6-2 勘違い男くん
どこの誰だか知らないけれど、絶対知ってるはずなのよと、リトはまるで食い入るようにその少年の背中を見た。
年はリトと同い年か一つくらい年上か?
民族衣装を着ていない者のほとんどが黒色の服なのにこの少年はなぜか濃紺。 しかも襟の所に【ロイデビション】というオルラジア国の結構有名なブランドロゴが、小さくではあるがきちんと視界に入るように刺繍されている。
「?」
リトの熱い視線に気づいたのか、その少年は頭だけ振り向いてリトを見た。
濃茶の少しウェーブのかかった髪をきちんとジェルでセットして、肌の色はどちからといえば白、ほんの少しのソバカス。 ちょっと彫り損なった彫刻のように微妙な凹凸の顔立ち。
そして、先ほどのどこかの王子とは違って、ちょっと性格に難がありそうな眼差し。
少年は明らかに鼻で笑って「まったく、このレベルの女の分際で……」と呟きながら再度前を向いた。
――こ、このレベルの女の分際とか言った???!!
リトは軽い怒りを覚えた。 なんなんだ。 この礼儀知らずは。 確かに特上とは嘘でも言えないだろうがそれにしてもあんまりではないだろうか。
背中に向けてあっかんべーをしたあと、もう一度リトは考える。
相手はどう見ても他国の人だ。 なまりからいって、ここよりもっと北部の方?
自慢ではないがリトは他国に旅行をしたことはない。 だからこの男と出会うはずもないのだが、しかし知っているという勘が全く消えない。 答えだけ出されてこれはどの問題集のどのページの問いでしょうと尋ねられているようだ。 かなり特殊な答えだったので一番最初に見たときに強く意識に刷り込まれたような。
――もしかして清流君? 清流くんが肩書きの意識を使って別人になっているとか!!
そんなことを考えてみたものの、どう逆立ちしてもこの男の容姿と清流のそれは合致しない。
清流といえばやっぱり本人には言いにくいが「片眼」である。 顔に大きな傷もある。 しかしこの男にはそのどちらもない。 会場を見回すが、金髪と片眼の人は少し後方にグラス片手にオーケストラの演奏を聴いているリトと同じ年頃の少年が一名いるがあれは清流ではない。
そもそも【肩書きの意識】を使った場合、周囲からどのように見えるかリトには分からないわけで。 もしかしたら清流の場合も『両目がある人』とか設定がしてあったら、片眼には見えないのではなかろうか?
え? オーケストラ付近にいる少年? 顔の右半分に縦にざっくりと大きな傷がついているけど、あれは清流くんじゃない。
うむ、と、リトは頷いて再度前に並んだ少年を見つめる。
そのとき、正面の更に先の方、マーヴェがいるひな段付近から「おお」と感嘆の声が上がった。
「?」
正面の男をかわしてリトはマーヴェの方を見た。 するそこには二十歳前後の一人の貴族が跪いてマーヴェが差し出した右の手の甲に接吻をしていた。
「おお♪」
リトも思わず声にだす。 このポーズは男が【あなたの虜です】って全面降伏したのと同じ状態。 そしてマーヴェも【光栄ですわ、あなたに興味が沸きましてよ】って態度な訳で。 舞踏会でダンスをどうしても申し込みたい時やプロポーズなんかの時にも使われる、いわば紳士が一人前の女性相手に行う行為であってそう簡単には目にすることはない。
しかもこれ、女が簡単に応じてしまうと面白くない、もとい、軽い女と見られてしまうので、手に接吻を、と求められた女もそう簡単に許さないものなのである。 ということは、マーヴェはあの貴族の青年のことをそこそこ気に入ったってことである。
マーヴェは天井とお揃いの宗教画が描かれた立派な扇子を左手に持ち口元を隠す。 それが合図なのたろう、貴族の青年はマーヴェの右の手の甲から唇を外し立ち上がったのち深々と頭を下げると、次に控える者に道を空けた。
そして次に控えていた可もなく不可もなくな男が贈り物をし、マーヴェに声をかけ、先ほどの男と同じように跪く。 しかしマーヴェは優雅ににっこりと微笑み少し腰をかがめて服の裾を少しだけ持ち上げて会釈する。 つまりは【ごめんなさい】のポーズだ。 これはよく見られる光景だが、あの、可もなく不可もない男、イケメン貴族がOK貰ったすぐ後のこの状況下において跪くなんざ、それはそれでなかなか男らしいものである。
――いいなぁ~! マーヴェ。 断っても絵になるぅ!
