十二話
「さて、そろそろ良いぞ、マスター」
都合四杯目のキリマンジャロを注文した時だ。
侵入者と会っておきたい。そうマスターに命令を下した。
「承りました。では紛れ込んだ猫をお連れ致します」
低頭したマスターは一分の隙も無く店の奥へ向かい、何やらR18臭漂う悲鳴と香ばしいコーヒーの香りを俺の座る席へ届けた。
マスターは左手に持ったコーヒーカップを手前のテーブルに置き、右手に持ったソレを俺の対面にゆっくりと座らせる。
キリマンジャロを一口。やはりコーヒーはこの酸味と共であるに限る。
「なあ、シャット。いや、木下瑛華教諭殿」
「くっ、殺せ!」
「馬鹿お前、クッコロさんは殺しちゃいけないんだぞ? 魔王でも知ってる常識だ。そんな事よりほれ、あんたも飲め。マスターの淹れたコーヒーは美味いぞ」
キッ。と上目遣いで俺を睨みつける美人教諭もとい美人スパイ。
ま、俺の監視役である彼女があの宴の裏の密会を見ていない筈が無く、先に弓良家の子供が入った喫茶店に入店したとなれば、潜入の一つや二つもするに決まっている。
想定通りだ。
「別に毒なんて入ってないさ。その気ならウチの変態諜報部がとっくにR18と書かれたピンク色の注射器で淫らな薬を打っている筈だからな」
「……いただこう」
観念したのか、大人しくコーヒーに口を付ける木下先生。公安のコーヒーはよっぽど不味いのか、口を付けた瞬間驚きに眼をみはった。
「言うだけの事はある。マスター、おかわりだ」
「かしこまりました」
先ほどまでの敵対的空気はどこへやら。ちなみにルナナ達を含め、俺の関係者の支払いは全部俺持ちだ。フォースロイド第五世代及び第六世代の開発資金が弓良家から出る事となり、俺自身で貯めた金の使いどころは一気にパァ。このくらいの贅沢は余裕だ。
マスターはおかわりのコーヒーをやかんに入れて持ってきた。
「後で請求書を送らせていただきます。どうせあと五、六杯は飲むのでしょう?」
「ナイスだマスター。味は落としていないだろうな?」
「紳士たる者の務めは心得ているつもりです。では、ごゆっくり」
有能なマスターは再度頭を下げ、奥へと消えた。俺は自分と木下先生のカップにコーヒーを注ぎ、お互い一口飲んでから話に入った。
「それで、俺とルナナの会話は全て聞いてたんだろ? なら改めて話をする必要は無い。そう思っていても構わないな?」
「うむ。私としては文句の十や二百は言いたいところだが、今件の、『幻想計画』だったか?それ自体は歓迎すべき事柄だ。空中都市がその主翼となるのならばなおさらだ」
「そうか。あ、それと俺達一族の勝手は黙認してくれ。たぶん上司に聞けばわかると思うが、近年の殺人事件激減の理由が俺らだからな」
「安心したまえ、宴の時の話を上に報告した際、草葉と国の密約に従う限りという条件で君の補佐兼パイプ役を任された。そこら辺の事情は聞かされている」
「ほ~う。密約についても知ったのか」
こりゃぁどんどん外堀を埋められているなぁ、この人。
草葉の一族は異端の一族だ。その存在は厄介な毒と変わりないが、上手く付き合えば薬にもなりえる。
例えば、諜報部隊。公安のエリート様を捕らえたのは、嗜む程度に戦闘技術を身に着けただけの喫茶店のマスターだ。その時点でこの国の防諜組織を上回る諜報力を有していると察せられる。その力を生かして、これまで三度の大規模テロと二度の大災害を防いだ事もある。
それと同じように、草葉の一族は医療の分野でも国家に協力している。
とは言っても外科とかにはノータッチだ。半世紀くらい前には天才外科医がいたらしいが、
今はいない。しかし草葉の一族は異端の一族。その由来は身の内、つまり心だ。
異端者は、異端者を嗅ぎ取る。
「私も知った時は驚き、疑いもした。アニメや漫画の残虐・悪逆・卑猥なシーンを幼少の頃にサブリミナル効果を応用したVR催眠を介して無意識に見せる。その瞬間の脳波の動きでサイコパス、つまり快楽殺人鬼の気がある者や、いわゆるヤンデレ、メンヘラ、犯罪性癖者等の治安を乱しかねない歪んだ精神の持ち主を選別し、隔離していたなんてな」
「隔離された児童は俺達草葉や分家の一員が教育を担う学校施設で引き取り、ロマンに触れさせる。専用の設備で日常的に『歪み』を発散させ、社会様において『歪み』を見せないよう、『歪み』を現さないよう、訓練する。そこらの清掃ボランティアよりよっぽど社会に貢献する行いだと思うが?」
「分かっている……複雑な気分だが、実際に結果は出ているしな」
マーブル模様の表情で、木下先生が目を伏せる。ま、やっている事は一歩間違えれば洗脳だからな。多少の拒絶反応もやむなしだ。
