7-2 新世さんのケーキ
その晩、リトは「来い」と言われていたので夕食後に陽炎の館まで遊びに行った。
弓の部屋に入ると、待ちかまえていた弓に手を引かれてリビングに向かう。
やはりこのテンションの弓もちょっと浮かれているというか、新世に会えるのが楽しみで仕方ないというように見えた。
「あー、りーちゃん、やっと来た?」
真っ先にリトの姿を視界に入れて声をかけてくれたのは、なんとデイ。 羽織の剣の手入れをすぐ側でみていたようだ。
「デイも来てたの?」
「うん。 せんせーがね、儀式の日まで間がないから、学びが終わってから寝るまでの時間はせんせーと一緒にこっちにいていいって」
「ラムールさまは?」
「今ね、清流と一緒にデザート作ってる」
「へぇ?!」
言われてみれば甘く良い香りが漂ってくる。
「新世さんがよく作ってくれたケーキに使うハーブを清流に選んで貰って、焼き上げるタイミングも見てもらうんだって」
ラムールが清流の力を借りている、ということか。 それはとても――想像がつかない。
そこに弓が耳元で囁いた。
「実はね、夕食もラムールさんが作ってくれたの。 儀式の日まで入り浸っている時間、暇だから自分がやりますって。 ちょっと楽できちゃった」
少し嬉しそうに微笑んでから、弓はデザートの皿の用意を始める。
その姿を見ながら、リトは先日、清流からマッサージを受けた後に説明されたことを思い出していた。
【新世に会える】
その言葉の意味するところは、次元の違う者同士の感覚的波長を同調させて対面する……と言われてもよく分からなかったのだが、簡単に言うと魔法で新世の魂を呼び出すということだった。 つまりは幽霊を呼び出して対面しようという……。
信じられないような内容だが、それができるらしい。 実はテノス国にも約28年に一度、この世とあの世の波長が合うときに、【復活祭】というお祭りがあり、色々な制限があって誰でもという訳にはいかないが、転生していない魂であれば一日限りで復活できるそうだ。 (そんな生まれる前の祭りのことなんかリトは全然知らなかった)
まだその復活祭の周期は先のことらしいが、今回のこれは、【翼族の王の証】と【新世の移動羽】があるからこそできる、新世専用の儀式。 もちろん、会えて話せる時間はものの数分と短いそうだが誰もそんなこと気にしてはいなかった。
そしてこの儀式を行うためには、翼族の世界とリンクするために、翼族語が話せる人物が必要があり、清流に白羽の矢が立ったということである。 この中で一番、翼族に近い存在であるのは使える魔法能力の質からしても清流が適役である可能性が高い、というラムールの言い分だ。
清流はもちろん、自分は翼族だという自負しており、かつ、【王の証】を見つけたのも自分であるからやる気満々だ。
という訳で儀式の方法を知っているラムールが清流に同調の呪文を覚えさせている、という訳である。
「はい、出来上がりましたよ」
ラムールがふわふわに焼けたケーキをお皿にのせて厨房から出てきた。 すぐ後ろからはハーブティーを入れてポットを持って清流が満足げについてくる。
「うわっ!」
「すっげー! 新世さんのケーキだぜっ!」
少年達は懐かしそうに目を輝かせ、弾かれるように立ち上がりそのケーキを囲んだ。
「超うまそ~!」
「ラムールさん、早く食べましょう!」
「ね、せんせー、せんせー! また、陽炎の館の掟発動??」
「残念でした。 喧嘩にならないように私がきちっと切り分けます」
優しく笑いながらラムールはぴしっと答えた。
切り分けたケーキの皿の端に、ホイップされた生クリームを添えて。 「いただきます」とリトが小さく礼をして口に運ぶのを少年達は黙って見ている。
私がお客さまだから先に食べなきゃいけないのかなと思ったリトは遠慮せず、その良い香りのするケーキをぱくりと一口食べると大きく目を見開いた。
「……!! お っ い し ぃ ~!! 何これ! すごくおいしいっ~!!」
今まで食べた中で一番美味しいと行っても過言ではないその味に大きな声で感動すると、少年達は「よっしゃあ」とか「だよな~!」と声を上げて一斉に喜び、自分たちも食べ始めた。
「ウマぁっ! マジ、 新世さんのケーキだぜっ」
「最高」
「ねー、ほんとーに、おかわり無いの? 俺、全部食べちゃったよん」
「デイごめん。 さすがにこれは分けてあげたくない」
「羽織にしちゃー珍しーなぁ。 ってか、俺もぜってー分けねーからな」
「しんせおかーさんのケーキ、おいしかったぁ! ねぇねぇもうないの?」
義軍が駄々をこねると、ラムールが手つかずだった自分の分を一口だけ残して残りを義軍の皿に移す。
「うわせんせー、ずるー! 俺にはっ?」
デイが便乗する。 するとラムールはたしなめるかと思いきや苦笑して、自分のケーキを半口ぶんのこして、残りをデイの皿に移した。 予想外のラムールの行動に貰ったデイの方が戸惑っていた。
