7話 起点
前回までのあらすじ
①「おっし、今日もやってくか、ユーリカ!」
②「むっきー! まぁたそうやって楽勝ですって感じに受け止めてーっ!」
③「まいったーって言ったらやめてあげますよー? ほらほらぁー」
この世界、アストラリアは現実世界とはかなり違う世界の作りをしている。
一般的なファンタジー世界の世界地図をイメージして貰えればそれでだいたいあっていた。
大きな大陸があって、大きな国があって、大きな森や湖があって、大きな街がある。
機械はあっても現実世界のような発展はしておらず、一般への普及も進んでいなければ専門家でも無ければ扱えないようなものばかり。
魔法の方が浸透してきていると言っても過言ではない。
そんな世界だ。
「……えぇと…」
「何かしら? さっきも名乗ったでしょう? 私の名はオリヴィア。 オリヴィア・イーラ・サターンよ」
そしてこの世界、いいや魔物たちの世界には7人の強力な力を持った者達が居る。
皇族、俗にその家の数から七大皇族と呼ばれる者達だ。
勿論その名に恥じないような絶大な力を持っているのは確かである。
第一位から第七位までが存在しており、そのいずれもが魔王ソロモンに付き従い暴れ回っていた。
とは言ってもリーリカが…いや、明が知っているのはゲームとしての知識だ。
この世界はあのゲームの世界から何年も後の世界なのだから、何らかの変化はあるだろう。
そもそもゲームの世界と同じだと言うのなら、あの時点で七大皇族は主人公のパーティーに損害を与えつつも全滅しているはずである。
ちょっとした事情でトドメを刺さなかった者も居たが、少なくとも七人全員が健在である筈はない。
「ちょっと、聞いているの?」
そして、今目の前で茶を楽しみながらリーリカに怒鳴っている銀髪のツインテールをした深紅の瞳の女性。
彼女はリーリカと同じ、その七大皇族の一人だった。
「あ、はい。ちゃんと聞いてます」
「何よ、そういう所だけはしっかり返事して… ホントは人格もそのままなんじゃないの?」
リーリカの中身が明という別人である事を、半ば疑いつつではあったが見破って来た。
実は、彼女はここへ訪れて早々に言ってきたのだ。
貴方は一体誰かしら? と。
別に隠していた訳では無かったのだが、あっと言う間に見破ってしまったのもきっと実力の内なのだろう。
明としての人格であるリーリカにとって「オリヴィア・イーラ・サターン」という人物には見覚えがある。
だがこんな、リーリカに負けず劣らずの美貌を持った女性では無かったはずだった。
「まあいいわ。 その様子だとリーリカからの引き継ぎも出来てないでしょうから自分から言うわね」
「引き継ぎ…?」
「貴女たち穏健派による過激派の監視についてよ」
この話題について、ある程度まではスティーブから教えて貰っていた。
リーリカ達アスモデ家は穏健派、そしてオリヴィアのサターン家は過激派に属しているんだそうな。
過激派の人間が過激派の監視について言いに来たとはこれいかに。
まぁ過激派は彼女一人では無いのだろうから、注意をしに来るのも手段としてはアリなのかもしれない。
「何よ。 過激派筆頭が過激派の監視について言いに来るなんておかしい、みたいな顔しちゃって」
筆頭だったらしい。
なら猶更、彼女の言う通り”何故”と思ってしまう。
顔に出てしまうのもしょうがないというものだ。
「言っておくけれど、穏健派に鞍替えだとかそういう話じゃなくてよ?憎たらしい人間共と分かり合おうとする気なんて塵程も思わないんだから」
そう語る彼女の瞳を、リーリカは真正面から見る事が出来なかった。
何か言い知れない、闇よりも深く地獄よりも燃える復讐のような何かが満ちた瞳は、誰かを恨むとかではない、人間という種族そのものを恨んでいるかのような思いが溢れて来ていた。
こうなっているのもしかたないと、リーリカは思えてしまう。
ゲームの中のオリヴィアは、まだ幼い少女だった。
