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十七話

「俺が悪党なら竜質取って俺を袋叩きにしてた連中はなんなんだ? 悪魔か? 悪魔に失礼だな。謝れ。それはそうとお前何か勘違いしてるだろ」

「は、はぁ? お前自覚ねぇの? チートで人の人生狂わせといて何言ってんだよ」


 ……騙されてやがる! え!? あんな連中に騙される奴なんているの!?

 見た所このゴルィニシチェとやらは正義を気取っている訳では無いが、さりとて連中のように愚劣な動機で動いている訳では無さそうだ。俺の鍛えられた人を見る目が確信する。頭は悪そうだが根は悪い奴じゃ無さそうだと。


「お前こそ何言ってんだよ。そいつらプレイヤースキルを磨き過ぎてチーター扱いされ始めた俺に粘着行為をして警察のお世話になった因果応報野郎共だぞ。ゲームの実力で劣るならリアルで倒してやる! ってのも何人か交ざってたしよ」

「……え、うそ?」


 バカだ。愚か一歩手前のバカだ。

 わわわわわ、とゴルィニシチェなる若者(恐らく)は周囲を見渡した。無論そんな彼が見たのは自分たちが正しいと思い込んで疑わない下卑た脳の持ち主ばかり。むしろ俺と対話をしているからと厳しい視線を向けている奴までいる。その雰囲気に何か思うところがあったのか、恐る恐る俺に問いを投げる若者。


「な、なあ。あんたひょっとして……冤罪?」

「高い才能と努力の結果が罪だと言うなら、俺は罪人だろう。そして人類全てが罪人となり、何の努力もしない、何の才能も持たない愚かな連中のみが自らを人と呼称し、俺らのように優れた者を卑怯者だと迫害する……悪い、難しい事言い過ぎたな。俺の力は俺が自分の努力で開花させ、MDOのシステムに則った技術だ。それを気安くチートチートほざいて自らの怠惰の罪を擦り付ける愚か者はそいつら……これでも駄目か?」


 頭上に疑問符を(実際に)浮かべるバカ。中身が小学生か何かなら仕方ないが。


「……俺はチーターなんかじゃない。運営に確認を取れば分かる事だし、なんなら電子探偵に調査してもらうと良い。お前は騙されたんだ」

「なんだってぇ!? おいてめぇら! こりゃ一体どーいう事だ!」


 バカな上にチョロいとかこの先の人生をちょっと心配しちゃうレベルだぞコイツ。

 案の定、下種連中からブーイングが殺到する。


「このチーター! デタラメ吹き込んで騙してんじゃねぇぞ!」

「口だけは上手い詐欺師だてめぇは!」

「たたんじまえ! 制裁を与えるんだ!」


 え、俺が悪いの? ちょっと待て。このバカの尻軽ぶりを責めるんじゃなくて?

 理不尽だな、と思いつつも都合の悪い事実を塗りつぶすかのように連中は俺へ迫ってきた。うわぁ、自分で言っておいてアレだが心底気持ち悪い。どうせ迫って来るならキモい人間より美竜の方が良い。や、俺はイフィルニ一筋だけどね?

 三度全滅させたところで、運命が決した。


「ひゃっひゃっひゃっ! おぉいてめぇら! 我らがネブラ様からの連絡だ! トカゲの調教に成功したってよ! 楽しい共食いショーの始まりだ!」


 ――――――――は?

 何、言って……い、イフィル、ニ? 鎖が解かれて、イフィルニが、俺に……ブレスを、吐いた。流れる氷が、俺を――


「イフィィルニィィィィィィ!!!」


 タッチの差で避ける。俺の心の根っこにある闘争本能が反応したようだ。いや、三日に一回の『双竜戦舞』で華のラストにいつもイフィルニがブレスを使うから、それを体が覚えていたのかもしれない。


「キルルル! キィ、キク!」

「イ、イフィルニ……! お前、何を言って……」


 こ、こんな大勢の前でなんて言葉を……じゃなくてっ!


