十三話
結局バクナウ坊のフォースロイド(しかも第六世代)の絶対予約を条件に見逃してもらう事になり、その場は解散となった。これって正真正銘、裏取引と言わないか……?
「うえっ……流石に飲み過ぎたな、コーヒー」
いくら好きとはいえ、十杯はキツかったか。それもこれも軽く口を滑らせたせいだな……今後はもう少し自重する事にしよう。
気を引き締め、初心に帰り、VR機にイフィルニの脳を差し込んでから被る。視界に映る鬱陶しい『ネット街へGO』の画面を乱暴に閉め出し、カッコイイ『レッドスケール・ライトドラゴン』の映える『MDOゲームスタート』画面を選択。アバター選択で俺のアカウントにただ一人のドラゴンアポスルを選択し、ログイン。スリーカウント、薄っすら見えていたリアルの天井が徐々に視界から消えていき――
「……アポル、何故婚約披露宴に私を呼ばなかったの」
ジト目の青いウイッチ、飛来する炎竜の顎、迷惑行為防止コード申請ウィンドウが同時に現れた。
「いきなりご挨拶だなっ、トーラ!」
拳闘士のスキル『魔掌』によって左手で炎竜を捕え、右手でウィンドウをキャンセルし、尻尾で眼前の女魔法使いの首根っこを掴む。同時にマンドレイクの尾輪にMPを注ぎ、女魔法使い……『ウイッチ』トーラの魔法を抑制する。
「……女性に対して暴力で迎え撃つなんて野蛮」
「魔力で襲い掛かってきた奴が何を言うか。そもそも当日はログインしてなかっただろうが。コラっ、こんなところで魔眼なんか使うんじゃない!」
尻尾を支点にテルテル坊主みたく揺れるトーラから向けられた《魔眼》を魔法封じのプレイヤースキルで退け、青ローブのフードを外して同じ色味の頭頂部にチョップを入れる。
普段なら障壁を張られて防がれただろうが、マンドレイクの尾輪には相手の魔法を封じる効果がある。こいつ本来の魔法ならともかく、自動展開の障壁如きを破るに不足は無い。俺自身の魔力で魔法封じも併用しているし、そこそこ本気になられない限り、これで一安心だろう。
「……下ろして。でないと誘拐だーって叫ぶ」
「残念ながらここらは俺のシマでな」
一つ区切って、ドラゴンの息吹亭に左手を向ける。ドラゴニュート主権の国のこれと言って変わったところの無い石造りの町並みだが、ドラゴニュート達の憧れと羨望の的である俺はよく住人の困り事を解決したり突発的なモンスター襲来イベントの初動を何度も単独(プレイヤーとしては、だが)で凌いだりしている為、NPCからの信頼は厚い。プレイヤーにしても、ここドラゴニアの町を拠点にしているプレイヤーは殆どが俺の事を知っている。普段から接しているNPCから俺の噂話を聞く事も多いだろう彼らが、俺に迂闊な態度を取る筈も無い。いくらこの行動が犯罪的とはいえ、たかが持ち上げているだけだ。この程度でGMを呼ばれたり追及してきたりはしない筈――
「そこの貴様! 婦女子になんという事を!」
「お前ぇぇぇぇぇ!! 俺の長ったらしいナルシストな独白を返せやぁ!」
なんだなんだ!? まさか本当に正義漢が来たのか!? ちぃ、そろそろ下ろしてやろうと思っていたところで! まったく、どこのどいつだ!?
俺が無実という証拠である炎竜を握ったまま、声のした方向へ体を向ける。するとそこにいたのは……ドラゴニュートの騎士?
えちょ、まさかっ、竜騎士様!?
「貴様の胸中などどうでもいい! まずはその少女を……」
「竜騎士様! またお会い出来るとは光栄です!」
「はぁ!?」
魔法の炎竜も『ウイッチ』ももう関係ない。乱雑に放し、輝く黄金の鎧に身を包んだ騎士へ駆け寄る。何やら雷の魔法が飛んできて、興奮のし過ぎでぶんぶん振り回された尻尾に当たって消え飛んだらしいが、そんなのどうでもいい。
俺は今、あの竜騎士に出会ったのだ!