「新世のケーキに争いごとは似合いません」
ラムールはそう告げて、小さな半口ぶんのケーキのかけらをそっと口にいれ、嬉しそうに懐かしそうに微笑みながら味を確かめて飲み込む。
「……ラムールさん、また、作ってくれますか?」
巳白が尋ねた。
「材料に使うハーブと心を通わすことができませんから私には無理です。 ですが分量などは清流に教えましたから、ハーブとの相性の良い時期ならば清流が作れます」
その返事にデイ達は大喜びだ。
ラムールは続けてハーブティーも飲みながら言った。
「これも新世のオリジナルブレンドですが、使うハーブの種類と割合も清流に教えました。 新世の味は私には出せない。 清流に作ってもらえば良い」
その言葉に羽織達は喜び、清流も満足そうだった。 ただ一人、巳白が怪訝そうな顔でラムールを見つめていた。
その後、更に予想外の出来事が起きた。
テーブルを囲んで、デイと羽織達が初めて遊んだときのことをリトに聞かせていたときだ。 義軍が「枕投げって何?」と言い出したので、ラムールが「それでは今からやりましょう」と言い放ったのだ。 当然みんな驚いたが、行儀云々は今日だけは忘れます、と言われれば拒否する理由は何もない。 かくして魔法なし、義軍ハンデ付き枕投げ大会が行われた。
リビングを枕が飛び交い、少年達は沢山笑い、ラムールも優しく微笑みながら枕投げに興じた。
「弓~っ! 楽しかったねぇ!」
枕投げが終わった後、リトは興奮さめやらぬまま弓にだきついた。
「ホント。 楽しかったわね、リト! ちょっと待って、苦しい~!」
「あっはは、ゴメンゴメン。 ねぇねぇ、アリドの6連発枕投げ、反則だよねぇ」
「リト、あれはスペシャル投げっていうんだって♪」
「そうそう、そうだった♪」
リトは弓にしがみついた手を離して笑う。
「弓、私ちょっとお手洗い借りるね」
「はぁい」
弓に見送られてリトは洗面所へと続く通路に向かう。 ご機嫌な気持ちそのままくるりと角を曲がると――
「!」
リトは息を飲んで歩みを止めた。 巳白がかなり真剣な顔をしてラムールに詰め寄っている。
「ラムールさん。 何があるんですか」
「何って。 別に何もありませんよ」
「だって……何か……何かあるんじゃないですか?」
ラムールは寂しそうに微笑んでみせてから答える。
「みんなと仲良くなりたいと思っただけですが、それではいけませんでしたか?」
「いえ! 仲良くなりたいって気持ちは全然嬉しいことなんですけど、なんだか……そうじゃなくて」
ラムールがリトに気づくのと、巳白の次の言葉はほぼ同時だった。
「母さんとの思い出を俺達に渡そうとしているみたいで」
ラムールの視線がリトの瞳を射抜く。
その眼差しに気づいて巳白も振り向き、リトの存在に気づいた。
「あ、あの、私、お手洗いを借りようかなーっ……て」
リトがそう告げるとラムールはゆっくりと巳白を交わして歩き出し、
「楽しかったですね、リト」
ポンと肩を叩き去っていった。
振り向かず進むラムールの背中を見送ってから、巳白がすぐ隣に来る。
その表情は決して明るくはない。
「……絶対、変だって……」
ぽつりと巳白は呟いた。
「どんなところがですか?」
リトはまさかラムールが他国に移るということを知っているとは言えず、かといって無視するわけにもいかずに尋ねた。
巳白はリトに聞かせているのか独り言か分からない口調のまま続ける。
「作ってくれる料理が母さんの特別料理ばっかりなんだ」
「え?」
「暇だからっていう理由で羽織達につけてくれる稽古も、今まであいつらが気づいていなかった弱点とか
優先順位をつけてるし……。 まるで俺たちと一緒にいる時間が残り少ないからその時間を最大限に有効に使おうとしているような……」
「か、考えすぎですよぉ」
「……そうかな。 誰も何も言わないけど、何か嫌な予感がするんだ」
巳白の表情はとても寂しげで不安そうだったのでリトは思わず目をそらした。
巳白は鋭い。
ラムールがいなくなることに何となく気づいている。
とはいえリトも、言うなと言われたのだから話す訳にはいかない。
――でも……
レイホウ皇女が言っていた。 ラムールが欲しているのは権力であると。
新世無き今、ラムールがこの国に留まる理由は無いことも知っている。
だから陽炎の館のみんなの世話もしなかったはず、なのに。
なぜ今更、ラムールは陽炎の館のみんなと仲良くしようと努力しているのか。
それに、新世を殺した人物はg-∞で間違いなく、そして、ラムールがそのg-∞なのに。
どうして今更、新世を呼び出して会おうとしているのか。
会って、何をしたいというのだろうか。
不可解という単語が脳裏に浮かんだ。
リトはそれを繰り返しながらその場を離れた。
時。
新世と会う儀式まで一週間、新世と一夢の命日まで、残り一ヶ月であった。