「目を覚ましてくれイフィルニ! お前は賢く、尊く、美しい飛竜イフィルニだ! 俺を丸焼きにするなんて……」

「ぎゃははは! 信頼するペットに裏切られてやがる! いい気味だ! ぎゃはは!」

「ハレンチな!」

「ぎゃははは……は?」

「丸焼きの何が破廉恥なんだよ!?」


 バカめ。ドラゴニュートの癖にそんな事も……いや、普通知らないか。

 青の飛竜であるイフィルニのブレスは冷気を宿す。が、ドラゴンである以上基本となる火のブレスを吐く事は可能だ。しかし竜とは強く在る文化的な生き物だ。自らの属性と異なるブレスや魔法の行使を個性の打ち消しだと非常に嫌がり、唯一番いと卵を温めあう際にのみ火のブレスを使う(当たり前だが火の属性を持つドラゴンは例外だ)。

 なので、火の属性竜以外が火のブレスを使うと仄めかす行為はヒューマンで言う所の『夫婦の営み』と似たような意味合いであり、合言葉や古い挨拶句ならともかく、公衆の面前どころか余程親しい友の前でも自重すべき事だ。


 だというのに、イフィルニ……連中に操られて、操られて……


「操られてまで俺と番いになりたいのか! 愛してる、イフィルニィ!」

「てめぇこの状況で何言ってやがる! 頭おかしいんじゃねぇの!?」


 ドラゴニュートの癖にドラゴンの文化を知らないバカの叫び。

 流石に頭おかしい発言は看過出来ず言い返そうとして……荒い吐きが漏れるのみ。

 イフィルニが情熱的な炎のブレスを俺に向けて吐いてきた。

 くっ……普段なら喜んで焼かれる所だが、俺の体にはダメージを受ける度にキャラクターデータが壊されるっつぅ細工をされてるらしい。いかなドラゴニュートの肉体といえど本家本元のドラゴンの炎にノーダメージとはいかない。特に俺はデタラメなビルド構成のせいで防御力も魔法耐性も軒並み低レベルだ。大ダメージとはいかないまでも、最大HPの10%分は確実に持っていかれる。ここは空気を読み、避けるべきだ。


「おっと、避けるなよクソチーター。お前が一回でも避けるそぶりを見せればその時点でそこのクソトカゲのデータを消してやるからな!」


 一瞬の思考と迅速な行動の間に、卑怯卑劣下劣下種な言葉が割り込まなければッッ!

 愛しい竜の炎を受ける。下世話ではあるものの、若い竜(と一部のドラゴニュート)なら男女問わず誰もが憧れる甘く焦げ臭いシチュエーション。

 それをこんな形で……こんな形でッッ!

 久方ぶりの憎悪が体の内より湧いてくる。

 せめて失明は避けんと腕で顔を庇い、身体を焼く炎にひたすら耐える。

 焦げ臭い。ただ焦げ臭いだけだ、これは。

 甘さなんて欠片も感じない、ただの炎だ。

 竜の火炎袋から吹き出される強靭な意志ある炎なんかじゃない。

 イフィルニの初めてがこんな炎だなんて……


「ガルァァァァァァァァァァ!! グゥラァァァァァァァァァァァァ!!!」


 ゆるさないッ!!

 百度裂き、百度炙り、百度貫き、百度殺してくれるっ!!

 後から後から生まれる憎悪。イフィルニの炎に巻かれて見えない連中が憎い。あるいはイフィルニの炎のおかげで憎しみに狂う事が無いのか。炎は止まない。


「おいおい! こいつ愛してるとか言ったぞ! ドラゴン相手にキモいんだよ!」

「頭の中までトカゲになったんじゃねぇの?」

「キモいご主人様を持つとかトカゲに同情だわ! ぎゃははは!」


 聴覚を攻撃する嘲笑いが黒い炎を滾らせる。赤い炎を見るんだ、俺。憎しみであろうとなんだろうと何かに捕らわれれば色々と鈍る。耐えろ、耐え続け……なんだ!? 力が抜けるっ!次から次へとなんなんだこの不快な展開は!


