序章
フアナが窓を開くと、トルデシーリャスの朝の光が小屋の中に差し込んだ。深呼吸をすれば、夏の訪れを予感させる新鮮な空気が肺を満たす。修道院のほうからはパンを焼くいい香りがした。こんなにさわやかな朝は久しぶりだった。今すぐ外に飛び出して、散歩でもしたいくらいだ。
もっとも、窓には格子がはめられ、戸には外から鍵がかけられているためそんなことは出来ない。彼女のいる木造の小さな小屋は、寝台や小さな机と椅子などの最低限の家具だけを置くくらいの広さしかない。そこを彼女は出ることができないのだ。しかし長い間ここで暮らしている彼女は、今更そんなことは気にせず、フアナは気分良く歌を口ずさんでいた。
ふと、幼い頃その歌をともに歌った妹のことを思い出した。もう長らく会っていないが彼女は元気だろうか。
二つだけ年が違う妹とは、子供の頃はとても仲がよく一緒に遊んでいた。自由に外出することはできなかったので、人形遊びや空想ごっこをしていた。
大きくなれば素敵な王子様が迎えにきてくれる。そんな夢想を語り合うのが二人は好きだった。妹はいま、たしか二十二歳のはず。可愛らしい妹は、素敵な王子様と結ばれているだろうか。
――もしわたしにも王子様が迎えにきてくれるなら、こんなすがすがしい朝がふさわしいわ。
フアナが冗談半分にそんなことを考えていたときだ。コンコンと戸をたたく音がした。
毎朝修道女が、食べ物などを運んでくれることになっている。今日もそうだろうと思っていたのだが、おかしなことに、鍵が開く音もしなければ、戸が開く気配もない。鍵が壊れたりしたのかしらと思い、戸に近づく。そして内側からは開けられないと分かりながら、とりあえず確かめてみようとドアノブに手を伸ばした時だった。
錠が壊される鈍い音と同時に、戸と壁の間から銀色の剣の先が突き刺された。