2-12 露天風呂へようこそ♪
オルガノ村の名物は、天然温泉である。
村の裏の山の岩場のあちこちに、色々な温泉が存在する。
温泉卵やとろける温泉湯豆腐は絶品。
とはいえここの天然温泉は観光の目玉として売り出してはおらず、主に村民が楽しむ程度である。
手桶の中に着替えとタオルを用意して、リトと弓はスイルビ村の裏手の山の中、大露天風呂へと向かう通路を上へと登っていった。
「この前入ったのは、白いお湯だったわね。 今日のは違うんでしょ?」
長い髪をくるっと頭の上で巻いてまとめた姿の弓が言った。
前回来た時はリトの家のすぐ裏手から進んだ場所にある、リト宅専用の温泉に入ったのだ。
羽織達は前回も村長の家に泊まったので、その場所は知らない。
「今日のはね。 スイルビ村の温泉が全部集結した、スペシャル露天風呂! すっごく見晴らしが良くて気持ちいいよぉ~! ……でも、女湯は覗かれないように男湯より上にあるから、行くのが大変」
リトはそう言って笑う。 長い階段を登っていくと道が二手に分かれ、右側は男湯と文字が書かれた札が立てかけてある。
「もう羽織君達も入ったかな?」
男湯の札を横目にさらへ上へと階段を登っていく。 弓も続く。
「羽織様達、すっごく楽しみにしてたわ。 広くて何種類も温泉があって楽しかったってずーっと言ってたから」
「だろうねー。 私達だって楽しいもん。 あそこ。 お弁当でも持っていけば一日、時間つぶせるよ。 ……でも山の上だから行くまでがキツイんだぁ~」
「はいはい。 ガンバレガンバレ」
犬がするように舌を出して、疲れたと表現したリトを背後から弓がつつきながら登る。
また二手に道が分かれて、右側に「女湯」の立て看板。
しかしリトは看板のない道へと進む。
「あら? リト、こっちじゃないの?」
「それは偽物。 そこを進むと男湯に一直線。 ここから先は、すっごく適当に道案内が出てるから、迷わずついて来てね、弓」
言われた弓は慌ててリトの後を追う。
のぞき目的の輩が侵入してくるのを防止するためであろう。 そこから先はかなり複雑に進んだ。
そして、やっと女湯という文字の書かれた岩を発見する。 ここが、目的地だった。
リトは肩で息している。
確かに来るのがこれだけ面倒な場所にあるのなら、村民といえども頻繁には来ないだろうと納得し、弓は苦笑した。
「じゃ、行こうか」
リトが、ここでも曲がりくねった道を進む。 しかし出口はすぐ訪れた。
「すご~いっ!」
腰まである柵ごしに見えた景色に、弓が思わず感激の声を上げる。
そこは岩と緑に囲まれた、かなりなだらかに開けた所だった。 そのあちらこちらに、鳥の巣のようにくぼんだ形の温泉が7個ほどある。 周囲を小さな岩で囲まれた中央の温泉が一番広く、それを取り囲むように、白、赤、青、緑と色鮮やかな湯、少し離れた所には細長く平べったい岩が側に備え付けられた足湯、山の斜面近くにあっては高さ4メートルほどの小さな滝まである。 高さ3メートル程度の樹がところどころに根を張り、日影を作っていた。
柵沿いに進むと小さな小屋が建っており、そこは脱衣場のようだった。 ここを通って中に入るのだろう。
「ここで服を脱いだら後はお風呂に入るだけ♪ さ、入って、入って」
リトはそう言いながら脱衣場の扉を開けた。
するとその時だ。
「リト、15の祝い、おっめでと~!」
脱衣場の中で従姉妹達が一斉に声をかけた。
そして――弓が反射的に後ずさりするのと同時に、従姉妹達が手にした桶に汲まれたたっぷりのお湯が一斉にリトにぶちかけられた。
「うっわぁっ! 何、これっ?」
頭の上からずぶぬれになりリトが声を荒げる。 従姉妹達をはじめ、村にいた年上で独身のお姉ちゃん達は両手を叩きながら「やったあ♪」と大喜びである。
一番見知ったミチねぇちゃんが、バスタオル一枚の姿で前に出てきた。
「オルガノ村名物。 15の祝い、特別バージョン女編。 この村で15の祝いをしてもらった女だけが知る、恒例行事よ」
他の姉ちゃん達も説明する。
「この後は、ここの各温泉にそれぞれ身をひたすの。 あ、リトの苦手な水風呂と、ピリピリ電気風呂も入るからね」
「全部の温泉で身を清めた後は、ここで身支度」
「私達が腕によりをかけて可愛くしてあげるから」
「村民衣装もお待ちしておりまっす♪」
と、最後は今まで見たこともない、色とりどりの刺繍がされた長い布や紐まで登場。
「そ、そんな服、見たことないよぉ?」
リトが指さすと、姉ちゃん達は笑う。
「これねー、体に布を巻き付けて紐で縛って形整えるだけのヤツだからねぇ。 面倒で」
「ここにいる誰も着てないのよね、実は」
「でもせっかくラムール様がいらしているんだから、やっぱり伝統をお見せしないとね」
まさかここでまたラムールが出てくるとは。
姉ちゃん達はキーワードが出ちゃったから、意識は既に男湯へ。
「今頃、ラムール様も入浴されているのかしら?」
「覗きに行きたいわねぇ」
――おいおい。 覗きって。
女官達と同じ意見がここでも聞けると思わなかったリトは苦笑した。
――でも、ホントに入っているのかなぁ? さっきはなぜか、ひどく驚いていたみたいだけど……
そんなことを思いながら、ずぶぬれになった服をリトは脱ぎ始めた。
+++
