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1-5  緑螺旋

 なぜか一瞬にして広場の真ん中に移動していたリト。

 何が起こったのかなんて考えても分からない。

 だって現実は、ぐるりと魔獣に取り囲まれてしまっているのだ。 逃げようにも道はないし、仮に強行突破しても近くの民家までは100メートル以上ある。 間違いなく追いつかれる。

 しかもあまりに予想外の出来事だったため、悲鳴を上げるタイミングすら失った。

 魔獣は体を揺らしながら次々に合体してその姿を進化させていく。 それで魔獣の数が減ってくれれば言うことは無いが、何の嫌がらせか、地面からどんどん魔獣は沸いてくる。


「……ア、アリド……」


 リトは小さな声で呟いてみた。

 もし自分が弓で、口に出して呼ぶ名前が羽織様だったとしたら、羽織が陽炎の剣で空間を切り裂き助けに駆けつけるのだろう。 だが自分は弓でもなく、アリドの名前を呼んでも彼は助けに来ない。

 背中に冷たい汗が滑り落ちる。 視線を周囲に這わしてみるが、石も棒も武器になりそうなものは何一つない。


――ヤバイ。


 リトは本気で身の危険を感じた。

 この場で唯一、頼りになるものがあるなら、来意の勘だけだった。

 だがとにかく、助けを待つよりも逃げなければいけない。

 リトは地面の土を掴んだ。 ほんの一握りにも満たない土が掌に入る。


「こ、これでも――!」


 先手必勝とばかりにリトはその土を魔獣に投げつけようと振りかぶった。

 食らえ、と魔獣に土を投げつけようとした瞬間だった。

 足下に自分のとは違う人影が映し出された。


「リトちゃん!?」


 頭上から、懐かしい声がリトを呼んだ。

 リトは振りかぶったまま、上を見上げた。

 太陽を背に、飛び降りてきている清流が、そこにいた。


「清流くんっ!?」


 リトが名を呼ぶのと、清流が激しく地面に着陸するのはほぼ同時だった。

 かなり高いところから落ちてきたのか、清流は地面に片膝と手をついていた。


「ふうっ!」


 清流が元気よく立ち上がり、頭を揺らして髪を整えた。


「清流?」

「清流!?」

「清流!」


 来意の勘が告げたのだろうか、陽炎の館の窓から来意達が一斉に顔を出した。

 清流は満足そうに周囲を見回して微笑んだ。 まるで魔獣なんて目に入っていないように。


「ただいま」


 清流はニッコリ笑ってリトに向かって微笑んだ。


「あ、うん、おかえり」


 つられて返事をする。 そんな場合でもなかろうに。

 だが清流は極めて楽しそうに余裕のある顔をして両手を開いて地面についた。


「緑螺旋!【リョクラセン】」


 綺麗なよく響く声が空気を震わせた。

 次の瞬間、地面が微かに震え大地に根を張りし草たちが一斉に湧き出る噴水のように天高く伸びる。 その一本一本が意志のある鞭のようにしなり湧き出た魔獣達に絡みつく。 慌てて地面の中に逃げようとする魔獣すら草の根がその身を掴み地上に引きずり出す。

 清流がゆっくりと立ち上がり右手の人差し指で大きく弧を書いて何やら文字を書く。


「滅せよ!」


 清流の声とともに草が魔獣を絞り上げ粉と化して滅ぼした。

 きらきらと空中に溶けていく粉を振り払いながら穏やかに草たちは元の小さな姿に戻っていく。

 一本の草の先を清流の指先が優しく撫でた。 草は嬉しそうに円を描いて揺れた。

 清流、と名を呼びながら羽織達が陽炎の館から丘を駆け下りてくる。


「やっと帰ってきたなぁ!」

「待ってたぜ!」

「というか、待ちくたびれたよ」


 羽織達は嬉しそうに清流を取り囲む。


「あーあ、何だい、みんな。 どうして魔獣がこんなにいるわけ?」


 ぞんざいな口調とは裏腹に、清流もとても嬉しそうだ。

 そのとき、空からもう一人の声がした。


「おいおい、お前達。 いつもと違う武器ばっか持って、何があったんだ?」


 その声に導かれて、リトをはじめ、みんなで空を見上げる。

 無造作に途中で結ばれた左腕の長袖シャツ。

 真っ白で天使みたいな大きな羽。

 でも天使と言うには少し荒々しい感じのする――


「巳白!」


 後から駆けてきた弓がその名を呼ぶ。


「おう。 ただいま」


 翼に僅かのゆがみもなく、逆に以前よりも凛として美しい両翼を広げたまま、 巳白が右手を軽く挙げて応えた。

 



