を持つと、今までの記憶……正確に言えば記録を高位のAIに移し、より生物らしく振舞う様になる。竜の里への招待は、そうなった状態のドラゴンに付く特典みたいな物だな」


 弟子夫婦とシャットが驚いたようにエクスクラメーションマークを頭上に浮かべる。ここら辺ほんっとネトゲーマーだよな、お前ら。


「俺も最初に聞いた時は驚いた。んで、ここが今回の目的地である竜の里の入口だ」

「でも、何も変わってないよ!」


 ……このトカゲの嫁は。天真爛漫なのは結構だがもう少し賢しく振舞いなさい。馬鹿っぽく見えるぞ。


「変わってるの。歌はあくまで鍵だ。蝶番でもドアノブでも取っ手でも自動ドアでもない。錠前を開けたら、次は扉を開けなきゃいけないだろ」


 そう言って俺は手にしたアレ……一枚の鱗を天に掲げ、許しを乞うた。


「我が名はドラゴンアポスル。偉大なる飛竜、イフィルニと共に世界を旅し、幾難を乗り越え彼の竜に認められし者なり。古の隠れ里よ、我が求め、我が相棒の求めに応え、邪迷いの扉を開きたまえ!」


 キしッ。

 それは歪んだガラスが砕ける音のようであり、長い歴史を積んだ歴戦の扉が開く音のようであり、古時計の戸が開いた音のようでもあった。

 扉……と称したが、正確に言えば暖簾と言った方が正解だろう。


 ゆらりと揺らめく陽炎が、空間の歪みと消えていく。

 そこに現れるは、荒々しく精緻に作られた洞窟。

 荒れ地のように排他的なゴツイ岩々は、しかし几帳面に壁面と入口の天井のみを飾り、中央には灰一つ落ちていない。暗い色の天井にコウモリや『多足系のヤツら』がいる訳でもなく、踏み込んだら落ちて来る系の尖った岩なんかも無い。無論落とし穴の類も。

 彷徨うモンスター以外の何も無い荒れ地に、突如出現した荘厳な洞窟の入口。

 四人はただ感嘆の声を漏らすのみだ。


「ようこそ、裏ダンジョン『竜の里』へ」

「アポスルの、友人、歓迎、しよう」


 俺が右、イフィルニが左の壁に立ち、両手と両翼を広げながらヒューマン、ライカンスロープ、ドラゴニュート、マーメイドを新たな『竜客』として迎え入れた。


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「アポル、裏ダンジョンってなんなのですか?」


 洞窟を進む途中、怖がりな犬っコロと魚にしがみ付かれ、えっちらおっちら付いてくるトカゲがそんな質問をしてきた。


 一年も今のMDOをプレイしてきて知らなかったのか。そう思いはしたが、そういうプレイをさせてきたのは自分だと心の中でブーメランを回し、普通に答えてやる。


「裏ダンジョンは公式で発表されない隠されたダンジョンの総称だ。大抵はここみたいに入場条件が設定されていて、偶然入るって事はほぼ無い」


 たまに『セブンボーイ』とか言う特に幸運値に補正は入れていない筈なのに何故か予想外の幸運を引き当て続ける壊れたラッキー野郎(ヒューマン。モテモテ。強い)が発見する事もあるが、そんなのは例外中の例外だ。あいつはゲームの女神に溺愛されている。比べる事自体が間違っている次元だ。


「普通の裏ダンジョンはクエストの報酬として入場条件を教えてくれるんだが、竜の里はその手のクエストが未だ確認されていない。入るには竜の信頼を得ないとならん。そういう裏ダンジョンはwiki的にまだ三つしか見つかっていないな」

