十四話
「……それで、結局私が協力するメリットは?」
握爪の後、アメノロク様が呼んだ運営の管理者に事情を説明し、限定的な使徒の立場を手に入れてまもなく、俺とトーラはドラゴニアの町近辺のフィールド、ザクロの森まで来ていた。道中遭遇するモンスターの強さもタカが知れている為、なんとなく片手半剣を振り回すだけで駆除が出来た。まあレベル差三倍なんだから当然と言えば当然か。
そんな温すぎる道中、イフィルニを呼ぶために一時待機したタイミングでトーラにジト目で詰問された。
言われてみれば、トーラに協力する義理は無いな。
う~む、友人的にはここで解放しても良いんだが、そうなると俺が犯人を殴れなくなる。となると……アレを報酬にするしかないか。
「一日、俺を好きにしてくれて構わん」
「いいの!?」
途端、眼をキラキラ輝かせて食いついてくるトーラ。彼女のアバター自体に現れているが、彼女は重度の『可愛いモノ好き』だ。初対面の時なんかお前、「私の専属のお人形さんになってください」とか真顔で言われたぜ? 度肝抜いたわ。
「竜に誓って。その代わり撮ったSSの焼き増しくらいは分けてくれよ」
とはいえ、彼女のセンスは本物だ。何かにつけて『ドラゴンアポスル』を可愛くコーディネートされているが、わが身の事ながら可愛い過ぎてわざわざ写真にして専用のアルバムを用意したくらいだ。しかも現在三冊目に突入中。
「いつもの事! 契約成立……さあ、何をぐちゃぐちゃにするの?」
最近のアニメや漫画の悪魔よりそれらしい事を言いながら妖しげに瞳を光らせるトーラにチョップを入れかけ、今回はそうでなくては困るので我慢した。
「ザクロの森を、だ」
「……え?」
あまりに大雑把だった為か、やる気リンリン顔のまま小首を傾げるトーラ。
「だから、ザクロの森全域を、だ。その後は隣接するヴェリガの森。次はその隣のトイ湿地。今度は反転してウィードの草原方向……いや、なんならドラゴニアの町を除いたフィールド全てでも良い。とにかくありったけの範囲に魔法をばら撒け」
「……そんな事して、良いの?」
さっきの悪魔っぷりは何処へやら。所在なさげに不安な表情で訪ねてきた。
安心しろ、大丈夫だ。
「一定の範囲に限定されるが、GM権限はさっき貸してもらった。その中にはオブジェクトの再生も含まれているから、惨劇の数秒後にはプレイヤーもフィールドも無事なまま元通りって寸法だ」
その言葉にホッとしたのか、肩から力を抜くトーラ。まあコイツも昔はヤンチャしてGMにド叱られてペナルティーを負わされた過去があるからな。その再来とならずに済んだ事を喜ぶのも当然だろう。
ちなみに何をやらかしたかと言えば、当時の前線で他のプレイヤーの事など一切考慮せず、『ウイッチ』専用の魔法『魔導』の中でも高威力かつ超広範囲の魔法を使い、当時のトッププレイヤー200人と最前線級モンスター100匹を虐殺したのだ。基本的にPKが許されているMDOだが、流石にこれは許容できないとGM自らがトーラを特殊空間に召喚し、長時間正座させられて延々協調性とか思いやりとか気配りとかの説教をされ続けたそうだ。なんでも一時は『ウイッチ』という職の消去まで考えられたらしい。
まあ『虫がウジャウジャ気持ち悪かったから』で緊急メンテを入れなければいけない程フィールドを壊されたんだから、その憤怒も最もだと思うが。
「……分かった。でもなんで魔法なの?」
お次は性質についての疑問。バグ探しと魔法に何の因果関係があるのか、という疑問か。
アイテムボックスから再びイチゴジュースを取り出してトーラに渡しつつ、答えた。
「トーラの魔導は、確か様々な魔法を同時に意識へ移す事で誘導性と探索率を向上させるって副効果があっただろ? それを併用した十八番の超広範囲魔法を使ってもらえば空間の違和感って奴が探れるんじゃないかと思ったんだが」