「あの、俺ドラゴ……アポスルって言います! 握手して貰っても良いですか!?」
背を正し、右手を差し出す。竜騎士様はしばし戸惑っていたが、やがて満更でも無さそうな表情で、しかし声は固く俺の手を拒絶した。
「悪いが、卑劣漢と握る手は無い。さあ、詰め所に向かおうか?」
なん……だと?
俺は再びトーラを捕まえ、竜騎士様の前に連れ出した。その速さと来たら、かの伝説のメタルなスライムとほぼ変わらないだろう物だった。おかげで竜騎士様に止められる間もなく、少女を拉致……ゲフンゲフン。トーラを引き摺りだすことに成功した。
「この女が俺に魔法を放ってきたから、迎撃して衛兵に付き出す所だったんです。なんなら証拠映像も出します」
逸る気持ちを抑え、VR機に併設された録画媒体から今日の分の録画映像を呼び出して、竜騎士様に渡す。MDOではNPCが定めた法律に従い、犯罪者を罰させる事が可能だ。その際SSや録画を証拠として渡す事が出来、魔法を始めとした武力を特に理由も無く行使するのは基本的な違法行為であり、当然この国でも同様の法律はある。本来ならこれらの証拠があっても受理に三日はかかるので、その間に犯人のプレイヤーが逃走。指名手配を受けるも大した罪でなければ国際手配にはならない。その為、迷惑行為防止コードによって呼び出される申請コードで運営に処罰を下してもらうのが普通なんだが……この場には竜騎士様がいらっしゃる。
「何? 拝見させてもらおう…………ふむ」
一部のNPC。イフィルニ程では無いが俺達からすれば十分人間味を感じられるくらい上位のAIを持つ国所属のNPCに渡せば、即逮捕状を出してくれる。竜騎士様もその基準をクリアしておられるので、俺の身の潔白はすぐに証明されるのだ。
俺が渡した映像を確認した竜騎士様が竜を模したフルフェイスヘルムに包まれた頭をお下げになられた。
「君の言っていることは正しかった。不名誉な扱いを謝罪する」
「そんな、気にしないでください! 元はと言えば拳骨一つ落とすだけで十分なのにあんな悪目立ちするような事をした俺が悪いんですから!」
「……私は悪く無いもん」
拗ねるんじゃねぇよコラ。てめぇのせいで竜騎士様にご迷惑をおかけしてしまったんだろうが。頭を鷲掴みにし、竜騎士様へ下げさせる。
「……離して、痴漢。責任とって」
「往生際が悪いぞお前……すみません、コイツにはキツく言っておくので、今回はどうぞ見なかった事にしてください。実は最近俺の婚約が決まってパーティーをしたのですが、連絡の不備でコイツは出席できなかったんです。それで拗ねて、挨拶代わりに魔法を放ったという次第でして」
「なるほど……いや、先ほどの魔法は上級の物と見えたが? 君の高い実力によって被害が出なかったとはいえ、見過ごす訳にはいかない」
うぐっ……まあそうなんだが、ここは一つ許して欲しい。悪態を吐いたとはいえ、あのやり取りは様式美でもあるんだし。俺としてはわりと楽しかった。
「……あの程度、このトカゲには攻撃した内に入らない」
「お前も反省する姿くらい見せろって! いえ、その、大丈夫です! コイツにとってあれは牽制技というか、俺がしっかり対処するという確かな信頼あってこそというか」
「事情はどうあれ、犯罪は犯罪……ん?」
ここで、竜騎士様が俺の顔をマジマジと見てきた。フルフェイス越しに、竜騎士様の深い知性を感じさせる紫の瞳が見える。くぁぁぁぁっ、あの有名な《竜紫眼》をこの目で見られるなんて! 今日は幸せが舞い降りた日なのでわっ!? 俺、混乱のデバフかかってないよな!?