 ピロン。久しく聞いた覚えのない音が頭に響く。目の前に現れたのは半透明のウィンドウ。


《#%*@$?により、ドラゴンアポスルのレベルが1下がりました》


 ――キャラクターデータの破壊かっ! 厭らしい! 先にレベルアップのデータから消して嬲り殺すつもりだ!


「お、お、おい! 流石にこれはやりすぎだろ!? しかも手段が汚い!」

「あぁ? てめぇ何言ってんだ?」

「こいつにはお似合いの末路じゃねぇか」

「雇われのてめぇは黙って俺らを守ってりゃいいんだよ」

「なっ……ふざけんな! 俺は相手がチーターって聞いたから協力してたんだぞ! 契約違反だ! 俺は帰らせてもらう!」

「てめぇふざけんなよ! こんなカスに肩入れすんのかよ!」

「やっぱりこいつもチーターだったんだぜ! タリスマンとか意味の分かんねぇもん使いやがるしよ!」

「ざっけんな! やっぱてめぇらの方が悪党じゃねぇか!」


 ……熱くない。

 今度は何事だと腕をどかせば、さっきの熱血顔ドラゴニュートが俺の前に……野郎っ!


「いてっ! てめぇもてめぇで何すんだ!? 折角助けてやろうと……」

「俺の事なんざどうだって良い! イフィルニを、イフィルニを護ってくれ!」


 正気を疑われた。戸惑い顔に再度グーを殴り込んでやりたいところだが、コイツの能力は悔しいが頼りになりそうだ。改造野郎共の加護を自ら放棄しやがった以上、最後の最後には無駄になりそうだが、それでも今の俺なんかよりずっとイフィルニを守っていて欲しい。


「お前! 所詮データだろ、あのドラゴンは!?」

「バカがっ! 俺は死んでも現実世界があるが、イフィルニはこの世界で死んだらもう終わりなんぞ!? 俺よりイフィルニを守れ! さもなくば消えろ!」

「屑の敵は気狂いかよ!? ちょ、やめ、やめろ! 分かった! 分かったから殴るのをやめろ!」


 気狂い扱いしやがったバカが俺の傍から離れてく。それと同時に再び炎のブレスを身に受けるが、さっきより余程弱々しい。吹き終わりか。

 っ!


「キリュィィ!」

「イフィっ、ルニィ!」


 炎の奥から突っ込んできたイフィルニの顎を、右肩で受ける。奇襲戦法なんてイフィルニの戦い方じゃねぇのに、そんなところまでデータ洗脳が掛かってんのかよ! 戦う者の誇りを馬鹿にしやがって!!

 鮫の歯をより細く鋭く長くしたような牙がゾブゾブと俺の肩に沈む。ピロンピロンやかましいレベルダウンの通知。肩から首を伝って激痛が頭を駆け巡り、喉に悲鳴を上げさせようと後から後から迫る。


「こいつ、悲鳴を漏らそうとしないぞ! 何かっこつけてやがる!」

「悲痛に歪む顔が見てぇってのに、調整ミスってんじゃねぇだろうな、ネブラ!」


 チッ、誰がてめぇらなんかに!

 好きな女の甘噛みに、悲鳴を上げるなんて情けない真似、この俺がするものか!!


 信念と根性で肩の痛みに耐える。どうもダメージがHPじゃなく俺のデータを減らしているようで、視界の端に移ったHPゲージはちっとも減っていない。てことは、この世界で文字通り死ぬまでイフィルニの攻撃に耐えられるって事だ。その分消耗も激しくなるだろうが、構うものか。ドラゴンアポスルは普通のプレイヤーじゃまず遭遇しないような貴重な経験を何度も積んでいるんだ。この俺の思い出を、そう簡単に消せると思うなよ!