「……なるほど。確かに、普段壊してるオブジェクトや進む空間とは違う感触がしたところにマーカーを置いて、あとで運営に連絡をすれば、異常の正体が分かる」
「その通り」
トーラは魔法系『横文字職』の『ウイッチ』であり、魔法関連のプレイヤースキルを多数持つ。その中にはオリジナルも含まれていて、探索&殲滅に関して、彼女の右に出る者はPC、NPCを問わず存在しないと断言出来る。これはレイドボスやイベントモンスターも例外ではなく、俺は未だトーラを超える範囲火力を見たことがない。
俺達はシステム的な面では完全に役立たずだが、竜騎士様と同じくVR感覚によるバグ探索ならトーラの能力は最高なまでに役立つ。俺はパイプ兼護衛が出来れば十分よ。
「……分かった。このIQ240の天才ウイザードが、貴方に魔導の天災を授けてあげる」
決め台詞と共に彼女は魔法の詠唱を始めた。
本来、彼女に詠唱など必要ない。
『詠唱無用』という彼女オリジナルのプレイヤースキルがある。俺の全攻撃高クリティカルヒット(名前はまだない)と似たような物で、平たく言えばMDOの魔法関連のシステムを完全に理解し、自由自在に応用して魔法を生み出しているのだ。普通の魔法の開始から完了までのプロセスを微妙に変える事で魔力のパターンや反映結果をシステム結果ではなく物理計算結果に誤魔化し、システムを欺く術とも言える。
ツール等を用いれば誰でも可能な技だが、それは規約違反だ。普通の魔法使いが機械に頼らなければ出来ない事を自前の頭脳で行う。トーラの凄い所はそこだ。あながち、IQ240というのも間違いではないと思う。
そんな彼女が詠唱を行う。それもまあ当たり前の話で、彼女は今、複数のプレイヤースキルを同時に行使しながら超特大魔法を使おうとしているのだ。発動後の意識の拡散も考えれば、如何に優れた頭脳を持つとはいえ『詠唱無用』にまで意識を回す余裕は無いと思われる。それにしたって、普通の魔法使いは同時に一つか二つのプレイヤースキルを扱うのが限界という点を考えれば、俺とは別ベクトルで尋常じゃない。
『ウイッチ』トーラ。つくづく居合わせて良かったと思う。これも巡り合わせの妙か。
「……エイ・シ・ヴル・メヒト。極北の夜空に瞬く朱き星よ、我トーラの行く手を照らし、情の涙も荒れ地に送れ。優魔導ヴィヴォールド・ブレイス、全き善の教導者よ、地に這い蹲り、永久の助けを焦げ。デル・ララ・ヒラ・リス・キン・トラ・ジャ……対象ドラゴンアポスル、イフィルニ、トーラ。新壊の世界より追放せよ、ゴドバラっ!」
トーラの詠唱が完了する少し前。俺は飛んでくるイフィルニに眼を瞑るよう調教師スキルで指示を飛ばし、自分の瞼も固く閉じた。ドラゴンには自らのブレスで眼を焼かないよう、普通の瞼とは別に甲殻で覆われた『堅瞼』がある。ドラゴニュートにもその名残が残っており、盲目のデバフを防ぐ天然の盾として使われている。
それを使わなければ今頃自然治癒の不可能な盲目を与えられていた事だろう。
堅瞼越しにも分かる、その光。夜空の星が本来放つ熱と光を再現したという説明に偽りなき凄まじい光量であり、瞼の色が赤の混じった白に塗り替わったような気分だ。
それでさえ、トーラに保護された結果なのだから、始末に負えない。
眼を開けてみれば、周囲はマグマの海だった。
急いで使徒権限を行使し、効果範囲一帯の惨状を全て無かったことにする。するとまたたきの暇もなく赤一色だった景色が元の緑溢れる森に戻り、名に冠する通りザクロの実が所々に成っている、普通の森に。いやぁ、もう笑うしかないね。
トーラが十人もいれば七日で世界を焼き尽くす事だって余裕じゃないか?
