きっかけは追突事故から…2
前回の短編小説の女性目線を書かせていただきました!
リンクしている部分もありますので、宜しければ「きっかけは追突事故から…」と併せてご覧下さい。
ついてない
憂うつな気分を振り払おうと
気晴らしに車で出かけたのが良くなかったの?
信号で止まっていたら
車が前に押されるような衝撃があった
どうやら後ろの車に当てられたようだ
事故の相手はすぐに車から降りてきて
事故の対応について色々言ってくるけど
何もかもが面倒だった
ふと、追い越していった車が
彼の車ではないかと思ったが、違う
そうね、彼のはずがない
あの人はすでに別の女性と婚約中だもの
先週までは私も幸せだった
彼と付き合って三年
そろそろお互いに結婚も意識し始めて
二人で住むならこんな家がいい。とか
部屋が広くなったら念願の猫を飼おう。
とか話していたわ
それが突然の別れ
なにがなんだか分からなかった
彼との共通の友人に聞いたところ
資産家のお嬢さんとの結婚話が進んでるようだ。彼はいつか独立して起業家として成功したいと話していた。その夢を叶えるのに新しい恋人はまさに理想だったのだろう
えっ? なに? 連絡先 ⁇
あーハイハイ。そうね。
警察にはもう連絡しました
事故の相手は親切な対応をしてくれてるけど
どうせならもっと思いきりぶつけて欲しかった。ケガをして入院でもすれば、あの人は心配して私の所に来てくれたかもしれないのに
もう何日も不眠が続き、薬を飲んでいたのも良くなかった。むしろ私の方が事故を起こしてもおかしくない状況だ。
一人でいるのが本当につらい、いっそのことこの世界がなくなってしまえばいいのに
…なんて不毛な事を考えるのはもうやめよう
そう思ったけど事故相手の彼女らしき女性が車から降りてきて、二人の親しげな様子を見て私は頭が真っ白になった
気がつくと、私は事故相手にキスをしていた
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
家に帰りベッドに倒れ込むと
自己嫌悪で転げ回った
何をしてるの?
何をしてるの?
何をしてるの?
自分が不幸になったからといって
他人まで不幸になれば良いと?
そんなわけがない
そんなことして良いわけがない!
事故相手の彼女さんがブランド物を上品に身にまとい、育ちの良さそうな立ち振る舞いを見てついカッとなってしまった
あの女性は完全に、私と事故相手の関係を誤解して、その場を去っていった
どうしよう?
その後仲直りはできただろうか?
……きっとそれは大丈夫だろう
私は体を起こして、壁に寄りかかり窓の外をみた。外は雨が降りだしパタパタと音を立てている
ちゃんと話し合えば、私が赤の他人だなんてすぐにわかる事だ。変な女にからまれた
そう説明して、何事もなかったように幸せな毎日が戻ってくるわ。むしろ一層仲が深まるのかもしれない
私はやはりなにもかも面倒になり
もう一度ベッドに倒れこんだ
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
どどどどうしよう?
どうしたら良いの?
あの事故から一週間
事故の相手からメールが届いた
事故を起こしたほうが、後日改めて謝罪するのは確かにありそうだけど…私はあんな事をしてしまったから、当然相手に合わす顔がない
そうよ、どのツラ下げて食事をしろと言うの?
メールではなんだか抑揚がなく感情が読み取れない。これをあの優しそうな男性が送ってきたのかと思うとなんだかおかしく思えた
メールの返信をどうしようか?
そればかり気にしてしまって
仕事もミスばかりだった
自宅に帰り、ぐるぐると考えた挙句
やはりちゃんと謝るべきだと答えが出た
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
待ち合わせの場所に着いて
街を歩く人を眺めると、自分は何をやってるんだろう?と悲しくなってきた
きっと元カレは新しい彼女さんと楽しい日々を送っていることだろう。なのに私はというと痴態をさらし人様にご迷惑をおかけして、謝罪のためにここに立っている
今日は失敗は許されない!
相手に誠心誠意謝って、謝って、謝り倒すのだ
とはいえあの時はボ〜としていて事故相手の顔もろくに覚えていないのだ
誰かが話しかけてきたがこんな感じの人だっただろうか?
そう思ったら別の男性に呼ばれた
「麻生さん」て
会社の人以外に名前を呼ばれてドキリとした
いや、この男性の声が優しすぎてなんだか胸がざわついた
お店に入るととても良い雰囲気のお店で
メニューもどれも美味しそうだった
この人名前なんだったっけ?