そのころ、ラムールは男湯の脱衣場で窮地に立たされ、一人途方に暮れていた。
今、デイ達は既に露天風呂に行っている。 脱衣場に入る前に柵越しに見たが、その広い敷地、色とりどりの温泉、滝、小川のような流し湯、木登りにはもってこいの樹や、登って遊んだら楽しそうな岩山。
楽しそうなことこのうえないその露天風呂を見て、服を脱ぐ時間も惜しそうにして勢いよくデイ達が入っていったのは、ある意味当然である。
今、ラムールは上着だけ脱いでいた。 そこには男性の体がある。
これはラムール作の人工皮膚だった。 佐太郎の協力が得られない今、自分で作成してみたものだ。 特に今回はオルガノ村に一泊するため、いつ、くだけた格好になるかは分からない。 女性であることかばれては大変なので男の体を作ってみた。 ラムール会心の作であるため、なるほど。 一見したら佐太郎が作ってくれていたものと遜色ないようには思える。 しかしそれでも上半身を隠すのが精一杯で、下半身までは手が回らなかった。
それでも構わないと思ったのだ。 オルガノ村ではシャワーでも借りればそれで足りると思っていたし。
しかし、露天風呂である。
男同士と風呂に入る時のマナーは、隠すことなくすっぽんぽんに、である。
いやいや、隠さなかったら下半身は女そのままなのだが。
しかも、ラムール作の人工皮膚は風呂の高温に耐えられたか、いまいち自信がない。 人肌にあわせて収縮するように作ったのだ。 これに人肌以上のお湯をかければ、縮みすぎて破れるか。
「困った……」
ラムールはそう言いながら、ちらりと露天風呂の方に目を向けた。
露天風呂では走って遊び回るデイや羽織達は勿論、白の館での大浴場の時と同じく、オルガノ村の男衆のほとんどが気持ちよさそうに入浴している。
腰にタオルを巻いて、隠して入る。
――お尻は、生か。
前を隠すなんて、ありえないと、村民達からタオルを引きはがされたら?
一瞬にして固まり、叫び声を上げる村民の姿が目に浮かぶ。
男らしくないと烙印を押されても、タオルを離さず、とりあえずさっさと入るだけ、入る。
デイが悪戯半分に、お湯をぶちかけてくれたら?
すぐさま人工皮膚が以上に収縮し、破れ、中にある女の体が晒される。
――嫌だぁぁぁ!!
ラムールは落ち込むように座りこんだ。
絶体絶命である。
女として「肩書きの意識」を変えて女湯に入ろうかとも思ったが、ここに来るまで皆にかこまれていたし。 場所も分からない。 なぜ混浴じゃないのかと、見当はずれの怒りすらわいた。
この場を乗り切る手として、かろうじてあり得る策ならば、腰タオルでサッと入って水風呂で体を清めて即、出てくる。
しかもかなりきわどい。
魔法でどうにかならないか?
男になる魔法が無いといえば嘘になるが、それを使うと女である「顔」が変化する可能性がある。 首から下だけ性別を変える魔法というものは、過去の優秀な魔法使い達も編みだしきれなかったようだ。 という以前に必要が無かったのだろうけれど。
ここにいる輩、全員、幻覚でも見させるか?
しかし、村民だけならともかく、羽織達は訓練により多少の耐性を持っている。 一人一人に暗示をかけることは簡単だが、一斉にとなると流石に無理だった。
ならば、羽織達が上がり、人が少なくなってから入る、という手もあったが、今見る限り、コイツらは何時間でも遊んでいそうな雰囲気である。
とりあえず腹痛、と言い訳をして厠に入ったので、これ以上、時間も稼げない。
腹痛なら入って暖まればすぐ治ると村民達は太鼓判を押すし。
シャワーの代わりに滝湯を使えと言うし。
巳白が「俺が入るとみんな怖がるかもしれないから、俺、今日は風呂無しでいいですよ」と言うのでそれに便乗しようかと思ったら、リトの幼なじみ、ガイが「そんな事気にしなくていいっすよ! ラムール様が一緒にいなくても安全だって、俺、信じてるスから!」と、彼の中でどんな心境の変化があったのだろうか、自ら巳白という存在を受け入れようと、率先して巳白を誘った。 ――それは巳白にとって、ありがたい事だったのだが。
とはいえ、やはり、保護責任者として一緒に入るべきだろう。
そのほうが、オルガノ村の村民にとっては後々、安心なはずである。 ――翼族調査委員会に目を付けられた時に――
「ううう」
ラムールはらしからぬ迷いの声を上げた。
言っては悪いが、巳白が村民と一緒に風呂に入るなんて計算外だったのだ。
これは小さな一歩だが、大きな一歩だ。
そして、ラムールを追いつめる、強力な一歩だったのだ。
いっそのこと、実は女であることを羽織達に白状するか?
驚きはするが、受け入れてくれるかもしれない。
しかしそうなると、受け入れきれなかった者が仮に、国に密告したとしよう。 すると受け入れてくれた彼らまで、女であることを知っていたということで、国家反逆欺罔罪で捕まり、処罰されるだろう。 デイにだって、どれだけショックを与えるか考えたら、女であることを隠し続けるのが一番の良策だった。
やはりここは、第2案。
腰タオルでさっさと水風呂で体を清め、デイ達と関わることなく出る。
それしかなかった。
ラムールは考えをまとめて、小タオルを手にし、もう片手でズボンのベルトをゆるめた。
珍しく、その手は震えていた。