「多いのか少ないのか分からない数ですね」

「ここみたいに秘匿されている裏ダンジョンも結構ありそうだね」


 ルナナの言う事にはっきりとした頷きを返す。それこそ件の『セブンボーイ』なんかダンジョン中がアダマンタイトで出来た裏ダンジョンを発見して一躍大財閥を作り上げたくらいだからな。アダマンタイトはダイヤモンドの性質を持った金属で、耐久力や武器破壊耐性は低いものの重さと硬さ、何より魔法の乗りがずば抜けている。ここぞと言う時にアダマンタイトの武器を使うっていうのが七か月前までの前線の常識だったが、ラッキーボーイとハーレムの一人が鍛冶職人と付与術師にアダマンタイトを大量に卸した結果アダマンタイトの武器は使い捨て上等という信じられないような常識が爆誕してしまったのだ。まあ、年間の産出量が500キロ行くか行かないか程度だったのがいきなり月何十トンに上がったんだから、そのぐらいのデ

フレも当然だろうが……個人的にはもっと武器に愛情を持てと言いたい。


「竜の里、でしたよね」

「ああ」

「どんなところなんですか?」

「素敵な場所だ……というか、いつも質問をするのはシャナの役割じゃなかったか?」

「答えになってません! シャナは、その……この有様ですので」


 チラリとトカゲにしがみつく涙目のシャナを見る。う~む、確かに恐怖で普段の天真爛漫さが抑えられている。この様子じゃ聞くに聞けないか。


「……うん? こいつもっと不気味なダンジョンとか平気じゃなかったか?」


 女の子らしいと一瞬評価を変えかけたが、そもそも昨日のフォーグ廃砦なんかよっぽど不気味な塩梅だった気がするけど。壁にシャレコウベが埋まってたりとか。


「いえ、洞窟っていうのが苦手みたいです。こういう道中戦闘に集中出来ない所とかは、特に苦手らしくて」

「ほぉう。そりゃまたなんで?」

「昔洞窟で生き埋めになりかけたらしいんですよ」

「何気軽に話してんの? それ割とシークレット系の発言だよな?」


 お前らが相思相愛で互いの黒子の数まで教え合う仲だってのは十分承知しているが、本人に無断で言うもんでもないだろ。俺だってあの事件の事は口に出してないっていうのに。まあ、言いふらすような事じゃ無いってのもあるけど。


「……そうですね。ちょっとリアルでそういう類の話を聞きましたし、アポル達に引き摺られたのかもしれません。すみません」


 しまった、失敗した。というような表情で暗く顔を伏せるトカゲ。いつもわりと冷静なトカゲが珍しいな。リアルで何があった?


「そっか。なら良いさ。ポロっと零した情報を悪用するような仲でも無いしな。そこのシャットも中々人に言えない秘密を俺が握ってるわけだし」

「何お国の人を脅してるんですか!? 信頼はありがたいですけど!」

「複雑な事情ってやつがあるんだよ。あんまり深く考えるな、ハゲるぞ」

「考えちゃうように仕向けたのはアポルでしょう!?」


 トカゲの絶叫が洞窟内を延々響き渡る。俺は愉快だと笑い、次の瞬間には真面目な物へ表情を変えた。


「そろそろ到着だ。だが先に言っておかなければいけない事があるので、一旦休憩」

「分かりました」


 道中よりわずかに広い洞窟で小休憩を取る。俺のパーティーはこのタイミングで一時ログアウトしてトイレ休憩を取るというルールがあるので、話は数分後だ。

 ルナナと怯え犬とビビり魚が一時ログアウトし、俺とトカゲで普段出来ないような猥談を少ししながら時間を潰す。三人が返ってきたところで説明を始める。


「まず、さっきは裏ダンジョンがどうのと言ったが、実態は村や町と大差ない。少なくとも、イフィルニと俺みたいな関係の奴とその仲間に限ればな」

「戦闘可能な村、ドグドラみたいなものかな?」

「その通りだ」


 そう言って、思わず苦笑する俺とルナナ。あそこは一時期前線の基地になってて、よく揉め事に巻き込まれたり起こしたり割って入ったり便乗したり取り締まったりしてたからな。あのペチャパイ決闘マニアの戦乙女にもよく絡まれたものだ。