サターン家という重い家名を懸命に背負い、なんとか頑張ろうとしているような健気な少女。
けれど、ゲームの進行途中にオリヴィアの両親は主人公たちに倒される。
それを見ていたオリヴィアは、両親を倒した…いや、殺した戦士を殺し返す勢いで戦いを挑み、そしてシナリオはその戦士を置き去りにして次へ進んで行った。
パーティーからはそれ以来戦士は消えて復活したりはしない。
設定資料集とかそういうのを読んだりしては居ないので細かい設定は分からないが、今目の前にオリヴィアが居ると言う事はそういう事なのだろう。
「私達サターン家は今まで通り静かな物よ。 いくら筆頭とは言っても、先立つ物も兵隊も居ないんじゃ話にならないものね」
「兵隊って物騒な…」
確かにゲームの方でもサターン編は難敵多しのやりがいのあるステージだったと記憶してはいるが、まさかまだそれだけの兵力を隠し持っていたとすれば…
「先に言っておくけれど、その物騒な兵隊を丸ごと焼き殺したのは貴女…いえ、リーリカなんですからね」
「うぇっ?!」
「そうよ。 危険だと判断した次の瞬間には指をパチンと一鳴らし。 それだけでお父様とお母様の残してくれた兵たちはみんな炭と灰に変えられてしまったわよ」
これではどっちが過激派なのか分からないではないか。
「リーリカの事は殺してやりたいほどに憎い。憎くて憎くてしょうがないわ。 けれど、貴女はリーリカであってリーリカではないのだから、貴女に罪は無いわ」
そう言って貰えるとありがたい。
こんな言動をする者が果たして過激派なのだろうか?
「まぁ、貴女も私の部下を殺すようなら容赦なく焼き殺してあげるのだけれど」
前言撤回、この人バリバリの過激派ですわ。
なんか口から炎が漏れているようにすら見える。
…いや、あれは実際に炎が漏れ出ているらしい。
口にしようとしていたマドレーヌが一瞬で消し炭になってしまっていた。
「…ダメね。 貴女に罪はないと言ったけれど、その顔で、その声で話をしていると思うと怒りで我を忘れてしまいそう」
声のトーンがちょっと下がったかと思えば、後ろに控えていたのであろうウィッチたちが入ってきた。
後ろに立ってくれていたスティーブも今まで見せた事がないような覇気を見せている。
「…冗談よ さて、お茶菓子美味しかったし、この辺りでお暇するわね」
全く冗談に聞こえないような声だった気がするのだが、それでも冗談だと貫き通したオリヴィアはカップに残った紅茶を飲み干しすぐに席を立つ。
「あ、見送ります」
「あら、嬉しい事を言ってくれるわね。 元のリーリカだったら魔法で領域から追い出すくらいやっていたと言うのに」
ちょっとおっかないけど客人相手に何やってるんだこの人は。
「もしも貴女がリーリカだったら、私は迷わず貴女の味方をしたでしょうね」
「え、それはどういう…」
「そのままの意味よ、巻き込まれた可哀そうな子羊ちゃん。 それじゃあ、ごきげんよう」
玄関口まで一緒になって見送りに来ていたが、まさか背中から龍のような翼が生えて空を飛んでいくとは思わなかった。
優雅に、しかし荘厳な飛び方は、彼女がドラゴンなのだと再確認させてくれる。
リーリカも背中から翼を生やして空を飛ぶ事など造作もないが、見た目的にオリヴィアの翼の方が何倍もかっこよく見えてしまう。
「…お姉様、ご無事で?」
「うぃ、ウィッチ!? うん、大丈夫…」
リーリカの影からすーっと出てきたウィッチの姿に驚いていた事の方が大丈夫ではなかった。
そういう魔法もあるという事は知ってはいたが、いきなり使われたとなるとどうしても驚いてしまう。
なんせ足元からいきなり現れるのだから驚かない方がおかしい。
「オリヴィアさん…また力を付けたようですね…」
「力?」
「そうです。 じゃなきゃ自分の家は静かな物だなんて言わないです」
一体どういう事だろうか?
力を付けてきたというのなら、部下や兵隊が集まって静かとは全く逆になるのではないだろうか?