「イフィ、ルニ、目を、覚ましてくれ!」

「キィィ!」


 くっ……唸り声に漏れる冷気が灼熱の肩を冷たく焼いた。なんとか牙を外そうともがくも、イフィルニは俺を離す気などなさそうだ。嬉しい。いや不味い。現在進行形でどんどん力も削られているし……っっ!


「ガァ!?」


 悲鳴が漏れてしまった。胸をイフィルニの右腕でぶっ叩かれ、俺の体は池に投げられた平石のように何度か跳ねて止まる。ピロンピロン煩い。仮想の肺が逃げた空気を求め呼吸を激しくする。

 だがその度に、右肩の抉られ傷がバリバリ痛む。そんな音はしてないだろうが、俺には大樹が裂ける音にも雷鳴が宙を抉る音にも聞こえた。思わず左手を肩に持って行こうとして、直後に全部の痛みを無視。傷のせいで余計と脱力する右手で地面から跳ぶ。


 想像を絶する痛みに耐えながら腕を振るう。直後、俺のいた場所に幾百本のツララが突き刺さり、余波に過ぎないツララがまたしてもピロンと俺のレベルを一つ下げた。掠ったところに凍傷のような冷たい熱が生まれる。


 こうなった以上もう認識している場合じゃない。

 第六感を駆使して、ここだと思った場所に右手を持って行って盾にするしかない。

 それだけイフィルニの攻撃は速く、鋭く……苛烈だ。

 最強の拳闘士やキング・オブ・ザ・ドラゴニュートなどと言われたって、所詮俺の視覚はプレイヤーの基本設定からそう離れたもんじゃねぇ。拳銃の弾丸を見てからはじき返せる程度の動体視力じゃイフィルニの狙撃銃より速い氷撃を『見る』なんてとても無理だ。四年に渡る俺の戦闘経験で、代わりに『視る』しかない。


 竜と竜が互いの絆を確かめ合う『双竜戦舞』ではいつも回避に徹していたが、避ければイフィルニが消されてしまうっ。俺に出来る事と言えば、使い物にならなくなった右腕を盾にするくらいだ。余裕がある時は蹴落としたり左手で上手に弾き返したり出来るものの、レベルダウンに伴うステータス低下は如何ともし難い。『あの世界』で似たような事を意図的に引き起こして、ステータス低下に慣れていなければ今頃は潰れていたかもしれない。


 記憶の掘り起こしと現状の考察を一瞬で終わらせるのも超一流プレイヤーの嗜みだ。

 そして次の一瞬で打開策を編むのもまた、超一流プレイヤーの義務だ。

 イフィルニの氷撃はMPが尽きるまで終わることは無い。残弾無限の対物ライフル型ガトリング砲と言っても過言ではないが、では本当にMPが尽きるまで撃ち続けるのかといえばそうでもない。

 イフィルニは誇り高きドラゴンだ。人間のように重火器に頼って前に出ないような卑怯な種族ではない。そこら辺が種族的に弱く勢力的に強い人間と種族的にも勢力的にも人間を上回るドラゴンの違いだな。

 言ってみれば、これはあくまで手段の一つ。人間が銃や爆弾ばかり使って肝心な所をナイフや近接格闘で終わらせるなら、ドラゴンは銃や爆弾やナイフや近接格闘全てを使って相手と戦闘する。人間がライオンのように群れて狩る戦い方を旨とするなら、竜はラスボスのような戦い方、つまりは相手に逃げる暇を与えず苛烈に鮮烈にあらゆる攻撃を叩き込み、絶対強者の名の下に獲物を下す。


 洗脳されて人間の動きを染み付けられた今のイフィルニがまだそうであってくれているかは分からない。

 けれど、周りの下種共があくまでイフィルニを俺に嗾けて虚無虚無しい争いを見たいというのなら、イフィルニは――


「キルゥゥゥ!!」


 最も得意な接近戦に打って出る!