「そして蘇生禁止エリアでもある」

「ええぇ!?」


 今まで借りてきた猫みたいになっていたライカンスロープ(狼)が驚愕で恐怖を超越した。そりゃシャナみたいな蘇生持ちヒーラーにとっては地の上の魚みたいなもんだからな。気持ちは分かる。


「落ち着け。そもそも蘇生しなければならないような事態に陥らせない為の説明なんだから。人の説明は最後まで聞かないと大抵不利になるっつうの」

「でもぉ、でもぉ……」


 よほどショックだったのか、それとも過去のトラウマとの相乗効果が悪さをしたか、一向に落ち着かず主武器の《水癒の直杖》をキツく握りしめている。う~む、そこまで怖いのなら先に言ってくれても良かったのに。今時のVRは本物と瓜二つだから、ある程度仕方のない我儘なら許容すべしというのがマナーなんだぞ。流石にオークキングを殺す時に某宗教の信者が邪魔をしてきて死にかけた時は殺意を覚えてPK返ししたがな。


「大丈夫だよ、シャナ」


 ――と。


「何があっても、シャナの事は僕が守る。君の為なら死んでも死なないし、何が相手になっても絶対君の傍にいる。ずっとずっと、シャナの僕でいるよ」


 ここで我らのラガルトさん(夫)が慰めるという体のイチャ付きを始めたぁぁぁぁ!


「ぐすっ、うぐっ……本当に? 本当の本当に、ずっと近くにいてくれる?」

「当たり前じゃないか」

「暗くて、怖くて、誰もいなくなっても、」

「そんな事はさせない、必ず僕が君の隣にいるよ」

「約束、してくれる?」

「勿論」

「ラガルト……」

「シャナ……」


 あーもう。

 なんだこのアメリカ野郎。こんなところでキスしてんじゃねぇよ。甘ったるい二人だけの空間を形成しやがって。美人でおっぱい大きいのに独り身らしいシャットがダメージ受けてるだろうが。


「……イフィルニ」

「……なんだ、アポスル」

「俺たちは人前ではちょっと控えような」

「ああ……そうだな」

「大丈夫、君たちは仲良し主従にしか見えないから」

「色気話に正論はいらねぇんだよルナナ。俺達の気分が問題なんだ」


 そうでなかったらわざわざ人間如きに遠慮なんてするもんか。


「若いって、いいなぁ……」

「そうは言ってもまだ二十代の前半くらいだったろうに」


 そこまで落ち込むか? ってくらい沈んだシャットに一応慰めの言葉をかけておく。最近は少子高齢化も落ち着いたし、女性差別とかも一世紀前に比べれば十分『区別』の範疇に収まっているから結婚がどうのと責められる歳じゃないだろうが……まあ、それこそ本人の気分か、そんなもの。


「いやいやシャットちゃん、若いからって全員一括りにしないでくださいって。アポルはとも

かく僕は普通だから」

「てめぇ何一人だけ常識人ぶってんだ両刀……ヤロウ? アマ? カマ?」

「最後だけは違うからね」


 ヤロウとアマはそうなのかよ。特に気に入った相手なら男女問わず声をかけてただろうが。俺の場合は相棒補正が強すぎたのか迫っては来なかったから良かったものの。


「類は友を呼ぶ、という訳か」

「やめろ、それじゃあの夫婦が変態みたいじゃねぇか」

「変態という自覚はあるのか!?」

「たまにイフィルニのスクショ見ながら宿屋で手淫してるよね」

「なんでそんな事が全年齢対象のネトゲで出来るんだ!? というか何故ルナナ君はそのことを知っているのだ!?」

「ルナナの趣味は盗撮だからな。主に……そう、『主に』敵性人種族のな」

「変態じゃないか!」

「酷いなぁ。これでもネトゲスクショ大賞の優秀賞受賞者だよ?」


 『変態は一芸に秀でる』。我が一族の家訓である。


「ちなみにアポルの犯行現場もバッチリ抑えてるよ」

「ガァ!? お前実は俺の事嫌いだろ!」


 撮ってたのかよ!? いや、なんか視線感じるなぁとは思ってたけど、仕方ないじゃないか思春期故の暴走というかなんというか……ていうか!


