二話
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「ってな事があってな」
「……なんていうか、変わったね、君。当初の目的のクエストは忘れたのかい?」
ドラゴニアの町、そこそこ賑わうドラゴンの息吹亭の一席に、俺は一年と半年ぶりの友人を相手に思い出話を聞かせていた。
なんでも受験生だったらしく、入学準備も終わって久方ぶりにMDOに入ったところ、たまたま俺がいて話しかけたらしい。俺も懐かしさのあまりつい話し込んでしまった。酔っぱらうと話が長くなってなァ……
「昔は攻略最前線で舐めプステの癖に誰より先陣を切って一人でラスボスのHP半分削るだとか単身モンスターハウスに突っ込んだりして、バーサークドラゴンって呼ばれてたのにね」
「あ、今はドラゴンフューラーになってるぞ。バーサークドラゴンって名前のドラゴンが追加された影響で」
「なんでリーダー? あ、触手の方かな?」
「誰がリーパーだ! なんでドイツ語なんだよ。俺は種族内闘技大会二年連続優勝者なんだ」
「……君、あれからずっと負けてないの?」
「最近だとモンスターにも負けた事ないな。前線に出てないからだけど」
「やっぱイカれてるね、君」
呆れたように溜め息(と一緒に鼻孔からチロチロと炎)を吐き、ジョッキの中の酒を飲む。
「あ~、このクソ不味いエールも懐かしいよ~」
「いいぜ、この店で一番高い酒頼んでも。俺の奢りにしてやるよ」
「何言ってんの、この不味さが良いのに」
「お前、その味覚で人の事言えると思ってるのか?」
こいつは相も変わらず、壊滅的な味覚の持ち主だな。よくもまぁ好き好んであんな不味い酒を飲めるもんだ。
やはりここの最高は黒ビールだろ。ジョッキの中の黒い酒を飲む。くぅ~! 未成年じゃ味わえないこの味! マジ早く成人して飲みたいわ。
「ちょっと聞いてよアポル! ラガルトったら酷いのよ!」
「何を言ってるんだシャナ! シャナの方が酷いだろう!」
中身の中身までオッサンコンビの元に身も心もピッカピカの新人が二人、若干の怒り顔で近寄って来た。なんだなんだ、バカップルが珍しく喧嘩か?
「おい、その前に挨拶くらいしろ。こいつは俺の古い友人、ルナナだ。ポジションはタンク寄りの魔法使いで、当時は俺もよく一緒に遊んでた。二人でダンジョンとか攻略してた」
「よろしく、ラガルト君にシャナちゃん。ルナナだよ」
「あ、こんばんはルナナさん。僕はラガルトです。メインタンクやってます」
「こんばんは。シャナです。ポジションはヒーラーだよ」
口喧嘩をしていたにも関わらず、挨拶のタイミングもぴったりだし……やはり夫婦だろう。
「って、それより聞いてよアポル! ラガルトったら私のプレゼントの方がルコの林檎より価値が高いって言うのよ!」
「だから僕にとってはシャナから貰った焔渦のマントの方が嬉しいんだって! 形に残らないアイテムを選んだ僕こそ悪いんだよ!」
「やかましいわこのバカップル共が」
心底どうでもいい理論で言い争う馬鹿夫婦に、アイテムボックスからアイテムを二つ出して
寄越す。
「世界樹の髪飾り・赤と世界樹の髪飾り・青だ。形が残る上にルコの林檎よりレアだ。つまりお前ら二人よりも俺の方が二人を愛してるって事で、両成敗にしとけ」
「「納得いかない!!!」」
とかなんとか言いつつ受け取ってるじゃねぇか。まったく現金でかわいい奴らめ。
「あはは……聞きしに勝るバカップルぶりだね」
だろ? はぁ、毎日これに付き合わされる身にもなれってんだ。
なんでもない事で喧嘩して、なんでもない事でイチャついて、何も無くても一緒にいる。
MDOではわりと有名になってきた夫婦プレイヤーで、やっかみも多い。今もほら、あそこの席でやんややんやと酒の肴にして楽しんでる美男が二人いる。どうせ中身はしょうもないオッサンだぜ。こんな時間まで何してんだよ社会人。
「う~ん……君たちの話を聞いていたら、僕も参加したくなったよ。パーティーいーれーて」
あ、パーティー参加申請飛んできた。こういうスキルは忘れないんだよな、ネトゲプレイヤーって。申請許諾っと。
「いいぞー。そろそろサブタンク欲しかったところだし、ルナナは魔法使いとしても優秀だからな…………あ、お前らもいいな?」
「……」
「……」
ん? あれ? 普段なら元気のいい返事が飛んでくる……泣いてる!?