 ツララと雹の吹雪を維持したまま、イフィルニが俺の右側からサラっと現れた。伊達で最強のドラゴニュートの相棒をしている訳では無い。俺が力を操る者なら、イフィルニは動きを操る者。飛行から脚術まで、歩行関連の身体制御能力においては俺を遥かに上回り、カンストしたライカンスロープすら一発でKOした事さえある。その能力を存分に発揮し、イフィルニは俺の弱みとなった右を鋭い爪で抉ろうとした。


「ガッ、アァァァ!!」


 両足と尻尾に力を籠め、サマーソルトを決める。俺の脇腹を狙っていたイフィルニの爪は空を切り、隙を晒したイフィルニに意趣返しとばかり、右手で振り被られた氷の爪を殴り返す。


「グラッ、ガァアァァァ!!」


 無論、イフィルニにダメージなどない。 

 爪が砕かれ、ズタズタに引き裂かれ、肩を負傷した右手じゃ碌な攻撃判定も出ないだろう。

 攻撃した俺の方が、爪とレベルを一つ失った。

 だがそれでいい。

 俺がイフィルニを傷つけるなど、あってはならない。

 愚かな俺の言動で無意識の内に傷つけてしまう事はあろうが、意図的に手を出す等あり得ない。

 それを知らない連中に、俺が攻撃したと見せつけられれば、それでいい。

 サマーソルトを『回避行動』と取られなければ。


「キリィ?」


 ダメージの少なさに疑問を覚えたのだろう、周りで俺を酷いヤツ扱いしている連中より格段に賢いイフィルニは怪しむように俺を睨みつけてきた。そ、そんな目で見ないでくれ。ゾクゾク……は冗談にしても、なんか信用を失ったみたいな気持ちにさせられるから。戦いに手を抜いてる訳じゃ無いからっ。

 泣きそうになるも、ここで動きを止めれば余計な奴らに怪しまれる。俺は再び砕けた爪の右手で攻撃を仕掛けるべく、わざわざ右手を動かした。

 即座に反応し、迎撃すべく氷の槌を生み出し右手を砕こうとするイフィルニ。

 俺はそれを無事な左手で受け……損ね、拳を砕かれた。


「キルッ!? キリィィ!」


 予想外の事に動揺したのだろう、イフィルニがドラゴン語で狼狽える。そりゃ、まともに使えなくなった右手で攻撃を受け止め、その隙に無事な左手で攻撃をするのが戦闘として正しい行動だ。

 だが、俺たちのコレは戦闘なんかじゃない。

 見せ物だ。


「っ……凄いなぁ、イフィルニは」


 左手に感じる熱い熱と冷たい熱。青の飛竜の氷魔法をただでさえ魔法抵抗力の低い俺が受け止めたんだ。相応の報い……例えば、凍傷、凍結、火傷、骨折、裂傷の状態異常を受ける事だって珍しくないだろう。

 なのに俺の拳は、ただ熱い熱と冷たい熱を感じているだけ。

 無意識に手加減してくれたのだ、俺の愛する青いドラゴンは。


「やっぱり、俺はお前の事が――グルル、ゴァル」


 好きで、たまらない。

 この場の誰にも理解できない言葉で、俺はイフィルニへ紛れも無い真意を伝える。

 だが悲しい。この簡単な言葉すら、イフィルニには届いていない。

 返答は流れる氷のブレス。

 ドラゴンが敵対者に浴びせる、己自身の息吹。

 自らの全てを攻撃に転化した、殺意の入る絶対的な拒絶の選択。

 俺はそれを全身で受け止めた。


ピロンピロンピロンピロンピロンピロンピロンピロンピロンピロンピロンピロンピロンピロン


 やかましいったらありゃしない。あっという間に203だったレベルが147まで減ってしまった。レベル200の時に取った吟遊詩人は愚か、150の時に取った調教師まで消えて……忠誠度が一定以下のドラゴン達が、次々と野性へ帰っていった。

