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6話 日々鍛錬

前回までのあらすじ


①「最低ね、変態野郎っ!」

②「汚い花火ですわね」

③「さって、始めようかな」

 リーリカが調査をしていた頃、別のとある場所。

 まるで闘技場のようなその場所に、一人の大男と一人の少女が向かい合って立つ。

 人の領域を遥かに超えた怪力を持ち、額の三本角が自身の強さをそのまま表す。

 大男の名は「ティガー・G・ゼブル」リーリカと同等の位置に居る者の一人である。

 つまり、魔王ソロモンに従っていた幹部の一人その人だ。

 この場にリーリカが居たとしたら、すぐにでも気付いている事だろう。


「おっし、今日もやってくか、ユーリカ!」


「はい、ティガーさん! お願いしますっ!」


 2メートルを軽く超える巨体のティガーに対し、ユーリカと呼ばれた少女は人間の少女とそう変わらない身長しかない。

 だからだろうか、二人の体格差はかなり大きな物と錯覚してしまいそうだ。


「今日は剣と拳、どっちで行くんだ?」


「こっちでお願いします!」


 そういうとユーリカは、背負っていた物を手に取る。

 自分の身長と同じほどの大きさを持つそれは、巨大な鋏だった。

 取っ手を握り開くように動かせば、しっかりと刃は動いて鋏のようにカチカチと音を鳴らし開く。

 勿論、閉じる事も出来れば普通の鋏のように断ち切る事も容易い。

 後は血でも滴っていれば軽くホラーな武器なのだろうが、これはそんな事に用いるものではない。


「いいのか? 庭師の仕事道具だろ、それ?」


「ええ、問題ありません。 私以上に頑丈ですから、この子」


 悪戯っぽく笑う姿は、見た目相応の少女にしか見えない。

 だが、その正体はと言えば…


「お前なぁ…いくらサキュバスの上位種ったって、鋼の身体じゃねえだろ」


「失礼ですね! やわらか乙女のぷにぷにボディですよーだ! って言うか、セクハラなんじゃないですか?リーリカお姉ちゃんに言っちゃおうかなー」


「おいおいよしてくれって… 俺が何されるか分かったもんじゃねぇ…」


 そう、ユーリカはリーリカの関係者である。

 もっと言ってしまえば、ユーリカはリーリカの従妹に当たる人物であり、住んでいるのもトローン城だ。

 ではどうしてこんな場所に居るか?

