9-7 空の色が変だ
佐太郎達はかなり長い間、ただ黙って名簿に書かれたg-∞の文字を見つめていた。
「……おにいちゃん?」
ただ一人、いまいち状況が理解できていない義軍が不安そうに世尊を見上げた。
「お、ぉっ! うん! 大丈夫だぜ! 義軍」
世尊は必要以上に声を明るくはりあげて笑顔を作った。
「世尊。 ちょっくら少し離れたそこらヘンで義軍と遊んでろ」
佐太郎に言われて世尊は頷き、義軍を連れて、大声でなければ声が届かない程度の場所まで離れ、二人でじゃれあって遊び始めた。
その姿を確認してから、佐太郎は再び名簿に視線を落として呟いた。
「g-∞はマジでアイツだってのか? だがよ、ありえねぇ」
地面に広げっぱなしのその名簿を穴があきそうなくらい見つめて腕組みをする。
「……せめて一夢が誰に殺されたのか分かればいいんだが……」
「殺滅された人のリストとかって無いんですか?」
リトが提案したが、佐太郎は首を横に振った。
「殺滅権のやっかいなとこはそこなんだ。 殺滅されたら程なく殺滅された奴の体も魂も粉々になって存在が消えちまう。 つまり、証拠がのこらねぇってことだ」
「証拠が残らない?」
「処刑とかみてぇに記録に残るならともかく、殺滅には誰の許可もいらねぇ。 殺滅権者が殺滅してぇって思えば何の手続きもなく殺滅できる。 殺滅したあと、肉体も消えるってんなら、早い話、殺滅されたのと行方不明の区別はつかねぇってことだ」
「なんだよ、そりゃあ。 ありえねぇ権利じゃねぇか」
佐太郎の言葉を聞いて思わずアリド達、みんなの顔色が青くなる。
すると佐太郎はみんなを落ち着かせるように穏やかに言った。
「だからgメンバーも含め、殺滅権もってる奴は素性を隠したがるのさ。 誰だって怖ぇわな。 そいつはいつ、誰を、何人殺したかもわからねぇんだからな。 ――あいつはテノス国発行の殺滅権も持ってる。 そっちは許可を与えたのが国王だから、きちんと殺滅したら報告して歴史書に載ることになっているからみんな警戒してねぇけど」
「いやだから、佐太郎のおっちゃん。 ラムールさんはgメンバーなんだから国王の知らなねぇトコで何人殺しててもおかしくはねぇってことだよな!?」
「アリドにいちゃんっ!!」
デイが大声で叫んだ。
「せんせーは、絶対そんなことはしないっ!!」
その顔は怒っていた。
すると羽織も頷いた。
「俺もラムールさんはそんなことしないと思う。 だって。 だって。 ――最近、陽炎の館によく来るようになって話してたら、普通にいい人だったし」
「いやでも、おめーら、この名簿見ただろう? ここにはきちんとラムールさんが新世さんを殺滅したって書いてあるじゃん? これはどーするんだ?」
アリドの疑問に羽織達は言葉を失う。 すると弓が口を開いた。
「でもアリド。 もしラムールさんが新世さんたちを殺滅したとするなら、どうして私達に自分が殺した二人の死んだ姿を見せたの? お墓を造らせたの? それこそ、行方不明と差が無いなら、ただの行方不明にすればいいだけだと思うの」
その言葉にアリドも反論できないでいると、清流も腕組みしながら呟いた。
「そこは弓ちゃんの言う通りだね。 二人が死んでから変わったことといったら、保護責任者がラムールさんに変わったってだけだしね。 ぼく達の世話を焼きたかった、なんてことはそれこそ絶対ないだろうし。 来意は黙ってるけど、何かひらめかないの?」
「うーん。 ごめん。 勘は全然働かない。 ラムールさんに関しては相性悪いからアテにしないで。 もっと早くに分かっていたら、新世さんに直接きいてみたのにね」
来意の言葉にみんなでそうだねと頷いていると。
「あの、佐太郎さん」
リトがふと気がついた。