一人舞い上がる俺を他所に、竜騎士様がハッと何かに気づいた様子で声を出した。
「その女子と見まごう淡麗な顔、竜のブレスにも似た赤眼、まさか……『信徒』!?」
「あー……まあ、そうです、はい。一応」
かなり恥ずかしい二つ名が飛び出してしまった。『信徒』とは俺の闘技大会出場名であり、初参加の二年前、つまり中二の頃に受付で申請した、仇名だ。
竜騎士様は若干慌てた様子でヘルムを脱いだ。
そこにいたのは完全に一分前の俺だった。
「あの信徒と出会えるとは……感無量だ」
……武で名を馳せる俺は、当然ながら同じ領域に身を置く騎士や傭兵、冒険家のNPCから憧れに近い感情を抱かれる事がよくある。
だが、正直竜騎士も同じだったとは意外だ。
竜騎士は、ドラゴニュートの守護者だ。一騎当千、いや一騎で万軍を相手取るドラゴニュートの英雄で、皆の憧れだ。MDOに三国存在するドラゴニュート主権の国のいずれにも同様のエリート騎士が存在していて、一たび各国の危機となれば疾風の如く集結し幾千の民を守る。
当然、その実力は俺を(本来なら)上回る。
だがそれだけでは俺の憧れにはならない。
竜騎士の真の魅力。それは……
「信徒……いえ、アポスル殿?」
ハッ。
いかんいかん。今はテストじゃないんだ。説明タイムに没入している暇は無い。
「いえ、なんでもありません……それで、このアホの事なんですが」
「握爪を。それでこの証拠は竜の炎で消し去ろう」
「そこまでしなくても良いですから!」
話の大袈裟加減にツッコミを入れつつ、差し出された爪に俺の爪を合わせる。ドラゴニュートなりの握手だ。ちなみにライカンスロープも同じで、マーマンは水かきと掌を合わせる『合わせ手』という文化を持つ。
『そういう取って付けたような種族設定って寒いよな』最初は俺もそう思った。
だが実際、俺たちの手で握手なんて出来ねぇんだよ! 爪やら水かきやらが邪魔でな! だったらどうして武器は握れるんだって? 武器は痛がらねぇだろ? だからだよ。痛がるかなって相手を気遣ってんだよ。取って付けてねぇよ、ここの運営は!
……はて、俺は何に対して怒っているんだろう? まあいいか。
「しかし驚いた。あの信徒がこの町に住んでいるとはな」
「いえ、俺はここを拠点にしている根無し草の冒険家です。まあ似たような事ではあるんですが、ここの黒ビールが絶品でしてね」
日常会話モードに移ったので、さり気なくドラゴンの息吹亭を宣伝しておく。けれど竜騎士様は「ビールは苦手なので」とのこと。がっくし。いや、俺も普通のビールの味は知らんが。
「……私、帰っていい?」
「てめぇが待ち伏せしてたんじゃねぇか。もちっと残れや……それにしても、竜騎士様はどのような用事でこの町にいらしたのですか?」
さっさと帰ろうとしたトーラの首根っこを掴み、確保しながら訊ねる。竜騎士様と言えば竜人の国に竜騎士ありと謳われる程の戦力。普段なら『最も高き塔』で国の慶事に備え待機している、文字通りの御上だ。普段なら絶対に会う事の出来ない竜騎士様が、何故『魔獣災害』すら起きていないこの町にいるのか。
告知も無しにモンスターが来襲し、滅亡に堕ちた三つの国の名が脳裏に過る。
――あるいは、これから始まってしまうのだろうか。
「いや何、ここらで酷い集団結婚詐欺があったと聞いた。相手は少々手強いようで、若輩ながら私が討伐に派遣されたのだよ」
――なんだと?
たかが下界の強者に、竜騎士が当てられた?