「うっ、うぅ、ついに僕たちのパーティーに火力が入るんですね」
「うぇ~ん、長かったよ~! ちまちま削る必要が消えて良かったー!」
あ……あー、そっかそっか。そういえば俺も含めてこのパーティー、単純な火力で考えるとトントンだったからな。その中に優秀な火力職であるルナナが入ると分かれば、そりゃ感嘆もするだろう。
「え? アポル、今火力がいなかったように聞こえたんだけど……」
「ああ。流石に戦闘面でパワーレベリングするのはアレだから、支援特化の吟遊詩人縛りしてたんだよ」
「そういえば第四職入ったって話だったね……え? ちょっと待って。君、その為だけにわざわざ吟遊詩人をいれたのかい!?」
「え?」
「アポルって元々吟遊詩人じゃなかったの?」
え、いや、っていうかお前らすら知らなかったのかよ!?
「まあな。というかお前ら、俺昔は最前線の攻略組だって言ってたし、散々戦闘の稽古付けてやっただろ? ただの吟遊詩人兼テイマーにそんな事が出来ると思っていたのか?」
「「前者はホラだと思ってた」」
「よし、テメェらディスティア火山の火口に落っことしてやるから今すぐカレラクトに乗れ」
一年も面倒見た俺になんつー態度だ。これだから最近の若いのは……
「……相変わらずセオリーから外れた構成だね」
「どういう事なのーですか?」
この中で一番知識の浅いシャナが尋ねた。まるで初心者のようなセリフに俺とルナナは思わず顔を見合わせ、笑ってしまった。
「あはは……ああ、ごめん。ちょっと意外でね。初心者は無駄にwikiだけは読むから、頭でっかちでプライドの高い奴が多いんだ。あ、言葉遣いは普通で良いよ」
「そんな中、初心者丸出しで怖気も無く聞いてきたお前が珍しかっただけだ。他意はない」
「そうなの? ふふん!」
そこ、自慢するところじゃないぞ。微笑ましくはあっても知識不足ではあるんだからな。
調子に乗るシャナをスルーし、トカゲがルナナにどういう事か改めて尋ねた。おい、俺は。
「職ってさ、今は四つまで決められるよね? 最初に始めた職と似たような職かメインを補助出来る職に就くのが普通なんだ。例えば僕は最初魔法使いだったけど、ソロでいたからよく死んでね。第二職に騎士を入れたんだ。第三職は学者。これはMP回復と自己バフに特化した職で、魔法使いや神官と相性が良い。前線に向いた構成じゃないんだけど、ソロの魔法使いだとそこそこ良い所までいけるんだ」
「ちなみに前線の魔法使いは第二に学者、第三に精霊術師を入れる。精霊術師は精霊魔法を覚え、魔法の効果を上げる職で、魔法職か少人数前提のヒーラーに多いな」
物理火力なら戦士、舞踏師、侍。タンクなら騎士、衛士、兵士みたいにな。
「だけどアポルはそういうセオリーを全部無視して、拳闘士、神官、調教師、そして吟遊詩人っていう完全に無関係な職を取っている。正直他の人がこの構成で前線に来たら、笑われるより先に怒られるね。酷い場合は殺される事だってある」
「そうだ。だが俺なら心配ない。そもそも拳闘士の次に神官を取ったのはどうしても避けきれない津波系やダメージ判定の広い爆炎とかそういうのの回復をする為だけだったし、調教師の時もドラゴンと仲良くなりたかっただけだし。前線にいる時は拳闘士の力だけで戦ってたぞ」
あ、想像もできないって顔してるな。
そりゃそうだ。俺はこいつらの前で拳闘士としての行動なんて一切取ってないからな。たまに回復したり愛竜イフィルニを乗り回したりで神官と調教師の姿は見せたけど。