「そういう事を本竜の前で言うなよ! 嫌われちゃうだろうが!」

「……安心、しろ、アポスル」

「い、イフィルニ。ごめん、ごめんよ、汚い欲望塗れの彼氏で……」

「私も、よく、アポスルを、想いながら、してた」

「……アァ!? なな、ななな、何をぉ!?」

「無魂の卵を、産んでいた」

「セーーーフ! 無精卵はセーフだイフィルニ!」


 つーかその卵どうしてたんだよ。有精ならともかく無精ならいかに俺とて料理に使うのはやぶさかではないんだが……じゅるり。


「……教師として見過ごしてもいいのだろうか、この弩級変態。通報すべきではないのか?」


 誰が弩級変態だ。そもそも神話では明らかに格が上の神様に恋する人間なんて腐るほどいるだろうが。というか神様なのに女装したりレズだったり暴力亭主だったり浮気者だったりレイプ魔だったりするんだぞ? それに比べればドラゴンに恋する擦れた少年なんて大した変態じゃないだろ。


 少なくとも、刑事罰に問われるような変態と同じにされたくない。


「って、自分の事なんて言った? 今は二人とも桃色空間に閉じ籠っているからなんの問題も無いが、あいつらはまだまだ子供だ。『身近な大人』を混ぜるような真似をしたら承知しないぞ?」


 俺もルナナも、確かに中身は十六の子供だ。

 けど、昨日まで夫婦二人はそれを知らなかった。それでもあんなに楽しく、嬉しそうに俺たちと遊んでいられたのは、二人の性格もあるが俺やルナナが少なからず子供じゃなかったからでもあるんだぞ。

「子供じゃいられない人間が大人だ。だからこそ、対等でいる事に歪みが生じない。子供のままの子供と子供じゃいられない大人は、子供のままの大人や子供にしかなれない子供と違って在るべき正しい姿だ。『子供を大人に教育する大人』が、子供の遊び場を壊すんじゃねぇ。大人にその気が無くても、大人の言動は子供の心に罅を入れる事はあるんだからな」