 一時的に修行の為にここで厄介になっている、というのが正解である。

 ちょっと叔父さんの家に遊びに行くような感覚でいつもお邪魔しにきている。

 ティガーからしても、腕の立つ相手がいつも修行に来ているので返すに返せない。

 ホントはもっと別の理由があったりするが、そこは割愛。


「っと、長話する所だった。 今日の鍛練に移るぞ?」


「分かりましたー」


 巨大な鋏を剣のように両手で構え、ユーリカの準備は完了。

 それに対し、ティガーは己の拳のみで相手をするようだ。


「さって、今日は……そうだな、まっすぐ打ち込んできてみろ」


「えー? いつもならよく分かんない絡め手で来いとか言うじゃないですかー」


「いいからかかってこいっての…」


 ユーリカはぶーぶーと文句を言いつつも鋏を神輿でも担ぐかのように肩へ乗せ、姿勢を低くして地面を目一杯踏み込んでいく。

 大きく踏み込むように広げた両足へ意識を集中させて相手を見据える。


「でぇぇぇぇぇーーーーいっ!!」


 鋏をしっかりと握り直したユーリカは、そのまま地面を蹴り抜く。

 勢いよく蹴った反動で、彼女自身を砲弾にしたような凄まじい勢いでティガー向かってかっ飛んで行った。

 大上段で振り上げられた鋏が、距離を詰めると同時にティガーへ襲い掛かる。


「んー…末恐ろしいわホント…ぷにぷにボディの女の子がこんな破壊力出すかねフツー…」


 持てる威力全てを持って振り下ろされたユーリカの大鋏。

 だが、その刃が相手を切り裂く事は無かった。

 代わりに、風圧だけで地面がぼこりと抉り取られているようだったが。

 回避したとか幻だったとかそういう術ではない。

 単純に彼女の刃を受け止めただけである。

 それも片手で。


「むっきー! まぁたそうやって楽勝ですって感じに受け止めてーっ!」


「剣筋が丸わかりなんだよ。後は刃のある場所で抓んでやればいい…失敗したら指吹っ飛ぶけどな?」


 がっはっはと笑うティガーの手には、しっかりと大鋏が掴まれている。

 ユーリカがなんとか振りほどこうと動かすも、ティガーの腕力にかかれば彼女の力など遠く及ばない。

 精一杯力んだ所でびくともしなかった。


「ほれ、放すぞ」


「むぎゃっ?!」


「ったく…大丈夫か? ホレ」


 どうにか鋏を取り返そうと四苦八苦していたユーリカを察し、鋏の刃から手を離す。

 放したはずみでユーリカはその場でひっくり返ってしまう。

 やれやれとため息を吐きながら、転倒しているユーリカへと手を伸ばす。

 それこそが、ユーリカの狙いだった。


「ありがとー…なぁんてねっ!」


「ぐおっ?! ち、魅了(チャーム)かよ…」


 差し出された手にユーリカが触れると、途端にティガーの身体が動かなくなる。

 全身が硬直したかのように動かせなくなり、ユーリカが動かさなければろくに動けない状態へと陥った。

 本来なら身体が硬直するというよりはユーリカの思うがままに動いてしまう魔法なのだが、これはティガーが抵抗しているからこそ発生している状況であろう。


「ほぉらほら、吸っちゃおうかー? んちゅーって…」


「止めてくれよ…俺にそんな趣味はねーしお前の姉ちゃんに殺されっちまう」


「こーんな美人さんにキスしちゃうぞーって言われて反応しないなんて…さてはティガーさんって男しょk」