「レセッドが殺滅されたとき、確かに光の粒になって何もなくなっちゃったけど……。 私のおばあちゃんが大切に持っていた新世さんの移動羽、あれがそのまま残っていたってことは、やっぱり抜けちゃったものだからですか?」
佐太郎は一瞬、脳の回路が繋がらなかったかのように動きをとめ、そして大きく目を見開いた。
「殺滅されてたらそこいら全部消えてるはずだ。 ってことは新世は殺滅されてねぇ!! それよりなにより、魂だってまだ新世として存在してたじゃねぇか!!」
あっ、と誰もが小さく口にした。
殺滅権。
それが佐太郎のいうとおり、「肉体の魂も存在が消えてしまう」のであれば。
新世を呼び出して会えるはずがないのだ。
「じ、じゃあ、これは何だよ? ラムールさん以外にgメンバーの別なのがいるってこと?」
混乱しながらアリドが言った。
同時に佐太郎が頭に手をあててブツブツと言い出す。
「ちょ、ちよっと待ておちつけ。 待て、待て。 整理する。 新世は死んでる、しかし魂は生きている。 殺したのはg-∞、レセッドを殺滅したのは、ライ、ラムール。 それがg-∞。 そっちは肉体が消えるところをお前達は見ている、新世の時は死体を見て墓まで作った。 そしてあいつは新世に会いたがっていて、新世は拒否した。 だけど新世はあいつのことをお願いって言った。 そしてそんなあいつはテノス国からいなくなるとリトに話している……」
「墓っていったら、今年は大丈夫ってアリドと約束も……」
「そっか、他に新世のやつ、何か言ってなかったかっ?」
佐太郎が悩み出し、みんなで今まで出た話を何度も繰り返した。
そのとき。
ふと、巳白の翼がピクリと何かに反応した。
「……」
巳白は誰かに呼ばれたかのようにゆっくりと後ろを向き、それから空を見上げた。
空は、とても青く澄んでいた。
だが。
「……」
巳白の額にうっすらと冷や汗が浮かんだ。
どくん
どくん
どくん
巳白の心臓が急に強く鼓動を奏でた。
「――兄さん?」
巳白の変化にいち早く気づいた清流が不思議そうに声をかけたので、みんな思わず考えることを止めて巳白を見た。
巳白は青くなりながら、じっと空を見つめていた。
「巳白?」
「巳白さん?」
「巳白にいちゃん?」
それぞれの声かけも聞こえていないようだった。
そんな巳白の唇が小さく震えて言葉をやっと吐き出した。
「――空の色が変だ」
えっ、と思ってみんなで空を見上げるが、そこにはいつもと変わらない穏やかな色をした青い空があるだけだった。
「空の色が、変だ」
やっぱり巳白は同じ事を繰り返した。
――どこかで聞いたことある台詞……
リトは胸に手をあててその言葉を繰り返した。 確か昔、同じ事を感じた覚えがある。
あれは確か。
……。
確か、巳白が幼い頃の記憶の中で。
夢の中でリトが巳白になっていた時のことで。
その時は、たしか、巳白達のお母さんが死んだ後、お父さんとお墓に行った時のことで、真っ赤な夕日が怖くって――その後、お父さんが――
リトが思い出したその時、巳白が真っ青な顔を佐太郎に向けて叫んだ。
「佐太郎さんっ!! ラムールさんを探さなきゃ!」
「な、何だっ?」
あまりにも切羽詰まった巳白の表情に佐太郎が驚くが、巳白が構わず詰め寄った。
「空の色が変なんです。 俺達が父さんと別れたときと同じ色をしてる!」
「えっ?」
「いなくなる、別れが来る、あのとき感じた感覚と、全く一緒なんです!」
巳白は辛そうに目を閉じて叫んだ。
「あの後、父さんはこの世から消えた……!」
もしそれが、ラムールにもあてはまるというならば。
それが引き金になったかのように、佐太郎の脳はある答えを導き出した。
ご拝読ありがとうございます。 毎日更新してまいりましたが、お盆の期間中、諸事情により更新できないかもしれません。