 唸るシャット。俺の眼をしっかり見て、何かしらの結論を出そうと悩んでいる。そんな感じがする。

 ややあり、これだけ喧噪が続いていても未だピンクランドに閉じこもっている二人に眼を向けたシャットが、そのまま見つめながらぼそりと呟いた。


「本当に珍しいな、お前は。白くあろうとする黒板消しのようだ」


 ……どれだけ本来の仕事をしても、白い粉の化粧を引き剥がされるように。

 黒いこの世界に対して、どれだけ無駄な願いだろうと白き身で居続けたいと思う。どうやらそんな人間と、間違われてしまったようだ。

 俺は、ただ、ネトゲを楽しいって遊ぶ、気持ちの良い新人を手放したくないだけだ。


「……黒板消しの仕事は白い粉を落とす事だ。とても比喩になっているとは」

「訂正するぞ。古い粉を落とし、新たな白線を引く場を整えるのが黒板消しの仕事。つまり、君はあの子たちが健やかでいられる場を作っている、と言いたい訳だ」


 …………俺としたことが。

 ユーモラスなカウンターを貰っちまった。ちくしょう。


「君の望み通り、こちらではただの暗殺者シャットとして、君たちと接しようではないか。私としても、あんな清々しい子供の成長を妨げたくは無い」


 はぁ、まったく。

 前言撤回だ。あんたは紛れもなく先生だよ。子供の事を考えて行動できるヤツは、全員立派な先立ちだからな。


「未婚の自虐ネタも控えるとしよう」

「あ、そっちは別に良いと思うぞ」

「……へ?」


 ……ふふふ。さあシリアスな場面は終わりだ。認識は改めたが、あんたが面白い人だって事に変わりは無いんだからな。


「何せ二人は結婚してる訳だし、リアルでも会ってるっぽい雰囲気があるからな」

「うぐっ」

「MDOベストカップル第二位に輝いてたよね」

「はがっ」

「結婚が出来ない大人も結婚が出来た大人も大差無い。ようは運命の相手が見つかったのか見つからなかったのか、それだけだ。そういう理屈で考えてるあの二人にとって、未婚を嘆く姿はただ哀れとしか映らないだろうな」

「ぐはぁ!」


 俺とルナナの波状攻撃に耐えられなかったのか、それともノリに乗ってくれたのか、まるで吐血でもしたように喉を押さえ、四つん這いでずーんと項垂れるシャット。こんな面白い反応をする人だ、つまらん事で手放すには惜しい。今後はもっと丁重に弄らせてもらおうか、フフフフ……


「ちなみに一位って誰と誰だったんだ?」


 よく復帰二日でそこまで調べられるものだと感心しながら訪ねると、答えは意外で身近な人達だった。


「それがさ、なんとフィルダデリユスと木の葉ミトンだって」

「マジ? 意外過ぎる組み合わせだな、おい」


 何度か仕事を依頼されたくらいしか関った事は無いが、俺に匹敵する個性を持っていたから二人の人柄はよく覚えている。


 フィルダデリユスは彫刻こそ至高の芸術、何物も勝るものなしというリアルに帰れと言いたくなる程彫刻に燃える石工プレイヤーで、イフィルニと俺をモデルにしたいと依頼してきた事を憶えている。外見は神経質そうなメガネだ。


 木の葉ミトンは絵本が大好きで、他の価値観は尊重できるけどそれを差し置いて絵本が一番重要と考えている天才絵本作家だ。リアルでも同名で絵本を出版していて、本屋の一角にネットゲームの運営社名が書かれたコーナーがあると一時期話題になったこともある程、よくMDOを題材にしている。俺もイフィルニがただの飛竜だった頃や他のドラゴンとのプチエピソードを取材された事を憶えている。外見は頭巾を被ったお子様だ。


 そんな方向性は同じと言えど情熱の種類が違いすぎる二人は、無駄に嗜好が合致しては度々同じモデルを見つけて互いの価値観を崩そうと衝突しあう。という不毛な争いを繰り返していた事で有名だ。それ以上に芸術家としての名声の方が高いんだけど、石像や絵本に興味の無かった当時の俺は争い事や攻略の気配が濃い噂しか憶えていなかったんだ。互いの毛嫌いぶりは本当に有名で、どっちがよりモデルを引き立てる芸術を作り出せるかで勝負した事もある。モデルはもちろんイフィルニだ。


 ふむ、思ってたより深い付き合いだな、これ。

 そんな二人だったんだが……へぇ、カップルになってたのか。しかも弟子夫婦を越える程のイチャイチャぶり……世の中どうなるか分からねぇもんだ。


「なんでも芸術対戦に熱くなりすぎてロードレルロードに迷い込んじゃったらしいよ」

「マジか。あそこログアウト不可エリアだろ? 完全生産プレイヤーの二人がよく無事に帰ってこれたな」


 ログアウト不可エリアはいわゆるエンドコンテンツの一つで、まともな戦い方が楽しめなくなったドマゾプレイヤーが向かうドサド仕様極まりないフィールドだ。

 その名の通りログアウト不可能。他に蘇生禁止、エリア外のプレイヤーとチャット不可能、課金不可能、転移不可能……他のエリアで安全マージンとなる材料が悉く潰され、例えリアルの住処が火事になろうと休むことを許されない、覚悟と度胸の禁断領域。