リトはうっとりしながらひな壇の上の友人の姿に魅入った。 自分だったらと妄想してみるが、おそらくあんなに堂々とはしておれまい。 男に跪かれた時点で全身脂汗をかきそうだ。 しかもよく知らない相手、OKするのも不安だが、NG出すなんてそんな大それたこと、おそらく無理だろう。
「ふははっ」
するとリトの目の前に並んでいた誰か分からない男が、軽く鼻で笑った。
「あのブ男、自分の姿もわきまえずに馬鹿な奴」
リトに聞こえていないとでも思っているのか、その男は胸元のタイをいじりながら呟く。
「まったく、ボクみたいに一流の服も買えない平凡な男のくせして」
その口調は確認するまでもない。 明らかに人を見下していた。
――なにこいつ、むかつくんだけど
確かにこの男は【平凡】と称するには少し違うオーラを放っているが、どっちかっていうと【勘違いさん】である。 この男からブランドロゴの目立つ上着を取り上げてしまえば何が残るというのだろう。
しかしここまで自信があるのなら当然こいつもマーヴェに跪くつもりなのだろう。
――マーヴェ! こんな男、おもいっきりゴメンナサイして振ってやって!!
そんなちょっと性格の悪い念を送りながら列は進んでいく。
一歩一歩進みながら、リトは再度マーヴェを見て息をのんだ。
遠目でも綺麗だと思ったが、近くによるとなお綺麗。 ため息しか出ない。 しかもそれだけではなく、堂々たるオーラがこれでもかというほど放たれている。 なんというド迫力(何か違う気がする)。
これも清流が精魂こめてケアをしてあげたからなのだろう。 確かに世界で一番美しい15の祝いを迎えた娘、と評するに申し分ない。
そのとき、リトは前に立つ男の異変に気がついた。 微かに足が震えている。
――もしかしてマーヴェの迫力に気圧されてる?
別にマーヴェが男を捕まえて頭からバリバリ食べる訳ではないのだが、確かに男の顔はちょっと強張っているし。
そうこうしているうちに男の番だ。
男は少し貧血ぎみのような床に足のついていない動きでマーヴェの前に進み出る。 マーヴェはまるで艶やかな虹が描かれたキャンバスのように幻想的に微笑んだ。
「本日はようこそおいで下さいました」
「え、あ、あのぅ」
男は明らかに頭の中が真っ白になったようで、まるで寝ぼけた頭を覚醒させるかのように頭をぷるぷると振る。
「おめでとうございます、こ、これれれれ、を。 ……くしぃあなタへ」
すぐ後ろにならんでいたため男の声が聞こえていたリトはちょっと片方だけ眉を上げた。
多分、この男が告げようとした言葉は【おめでとうございます。 これを美しいあなたへ】と言いたかったのだろうがあがりすぎて言葉になっていない。
「ありがとうございます。 開けてもよろしいかしら?」
しかしマーヴェは一人前の女性らしく、狼狽えもせず、相手を嗤ったりもせず、優雅に微笑む。 男は黙って頷いたにもかかわらず、あろうことか、マーヴェがプレゼントを開け始めると彼女に背を向けて、まるでぜんまい仕掛けのお人形のようにギクシャクと体を動かしてその場をリトに譲った。
――お、おいおい、接吻の申し込みはっ?
