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四話

 あぁぁぁぁ……苦痛だ。

 何が苦痛って、俺の生きる意味全部から引きはがされたほんの五分後にそれと真逆の子供の群れの中に交じって歩かなきゃいけない事だ。


 ロボットと不安そうに何がしか話をするコミュ障。

 楽しそうにキャッキャキャッキャ五月蠅い女子。

 緊張のあまり顔が真面目になっている男子。

 性の別なく楽しそうに会話するリア充。


「なんつーか……凡人って時代を経ようがリアルだろうがVRだろうが関係なく鬱陶しいな」

「そう言ってやるな、草葉打鉄君」


 ……ようやく話しかけてきたか。

 チラっと視線を横にやると、デカいおっぱいが目に入り込んできた。え? まって、これは予想外。落ち着け、俺。たかがおっぱいされどおっぱいやはり目が吸い寄せられ……


「る訳あるか。何か用か?」

「初心でよろしい。いや、私事としては特に用がある訳では無い」


 三年ぶりに単純な落とし穴を踏み抜いた気分で地団太を踏みながら、用も無いのに呼びつけた暇人を睨みつける。

 ヒューマン……いや、人間か。思わずVR故のキャラクリ美女と勘違いしてしまうくらいの美人。外科医の服と同じ薄い緑の……白衣って言うのか? コート? どっちかと言えば緑のコートを着ている。それもボタンが開いていて、中から覗く着こなされたスーツを合わせて何故か堕落系教師のイメージしか浮かばなかった。


 俺の担任かな?


「私は木下瑛華。今日から草葉君の担任になるお目付け役だ」

「ビンゴ。じゃあ影は影らしくそこらの日陰で見張っててくれ。無駄になるけどな」


 ちょうど見えた門の影を指して言う。たぶん事情を知っている教師というだけの事だと思うが、そういう言い方をするならこっちにも出方ってものがある。

 木下とか言う緑の影が慌てた風に言い繕ってくる。


「ちょ、ちょっとしたジョークだ。うむ、今日から担任を務める木下と言う。よろしく頼む」

「……教師なら節度を持ってください。俺があの事故を言いふらすとでも思っていたのなら、まったくお笑い草だ。俺はあれで両親と妹の意識を失っているんだぞ?」

「……迂闊だった。この通り、謝る。許してくれ」


 真剣に謝意の籠った謝罪だった。ハッ、頭を下げない以上あんたの魂胆は見え透いているんだよ。


「あのな、俺を試すなら暴力系の茶番でも起こせばいいんだよ。悪態を吐きながら助けてやるし、あんたもそういう人間を望んでいるんだろう? わざわざ俺を不愉快にさせるような真似はやめろ」

「おっと、バレていたか」


 悪びれも無く言う。

 大方、あの事件の被害者である俺がおかしいくらい普通の生活をしているって事に疑問を持って自ら試してやろうってところだったのだろう。そこで怒れば俺の前で空中都市や土砂崩れなんかの話題を出さないよう、気を付けながら他の生徒にもひっそり通告する。ってとこか。


「……草葉打鉄だ。妹の為、妹の治療の為、妹の退屈を紛らわせる為、問題を起こしてこの日常を崩さないように頑張るちょっと健気な普通の高校生だ」

「普通という部分に訂正を求めたいな、ドラゴンアポスル君?」


 ……それも知ってるのか? どうやら普通の教師という訳でも無いらしい。


「なんで……な、何故、俺様の真の名を……ハッ、さては組織の者!?」

「どうしていきなり中二キャラになるか分からんが、組織の者という部分は否定しないでおこ う。教育委員会の者だ」


 そりゃそうだろうよ教師だもの。


「実を言うと、草葉君の扱いは草葉君が思っている以上に……」

「知ってる。七時、十三時、二十時、深夜は分からん。とにかく、その三十分前後に俺を見張る奴が交代しているのはこっちでも把握してる。世界でたったの一回しか起きていない事故、それも不必要に言いふらされると経済やら生活やら税収やらが崩壊しそうな類の事故に巻き込まれた被害者を見張るのは当然だしな」