「……おかしな所は何も無かった。疲れた。ジュースちょうだい」
そんな惨状を生み出した当人はと言えば、疲れた、と言葉にはしているものの、冷や汗だの上気した頬だの謎仕様により衣服が破けるだの、そういう疲弊の類が一切見られない。使徒権限で確認した所、実に四つものフィールドをマグマ溜まりにしたのに、だ。
恐ろしすぎる……唯一の救いはこれが対地魔法という点だ。だが例え空を飛んでいたとしても、溢れる星光により眼をやられてしまい、マグマの海へダイブする事になるだろう。トーラの保護下にあったとはいえ、イフィルニにも瞼を閉じさせるよう指示しておいて良かった。
「ほらよ……ったく、本気でお前は公式チートだな。今のが最強技か?」
「……ありがと。でも甘い。このイチゴジュースより甘い。あれは探索を優先して威力を抑えたバージョン。本気を出せばあと二つフィールドを沈められる」
「あれで抑えたのか……」
俺を超える壊れキャラだな。こいつがもし前線でブイブイ言わせるような奴だったら魔法使い以外の地位が軒並み最低に落ちてしまうだろう。人見知りで良かった。魔法使いだらけの未来なんて、末期のネトゲ以外の何物でもないからな。
もっとも、それは近接の『横文字職』にも言える事だが。
「……実は、もっと強い魔法もある」
「聞きたくねぇ! 心の底から聞きたくねぇし使ってほしくもねぇ!」
旧帝国軍の話を聞いたルナナの気持ちが分かったよちくしょう! 後でしっかり謝っておかねぇと! 心に悪寒が走るこの感覚っっ。ムカデが胸を這った九歳の夏より怖い思いを体験するとは思わなかったっ。
軽いトラウマを押しのけ親友へ誠意を持った謝罪をしようと心に誓ったその時、寒気に蝕まれた心を吹き払うように、羽ばたきの音が聞こえた。
バらっ、ばラっ。積雪が翼の形を持って大気に降り注ぐような、軽くて重たい音。
空を見上げれば、煌めくサファイアに似る青き飛竜。俺の恋竜、イフィルニの姿が。
「イフィルニ! 会いたかったよ!」
「私もだ、アポスル。トーラも、久しぶりだ」
「……イフィルニ、久しぶり」
大地に降り立ったイフィルニ。トーラはまだ慣れないのか、俺の後ろに少し隠れてしまう。一応言葉は交わせるようだが、やれやれ……相変わらず可愛い系以外は苦手なのな。
あの溶岩の池を創り出した天才とは、とても思えん。
「先ほどの、閃光は、なんだったのだ? 害は、なかったが」
「トーラの魔法だ。今俺はちょっとばかり複雑な事態に首を突っ込んでいてな。解決にはトーラの魔法が必要なんだ」
努めて簡素に話す。イフィルニはプレイヤーとかの事情を知っているが、イフィルニは使徒として使命を帯びている訳でも、被害者となるプレイヤーでもない。いつも通り変な事に巻き込まれて変な風に解決する。そんな俺を背に乗せてくれるだけで、良い。
「そうなのか。トーラ、アポスルが、無茶を、しないよう、頼むぞ」
「……分かってる」
言葉は案外強気なのだが、如何せんキュッと俺の服の袖を掴んだりするから怖がっているのが丸わかり。親戚の叔母やら従妹やら姪やらの何人かにこんなタイプがいるなぁ。
「言われなくても無茶するつもりはないって。それよりトーラ、魔力は大丈夫か?」
「……同じのが、あと五十四発撃てる」
「お前のMP総量って海か何かなの?」
前言撤回。こいつ一人が敵に回るだけで世界はジ・エンドだ。
「ま、頼りになるってもんか。それじゃあイフィルニ、今日も俺を飛ばせてくれ」
「分かった。トーラも、乗るか?」
イフィルニにしては珍しくトーラを背に誘った。彼女は俺以外を乗せる事に抵抗を覚えているんだが、どういう訳かトーラを始めとした何人かの女性プレイヤーには許そうとしている。あの鬱陶しい戦乙女のストーカー女にも許した事があるし、判断基準は俺にも謎だ。どうも俺に関わる何かが理由らしいが……長い付き合いだが、それしか分からん。