「……どうやら、何かを察したようだな。ここで立ち話もなんだ。君のおすすめの黒ビールを味わいに行こう」
「ささやき……念話の受諾、ありがとうございます。トーラ、お前も乗り掛かった船だ、付き合ってもらうぞ」
「……男二人でか弱い私を連れ込むなんて、いかがわしい」
「殲滅兵器が何言ってんだ?」
カタログスペックは魔力以外一山幾らに毛が生えた程度の癖に原爆よりえげつない戦略的価値がある女を、竜騎士様同伴とはいえ、そういう目的で連れ込める訳ねぇだろうが。
うだうだ煩いトーラを再び持ち上げ、ドラゴンの息吹亭へ入る。今日は各自相棒のドラゴンと一時間程親睦を深めてから共に遊ぼうと決めていたので邪魔が入る事は無い。
「マスター、個室を使わせてくれ。竜騎士様同伴だ、最高級の部屋を用意しろよ?」
「りゅ、竜騎士様ですと!? さ、流石はアポスル様。素晴らしいご縁をお持ちですな……っと、こちらが鍵でございます。案内はドルメキに任せましょう。ドルメキ! お客様をこちらの部屋へご案内いたしなさい!」
話の分かるマスターで助かった。
迷惑をかける手間賃としてそれなりの大きさのオパールを幾つか、近くに置いてあった空ジョッキへ入れ、マスターに渡す。慌てて返そうとしてきたマスターから鍵をひったくり、この店の看板従業員ドルメキ(ショタっ子)に見せる。彼も尋常じゃない俺の雰囲気を察したのだろう。ショタコンのお姉さんを貧血にさせそうな慌てっぷりで案内してくれた。もちろん部屋に到着した後、マスターに渡したものとほぼ同じ大きさのオパールを彼に握らせる。マスターと同じように返そうとしてきた彼を無視して竜騎士様とトーラを中に入れ、ドルメキ君の鼻先で扉をピシャリと閉める。せめてルビーかエメラルドがあればよかったんだが、背に腹は代えられない。ドラゴニュートの国以外では安く買えるし、普段お世話になっているお礼と思えば高くない。
それより今は話だ。NPCに聞かれてはいけない、こちらの生臭い話をしなければ。
「まずは私の名前を明かしておこう。私の名はアメノロク。知っての通り竜騎士の末席を汚している者だ。アメクと呼んでくれ」
「ドラゴンアポスル。ドラゴニュートには信徒、ドラゴンにはアポスル、死なない人間からはアポルの名で親しまれているドラゴニュートです」
「……トーラ。ウイッチ。エルフ」
中学生並みに簡素な自己紹介もそこそこに。
「竜騎士アメノロク様、俺とトーラは死なない人間です。いきなりで信用してくれって言うのも失礼な話ですが、俺の人柄はこの町の住人がよく知っています。あとで聞けばすぐ分かる事なので、どうかこの場だけでも信じてください。このトーラも性格はアレですが信の置ける俺の友人です。なので教えてください、貴方の持つ任務について」
死なない人間=プレイヤー。
その言葉の意味を知っている竜騎士様は、俺の言葉に深く頷いて返した。
「言われるまでも無い。君の事はよく愛竜のバーミリアから聞いている。竜の里に認められた偉大なる同胞を疑うなどありはしない。そちらのお嬢さんも、君が認めるというのなら特例を許そう」
「……待って、私そこまで深入りするつもりないんだけど」
折角の感動の場面を台無しにするなよ。
「別に国に関わる訳じゃ無い。日本も含めて、な。知ったからと言って重荷になる類の話である可能性があったら、お前を巻き込んだりしないっての」
「……なら、別に良いけど」
俺の言葉に安心したのか、トーラは軽く俯いた。とんがり帽子の縁が邪魔で顔は見えなかったが、その子供っぽく可愛らしい唇は柔らかく笑みを刻んでいた。よく分からんが、これなら問題ないだろう。
「話を中断させてすみません、アメノロク様。それで、今ドラゴニアの町で何が起こっているのか……いえ、違いました。貴方は管理者から何を言われているのですか?」
と、俯いていたトーラが驚きを持って俺に蒼い眼差しを向けた。
そりゃそうだろう。NPCに対して完全にメタ発言をしているのだから。こういう話をすると一般NPCのAIは馬鹿げた話だと笑い飛ばすか、混乱するだけだ。
でも竜騎士様は違う。そもそも、ただのAIでも無いんだ。
「率直に言わせてもらおう。最近ドラン・エーダー竜国近辺で悪質なVR結婚詐欺が横行している。その痕跡……分かりやすく言えばバグを探す為、私が派遣された」
「……NPCが、VR? バグ?」
トーラが更に困惑を深めているようだが、俺としてはフォローしていられない。
この町でVR結婚詐欺だと? しかも一件ならまだしも複数……何故だ? 何故こんな辺鄙な町で、結婚詐欺なんか……
「……一部管理者権限を委譲されたNPC、『使徒』。俺より余程『アポスル』の名に向いている竜騎士様自らがお探しになられているという事は、まだ具体的な証拠は掴んでいないのでしょう?」
「その通りだ。管理者の方々も別方向からアプローチはかけているようだが、余程隠形に優れた敵がいるのだろう。中々尻尾を掴ませず、被害現場周辺のログや領域情報を直接確認する為に、我ら竜騎士を始めとした各所の『使徒』が虱潰しに痕跡を探している途中なのだ」
「やはりそうでしたか……」
チッ、最近MDOでVR結婚詐欺が横行してるって噂は本当だったのかよ! 噂なんて殆どが根も葉もない噂だってのに、火の無い所に煙は、どころか大火事の上の細煙だったのかよ!