 MDOで鍛えた直感と小説を読んでいれば誰だって想像出来そうな予想を口にした答えが、


「……草葉君、公安に来ないか?」


 無茶だった。


「声に出してる時点で誘う気ゼロでしょうが。あ、いや、待てよ。今も俺を監視してるんだから、不穏分子はほぼいないと言っても良い……本気か?」


 真顔で頷かれた。この程度の奴が誘われるとか、今時の公安無能かよ。


「正直君が今年十六になる子供とは思えないな。草葉君の一族の奇癖を除いても、そう思う」

「奇癖ってまた、ただのオタク趣味に大層なネーミングですね」


 俺の先祖は西暦2000年頃からオタク系の書籍やアニメを収集し続けてきたという敬服する程の頭おかしい習性がある。わざわざ専用の図書館を作ったくらいで、だから家が物理的に潰れても被害を免れて今は俺の管理下にある。そして幼いころから……それこそ親父が生前言っていた「一歳の頃から漫画を読んでいたご先祖さまもいるぞ」というどこぞの悪魔の子みたいな話もあるくらい、わりと賢い……というより知能の高い人間が多くて、半分がオタク系世界、半分がお偉いさんの相談役に付いているっていう、どこのラノベだって家系だ。


 なお、俺は直系の子孫なのでその『草葉図書館』を継承している。たまに親戚が漁りに来るけど、管理人も代々いるっていうイカれ度なので管理はしっかりされているのだ。まあ、そう言う俺も伝統を続けていくつもりと覚悟はあるけど。


「俺の現状なんて、小説を読めば誰だって理解出来る。大人なら考えられて当然だ。むしろそういう過去の知識を借りなければ人間の思考を予測する事すら出来ない人間ですよ、俺は」


 実際、妹の眼を楽しませる為の手段をVRに求めた愚か者だからな。絵を描くなり図書館のアニメを編集するなり小説をデータ化するなり、やりようは色々あったのに。

 結局は自分が楽をしたいだけの、偽善者。


「青いな」

「理想の押し付けです。大人の九割は名前も出てこない屋台の店主キャラ程度の存在だって思ってますから。たまに人格者が混じっている事を理解していれば、それでいいと思ってます」

「そ、そうか……あれだな、この場合我々大人が情けなくてすまないと謝るべきか?」

「異端者の考えであり理想論の話しでもあります。結果として言論の自由という権利に従えば良いんですよ。あ、公安の話ですけどバイトでも出来る程度なら良いです」

「……一応自衛隊よりリアルタイムで国防を担っている組織だ。バイトなど出来る訳が」

「特例でどうにかなりませんか。それこそ俺を引き込むチャンスですし」

「そう言われると上司に掛け合ってみたくなったな。ドラゴンアポスルとしての力も、新人の

肉体鍛錬に役立つしな」


 チッ。折角難しそうな話をして逸らそうと思った話題なのに。というかこの教師(偽)、今がっつり公安の話で上司とか言いやがったぞ。教育委員会の者じゃなくて公安の者かよ。普通に組織の者じゃねぇか。なめてんのか。

 ま、ここは指摘しないで話を続けてやるのがメルシー・オブ・サムライというものだろう。


「どうしてネトゲの力が現実の力になってるんですか。ついにVR操作ロボットという二大ジャンル詰め合わせ二次元でも実現化したのか?」

「いやいや、もちろん生身の人間の白兵戦の話だとも」


 学校の玄関をくぐって、下駄箱に靴を入れる。おい、何下駄箱の上に靴置いてんだ偽不良おっぱい教師。やだ、こんなに属性付いてると何故か強そうに見える。


「公安というのはある面で言えば実に適当な組織でな。ちょっと力を加えれば、たかが一企業の職員からシステムの概要を聞くなど銭湯の覗きより簡単だ」

「めっちゃ難しいじゃねぇか」


 思わず素でツッコんでしまった。だって今の銭湯なんておい、従業員以外進入禁止のエリアに入ろうものならスタングレネードが飛び込んでくるレベルだろ。古い銭湯が軒並みレストアされてるってのもあるけど、それにしたってそれを例えに出すか。


 露天風呂でも仕切りの壁は最低五メートルって決まってるし、仕切りより上を大型の生物が通れば容赦なくサイレンが鳴り響き、旧式の医療用レーザーが助平の身体を焼く。今じゃ女子高生の更衣室から制服盗むとかの方が難易度低いぞ。いや、防犯カメラとかめっちゃ優秀だから普通無理なんだけどな?