「……イイ。私は自分で飛ぶ」
しかし、今日もトーラはイフィルニの申し出を断り、風や単純な圧力の魔法を操り、宙に浮かんだ。熟練の魔法使いなら誰でも出来る事だが、ただの移動に使った奴を見るのは今日が初めてだ。徹底的な魔力節約に膨大な魔力あってこその暴挙だとは思うが、俺としても魔法で飛ぶのは十分ロマンな事だし、いつもこうだ。さして気にせずにイフィルニへ次の目的地を指示しつつ、その青く美しい背へ身を委ねた。
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「……あった」
破壊と再生を二回繰り返し、三度目でとうとうトーラが違和感を見つけ出した。
使徒権限で即座にフィールドを再生し、急ぎ現場にトーラの転送魔導で乗り込むと、そこは隠れたデートスポットと(ドラゴニュートには)有名な竜骨山だった。
物騒な名前に似合わず、竜骨山は実に華やかな場所だ。色とりどりの花が芽吹き、竜の翼を持った蝶々がひらひらと山道を飛ぶ。道端には魔晶の欠片が所々転がっていて、夜空ならぬ昼空の星々のよう。情熱の赤をその身に宿す雄のツカミ鳥が、静謐な青を称える雌のツカミ鳥に贈るプロポーズの歌は、まるで自然のコンサートに迷い込んだかの如く、美しく見事だ。他にも様々な動物や地形が竜骨山の彩りを確固たる物とし、現れるモンスターもどことなく品がある。現実ならモンスター的にともかく、ゲームの中のデートとしては中々に思い出深き地となるだろう。
そんな場所で、いやそんな場所だからこそ、か。
気持ちの悪い蛮行が行われてしまったのは。
トーラは頂の近くに俺達を転送したらしく、麓には立ち入り禁止ゾーンとなっている秘密の花畑が美人のように毅然と輝き、風に揺れる様は虹の波。それも空に並んで浮かぶお利口な七色と違い、全ての花々が自らの表す色を自由な場所で広げている。まさにデート……いや、告白スポットとして他に類を見ない程の適性地。
「……あった、ここ。ここの空間に、スパイラルソニックで抉られたような痕がある」
トーラの指した場所は、まさに男女どちらかがそこに立ち、相手からのプロポーズを受けるような立地だった。花畑を背負った異性に告白される。その者を憎からず想っているのなら、舞い上がらない者など果たしているものか。
「……でも、これは確実に魔法の痕跡じゃない。そもそも、ただの風魔法が空間にいつまでも傷を残したままなんて、ありえない。それも、五つなんて……」
「ありがとう、トーラ……やってくれるな、畜生どもめ」
怒りのあまり、鉤爪が掌に食い込む。痛覚が怒りの感情を打ち消している。後は理性が残っていなければ、衝動のままに竜骨山の標高を十数メートル削っていただろう。
MDOの運営。彼らが全力でプレイヤーを楽しませ、感動させ、喜ばせようと創ったこの場所で、なんて酷い事を……! 積み上げた努力の結晶を、美しく神秘的な場所を、汚らわしい金欲の餌に使うなんて、許せない。
フッと、掌から熱が消え去った。
同時に視界を覆う青。淀みの無い真の青を湛える宝鱗の纏まり、空を取り込んで偉大なる脈動を刻み込んだような蒼空色の被膜。
じわじわと胸を沸かせる一筋の匂いと共に俺を包み込んだ翼。気づくと拳から力が消え、吊り上がっていた肩も元通りになっていた。
「アポスル」
噛みしめていた牙から固さが抜け、代わりに纏う浮遊感が厚い心を開く。その中へ染み込む彼女の声。今になって、告白された時とは逆に後ろから抱き締められているのだと、背に当たる柔らかい空色腹の感触で気づかされた。
「イフィルニ……」
「私に、事情は、分からない。しかし、アポスルが、傷付いて、良い、理屈ではない」
左の掌に感じる湿り気を帯びた舌の感触。鱗と同じヤスリ状の竜舌は、俺を傷つけないよう優しく、ゆっくりと怪我を舐め取っていく。