確か…そう、たくみくん
彼の彼女さんがそう呼んでいた
さすがに私がそう呼ぶことはできない
濃いグレイのコートは長身の彼によく似合っている。私をエスコートしてくれるその物腰はとても柔らかかった
彼は何度かこのお店に来たことがあるようだ。
きっと彼女と来てるのだろう
その割にお勧めを聞いても歯切れが悪い
しきりに私の好きな物をと押してくるけど
私の食べたい物ばかり頼んでもしょうがないじゃない、私も意地になって、相手の食べたい物を聞き出した
正直疲れたわ
でもなんだか楽しかった
途中『たくみくん』の携帯に着信があり、彼は席を外した。すでにデザートの注文を終えてたこともあり、私はその隙に会計を済ませた
席に戻るとデザートが届いていて
きれいに盛り付けされたアイスが溶けてしまいそうだったので写真に納めた
食事は楽しかった
恋人と別れて寂しい毎日を差し引いてもだ
彼の会社の上司の話は面白かった
『たくみくん』はとても優しくて良い人だ
こんな人に私は恋人との間に水を差すような真似をしてしまい、本当に自分が恥ずかしかった
お幸せに
私は彼に頭を下げてその場から離れると
スッキリした気分とは裏腹に
涙が溢れてきてとまらなかった
どこをどう帰ったのかも覚えていない
自宅に帰っても、シャワーを浴びても涙はとまらず、そのまま泣き疲れて眠りに落ちた
翌朝、携帯をみると『たくみくん』からメールが届いている
驚いたことにまた食事のお誘いだ
どうしてと一瞬戸惑ったが、すぐにその理由は分かった
あの人はとても誠実そうな男性だった
事故の謝罪として食事に誘ったのに、私がお会計したもんだから、それでは申し訳ないと思ったのだろう
本当に良い人ね
あんな男性とお付き合いできる女性が羨ましい。何度も行ったことがあるお店だろうに、どの料理も初めて食べるかのように美味しそうに食べていた
私は丁寧に食事のお誘いを断った
彼女がいる男性と、そう何度も会うわけにはいかない、私が彼の彼女だったら嫌だもん。昨夜グッスリと眠ったせいで、気持ちも澄み切った空のように落ち着いていた。きっとこの判断が正常な人の正しい行いなんだと思う
もう事故の件はこれで終わりでいいだろう
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
週が明けて、仕事中席に戻るとメールが届いていた
「たくみくん」からだ
不覚にも胸がドキリとしてしまった
また食事のお誘いだ
本当に律儀な人だ
もう気を遣わないでいいのに
彼には彼女がいる
そう思いお断りの返信をした
少しだけ淋しかったけど
これは仕方のないことだ
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
週末になり残業を終わらせ会社から出るとずいぶん風が冷たかった
本格的に冬になって来た
早足で駅のほうに行こうとすると、通りから「麻生さん!」と声をかけられた
振り向いて私は目を見開いた
「たくみくん!」
私は驚いて駆け寄ると、どれだけの間外で待っていたのか、彼は顔が赤くなっている
「話があります」
彼が真面目な顔でそういったとき
ある考えが頭の中をよぎった。とにかく!と、温かい飲み物が飲めるお店へと場所を変えた
話を聞くと予想していた内容で、私は顔から血の気が引いていくのを感じた
彼は事故のあと、彼女と婚約を解消していたのだ。私は目の前が真っ暗になった
「ごめんなさい…私のせいね…」
あまりのショックで私の声は彼に届いたか自信がない。彼は婚約が駄目になった責任を取れと言うのだろう。もしかすると彼女の方にも慰謝料を払わなくてはならないのだろうか?ある程度の蓄えはあるが、それでまかなえるのだろうか?
私は泣きそうな気持ちになったけど、やった事への責任は取らなくてはいけないと、ぐっと歯を食いしばった
彼は話し終えるとコーヒーを飲んでホッと一息ついている。心なしか前に会ったときよりさっぱりした表情に見える。恋人と別れた人間がこんなににこにこしてるものだろうか?と疑問に感じたけど今はそれどころではない。この場をどうしたら良いかと私は頭をぐるぐると悩ませた
「桜良?」
背後から声をかけられて振り向くと、そこには元カレが立っていた。なんだかずいぶんとしおれてるようにみえる
「誰だよこいつ」
たくみくんに向かって不審な顔を露骨に浮かべて失礼なことを聞いてくる。あれほど会いたいと思ってた人なのに、今は引っ込んでてといいそうになった。そういえばこのカフェは彼とよく来たお店だ。そんなことも忘れていた
「僕は桜良さんの婚約者ですが、あなたは?」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
どうしてこうなったんだろう?
駅までの道をたくみくんと手をつないで歩いている。チラリと彼を見上げると、彼は私の顔を見て優しく微笑んだ
人の気持ちというのはすごいと思う。先週まで空っぽになっていた私の気持ちは、いまはいろんな気持ちでいっぱいになっている
つないでいる手も現実味がない。彼は私の事を「婚約者」と言った。この前とは状況が違う
私がしたことを彼もしてみただけなのか?
駅に着いたら「冗談です」とお別れになるのだろうか?
だけど「俺が間違ってた」とか「もう一度やり直そう」と叫んでる元カレに、たくみくんは「もう二度と彼女に会わないでください」と言って私の手を引いた
それ以降はずっと無言だ
少し強く握ると、彼は更に強く返してくる
これは現実だ
そんなに遠くない駅なのに、なかなかたどり着かないのは、二人ともがゆっくりと歩いてるせいだろう
ずっとたどり着かなければいいのに
「大丈夫だった?」
立ち止まって彼が言う
「さっきの彼…桜良さんの前の彼氏だよね?僕…よけいなことしましたか?」
私はぶんぶんと首を振った。なにか話すと泣きそうだった
「なら、良かった」
そういって彼は空いている手を私の頬に添え
私にそっとキスをする
そしてその後に
「もう他の人にこういう事しちゃダメですよ?」
しっかりと念を押され彼は私を抱きしめた
私は彼の背中に腕を回し
しない!絶対に!
そう心の中で誓った