「そう言うな。そもそも難易度の話だろう?」

「あの言い方だと簡単すぎるってとるのが普通だろ……でしょう」


 この言い合い、もしくは敬語に修正しようとした俺の努力にか、この偽教師あらため木下先生はカラカラと実に気持ちよさそうに笑った。


「君は面白いな。話を戻そう。マジックドラゴン・オンライン。通称MDOは高位物理エンジンを搭載した近現実VRゲームの一つだ。ゲームシステムの方が上位に来るとは言え、現実の動きが良ければ良い程強みとなる。実際、廃人を除いたトップゲーマーの中には名の知れた道場の子弟が交ざっているしな」

「……なら、そいつらを頼ればいいだろ。俺みたいな紛い物に頼るなよ」


 確かに俺は強い。リアルでもそこらのチンピラに負けるとは思えないし、なんなら上の下くらいの武闘系スポーツ選手にだって引けを取らないだけの自負はある。


 だが一流の人たちには当然負けるだろうし、ゲームの方は現実との互換性が低いドラゴニュートの強さだ。肉体的、技術的に強くしたいなら、専門の人間に頼んだ方がよっぽど為になるだろう。ていうか、自衛隊、警察、公安と三拍子揃った国家武闘組織の一つである公安の方がそういうノウハウはあるだろ。元々は警察の一部だったんだし。


 そう思ったのだが……どうやらそういうところは小説と違うらしい。

 木下先生が渋い顔で言う。


「無論、頼んではいるさ。だが我々公安は他の国家組織と比べて心技体が求められ過ぎているわりに成果が地味だ。簡単に言うとエリート様wwwだ」

「煽られてんじゃねぇか」


 またもや素でツッコんでしまった。


「名のある道場や流派の者は警察や自衛隊に唾を付けられていて文字通り門前払いされるし、実践経験を積ませるには頭脳的に惜しい者ばかりで、正直お綺麗な戦闘技術しか仕込められないのだ」

「ネトゲやれよ」


 俺に頼むよりモンスターに頼んだ方が強くなれるぞ。

 そう続けたかったんだが……木下先生のどんより沈んだ表情が塞き止めた。


「VR接続機がな……経費で、落ちないんだ……電気代も、維持費も、ハハ……自衛隊や警察の特殊部隊は採用してるのになぁ……ハハハハハハハ」


 おいおい、この時代になってまだそんな派閥争いとかあんのかよ。大人ってやっぱ……


「……と、そこで草葉君だ」


 嫌な事は一旦停止して別の事をするタイプなのか、見ていて感心するほどシャキっと雰囲気を変えて俺を指した。


「国のどこにも属していないながら、ゲームシステムに頼らず最強の座を張り続けるネトゲの……いや、ドラゴニュートの王者」

「……一応個人の限界で狩れないモンスターもいるんだが」


 流石の俺でも再生力過多のボスモンスターとかは狩れん。手数は足りるがその分持久力が続かないからな。理論上120時間かければ一秒でHP一割回復するようなチートモンスターも倒せるが、48時間以上の連続接続はVR法に抵触する。法律的に倒せない。

 奥の手を使えば制限時間内に倒せるが……ソロの強さを求められた以上、意味が無い。


「だが、大抵の格上には勝てるのだろう?」

「……対ヒトガタ最強。PC、NPC問わず。その自負はある。だがあくまでドラゴニュートとして、だ。尻尾や基礎筋力、何より俺が本気を出すって事は可愛い可愛い愛竜のイフィルニも戦闘に参加するんだぞ? とてもリアルで再現できる力じゃねぇよ」