 惜しく思う。悔しく思う。やるせなく思う。すまないと思う。

 その間にもどんどんレベルは削れていく。レベルが下がって防御力や魔法抵抗力が余計と下がり、レベルダウンの頻度が加速する。

 レベル102。

 神官までが消えかける直前、イフィルニのブレスが止まった。


 イフィルニの流れる氷のブレスは素手で防御しようが関係なくダメージを与えて来るから、いっそ受けた側の景色を見てやると太陽に翳すように手で少し遮りながら眼をかっ開いて見ていたから分かる。これは明らかに普通の止まり方じゃない。

 完全にブレスが止んでイフィルニを視界に入れて――その理由が判明した。

 あの腐れ共がイフィルニを攻撃している。

 ゴルィニなにがしが生真面目にも俺の言う通り結界で守っている。

 そのゴルィニシチェをイフィルニが、攻撃している。


「あ、あ、あの破廉恥漢共がぁぁぁぁぁぁ!!」


 慌てて走……ろうとして、もつれた。

 しまったっ、レベルが一気に下がり過ぎて、慣れない速度になったから……ああ!?

 ゴルィニシチェがイフィルニの攻撃に耐えきれず、その身を四散させてしまった。俺と同じ細工を施されている訳では無さそうだから、恐らくそのままセーブポイントに戻されたんだろう。流石に『横文字職』がイフィルニの攻撃を二、三発受けた程度で、HPはともかくレベルやデータが俺に比べて急激に下がるなんて考えられねぇし。


 となると、おそらく通報が運営か警察に届くだろうが……期待するだけ無駄か。

 尊い犠牲だったが、今は頭の片隅に追いやろう。

 そう考えた時には、ついイフィルニに群がっていた連中の半数を殴り殺していた。


「イフィルニに近づんじゃねぇ! テメェらは何がしてぇんだ!」


 こんな時にも空気を読まずイフィルニは爪を振るってくるが、ドラゴニュート流格闘技『牙挟』を使い、俺の頑丈な牙で受け止める。牙は爪と違い、ものっそ硬い亀とか蟹とかを踊り食いする為に酷く頑丈に出来ているので、イフィルニの攻撃もなんとか防げた。イフィルニを攻撃する最低の連中には尻尾と蹴りで対応する。ドラゴニュート舐めんな。その気になれば蹴撃と同じ威力を尻尾で出せるんだぞ。


「俺とイフィルニが愛し……殺し合うところを見たいんじゃねぇのか!?」

「今愛し合うところって言おうとしたでしょ」

「言ってない」


 反射的に答えてから、ふと気づく。

 今のは誰だ?

 なんというか、言葉遣いが粗悪な連中とまったく違う。軽いというか、普段通りというか、やけに幼げというか……


 気づけば、目の前にソイツはいた。

 全身白の艶やかな衣服を身に纏った、黒い美少女。

 おぞましいワームのような刺青で眼を塞いだ彼女は、何が面白いのかクスクスと袖に包まれた手で口を隠していた。黒髪に紫がかった黒の刺青、そして本当の意味での黒い肌。

 …………え? いや、このタイミングだとそうとしか思えんが、まさか……


「クスクス……キミ、分からないよ」


 毒でも吐いてきそうな不気味な美少女が……く、腐った乱杭歯のようなおぞましい歯を見せて……いや、笑って? そんな事を呟いた。


「今までいろんなヒトのいろんな願いを叶えて、いろんなヘンタイを見てきたけど、キミみたいなヘンタイは初めて見たよ」


 えらい言われようだが、おっぱいが大きくて顔が綺麗な女の人に見惚れない人間の男が変態というのなら、美竜さんには無条件で反応してしまう野郎こと俺は十分に弩変態であろう。もしかしたら変態とは違うカテゴリーかもしれないが、否定は出来まい。