「それに、君たちの一族はあらゆる事件の加害者や被害者のケアまで担っているそうじゃないか。他にも先天性の部位疾患者や精神病患者達に状況を肯定的に受け入れさせたり、ADHDやアスペルガー等の子供を持つ親のお悩み相談から家庭環境の調整まで、実に様々な援助をしてもらっている。それらを思えば、文句など言えんよ」
「別に非人道的だって罵ってくれても構わんぞ。ただ、初代の草葉がそういうのに苦しんで、苦しめなくなっちまう程に悟って、苦しみ続ける周囲の同士を哀れんだから、ウチの方針としてそうしている、ってだけだし」
「いいや、言わせてくれ。ありがとう。君たちのおかげで私の家族は崖っぷちから這い上がる事が出来た。井本宝児という方に、助けてもらった事がある」
井本……ああ、あの弁護士の。そういえば家庭相談所も経営してたな。そうか、木下先生も草葉の世話になった事があるのか。世間は狭いな。
「俺に言ってどうする。俺はそいつも含めた草葉一族の意思決定者でしかない。礼ならそいつに言え。まあ七歳より上はババア扱いっつう真性の変態ペド野郎だから、喜ばれはしないだろうがな」
「……え」
ガラガラガラ、と何かが崩れるような音が聞こえた気がする。なんだ、あのペド野郎に憧れてでもいたのか? そいつはご愁傷様だな。
「井本が……ペド野郎……ババア……」
「はいはい、積年の憧憬が儚く散ったところで本題に入るぞ。ていっ」
わなわな震えながら眼を見開いていた木下先生の額に手刀を叩き込み、現実へ眼を向けさせる。どうでもいいが叩いた時の「ちゅっ」って鳴き声はなんなんだ、可愛らしい。
「率直に聞かせて貰おう。あんたたちは『幻想計画』に対し、どう対応するつもりだ?」
フォースロイド第五世代ならびに第六世代。
それらの開発は軍備……日本で言うところの自衛隊はもちろん防諜組織の公安にもお鉢が回って来るべき、軍事的に極めて重大な事業でもある。
何せ、ファンタジーと言えば外せないのが『武力』だ。
武を象徴しないファンタジーの存在も承知の上だが、やはり大半のファンタジー作品は『剣と魔法』を採用している。『幻想計画』の主軸となる『幻獣』も例外ではない。
例えばユニコーン。伝承では純潔の乙女にのみ気を許す聖馬とされているが、近年では鋭い一本角を利用した突撃が脅威のモンスターとして描写される事が多い。実際、馬の脚力によって生み出される鋭利な槍の貫通力は、果たして鉄板程度で防げるものかどうか。そんなユニコーンがフォースロイドとして現世に顕現した場合、悪しき者の手に渡った彼の角馬がどれほどの被害を齎すのか。想像に難くない。
ドラゴンは空を駆る天然の火炎放射器、ケンタウロスには高速で戦場を翻弄する機関銃を持たせ、マーメイドは戦艦の魚雷をヒラヒラと躱し船底に穴を空ける動く暗礁。
兵器へと転用された彼らは、一体どれだけの力を持つことか。
それらを考えれば、物理的脅威となる前の段階で日本を守る公安が強硬な態度に出ても不思議じゃない。
たとえ草葉からの協力を断ち切られたとしても。
「……すまない、正直何をそこまで警戒しているのか、私には分からない」
……椅子から滑り落ちそうになった。
おいおい、俺の補佐兼パイプ役をこんなポンコツ娘に任せるなんて、公安ってやっぱ相当ヤバくなってるんじゃ……
「はっはっは、冗談だ。君が懸念をしているという事は知っている」
「…………」
「ま、待ちたまえ草葉君! そのドギツいピンク色をした髑髏のボタンはなんだ!?」
本気で娼婦辺りに転落させてしまおうかと思ったが、グッと堪える。これはあれだ、単なるお茶目という物だろう。ここは俺が大人となり、寛大にも許してやろう。
「いや、私には君が懸念する事自体不思議に思っているんだ。何故私達公安が『幻想計画』に手を出すなどと思った?」
調子の抜けた木下先生が大人しく先ほどの質問に答えた。ふむ、礼儀には礼儀、だ。
「……今までのフォースロイドはあくまで人間と動物を模倣して作られた。それは性能がモデルと同等に近いという証左であり、安全対策は容易に成された。『ヒトガタ』や『ニンゲン』なら外面と内面の間に緩衝材を詰め込んだり、普段は決められた出力しか出せないようプログラミングする事。『ケダモノ』や『ドウブツ』なら爪を切り、牙を丸め、ロボット三原則に忠属するよう設定する事。だから一般人が殺戮マシンとして用いる事は出来なかった。しかし」
一旦言葉を切り、セルフサービスのお冷で喉を潤す。