リトはこの男が見事に「ごめんなさい」されるところを見るつもりだったため肩すかしをくらって動きがワンテンポ遅れる。
――まぁ、仕方ないかぁ。 あんなに上がっちゃうなんて、小物だなぁ
そんな事を思いながら、リトはマーヴェの前に進み出た。
「まぁリト。 来ていただけたのね。 嬉しいわ」
いつもとは少し違うトーンのマーヴェの声。 うん、猫を被って余所行きだ。
「マーヴェ、15の祝い、おめでとう♪」
リトはにこやかに微笑み、少し膝を曲げて会釈した。
「あら、リト。 素敵なドレスね。 よくお似合いですわ」
「ありがとう。 でもマーヴェの方がずーっと綺麗!」
それはリトにとって心からの感想だったが、マーヴェの瞳が一瞬、【当然ですわ】と誇らしげに輝いたのを見て、やはりマーヴェだと苦笑してしまった。
――さぁて、でも。
リトはそこでみんながやっている通り恐る恐るプレゼントの包みを出す。
するとマーヴェの眉がぴくぴくと痙攣した。
しかしやはりそこはマーヴェ。 さも貴重なものが入っているかのように恭しく包みを受け取る。
「リト。 今晩の舞踏会にはおいでになって?」
「あ、ううん、折角だけど」
「まぁ。 残念だわ」
マーヴェはプレゼントとは全く関係ない話をふったのち――
「嬉しいわ。 なんて素敵。 大事に使わせていただくわね」
そしてしらっと、【プレゼントを開く】を省略。 リトは、ふふふと笑った。 どうやらマーヴェは気に入ったらしい。 もしそうでないならば堂々と広げ、感謝するフリをして送り主を辱めることくらいやってのけるだろうから。
「どういたしまして」
リトは軽くマーヴェとハグをして、次の人に順番を譲る。
さて、あとは適当に御馳走でもつまんで――もとい、清流を探して謝るだけだ。 当然、パーティーの間には色んなゲーム等、催し物があるが、そこまで興味は無い。 と、思いつつも。
「え? 今回の宝探しゲームの商品は、巨大なダイヤだって?」
「屋敷の中庭のどこかにかくしてあるから見つけた者が貰っていいそうだよ」
「太っ腹だなぁ」
なんて来賓者がコソコソと話しているののを聞くと、ちょっと中庭に出てみたくなったりして。
――っと?
リトは中庭を向いた時に、またあの【勘違い男】の姿が目に入った。 召使いだろうか、少しおびえた感じの少女に向かって何やらほざいている。
そっと近くを通ってみると。
「ふ、ふん。 ヒヤンカルサシス家っていっても大したことないじゃないか。 あんな固そうな女、ボクの趣味じゃないからね。 だから、 あ え て 、申し込まなかっただけさ。 ミュミュ。 そういう訳だ。 わかってるだろうな?」
……マーヴェの迫力に負けて何もできなかったくせに、あえて自分の意志だと付き添いの少女に対して口止めしているようだ。
「ま、レベルは低いけど、夜の部に来る女どもの方が、遊びでつきあうには適当かな。 マーヴェリックル嬢じゃ、こっちは軽い気持ちなのに本気になられて、財力かけてボクの一生を縛るようなことをされたら面倒だし」
そう言いながらグラスのシャンパンを空けるこの男を見て、リトは本気で殴りたくなった。
まさかこんな小物にだまされる奴がいるとは思いたくないが、何しろ夜の部に来るのはリトの大事な友人達でもあるのだ。
ちょっと頭に来たので、偶然のフリして思いっきり足でも踏んでやろうかと、リトがそっと近づくと、その男は、会場の後方の何かに気づき、そちらへ歩み出した。
その勘違い男の進む先にはオーケストラがいた。
いや、オーケストラを目当てに歩いている訳ではなさそうだ。 しかしきちんと目的があるようで歩みは早い。 人混みの先に、一人の少年が見えた。 金髪で片眼の少年だ。 ただし、清流ではない。
――でも。
なんとなくリトは気になって勘違い男の後をばれないように、ついていった。 案の定。 勘違い男の目的地はその片眼の少年のようだった。 まっすぐ彼に向かって進んでいく。 片眼の少年はリトと同じ年くらい。 そして恐ろしく可愛らしい顔立ちの男の子で、ざっくりと片顔についた傷がなんとも勿体ない。 柔らかい雰囲気だけど、ほんの少し近寄りがたい感じがした。
歩みを進めるにつれ、リトの胸中になんともいえない嫌な予感が広がりはじめた。 この二人を合わせてはよからぬ事がおこりそうだと胸がもやもやする。
しかし勘違い男に声をかけたり片眼の少年に声をかけて、二人の遭遇を邪魔するには理由が無い。
リトは少しだけ歩みを早めて脇に逸れると、片眼の少年の背後から様子をうかがった。 片眼の少年はグラスを空けながら心地よさそうにオーケストラの奏でるメロディに耳を傾けマーヴェのことを満足げな瞳で見ている。
この片眼の少年にあっては全く見覚えが無いが、勘違いくんは多分知っている。 その眼差しが物語っていた。
勘違いくんは嬉しそうな笑顔を浮かべて、片眼の少年の肩を気軽にポンと叩き懐かしそうに告げた。
「清流! 清流だろ?」
――はっ? 清流くん?