 もしかしてこいつが件のネブラなんじゃ? と思いつつその外見を確認した俺は、


「悪魔か? よし、俺の魂と引き換えにイフィルニを助けてくれ。なんでもするから」

「残念。ワレがアクマなら、先に交わした契約を成就させないといけないから、キミの願いは叶えられないよ」


 そうか。まあ悪魔なら仕方ないな。


「あれ? 諦めるんだ? クスクス。他のヒトの中には、こういう時に無理矢理助けてくれって命令するようなヒトもいたけど、キミは違うんだ?」

「俺は救急救命士にタクシー運転手の真似事をやらせるような酔っ払いじゃねぇんだ。たとえ死んでも不条理は通さん」


 相手が天使とかだったら、あるいは普通に人間だったら、違うだろうなぁ。

 悪魔は邪悪だが仕事に関しては手を抜かないし、曲解解釈はするだろうが定めた契約には煩い。相手がそういうのなら、俺だって無理を通す気はねぇさ。

 ネブラらしき少女の登場に場が静まり返る。イフィルニでさえ、じっとネブラを見つめていた。相手が野郎だったら絞め殺すところだ。


「クスクス……変なヒト。嘘を言ってない。おかしなヒト」


 クスクス、クスクス。

 少女は笑い続けた。まるで生まれて初めて面白いものに遭遇したとでも言わんばかりに。腐った乱杭歯とワームの刺青が無かったら、さぞ絵になった事だろう。いや、今の状態でも見るヤツが見れば十分芸術か。

 奇妙な沈黙の中、少女が笑う声のみ響く。

 動くモノさえ、笑う彼女(と、さり気なくイフィルニの元へ近づく俺)のみ。

 やがて彼女は隠そうとしない忍び笑いをやめた。

 乱杭歯ばかりが目立つ口の中で、やたら可愛いピンクの舌を動かした。


「分からないから、分かりたいよ」


 ……線香の煙のように胸を揺らす直感。


「ネブラに見せてよ、アポスルクンの熱くて変で狂おしいアイを」


 そして、ネブラが音の無い拍手をする。

 ……我が両親は母さんが仏教で、父さんが神道だった。当時は珍しかった『他教同家』。

 葬式の時、前者では線香が、後者では音の無い拍手が、とても印象深く俺の記憶に刻み込まれていて。

 その時から、

 覆しようのない絶望が迫った時、決まって俺の脳裏には線香の煙と無音の拍手がっ!!


「さあ、ここに、七百五十四回目の、契約を果たす」


 ネブラの瞳が細目程度に開かれた。瞼が緩く上がり、白くある筈の黒い眼が黒くある筈の白い眼を際立たせ、全てを見下す三白眼がこれ以上なくおぞましい気分に陥らせた。

 直後、一瞬であらゆる存在が歪み、数瞬で元に戻る。

 それだけの事が酷く恐ろしい。

 まるで、今まで住んでいた世界がまったく別の世界に変化したように――


「お、おいネブラ! てめぇ勝手に何やってやがる!」


 今まで物言わぬ人柱と化していた連中の一人が宙に浮かぶ彼女へ怒鳴る。ネブラは何が面白いのかクスクス、クスクスと笑いながら乱杭歯を見せた。


「あと十分。あと十分で、アポスルクンのアンチウイルスソフトが起動するよ」


 ……何? 俺の……何だって!?


「対象はケイヤクシャのキミ達、ドラゴンチャン、アポスルクンだよ。でも安心して、今言ったキミ達以外のミンナを滅ぼせば、ジブンタチだけ助かるから。ケイヤクシャ、ドラゴンチャン、アポスルクン」


 白黒の悪魔は楽しそうに両腕を広げ、世にも奇妙な笑みを浮かべた少女は、子供らしく災いを振りまいた。


「デスゲーム、スタート♪」


 消えた。

 何事も無かったように悪魔は消え、蜃気楼のように少女の姿が掻き消された。

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