 ゲームの話だ。わざわざ敬語を使う必要もない。本気でそう思っていると、気迫を込めて言う。けれど木下先生は特に表情を変えなかった。


「繰り出す攻撃全てが高い倍率のクリティカルヒットになる身体制御力は非常に魅力的なのだが、そこまで言うなら仕方ない。草葉君は一般人だし、夢もあろう」

「……悪いな。正直な所を言えばただネトゲと妹に関わる時間を削りたくないだけなんだ」


 正味な話、公安に裏口入局とか将来を考えると非常に魅力的なんだよな。空中都市劣化事故の手当として恒久的に生活費と望未の治療費名目の口止め料が入ってきてはいるが、それだって一昔前みたいに政権が変われば無かったことになるかもしれない。そうなったら俺はネトゲしか取り柄のない人間のゴミだ。どうやって妹を養っていけばいいか分からん。それに比べれば前政権の、とはいえ国家防衛に常日頃(しかも直接)携わっていた公安に所属していたというキャリアは掛け替えの無い物になるだろう。


 だが……しかし、今俺が望未から離れれば、一体誰が望未の眼を億分の一でも満足させられるんだ? ただでさえ、俺の斜め上の解決案が正解とは限らないのに。


「望未が眼を覚まして……いや、せめて寝ながらネトゲが出来るようになるまでで良い。そこまで回復したら、喜んで飼い竜になってやるから、それまで我慢してくれ」


 これが最大限の譲歩だ。正直今付けられている監視兼護衛が監視だけになるかもしれないくらい暴言に近い発言なのだが、それでも木下先生は満足そうに頷いた。


「その約束、憶えておこう……ちなみに、何故竜なのか聞いても?」


 木下先生の楽しそうな疑問に、この会話で初めてニヤリと笑みを浮かべられた。

 俺の矜持……そこに興味を持ってくれるか。ありがたい。


「当然、首輪や餌や態度が不足しない限り、最強の駒だからだ」


 このくらいのうぬぼれは、キング・オブ・ザ・ドラゴニュートの称号が許してくれる筈だ。

 そう格好つけて、目の前に差し掛かっていた教室のドアを開いた……


 ボムっ


 …………おう。

 頭に衝撃が走ったかと思えば、直後に白く染まった視界が……ケホッ、ケホッ。喉に、からみつぐううぅ……


「や、やっゲホッ、て、くれたなぁぁぁぁぁぁッホ、エッホ!!!」


 カラン、と心のささくれを弾く音。それは既に大爆笑の中に巻き込まれた俺をキレさせた。

 キレて……一周回って冷静になった。もちろん内心では燃え盛る火炎袋のように怒りが渦巻いているが、一転冷静な部分がこの程度の子供だましで怒っていられるか、と告げて来ている為、なんとか我慢できている。

 出来ては、いるのだが……

 うん、とりあえず暴力に訴える事『だけ』はいけないよね☆


『ギギィィィギギギィイイイイギギギギぃギギィィィイイいイイいィィギギギギギギぃィ!』

「やめろ!」「やめて!」「いやだぁ!」「いやぁぁぁ!」「ひぃ!?」「ひゃぁ!?」


 指先が変に気持ち悪くなるのもお構いなしに、あらん限りの力で黒板を引っ掻いた。


「おはよう、クラスメイト諸君。今日は石灰の粉が広く降り渡る、実に平和な天気だな」

「不協和音と阿鼻叫喚で地獄を生み出しておいてよく言えるその精神、流石だ」

「ユーモラスカウンター。それこそがもっとも好感の持てるコミュニケーションさ」


 俺の行動を予想していたのか、耳を抑えながら皮肉る木下先生に俺のモットーを語らう。

 それから疲弊しているクラスメイト一同を睨みつける。不快な音が静まったと知って、連中嫌そうな顔を俺に向けやがった。ほぉう。そぉんな態度をとっても良いと思っているのかーぁなぁ~?


 さっ、と黒板に五指をかける。

 ばっ、と一斉に耳を塞ぐ馬鹿共。


 そのまま、何もせず俺の席と思われるたった一つの空いた席へ向かう。こんな低俗共を相手に遊んでいる時間は無い。今日のネトゲ明日の妹の為、俺は寝る。


「あ、その前に木下先生」

「どうかしたか?」

「俺の正体は黙っといてくれ。それを守ってくれるならこの際事故自体の事も話して良い。詳細を伝える必要は無いが、俺の失ったもんだけはしっかりと説明しといてくれ」

「……仔細承知、任せろ」


 しっかり真面目な顔をしたのを確認し、聴覚をシャットダウンした俺はやや乱暴に瞼を閉じるのだった。

 起きた時、誰も俺にちょっかいを出さないよう、祈りながら。


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