「……よく、分からない。簡単に教えて」
「こいつ……いや、悪い。適応力高すぎる俺がおかしいんだからな。説明するよ」
アイテムボックスからトーラの好きなイチゴジュースと竜騎士様にコーヒーを取り出し、配る。緊張は喉の渇きを、喉の渇きは焦りを、焦りは緊張を生む。どこか一つは食い止めておくのが会議の基本だ。
「MDOのNPCは従来の……つっても十年くらい前だが、ともかくその頃のNPCとは違って、ある程度制限があるとはいえしっかりとした感情を有している。それは分かるだろう?」
俺の言葉にトーラは頷きで返す。そりゃそうだ。まだまだ現役の古参VRMMOとかは生き残っているが、旧式の定型文のみ喋るNPCを採用していたVRMMOの殆どが駆逐された原因の一つだからな。
「それら一般NPCに対して制限解除を果たし、本当に人間と変わらない知性を持ったNPCもいる。その中にも段階はあるが、例えるなら各国の国王や魔王、一部の貴族等の個体で扱う情報量が多いNPCなんかだな」
「……確かに、思い当たる節は、ある」
俺ほどでは無いが、トーラもまともなプレイヤーとは違ったプレイスタイルだ。殆どのプレイヤーには縁のないMDOのお偉いさんや強大な力を持った隠者と面識があっても何ら不思議ではない。
「だろ? それと同じで、一部のNPCには高度なAIが搭載されている。イフィルニみたいな元がモンスターのNPCは親愛度なんかがMAXに近くなるとフォースロイド用に高位AIへ進化されるが、目の前の竜騎士様は違う。孤高の存在でありながら、一般NPCとは比べ物にならないAIを持ち、MDOの有事に管理者……つまり運営の支持に従う『使徒』と呼ばれるNPCだ」
例として『月光神国ルーンハチャ』の『大天使』、『アリアクトレイヴ』の『リヴァイアサン』、『原獣大山』の『ベヒモス』を挙げる。彼の英雄達も中々人前に姿を見せないから知ってはいないだろうな……と思っていたが。
「……大天使と、同じ。なるほど」
流石、『横文字職』。俺がプレイヤースキルの奇人ならあっちはゲームスキルの奇人という訳だ。その運命的とさえ言える奇縁は無駄に仕事をしていたらしい。
「……ガブリエルも、自分は『使徒』だって言ってた。あれは設定とかじゃなくて、本当の事だったのね」
「ガブリエル殿とお知り合いなのか。元より警戒する意味も無かったな」
「まあなんでもいいが、とにかくその『使徒』が動くほど、今回のVR結婚詐欺は根の深い話だって事だ。恐らくシステム的な情報を運営、この世界の空気とでも言えばいいか、電子の波と言ったほうが良いか、そういった類に現れる違和感を『使徒』が探す。そうやって今回の事件の黒幕を追っている。つまりはそういう訳だ」
俺の説明に、トーラは理解を示した。流石自称IQ240の天才。宇宙のとある総帥と同じ数値を自称するだけはある。
……まあ、昨今のIQと当時のIQでは意味が異なるが。
「君の推測は真実だ。流石は、竜の里時期里長であるエレティカ・フィラスキア様をお育てになられたお方だ」
「そんな事まで知れ渡っているんですか……」
いや、確かに一時期引き取って面倒見たけどさ。エレティカ嬢は自分で成長して、自分で幼竜から脱したんだ。俺の功績なんか大した事では無い。
「……根本的に、なんでアポルは使徒の事とかを知っているの?」
話が分からない方向へ進むのを嫌ったか、イチゴジュースをストローでチューチュー吸いながら疑問を投げかけてくるトーラ。
「単純明快。俺のプレイヤースキル、百発百中で高クリティカルを繰り出す技法がチートじゃないかと疑われてな。竜騎士団長様とガチンコバトルをした事があるんだよ」
「ログアウト、だったか? 一時的な休憩を挟みつつ三日三晩行われた戦闘は、今でも竜騎士団に伝わっている。守秘義務があるので映像を見せる事は出来ないが」