「信じられないかもしれないけど、アポルは天才的な拳闘士なんだ。鈍重な動きをカバーする必要最小限の動き、高い筋力を常にクリティカルさせる器用さ、あらゆる魔法を先読みする眼と勘の良さ、飛竜イフィルニとの連携の高さ。正直、一対一でアポルに勝てるプレイヤーはいないと断言するよ」
まーな。
どんなもんよと二人を見やると、うん。やっぱり胡散臭い物を見るような眼だ。
「ま、お前らが俺の技を見るのは百年早い。せめてソロでロム大洞窟をクリア出来るくらいに強くなってもらわないとな」
「無茶言わないでくださいよ……」
「いやぁぁぁ! あそこ、ヌルヌル、私、嫌い!!」
「初心者どころか三年プレイヤーですらソロでクリア出来ないよね、あそこ」
知った事か。俺なんて二年前にクリアしたぞ。MDOを始めたのは四年前だから、二年でクリアしたんだ。まあ、純粋に二年って言ったら疑問の余地が残るけど。
「にしても、吟遊詩人ねぇ……彼女、怒るよ?」
何気なく呟かれたルナナのいらん言葉にトカゲが噛みついた。
「彼女って、もしかしてアポルにも恋人がいるんですか!?」
「何それ気になるー!」
「やかましいわクソガキ共! あいつは、そんなんじゃないっ!」
俺とあいつが、恋人だと? 虫唾が走るね! そんなことをするくらいだったらゴブリンと結婚するわっ!
「残念だけどそういう関係じゃあないかな。むしろ宿敵とかライバル的な?」
「俺は認めてねぇぞ! そもそもあいつは俺より弱い!」
「前線に戦乙女って呼ばれている凄腕のプレイヤーがいてね、盾と剣、どちらの技量もさることながら両方を合わせた剣技は神業とも言われているんだ」
スルーすんな!
「その子がね、前にアポルに突っかかって行ったことがあるんだ。そんな舐めたステータスでここに来るんじゃない! ってね。その喧嘩をアポルが大人げなくも買って、大衆の前でボコボコにしたんだ。面目丸つぶれってやつさ」
「たまたまその場にいたそいつのギルマスが俺に挑んで負けたおかげで、あの貧相な胸と同じくらいには面子が残ったかもな! っていうかネトゲの世界で大人げないもクソもあるか!」
ちなみにギルマスはそいつより弱かったけど、戦術の組み立てが結構凄かったから今でもわりと尊敬してる。俺じゃ無い誰かがこのアバターを使ったら百%負けていたはずだ。
「で、それ以来戦乙女がアポルに付き纏い、ひそかに彼女に憧れていたプレイヤーから妬みも籠めて一時期『ヴァルハラを拒む蛮族』とか、短くして『蛮族』呼ばれてたんだよね。ヴァルキリーの仕事は優秀な戦士の魂をヴァルハラに連れていくことだし」
「まったく、センスのない仇名だったぜ」
「仇名がいくつもある時点で凄いと思いますけど」
まあな。そこはそれ、天才戦士たる俺の面目躍如だな。
「凄いドヤ顔だね」
「え、分かるの?」
「ドラゴニュートも長いとね、なんとなくわかる物だよ」
二人が俺を見ながら言う。おかしいな、このアバター尻尾や鱗や角を除けばほぼ人間に近い造形をしているんだが……まあ、だからと言って人肌が一切存在しない以上、一般人は疎か、たかだか一年しかMDOをプレイしていない子供じゃ、わかる訳もないか。
「フッ……この至高にて最美たる身体の素晴らしさを理解できないとは、なんと哀れ」
「アッハイ」
「ソダネー」
「返事が、雑!」
余計な事ばかり覚えやがって! こら! お前まで笑うんじゃないルナナ! つーかお前には分かるだろうが!
「ふん……まあいい。理解できない貴様らがおかしいんだからな」
「大多数が認めない事をおかしいって言うんでしょ?」
「遂に弟子は剣に毒を塗り始めたか」
どうも今日は毒と切れ味が濃い。リアルでなんかあったか?