「でも、己の怒りに、素直なアポスルは、好きだ。敵は、容赦無く、徹底的に、吹き殺す。微塵になるまで、殺し続ける。いつも、通りに」
徹底的に、か。
そうだな。怒りに我を忘れると碌な目に合わない。やるなら徹底的に、後腐れも起こさないよう、根元から焼き尽くす。それがドラゴンの、俺のやり方だ。
答える前の答えとして、使徒権限を呼び出し管理者へ通報する。事態には迅速な行動を。真夏の日陰のように涼やかな思考で対処し、激昂は最後のトドメまで溜めておく。
それがいつもの俺だ。
「憤怒に身を支配されかけるなんて、俺もまだまだ未熟だな……ありがとう、イフィルニ。頭が冷めた」
「翼の、功績は、片翼の、ものじゃ、ない。私たちは、そういう、関係だ」
「ははっ、それもそうだな」
竜の里に伝わる恋の詩を引用するイフィルニ。ルナナは俺に勝てないとか言ってたが、俺からすればイフィルニこそ最強だと思うね。偏屈論者の草葉の俺を諭せる存在は滅多にいない。
「……私の入る隙…………」
「トーラ?」
「……なんでもない」
嘘つけ。風魔法使って隠蔽してまで何を言い洩らした? いや、探る気はねぇけど。なんかとてつもなく面倒な事になりかねないし。
「まあなんでもいいが、今日はもう良いだろう。あまり破壊と再生を繰り返すのもサーバーに悪い。それらしい痕跡を見つけて管理者に通報しただけ上出来だ」
本音を言えば現場を押さえてボコボコにぶん殴りたかったが。
っと、誰か近づいてくるな。こんなところに何を……あ、アメノロク様の気配か。
「イフィルニ、トーラ。アメノロク様だ。攻撃したりしないように頼む」
「分かった……む? 聞き覚えの、ある名だな」
「……了解」
待機指示を出したその瞬間、アメノロク様の黄金色に輝く鎧が視界に入った。その上に乗っているドラゴニュートの頭は、やはり竜紫眼を持つアメノロク様の物だった。
「アポスル殿、トーラ殿、それに……イフィルニ殿? お久しぶりです」
息も切らさず俺たちの前に駆け寄ったアメノロク様がイフィルニへ頭を下げる。知り合いだったのか?
尋ねるようにイフィルニへ視線を向けると、イフィルニは首を縦に動かして肯定し、アメノロク様へ話しかけた。
「久しぶりだ、竜騎士、アメノロク。バーミリアは、元気か?」
「羽ばたく翼の苦労を知らぬ程に」
ドラゴンの言い回しだな。確か「子供のように」、だったか。意外と若い個体なのかもな。
「このような時に言う事では無いと思うが、アポスル殿とのご婚約おめでとうございます、イフィルニ殿」
アメノロク様がイフィルニに低頭する。イフィルニは人間の言葉を使わず、ただ静かに受け入れた。
今さらだが、竜騎士様から祝福を受けられるなんて、俺たちは恵まれてるなぁ。
「本来ならば賛美の限りを尽さなければならないところだが、今は時期が悪い。すまんが、任務を優先させてもらう。よろしいか?」
「構わない。早い、祝福は、大事な時に、消えるとも、言う」
「ありがたい。早速だが、見つかった物を見せてもらえるか?」
「……こっちの、ここ。空間が捻じれてる」
トーラが指した場所。そこをまじまじと見つめるアメノロク様だが、次第に表情は険しくなり、真珠のように白く輝く牙を隠しもせずに唸った。
「……確かに、これはまともなデータではない。ありがとう、トーラ殿。貴女のおかげで貴重な証拠を確保できた。礼を言おう」
「……別に。対価が良いから、受けた依頼」
納得するまで空間を睨みつけていたアメノロク様がトーラの方へ体を向け、不機嫌な態度を必死に抑えながら頭を下げた。そんなアメノロク様にトーラは憎まれ口で答えるが、そっぽを向いた横顔は僅かに赤く染まっていた。素直じゃない奴め。
アメノロク様は次に、俺とイフィルニへ頭を下げた。