 ユーリカがそれ以上言葉を紡ぐことは無かった。

 動けなかったはずの腕を動かしてきたティガーに掴まったからだ。

 そのまま強烈に抱き締められ、ユーリカの身体が悲鳴を上げる。


「ぐぇっぷ?! ぎ、ぎぶぎぶぎーぶ…」


「お仕置きだ、とりあえず鯖折りな」


「ひぎぃぇ!?」


 一際強く抱きしめた所で、ユーリカの身体から小気味良いテンポで骨が鳴る音がして彼女は気絶した。

 気絶した彼女が最後に残した一言は…


「べ、ベアハッグと鯖折りって違うらしいっスよ…」


 だった。

 気絶してしまっても案外余裕はあるようだ。


「そうなのか? プロレスっつー格闘技見て真似たんだがなぁ…よっと!」


 気絶してピクピクとしているユーリカを、ティガーはお姫様抱っこで抱えた。

 ついでに、見栄えと自身への枷にと羽織っていた質の良い服を掛けてやる。

 気絶した少女をその場に放置したまま帰る程、ティガーは無情な男ではないのだ。

 今回の場合、それ以外にもユーリカがリーリカの従妹である事も関係しているのだが、そこは割愛。


「埃っぽくてすまんが、許せよ」


 ユーリカを運ぶティガーがやってきたのは、二人が訓練をしていた場所から入ってすぐの所だった。

 コロシアムの待合室のようなもの、というかそのものである。

 部屋は薄暗く埃っぽくて不衛生で治療をするには少し汚すぎるような部屋に簡素なベッドが二つ置かれていた。

 傷薬や薬草の鼻を透き通って行くような強いミントとアルコールの混ざった薬品臭は即効性のある気付け薬にすら匹敵するのではないかという程に強い。

 元は戦った戦士たちを癒す為の場所なのだろうが、生憎と今は戦う者も居なければ癒せる医者も居ない。

 劣化し始めているのか、ユーリカを寝かせて横にティガーが座り込むだけでギシィと大きな音を立てて軋む。

 ティガーが大男で重いだけだとは思うが、それにしたって大きな音だった。


「はぁ……俺の居ない間に、ここもすっかり変わっちまったよなぁ…」


 天井に見つけた、砕けた空調装置。

 床に転がる空き瓶や空き缶の数々。

 それら全てが、ティガーにとっては懐かしいものの塊だった。


「…ったく…留守の間に俺の物件を好き放題しやがって…」


 誰ともつかない怒りを拳に秘め、どうにか自分を抑え込む。

 ユーリカと訓練を行う前にこの施設を見て回っていたが、どこも酷いものだった。

 家は人が住まないと朽ちる、なんて言うが、石造りが基礎となっているこのコロシアムのような施設はそう言ったものとは無縁だと思っていたのだから。

 それがどうだ、たった十年もしない内に蔦にまみれ石壁は崩れ、果てはここへ入る前に冒険者の一団に出くわす始末。

 リーリカの従妹であるユーリカも居た事で穏便に退去してくれたものの、もし自分一人でその一団を見つけていたらどうなっていた事か。

 最悪、冒険者の仲間たちや身内の人間から恨まれまくっていた事だろう。


「……いや違う。俺は殺人鬼なんかじゃねぇ…あの頃の俺は死んだんだからよ……ふー、にしてもあっちーな」


 さっき天井を見た時に空調装置が壊れていると言った。

 ではこの部屋の気温はどうなっているのか?

 ぶっちゃけ密林の中のようにジメッとして熱い。

 というかこの館内のほぼ全てがこんな感じで熱い。

 であれば、どうすればこの暑さを回避できるのか?