「……世とは寒さである。吹きつけられる風雪や霰に肉体が軋み、身を覆う寒風と霞が関節を錆び止め、無遠慮に襲う強風と雹が瞳を閉じ込める。されど我が身の内は吹き荒れる炎と熱を抱き、やがて冬に春を齎すだろう。夏の暑さよ、秋の身籠りよ、待っていろ、いずれ我が春を越え、再来の冬に備え、四季の集約まで誇り高き営みを忘れぬよう……」
「あ、なんか賢しらげな事言ってるけど元ネタとかは無いからね。ただのポエムだよ」
「「えええええ!?」」
言うなよ! 折角「たまにはまともっぽい事言うよねー」ってひそかな尊敬を集めていたっていうのに! これだから古馴染みは!
「まったく……で? 次はどこ行くんだよ。当時は最前線でも通用する魔法使いだったルナナも今はお前らとほぼ同等の中堅プレイヤーだ。ある程度難易度の高い所でも構わんぞ?」
「酷い言いようだね……仕方ないだろ、こっちは受験生だったんだから」「あー、その、僕とシャナはそろそろ……」「今日はもう落ちるわ」
……待て待て。三者いっぺんに喋るんじゃない! いや、待て。俺の頭は何故か全てに答えを用意したぞ。
「俺も同じだ凡人。そうか、ついにシャナを年齢認証必須のホテルに連れてく気になったな、このケダモノ……え!? 一時くらいまで遊べたお前が、日を跨がずに落ちる、だと!?」
「聖徳太子か君は」
十人一斉の化け物と比べれば可愛いものだろ。それより!
「そ、そそ、そんなところに行く訳無いじゃないですか!」
「そうよ! 大体、ネトゲでそんな事……」
「出来るぞ」
「「え!?」」
「昔あったよね、セクシャルハラスメント通報コードが認証されない不具合。幸い、娼婦としてMDOをプレイしていた人が通報して即メンテ入ったから大事には至らなかったけど」
ああ、懐かしいな。このサバで唯一の娼館、課金者オンリー快楽街の『夜の精霊』。ドラゴニュートを除いた全種族のカワイ子ちゃんが揃ってるって噂で、その為だけにMDOを始めたとかいう愚か者もいたって話だ。ドラゴニュートのカワイ子ちゃんがいないらしいから俺は近づきもしなかったけど。
MDOは決してR18ではない。その手の法律に引っかかりそうな類のアレコレは月の課金額が20万を超えていてかつ一年それを継続。その後にようやくその類の制限が解除され、更に一日に最低一回は七面倒くさい本人確認をしなければすぐ切れてしまう。こんなクソ仕様、子供には到底真似できないし、なんなら下手な社会人にも無茶な要求だ。
……まあ、俺はその条件クリアしてるけど。
「出来るんだ……え、えっと、そう! そんな事より!」
お互いを見つめ合いお約束のように顔を真っ赤にさせて話を誤魔化そうとシャナが叫ぶ。ほんとこの子ら初心だなー。話の先をシャナに言わせちまうのは男としてどうかと思うけどな。
「私とラガルトは明日から高校生活が始まるから、ちょっと夜更かしは出来ないのよ。ほら、人間関係の構築とかクラスの雰囲気に馴染むとか、そういう面倒が疲れるでしょう?」
なんと。
これは珍しい偶然が重なったものだ。
「おいおい……ルナナも今年から高一だったよな?」
「うん……いや、驚いたよ」
俺たちのやり取りに夫婦がピクンと反応する。
「ルナナさんもなんですか? てっきり大学受験の事かと……」
「高校だよ。やだなぁ、そんなに老けて見える?」
老けて見えるも何も俺らドラゴニュートは多種族から見て雄雌の違いすら見分けられねぇだろ。相手はヒューマンとライカンスロープだぞ。
そもそも、そんなこと言ったら……
「奇遇だな。俺も明日から高一だよ」
俺はどうなるんだって話だ。
「「「……ええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」」」
この絶叫が、ここ半年でドラゴンの息吹亭に響いた一番の喧噪だったそうな。
後に話を聞くと、俺は三十後半のオッサンだと思われていたらしい。地味にキっツいなぁ。