「アポスル殿とイフィルニ殿も、協力に感謝する。お二方との縁が無ければ、こんなにも早く痕跡を発見する事は出来なかっただろう」
「気にしないでください。俺も腹に据えかねる理由がありましたし」
「私は、アポスルと、トーラを運んだ、だけ。礼など、不要」
実際、今回の功績は99%トーラの物だ。俺も全力を尽くせば似たような事は出来るが、こんな短時間でこれほどの範囲を探索するのは不可能だった。
「高潔な魂に敬意を表しよう」
「その言葉だけで十分です。それより、他に手伝えることはありますか?」
痕跡を見つけたとはいえ、所詮フィールド。メインはやはり町中だろう。ならばそちら方面でも協力する事は出来る筈。そう思ったのだが……
「いや、つい先ほどだが、三か所の町で四つの痕跡が見つかったと報告があった。これだけ証拠が揃えば、下手人を捕らえるのも時間の問題だ。これ以上死なない人間の手を煩わせる訳にはいかない。だが、気持ちはとても嬉しく思う」
そう、か……ま、そうか。『使徒』は基本的に俺らプレイヤーより高スペックだし、この世界に対して誰より真摯に対応している。犯人は殴り倒したかったが、その役は彼らに譲ろう。
「分かりました。ご武運を。それと、使徒権限を剥奪しておいてください」
終わったからには、後始末をしなければいけない。元々プレイヤーには過ぎた力だ。今の内に返しておこう。
アメノロク様も頷き、手元で何か操作したかと思うと、ピコン、という効果音と共に『管理者の権限が剥奪されました』というアナウンスが頭の中に響いた。よし、これで安心だ。
「それでは、私はこのデータを管理者へ伝えに行く。風の再来を祈る、アポスル殿、イフィルニ殿、トーラ殿」
そう言うと、アメノロク様の全身が光に包み込まれ、直後に消え去った。管理者の領域へ向かったのだろう。俺もトーラも軽く頭を下げるのみで、何も言わなかった。
「さて、戻るか」
メニュー画面を呼び出してみれば既に二十三時を超えていた。そろそろ帰らねばトカゲやシャナ達が怪しむだろう。『領主』の息子(娘かも)であるルナナや色んな意味で公務員のシャットはともかく、トカゲとシャナの夫婦に今件を伝えるつもりはない。『横文字職』の中で唯一夫婦と面識のあるトーラが一緒にいるんだし、可愛いモノ大好き病に付き合いすぎて遅くなったとでも言えば納得してくれるだろう。
「……いや、待てよ」
踵を返してイフィルニの正面に立った瞬間、先ほどの出来事が頭をよぎる。
怒りに駆られていた俺を鎮めてくれたイフィルニ。その怒りを好きだと言ってくれたイフィルニ。この関係を、当然だと断じてくれたイフィルニ。
過去のイフィルニを思い出す。現在のイフィルニを見つめる。
……思春期の少年か、俺は。頬にこっ恥ずかしく(ちょっとだけ心地良い)熱が集まり、視線どころかまともに体すら見られなくなってしまった。思わず手をやった胸の奥から心臓がバクバクと鳴るのを感じ、時折訪れるきゅぅっという快痛に胸が締め付けられる。体を不自然に跳ねさせる身の震えを必死に抑え付け、何かから守るように左手が右肘の少し上を掴む。うぐっ、背けた先にいたトーラのジト目が過去最高レベルに……
「……思春期の、男の子。可愛い、よ?」
やかましいっ。いやまあ、確かに俺、16近いから一般的にはまだ思春期の最中だけど。
「どうした? アポスル」
ビクッ。う、うぁ、ああ……いやいや、待てよ俺。
どうして我慢しているんだ?
「改めて思ったよ、イフィルニ。お前が好きだ」
羞恥に身を任せる時期は終わっただろ。
既に第六世代のフォースロイド入手が、決まっているような物じゃないか。
「イフィルニ、俺と結婚してくれ。前言ってた事情は、もう解決したから」
「アポスル……!!」
決まった事なら、待たせる必要は無い。
最愛の竜、初恋の竜の彼女に、今度は俺が求める。争いと疾病によって別たれるまで、共に