*****




 みんなで陽炎の館に戻ると、清流がさっさと薬草を煎じ出す。 その傍らで世尊がまだかまだかと足踏みしながら待つ。

 トロンとした、正直不味そうな煎じ薬をすくってコップに移す。


「はい。 今回はいつも以上に良い出来だよ。 義軍に飲ませてあげて。 今夜には熱も下がって明日には全快するから」

「サンキュー! 清流!」


 受け取るが早いか世尊は猛ダッシュして義軍の部屋へと向かう。


「まったく」


 苦笑しながら、それでもどこか嬉しそうに清流は呟くと、ハーブを調合する。

 ふうわりと清々しい香りが陽炎の館のリビングまで届く。


「うっわー、いい香り」


 椅子に腰かけてリトが言った。


「久々だものね。 待ち遠しいわ」


 弓も隣に座って頷いた。

 清流がカップにハーブティーを人数分注いで持ってくる。


「何? 自分たちで入れようとは思わなかったの? ハーブティー」

「だって清流が入れたのが美味しいもの」


 弓が言うと満足げに清流が返事をする。


「ま、それは当然だけどね」


 その口調が懐かしくて弓とリトは顔を見あわせて微笑む。

 渡されたハーブティーは確かに極上の味だった。

 その時義軍の部屋から世尊が飛び出してくる。


「ち、ちょ! 清流!!」


 その慌てぶりに一斉にみんなで向く。


「どうしたのさ、世尊。 まさかぼくの作った煎じ薬が効かないなんて、ありえないんだけど?」


 清流が不服そうに言うと、世尊は大きく首を横に振った。


「ぎ、逆、逆、逆だぜ!」

「逆?」


 みんなで小さく首を傾げた時、世尊の背後からピョコンと小さな頭が姿を見せた。


「あっ、巳白おにーちゃんに、清流にいちゃん! おかえりなさーいっ!」


 そこには幼い目が印象的な元気になった義軍がいた。


「ぼくもハーブてぃー、飲むー!」


 義軍はハーブティーに気付くや、慌てて階段を駆け下りてくる。 ほんのつい先ほどまで具合が悪かったのが嘘のようだ。


「ええ? 義軍ちゃん、もう平気なの?」

「うん、ぜーんぜん、平気っ! リトちゃん、あとで遊んで?」


 義軍はリトと弓の間に割り込んで座ると弓のカップを借りて飲む。


「すっげーぜ。 清流、お前、あっちの世界に行ってパワーアップして帰ってきてねぇ?」


 世尊が感心しながら階段を下りてくる。


「……清流?」


 ところが、すぐに偉そうな返事をすると思った清流が何やら考えていたので世尊が再度、名を呼んだ。


「あ? う、ウン。 そうだね。 やっぱりぼくは翼族の血が濃いからそうなっちゃうのかな」


 清流は我にかえり返事をする。

 言うなぁ、とみんなから言われながら清流が嬉しそうに笑う。


「清流がパワーアップしたってことは、巳白もなのか?」


 羽織が尋ねた。


「いや、俺は翼が元気になっただけ」


 巳白はそう言って翼をパタパタと揺らしてみせた。 セルビーズとの戦いでボロボロにすり切れて根元から折れていたなんて嘘のように、羽の一本一本が白く鮮やかに輝き淡い光を放っていた。

 良かった。 リトは心からそう思った。


「さて、清流が帰ってきてくれたからには魔獣退治も加速するってものだね」


 数珠をジャラジャラと鳴らしながら来意が頷く。


「俺達は魔法って下手だから清流がいないとまいったぜ」


 羽扇子で扇ぎながら世尊も言う。


「まったく、ぼくがいないと魔法系はさっぱりなんだから。 もう少し練習しなよ」


 弓が耳をふさぐ。


「聞かない聞かない、っと」

「あはは。 弓ちゃんは練習しようって気持ちがあるから別だって」


 清流は楽しそうに笑った。


「とりあえず清流くんが帰ってきたから陽炎隊は復活ね。 よかったぁ!」


 リトが胸をなで下ろした。


「どうして良かったの?」


 羽織が不思議そうに尋ねたその時、来意の髪がぴくりと揺れた。


「リトは短距離走はしばらくしたくねーってことさ」


 カコンと音がしてリビングの扉が開き、なんと、アリドが現れた。


『アリド!』


 思いがけない訪問にみんなで一斉に声を揃える

「ぃよう♪ 巳白、帰ってきたか? オツカレー」

「おう」


 巳白が嬉しそうにもう一度手を上げた。


「うっわぁ、みーんな、そろったね!」


 義軍が嬉しそうに言った。

 




 


  

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