リトは我が耳を疑った。 この片眼の少年は清流ではないはずだ。
案の定、片眼の少年は不審者でも見るような眼差しで勘違い男の顔を見た。 しかし勘違い男は間違いないと言わんばかりの堂々たる態度で話しかける。
「懐っかしいなぁ。 ボクだよ、当然覚えてるだろ?」
――やっぱり、誰? 誰だっけこの勘違いくん?
リトは食い入るように勘違い男の姿と片眼の少年の斜め後ろ姿をみつめた。
――清流くんの知り合いだったとしても、この人は他の国の人で、なまりからいって北の方角の人……
ぴくりと片眼の少年の肩が反応し、ほんの少し前にのめって勘違いくんに視線を向けた。
「まさか」
片眼の少年が口を開く。
――あっ!!
リトも気づいた。
「そう! ケルスだよ!」
勘違い男が答えを告げたその瞬間、片眼の男の瞳孔は間違いなく動揺してかなり小さく閉じ――同時に
今まで繋がらなかったリトの脳の回路がその行き先を見つけた。
――清流くん!
リトは自分の手を胸にやってぎゅっと固く握った。
今、肩書きの意識が、解けた。
+++
清流が硬直したのはほんの一瞬だった。 すぐさま彼は極上の社交的な微笑みを作り出しケルスに対して親しみをこめて告げた。
「こんなところで会えるとは思っていなかったよ。 どう? 元気にしていた?」
「当然だろ? それにしても、まさかここでお前みたいなやつと会うとはなー。 えっと、何年ぶりだっけ」
「もう覚えていないなぁ。 それにしてもよく、ぼくだって気づいたね」
「当たり前さ。 すぐ気づかない方が信じられない……といいたいけど、俺ってさ、普通にしてても人の顔はすぐ覚えるんだ。 片眼だけになっても関係ない」
「ケルス君は頭が良かったからね」
清流は微笑みを崩さず受け答えする。
「まぁな。 だからあと2,3年もしたら親父も引退して、ボクに村を引き継ぐことになってる。 村長になるには若すぎるよなぁ、まいっちゃうよ、まったく」
全然【まいった】風ではなく嬉々として話す。
「今日はミュミュも来てるんだ」
「ミュミュって、ミッちゃん?」
「へぇ。 そこは覚えてるんだ? お前、あいつのこと好きだったのか? 諦めろって。 あいつって俺にぞっこんで、来るなって行ったのについてきやがった。 マーヴェリックル嬢に求婚しようにも、そんなことになったら私はナイフ振り回して暴れるって脅すから、自重しといたよ。 もっとも綺麗なだけの女なんて趣味じゃないしな」
あっはっはっ、と、大げさにケルスは笑う。
ケルスの地声が大きいために、その会話はすべてリトの耳にも届いていた。
――ミッちゃんってさっき一緒にいた女の子?
リトはミッちゃんが立っている場所に視線を移した。 壁際で申し訳なさそうに俯いて立っている少女は気が弱そうで、消え入りそうにしていた。
――あの子がそんなことする訳ないじゃん!
イライラしながら、リトは再びケルスと清流に視線を向けた。
「それにしても」
もったいぶるようにケルスは清流の姿を上から下まで眺める。
「そこそこ普通のタキシードが着られるなんて、この国は珍しい国なんだな。 確かお前達って、着る服が制限されてたんじゃなかったっけ?」
その言葉に清流はただ小さく微笑む。
するとケルスは【今頃気づきました】とばかりに軽く手をうつ。
「ああ、そうか。 もう、つ い て な い か ら 制限されてないんだ?」
清流は小さな声で、「まぁ、そんなところ」と返事をしてケルスから視線をそらして雛壇にいるマーヴェをちらりと見た。 あるいは場所をわきまえろ、と注意したつもりだったのかもしれない。 しかしケルスの瞳は完全にそれを無視し、更に馴れ馴れしく話を続けた。