 そんな魔境に足を踏み入れたらしい二人に告げる評価は、やはりこれだ。


「馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、すこぶる付きの馬鹿だったか……そもそも、ログアウト不可エリアは侵入前に警告コードが出て、十秒は強制硬直する筈だろ」

「いや、なんかそういう制約は芸術の邪魔になるからって、二人ともそこら辺のコードを全部切ってたらしいんだ」

「馬鹿だろアホだろ間抜けだろ!」


 なにやってんだ。何のための各種コードだと思ってんだあの芸術オタク共。VR故のプレイヤーの暴走を抑える……いや、生臭い話をしてしまえば『VR』という媒体を全年齢対象にする為に取り付けられている、妥協みたいなものが各種コードなんだぞ? クソ面倒臭い性交渉許可条件とかそれ以上に複雑な手続きが必要な暴力・残酷描写許可なんかと一緒で、VRが世間に認められるための恨み辛みが込められた人柱みたいなコードを、邪魔扱いって……流石の俺でもドン引きだわ。モラル違反も甚だしい。


「話を続けるよ。ロードレルロードに踏み込んでいた事に気づいた二人は、一時休戦して脱出を試みたんだよ。だけど来るときはまるで気にならなかった色んな事に恐怖が向いて動けなくなった」

「ロードレルロードはリッチとか辺境伯悪魔みたいな闇の支配者っぽい連中の巣窟だからな。フィールド効果で常時恐怖付与があった筈。当然だな」

「当たり。MDO的には錬金術師だった木の葉ミトンが偶然対恐怖ポーションを持っていなかったら今頃二人とも引退していただろうね」


 さもありなん。碌に戦う力のないプレイヤーがログアウト不可エリアに入り込めば、最悪の場合無限MPKに陥るからな。デスペナが酷いこのゲームの事だ。そうやってこの世界からいなくなったプレイヤーは……いや、そもそも警告コードが出るから迷い込むなんて考えられないな。あの馬鹿二人や、似たような間抜けプレイヤー限定だろう。


「それでしばらく二人でモンスターに気を付けながら脱出しようとうろうろ歩き回っていたところに、洞窟を見つけたらしいんだ」

「おい、それって……」

「いや、モンスターポンドじゃないよ。なんと偶然にもセーフティゾーンだったんだ」


 ほう。それはまた運の良い。

 ログアウト不可エリアには不思議とモンスターが溜まり込むエリアが存在する。そんな所に入り込んでしまえば、例え俺とイフィルニのコンビでも無事じゃ済まない。


 しかし逆に絶対モンスターが入り込まない、セーフティゾーンと呼ばれるポイントもある。ログアウト不可エリアのあちこちに点在する二つのポイントは非常によく似た見た目をしていて、詳細な地図を持たないプレイヤーが間違えてモンスターポンドに入り、過重デスペナを食らって大きな町の酒場で悪態を吐く光景は稀によく見られる。


 それとは逆にセーフティゾーンではモンスターが湧かず、例外的にエリア外のプレイヤーとチャットが可能になる。それで助かったんだな、あの二人は。


「セーフティゾーンに逃げ込んだ二人は、当然フレンドに救援要請を送った。けど場所が場所だからね。救助依頼を受けるプレイヤーは中々現れなかった。芸術道具ばかりでサバイバルに使えそうなアイテムも乏しい二人は、夜の恐怖と冷気に耐えようと身を寄せ合い、やがて互いの瞳を見つめ合っている内に……」

