五話
あぁ? あー……おい。
俺は比較的朝、というより寝起きに強い方で、起きた瞬間に起動シークエンスは終了している。そして脳コンピューターは生体カメラから入ってきた驚くべき情報を正しく、認識した。
茜色に染まる、教室を。
「夕方じゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
確かに! 入学初日は! 簡単な! 挨拶だけだろう! けどよ! だからってこれはねぇよ! 下校時間になって誰も起こさなかったのかよ!? 反応が極端なんだよあのボケ共がぁぁぁぁ!!
「ははははっ! 安心したまえ、まだ私がいる」
「あんたが一番いらねぇよ」
「……酷過ぎないか」
何故か残っていた木下先生がorzの形でずーんってなった。なんかもう教師として見れない。これからも暴言&非敬語で通そう。無理に敬語使うのも面倒だ。
「軽い冗談はともかく」
「折角残ってあげた美人な先生の心を傷つけた罰を受けて貰います」
「かっここめじるし、個人の意見です。俺は普通にドラゴンが好きだ!」
「(おっぱい見て動揺してたくせに)」
ぼそぼそ呟くんじゃない。国家公務員なら国民に見られて恥ずかしくない姿を見せたらどうだ。ていうかほんとにこんなのが日本をリアルタイムで守っている公安の職員さんなの? 巨乳だから受かっただけの頭空っぽ女なんじゃ……流石にそこまで酷くは無いか。
「美人だし、くびれとかあるし、尻も……まあ、普通だな」
「セクハラだぞ! 教師に対してその言い草はなんだ!」
「おっと、俺はくびれが外に曲がって無きゃどうでもいいし、尻は大きければ尻尾の威力が上がるし小さければ飛行時に有利だと思う。さて、俺は何の話をしていたのでしょう?」
「死ね、ドラゴンフェチ」
「最高の字面じゃねぇか、ドラゴンフェチ」
今度から自己紹介欄にドラゴンフェチって書いておこう。
「……くっ、私をここまで虚仮にしたのは君が初めてだ、草葉君。先生なんでも言う事聞いてあ・げ・る☆」
「じゃあMDOのゲーム内マネーを夢の額だけ」
「私が悪うございました」
涙を伴う大爆笑に歪む顔、手を付き突っ伏し漂う哀愁、ボソボソBGM付きのジト目、やや頬を紅潮させた照れ顔、心底侮蔑した視線、艶っぽい仕草に最後の土下座。コロコロと表情が変わる姿はまるで子竜のようで和む。新しいドラゴン、飼おうかな……
よし。
「木下先生のおかげで、今日の目標が決まった。ありがとう」
「ちょっと何言ってるか分からないです」
何? 言わなければ分からないのか、この偽女教師。
仕方あるまい……ならば言ってやろう。
「十九時半、ドラゴニアの町、ドラゴンの息吹亭で集合だ。先生面白いから一緒にネトゲしようぜ」
「……ん?」
そこで何故本当に不思議そうな顔をするのか……おそらく、俺の提案が意外だったのだろうが、それでも予想できない程じゃ無かったんだけどなぁ。
「どうせMDOのアカウントくらい持ってんだろ? それも俺を見張れるくらい隠密に優れた忍とか暗殺者系の。今後ダイレクトに監視していいから、一緒に遊ぼうぜ」
「それは……いや、うむ」
何事かしがらみを放り出したように、悩み頷き笑み浮かべの三工程を辿った表情は、実に見ものだった。大人にも、こんな素直な欲望があるのかと思わず感心する。
「そういう事ならお言葉に甘えよう。君とパーティーを組んだとなれば、これほど同僚に自慢できる事もあるまい」
決まりだ。
結局今日は開く事の無かった鞄を担ぎ、妙に綺麗な床を踏みしめながら教室を出る。
今日の狩場……いや、遊び場は、竜の里だ。
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「リアルで意気投合したマーメイド、シャットさんだ。今日から俺が連れまわすので、皆仲良くするように」
帰って自主勉強を終わらせた後。早速ログインした俺はまずイフィルニと砦竜カレラクトを呼び、いつもの場所に向かった。ドラゴニュートの良い所はドラゴニアの町を始めとしたドラゴニュートが町長を務める町や村にドラゴン系のペットを持ち込むことができる所だよな。普通の町とかだとペットの侵入は禁止だし。
イフィルニとカレラクトを上空に待機させ、ドラゴンの息吹亭で黒ビールを飲みながら待ち続ける事ほんの十五分。ここじゃ見慣れないマーメイドが入ってきた。彼女は迷うことなく俺の元へ駆け、ささやき声で「私だ。招待ありがとう」と正体を明かした。マーメイドか……女マーマンという言い方もあるが、隠密ならむしろヴァンパイアの方が適していると思う。まあ連中は昼日中だと極端に力が落ちるし、安定性という点を考慮すれば他種族で正解か。
その後互いのポジションを説明し合った結果互いの好みの酒を味わい合うというどう転んでそうなったという話し合いに入ったところでルナナ、次いでトカゲとシャナが来た為、自己紹介タイムに入った。感想:いやぁ、焼酎も中々いけるな。