「いいえ、オリヴィアさんの場合、力を付けたのは彼女本人なんです」
「…なるほど」
「本人の力が強まれば、その覇気にあてられた部下たちは自然と黙り込み、そして『静かな我が家』が出来上がるんですから」
詰まる所、あのオリヴィアには今後一層の注意が必要と言う事なのだろう。
衝突するような事がなければいいのだが。
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「……ふふふ…」
一方、オリヴィアはトローン城を飛び立ち、今は空を飛びながら自分の城への帰路へと着いていた。
その彼女の口は、楽しさに口角が上がっている。
「面白い…面白いわよ、リーリカ・ルクスリア・アスモデ…あんな子に自分の身体を任せておいて貴女は引き籠った中で何をしているのかしらね?」
「お嬢様、お迎えに上がりました」
傍から見ると一人でニヤニヤと笑って独り言をブツブツと呟く危ない女性がそこに居た。
けれどここは上空の遥か彼方だ、鳥でも無ければ見ている者も居るまい。
彼女を迎えに来た、メイド服姿の背中にドラゴンの翼を生やした女性以外には。
「ご苦労様。 このまま帰って支度をするわよ?」
「支度…でございますか?」
「ええ、そうよ…面倒くさがりの第七位が引き籠ったわ。 世界に散ったサターン家の幹部を呼び戻しなさい。応じない者が居れば即座に知らせる事も忘れずにね?」
悪い笑みを浮かべながら、オリヴィアはメイドへ告げる。
メイドが「応じない者は如何なさるおつもりで?」と聞くと、オリヴィアは顔色変えず答える。
「そんなの決まっているじゃない。 私の命に応じない者は、私の手で粛清するのよ」
「っ… お、お嬢様、もう少し落ち着いてゆっくりと…」
「あら、貴女も私の言葉に応じれないというの? 残念ね…首を出しなさい。今すぐ切り落としてあげるから」
「ひっ…」
もはや狂気とすら思える程の笑みを見せながら、宙を進むオリヴィアはメイドへ冷酷にもそう命じた。
怯えきった顔をするメイドだったが、彼女の命に逆らう事は出来ない。
そのまま宙を無防備に飛び、いつでも首を切れるよう姿勢を整える。
「……お、お嬢様の為であれば…」
「…ふん、つまらないわね。 少しは噛み付いてくるくらいでないと、私の近衛は務まらないわよ?」
「…お嬢様…?」
「何をしているのかしら? はやく帰るわよ、ラブ?」
「っ! はいっ!」
自分の死すらも覚悟していたメイドだったが、一気に表情が明るくなった。
許してもらった事が嬉しいのではない、名前を呼んで貰えたことが嬉しかったのだ。
ついはしゃいで宙をぐるぐると回るように飛んでいるあたり、相当に喜ばしいらしい。
「お嬢様お嬢様! もう一回お願いします!」
「はいはい、可愛い私の召使い、早く帰れたらまた呼んであげるわよ」
「っ~! 絶対ですからねっ!」
子供のようにはしゃぐメイドことラブ。
それを呆れ半分に見ていたオリヴィアは、まるで母親のような顔をしていた事だろう。
まあそれを指摘されてしまったらきっと激しく怒り狂う事だろうが。
「それと、貴女の事を許しはしたけど前言に撤回はないわ。 私が帰り次第、貴女は各地に散った幹部を呼び戻しに動きなさい。 足の速い子を何人か連れて行っても構わないわ」
「了解しました」
「……それまでは、私との空の旅を楽しみなさいな」
「っ~! はい、お嬢様っ!」
一緒に居てもいいと言われた事が嬉しくて、ラブはオリヴィアを背後から抱きしめてきた。
鳥で言えば鷲などの猛禽類がたまにやっている喧嘩の一種に見えなくもないが、実際はそんな事無い訳で。
「ちょっと、飛び辛いじゃない」
「えへへー、お嬢様と一緒ー」
「……仕方のない子ね、全く…今日は許してあげましょう」
「やったー!」
喜びのあまりに無遠慮というか容赦が無くなってきていたが、それでもオリヴィアは溜め息をつきながらもラブの面倒を見つつ帰り道を往く。
あまりに行き過ぎていたら注意してやろうと思う事よりも、自分の背中で笑っている彼女の笑顔を見ている方がほんのちょっとだけ幸せだったのだろう。
これから始める事を思うと、この笑顔が少しでも続いてほしい。そう、オリヴィアは心の中で密かに祈るのだった。
続く