「『幻想計画』によって生み出される第五、第六世代は違う。元々が想像上の生き物でしかないのだから、これだと定められる安全基準がほとんど無い。あからさまな武装はすぐに気づくとしても、例えばドラゴンに火炎放射器なんか付けられたら、一般生活において文句なんて言えないぞ。ドラゴンは火を吹くものだからな」
幻想を再現したフォースロイドなのだから、彼らの扱う能力も再現できていなければおかしい。実際に被害を齎したならともかく、それまで歯噛みしながら見ているしか出来なくなる。
つまり、幻獣を兵器化させる言い訳は、いくらでもあるって事だ。
「それは、車や猟銃のように免許を付ければいいだけの話ではないか?」
実に無難な返しだが、それを予想出来なかったとでも思っているのか?
「そうか、そりゃ名案だ。問題なのは免許を付けても無視して使う人間がこの世に大勢いるという事だが、対策はあるのか?」
「いや、難しい、な……」
「だろ? それに存在自体が戦いの為にあるようなファンタジー生物も多い。下手にリミッターなんか付ければ動く事すらままならなくなるかもしれん。だからセキュリティ面をある程度緩めて作らないといけない。だがそうなると、第五、第六のフォースロイドは兵器として実に優秀な素材となってしまう。そんな代物が管理不十分で海外に流出したらどうなる事か。もう想像が付くだろう?」
「……確かに、危険だな」
勿論、俺はきちんと対策を考えている。弓良も同じだろう。悪用されて一番困るのは空中都市だし、頑固な執政を旨とする現当主がそこら辺に気を使わない訳が無い。
問題なのはそこら辺を考慮せず、危険……言い換えよう。何が何だか分からず不気味な存在だから、というだけの理由で公的組織が『幻想計画』を潰そうとする事だ。
どんな世でも、印象だけで全てを否定する人間は多すぎる程にいるからな。
「臭い物には蓋をしろ、と言う。肥料となるか疫病となるかは別として、不愉快だからとりあえず、というだけでな。俺達としてはもちろんこの話に蓋をされるのは困る。きちんと肥料……この場合は農薬かな。ともかくそう認識してもらうような報告はするし、開発後の管理も他のフォースロイドと同じように国と共同で行うから、どうぞ黙認してくれ」
「いや、まあ、所詮下っ端だし、事が大きすぎて黙認するしかないのだが……」
「……進捗とかは伝えるから、それくらい上司あたりに報告しとけよ。いくら『領主』主導とはいえ、日本の国防をリアルタイムで守る公安が知らないってのも問題だろ」
五大都市の『領主』は公的地位が高い。王侯貴族風に言えば公爵くらいか。なので一々関係各所に連絡を入れなくても独自の研究・開発が可能だ。とはいえ、『幻想計画』の産物は一歩間違えれば殺戮兵器へ様変わりしてしまう。国家の諜報を司る機関くらいには情報を流しておかないと後が怖い。嫌だぜ、MAID・IN・JAPANと書かれた龍が東ヨーロッパ辺りで暴れて、中国の仕業に見せかける日本の卑劣なテロとか騒がれたら。ただでさえ日本が流行遅れの民主主義に戻った切っ掛けは大規模国際テロ組織の補給物資の近くに日本の二次元作品が多数置かれていたことによる国上層部への大バッシングなんだから。下手な事してウチら草葉の国家転覆ロマンに火を付けられたら滅茶困る。
そんな無さそうで十分ありえる未来を回避する為には、様々な諜報活動のノウハウがある公安さんに後ろ盾となって貰う方が良い。少なくとも協力せずに拗ねられていざと言う時に助けてもらえないなんて事にはならないだろう。何事も万が一を考えなくてはならないのだ。
まあ公安との人脈形成は完全に嬉しい誤算だったが。巡り合わせに感謝だな。
「……というよりそういう事は私達ではなく国防省、それこそ自衛隊の領分じゃないか?」
そこにツッコミを入れたらダメだ。今代の草葉には何故か自衛隊がいないから接点がねぇんだよ。そもそもあんたと知り合わなきゃお国にも伝えないから。
万が一と言っても、大抵の事は弓良家と草葉の力でどうとでもなるし。事件は起きる時には起きる。本当に念のためなんだから。
「察しろよ、草葉は狂人の集まりだけど基本的にシャイで奥手で人見知りなんだっ」
そういう様々な正論に蓋をして、俺は情けない内実を暴露した。
「そんな理由で私達だけに教えるな! 僻まれるだろ! あの怪獣映画オタク共に!」
「そっちはそっちで自衛隊に偏見持ちすぎだ!」
自衛隊だって真面目に国防してる人は沢山いるからな!? 確かに最近の怪獣映画では怪獣出現時にやたらハイテンションになる上官が真っ先に殺られるシーンとか多いけど! あれはフィクショ……じゃなくてそういう人間もいるってだけだから!