 脱げばいいのだ。


「これで少しはマシになんだろ…」


「ふにゃ…あれ…? ティガー…さん……?」


「おう、起きた…かぁっ!?」


 気絶から意識が戻ったユーリカが目を醒ます。

 起き上がった彼女から、掛けていたティガーの服がするりと落ちる。

 内側から現れたのは、一糸纏わぬ姿のユーリカだった。

 訓練を行っていた時は動き易さを重視した布の防具を着ていたはずなのに、いつの間にか消え去っている。

 もし防具が消えてしまうような効果を彼女が持っていたと言うのなら納得は行く。

 しかし、ユーリカにそんな能力があるなんて話は一度たりとも聞いた事が無い。


「な、ななな…なんで全裸なんだよっ?!」


「あれれ? どうしたんですかぁ? 七皇ともあろうお方が、サキュバス相手に落とされかかってたりします?」


「だ、誰が落ちるかよっ! いいから俺の服着とけって!」


 必死に視線を逸らすティガーだったが、それに合わせて起き上がったユーリカは悪戯っぽく微笑みながら自分の裸を見せびらかしてくる。

 ユーリカは知っているのだ、ティガーが紳士である事を。

 鬼のような見た目であっても、その心はただの一人の男だと言う事を。


「しょうがないなー…うりうり~! 普通の殿方なら一発で落ちちゃう抱きつき攻撃~」


「おまっ?! さっきの仕返しかこんちくしょう!?」


 何度やっても視線を逸らすティガーだったが、ユーリカはもっと別の方法で攻めてきた。

 背後に回り込んだかと思えば、羽織っていた服を脱ぎ棄てて全裸の状態でティガーを抱きしめる。

 どうして全裸になったかって、それは勿論…


「当たってる当たってる!」


「当ててんのよっ!」


 リーリカにも匹敵する魅惑のボディ。

 それを凶器としてティガーに襲い掛かる訳だ。

 普通の男ならそのまま落ちてしまうのだろうが、ティガーはそのへんの男とは違う。


「ぐぬぬ…負けるかよぉ…」


「ほぉらほら…マシュマロっぱいでふわふわしてきたでしょー?」


「うぐぐぐ…」


 何度もティガーの身体へ自分の身体を擦り付けて精神的に脆くしていく。

 これらの技も、サキュバスである彼女ならではと言った所か。

 人間の女性が同じ事をやったとしても、ティガーは決して落とせないだろう。

 だがそういう事に特化した種族であるサキュバスのユーリカなら話は別だ。


「まいったーって言ったらやめてあげますよー? ほらほらぁー」


「い、言わねぇし……言わないからなぁぁ!」


 意地でも負けを認めはしない。

 これはティガーの信念であり信条であった。

 なおも続くユーリカからの誘惑攻撃だったが、しばらくするとピタリと止んだ。


「…飽きちゃいました」


「そ、そうか ほら、服着とけ」


 こんなにも勝利感の無い勝利はいつぶりだっただろうか。

 というかそもそも勝利したのかどうかすらも分からない。

 足元に放置されていた服をユーリカに被せ、さっと着させる。

 体格差があり過ぎるせいか、かなりブカブカな大きさである。


「んっ ……汗臭いですねぇ」


「え、マジ? すまん」


「…にっひひ! ティガーさんの困った顔、ごちそうさまでした」


 すっかり一本取られたらしい。

 暫くはそのままだったが、今日の鍛練はこれで終わりと決めたティガーはコロシアムから出て帰る事にした。

 服はユーリカに渡したままだったが、女性が着た物を自分が着るというのは、なんとなく男としてプライドが許しはしない。

 どっちみち、このコロシアムの周辺は熱帯のような場所なのだから、上半身裸なくらいが丁度いいのかもしれない。


「ところで、お前服はどうしたんだよ?」


「服? いつでも精製出来ますよ? 魔力で」


「お前のアレ魔力の塊だったのかよっ!」


 ユーリカが指をパチンと鳴らしてティガーから借りていた服を脱ぐと、そこには身体の大事な部分のみを隠すような大胆なデザインの、言ってしまえばサキュバスらしい恰好をしたユーリカの姿が現れる。

 ゆらゆらと揺れる細長い尻尾と頭に生える一対の太い角、そして腰の大きなコウモリの翼が彼女はサキュバスであるとあまりにも分かり易く証明してくれている。

 そこへティガーの服を羽織るように着て、それがマントのようにすら見える。


「一瞬で着替えとか出来るから楽なんですよ? ティガーさんもどうです?」


「いや、俺はいい。 つーか魔力の扱いはどうも苦手でな」


「あらあら…」


「…っ! 人を可哀そうなやつみたいな目で見るんじゃねえ!」


 ユーリカを叱ろうと繰り出された鉄拳は、彼女の命中する事は無かった。

 元から本気で殴ろうとしてない分避けやすかったのだろう。

 さっと回避したユーリカはふわりと宙を舞ってその場に漂う。


「ん~、それにしてもお色気でもティガーさんを落とせなかったのは悔しいですねー」


「そこは戦士とか以前に男として屈しちゃダメだろ」


「それを堕落させちゃうのが我らサキュバスだというのに…」


 胸を寄せて揺らす動きをティガーにしっかり見える位置で見せてくるユーリカ。

 もしもそういった事が好きな男だったりしたら、迷わず彼女を襲っているのではなかろうか。

 だがティガーは男は男でも紳士。

 女性を無理矢理襲って満足するなど言語道断。


「ところで、今日のお夕飯は何がいいですか?」


「話の切り替え早いなオイ …肉だな。酒も用意しといてくれ」


「おぉー、ティガーさんがお酒なんて珍しい」


「さっきお前に一本取られたからな。 自戒の意味も込めて飲むんだよ」


「だったら、いいお酒を扱ってるお店があったんで、そこ行きましょうよー」


「いいな 帰り道で買い物と洒落こむか」


「おー!」


 こうして二人は熱帯に囲まれた道を楽しげな顔で歩いていくのだった。

その日の夜はティガーの部下たちもまとめて盛大なパーティーが開かれる事となる。開催理由?パーティーを開くのにいちいち理由がいるのかね?


続く

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