「紹介に預かったシャットだ。リアルでは公務員をしている。だがこの時間は暇なので気にせず遊び倒そうではないか!」
「分かった! よろしくね、シャットさん。私はシャナ!」
「よろしくお願いします、シャットさん。僕はラガルトって言います。アポルにはトカゲって呼ばれますけど、なるべくラガルトの方でお願いします」
素直で礼儀正しい俺の愛弟子はちょっとアレな自己紹介にも怯まずコミュ力高めで挨拶を交わした。
「仕事が公務員で今日高校に上がったアポルの知り合い……」
「それ以上は言ってやるな」
色々と察しの良いルナナが早速表の正体を当てようとしたので止めておく。教師という大人の代表みたいなのと一緒に遊ぶのは、子供にとって軽いプレッシャーになるだろうからな。
「アポルがそう言うなら……初めまして、シャットさん。僕はアポルの古い友人、ルナナ」
「うむ。よろしく頼むぞ、ルナナ」
よしよし、顔合わせは十分だな。
さて、普段なら夫婦の任せるままだが、昨日は結局誘惑に負けた夫婦とわざわざフォーグ廃砦まで行ってジェネラルスケルトンこと骨将軍と戦う羽目になったから、今夜くらいわがままを言っても許されるだろう。
「パーティー結成した所で、今日は俺の行きたいところに行こうと思うんだが、良いか?」
「アポルの行きたいところ?」
「珍しいですね。普段は僕たちの好きにさせてくれるのに」
驚いた、という風に言われたものの、特に拒否されるような事は無かった。ルナナも任せるといった風に頷いた為、遠慮なく言わせてもらおう……
パーティーチャットで。
『これから話すことは他言無用で頼む』
『……秘境の狩場すらオープンチャットで話すアポルの頼みだ。聞かない訳にはいかないよ』
トカゲ、シャナ、木下……シャットが唐突のパーティーチャットに訝しそうなな表情をする中、平然と受け止めスムーズに話を進めてくれるルナナ。こいつ一度仲良くなると頼れる副リーダー役になるんだよな。正直助かる。
『ああ。何せ、俺が発見して二年たってもまだwikiに上がらない秘境中の秘境だからな』
『ひ、秘境だってー!?』
『なんです、って……?』
『なんの事だどういう事だとんでもない事じゃないかアポル君!』
ノリノリで驚いてくれる優しさが嬉しい。そして俺という人種を理解してきたのか、驚き方がわざとらしい。さり気なくシャットも交ざってる辺り業が深いというか流石公安と言うか、少し苛め過ぎたと言うか。ちょっと控えた方が良いか?
『これでアポル君の強さの秘密が……これはスクショって精査して研究せねべあしゃ!?』
『口外すんなっつったろうが! もし次行った時知らん人見かけたらキサマヲコロス』
調子に乗った愚かなマーメイドにゲンコツを叩き込んだ。日常制裁モードなのでわずかな痛覚は走るがダメージは無い。痛そうに頭の天辺を撫でるボケ教師をジト目で見ながら、やはりこいつの扱いに変更は無用だと決意を新たにした。
『トカゲとシャナもだ。あそこはある意味ドラゴニュートの楽園だからな。俺も相手は選んでるし、そこを知っている知り合いもほとんど他者に明かしていない。ルナナは……忙しそうだったからな。運営サイドの人間を除けば、あそこを知っている人間は七人しかいない筈だ』
『そ、そんな所……いいんですか?』
若干怖そうにトカゲが言う。さり気なく背後霊を呼び出すモーションをかけている辺り、わりあい余裕そうだ。
『安心しろ。口外したらレベルが十下がるまでキルループだから』
『『『絶対洩らしません』』』
いつになく真剣な表情でぶんぶん首を縦に振るトカゲ。その横でシャナとシャットも同じく頷いている。MDOはデスペナで経験値が減少し、それが原因でレベルが下がると獲得経験値減少デバフが元のレベルに戻るまで付くからな。その恐怖を痛いほど理解しているのだろう。
『僕には聞かないのかな?』
『お前は俺の相棒だからな。今さら言うまでも無いだろう?』
『嬉しい事を言ってくれるね。勿論、口外したりしないよ』
俺の相棒魔法使いは深く同意し、信頼を新たな物としてくれた。やっぱ俺の見る目は抜群に冴えてるぜ。
『よし、注意事項その他は道中って事で。早速行くぞ!』
『分かったわ。楽しみだね、ラガルト』
『そうだね。楽しみだ』
『あーこれこれ、アポルと冒険してる気分。とても懐かしいよ』
『ドラゴニュートの楽園……! 私の短剣の錆にしてやろう!』
錆にするな錆に! このインチキマーメイドめ、そんな事したらお前を刺身にするぞ。
「ま、何はともあれ……出発だ!」
会話をオープンチャットに戻し、いつものごとく物静かなドラゴニュートのマスターに「行ってらっしゃい」とエールを送られながらドラゴンの息吹亭を後にした。
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