「と、ともかくだ。ルナナ……いや、弓良光には俺の方で連絡しとくから、しっかり報告書は受け取れよ。学校で紙媒体と電子媒体の両方を渡すから」
『学校のプリント』という概念が滅却して久しい今日この頃だが、それでも紙の重要性は失われていない。防腐、防風、防水、防光、防火、防虫、防圧等々の処理によって頑丈さが増している為、二十一世紀と比べて信頼度が高い記録媒体となっている。
重要な情報の報告や契約書と言えば、今でも紙が主流だ。
「……はぁ、聞いてしまった以上は仕方がないか。引き受けよう……仕事、また増えるだろうなぁ……」
それに関しては素直に申し訳ございません。
「あー、その、あれだ。バクナウ坊の件の報酬ということで一つ手を打ってくれ」
「……いや、その借りはまだとっておいてくれたまえ。突発的とはいえ、きちんとした仕事の範疇だからな。職務の範囲内なのに恩着せがましくする訳にはいかない」
ありがとうございます、『先生』。
「代わりと言ってはなんだが、計画成就の暁にはバクナウの分のフォースロイドも作ってもらえないか?」
……前言を撤回してきやがった。それでも教師かっ。
「裏取引に分類されるんだが、そこんとこどう思うよ国家公務員」
「たまにヤンチャをするからこそ飼い犬も可愛らしいものだろう?」
キラン、とでも効果音が付きそうなドヤ顔で滅茶苦茶な事をのたまう国家の犬。
「ルナナ……じゃなくて弓良光次第だな。そもそも俺の立場は単なるテスター。口利き以上の事は出来ん」
「仕方ないな。どのみちイフィルニ君のような高位のAIに育てなければフォースロイドへ流用出来ないものな。窓口が開かれているだけ恵まれたと思うさ……ところで」
おや?
無駄な輝きが一点に……そう、両目に集約した。心なしか周囲の明暗も暗の方に傾きつつあるような……な、何やら、空気が重くて、光を直視できない……なんだ、なんなんだこの威圧感は……っ!
「先ほどの、旧帝国軍とはどういう事だ……?」
「こ、こここ、コーヒーが、おおおお美味しいな」
カチャカチャカチャカチャカチャ。
お、おかしいな。手の震えが、止まらないっ。この悪寒は、MDO史上最低最悪のレイドボス、『キマイラ・スラグピード』の怖気走る触手に絡めとられた時と同等……っ!
「なあ? 私の職業柄、見過ごせる話題だと思っていたのか……?」
「今日は雨が降りそうだねぇ、マスター爺さん」
「本当ですなぁ、打鉄様婆さん」
不穏な気配を察したのか、マスターが隣に来ていたので全力全開のトボケを投げ合う。正直コーヒー弾が炸裂した辺りで木下先生の存在には勘付いていたが、完全に身内判定をしていたせいでつい漏らしてはいけない情報を漏らしてしまった気がする……というよりもはや単なる口の軽い人だ、俺。
「誤魔化しは効かんぞ。さぁ、キリキリ吐け」
祟り神もかくやという眼光で頬杖を付き追及モードへ移行した木下先生に、俺とマスターは
ガタガタ震えながらコーヒーを飲み干すしかなかった……
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