「恋に落ちたと」

「その通り。クサいよね」


 頷く。遭難映画のストーリーみたいだな。


「救助依頼を受けたプレイヤーが廃人ギルドへ救援依頼を出してようやく救出された二人は、紆余曲折の末結婚。幸せな家庭を築いたそうだよ。リアルVR問わず」

「……ウチの夫婦の上位互換か」

「まさしくその通りだろうね。何せその記事ほんの二か月前の物だもん」

「電撃すぎだろ!」


 大丈夫なのか? 気の迷いだったと離婚したら洒落にならんぞ……まあ、MDOベストカップル一位の座は伊達じゃない。今度祝いの品でも持ってってやろう。


「……私も、MDOで彼氏見つけようかな」


 ダメージから復活したようで若干瀕死気味のシャットがポツリと呟く。心なしか額の鱗の輝きがくすんでいるように見える。


「悪い男を引っ掛けないようにな。さて、そろそろか」


 桃色空間の中でキスなんかしちゃってる二人の頭をゴツンと小突く。ハッと現実世界……じゃなくて仮想世界にログアウト……うむむ、元の世界に戻ってきた、二人の恨みがましい視線を跳ねのけるように告げる。


「逢瀬は終わりだ。説明するぞ。竜の里が蘇生禁止エリアだってのは話したよな?」

「聞いたよ。そのせいでシャナちゃんとラガルト君がラブったんだし」


 認識を検めた。よし、じゃあ次だ。


「竜の里では、当然多数のドラゴンが生息している。が、最も多いのは無力で可愛い子供のド

ラゴンだ。中には卵もある……一応言っておくが、有魂の卵。つまり有精卵だ」


 料理スキルを持つトカゲががっくりと項垂れた。安心しろ、無精卵は売ってるから。


「大人のドラゴンは子竜のベビーシッター兼ボディーガードで非常に温厚な性格をしている。流石に門番は猛々しいドラゴンだが、竜客である俺達に敵対行動を取る事は無い。ま、こっちから攻撃を仕掛けたら話は別だけどな」

「なるほど。全モンスターがノンアクティブだと考えれば良いのか?」

「その通り」


 うん、うん。戦地の前にきちんと真面目な態度を取れる。実に良いパーティーだ。


「けど無条件に、とはいかないんだ。同じドラゴンの逆鱗に二度触れると容赦なく周囲のドラゴンが襲い掛かる。熟練の調教師なら問題無いんだがな」


 トカゲとシャナとルナナはもちろん、盗賊、暗殺者、探索者職のシャットも論外だ。


「二度というのはどうしてですか?」

「ドラゴンの逆鱗は個体毎に場所が違うからな。情けをかけて二回だ。一度触った時にそれと分かるような反応を見せるから、きちんと憶えておけよ。憶える自信が無いなら触るな。ちなみに卵の方はどれだけ触っても問題ない。ただし落としたり割ったりした場合はこの俺も敵に回るからな」

「なんで!?」

「赤ん坊を落として死なせるようなものだぞ? 俺が我慢できるか」


 ちなみにイフィルニも当然敵に回るからな。俺とイフィルニのコンビを無条件で破ったプレイヤーは未だかつて存在しない。その理由を体に教えてやんよ。


「ま、そこだけ特に注意すれば良いと思っておけ。あとはそれなりの礼節を弁えておけば普通の村や町にいるのとほぼ変わらん。比較的役職の軽いドラゴンと仲良くなれば背に乗せて飛んでくれるかもしれんぞ」


 この言葉にはシャットとルナナの眼が輝いた。二人とも男の子な部分があるから、ドラゴンと共に空を飛ぶ事に憧れがあるのだろう……若干一名「男の子?」と思わなくも無いが。


「どんなアイテムが売ってるんだろうねー。楽しみ!」

「僕は強いドラゴンさんと手合わせをしてみたいな」


 一方この二人は時たま俺のペットに乗って十分楽しんでいるからか、他の事に興味が逸れている。売ってるアイテムは独特ながら実用的だし、竜の里在中のドラゴニュートや一部のドラゴンは盾を扱えるから、二人にとっても実りのある経験となるだろう。


「よし、じゃあ行くぞ。トカゲ、今回は俺の後ろにいろ。資格無き者が訪れる時の決まりみたいな物だからな。先に俺が証を掲示する」

「了解です」


 わくわくが止まらないといった様子の仲間に微笑を漏らし、懐かしの竜の里へ一歩を踏み出すのだった。


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