……竜騎士様って録画も出来るのか? いや、違うな。たぶんその場で俺のデータを参照していた運営の管理者が下手人か。まあいい。見られて困る物でもないし。
「で、結果として俺は自分の努力をチートと疑われた形になり、正々堂々勝利して疑いを晴らし、寛大にも許してやった後の雑談で運営から竜騎士様や使徒の事を聞いたんだ。ちなみにこれもシークレットだからな。今回の場合NPCはまったく被害にあわず、プレイヤーのみ被害を受ける類の緊急事態だし、超広域殲滅を得意とするお前には情報を流しておいた方が何かと都合が良い」
「……待って、私に何をさせるつもりなの」
さり気ない戦力通知に引き攣った笑顔で俺をねめつけるトーラ。童顔な上に口元からイチゴジュースをたらしながらでは迫力もクソもあったものではない。ドジ可愛い。
「何って、決まってるだろ。狩りだよ、狩り。アメノロク様、俺は今件に全面協力するつもりです。ついては、町の外のフィールドを探索させて頂いてもよろしいですか?」
俺の提案が余程意外だったのか、心外にもアメノロク様は瞳孔を細めて問い返した。
「君は死なない人間だろう? この世界に遊びで来ているのならば、関わる必要は無い筈だろう。何を考えている、アポスル殿」
「俺はっ! じゃなくて、失礼しました」
馬鹿か、俺は。
今のは別に侮蔑でもなんでも無いだろう。使徒として、プレイヤーに持つ一般的な認識だ。大半のプレイヤーはその通りなのだし、ここで怒るのはフェアじゃない。
「俺は、遊びでこの世界に来ている訳ではありません。例え死なない人間が誰一人としてこの世界からいなくなったとしても、俺は絶対にこの世界へ来訪し続けます。イフィルニやエレティカ嬢、ドラゴニアの町の皆……全員が俺の大切な絆です。それを自ら断つは自害も同じと思いませんか?」
普段なら気恥ずかしくて言えやしないだろう。だが相手は竜騎士様だ。誇り高く、高潔な竜の騎士が、俺の吐露を嗤う筈が無い。人間が特定の立場にいる人間を特別視するのと原理は同じ。それだけの信頼を俺は竜騎士様に抱いている。
だから、どもらず、噛まず、つまらず言える。
そんな俺の信頼を眼に見たのか、竜騎士様は瞳を閉じ、静かに笑みを象った。
「無遠慮な発言を謝罪しよう。思えば我らは、常にアポスル殿を侮っていたように思うな。勝手ながら、竜騎士団を代表して恥じ入るばかりだ」
「仕方ないですよ。俺はそういうキャラじゃないんで。不敵に、不屈に、不真面目に、人生を真摯に生きる。愚者の考えで動く俺を強者の考えで動くあなた方が理解できないとしても、それは当たり前の事です……先ほどの質問ですが」
愚者、という点に反論が加えられようとした空気を察し、強引に話を繋げる。
「人生の煌点である結婚を金儲けの道具に使う卑劣漢のターゲットは、死なない人間です。俺もトーラも無関係じゃありません……下手をすれば、通常の商い取引や単なる会話すらも、彼奴等の汚らわしい魔手に犯されてしまいかねない。だから、これは自衛行為です」
旧世紀の常識を引っ張り出しつつ、内なる義憤を燃やす。
幼少時より本に囲まれる中、夫婦という関係はとても輝きの溢れる物だと植え付けられる、草葉の人間だ、俺は。
幻想だろうと創作だろうと関係ない。俺の知覚する範囲で、その関係は常に美しくなきゃおかしいんだ。アイデンティティの崩壊と言っても過言じゃねぇ。
だから噂が真実であると知った以上、俺はそいつらをぶっ潰す。
「……そうだな。君の言う通りだ、アポスル殿。恥を承知で頼ませて頂きたい。どうか我々に力を貸してくれ」
恥じ入る必要は無いと、改めて差し出された爪に爪を当て、憧れの竜騎士様の新たな絆を、確かに結んだ。
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