5話 鎧袖一触
前回までのあらすじ
①「侵入者ですわね」
②「ふふっ やっぱり魂は違っていても、師匠は師匠なんですわね」
③「師匠……この人からは嫌な臭いがします…」
まるで人が変わったように二人してリーリカを庇うように立ちはだかり、目の前の男を睨みつける。
一体彼が何をしたと言うのだろうか。
まぁ、何かしそうな雰囲気があったとかなのだろうが。
「……? なんの真似です? 女の子の前だしカッコいい所見せたいとかそういうアレですかい?」
「っ! だ、黙れっ! 人殺しを企てるような奴が何を言う!」
「人殺し…? ウィッチ、紙とペンある?」
試したい魔法がまた頭に浮かんできた事だし、使ってみようか。
さてさて、次はどんな魔法なのやら…
「人殺しって…一体何の事ですか? 俺らは坊ちゃんを家まで届けて…」
「それで、家族諸共滅ぼす気だろ! 休憩中数人でどこかへ行くのを見かけて追いかけてみれば…」
その言葉に、男の顔は一瞬険しいものになりそうになった。
これはきっとビンゴなのだろう。
だんだん隠す気も無くなってきたのか、男の表情が次第に怒りの色に染まっていく。
まぁ、その間も私はスラスラと紙へある事を書き続けているのだが。
「なぁんだ、盗み聞きしてたんですかい? いけねぇお人だよ全く… 聞かれたならしかたねぇ…ん?」
「はい出来たっと。 …うわぁ、頭の中欲望塗れ…」
「師匠、私にも… うわぁ……最低ね、変態野郎っ!」
内容を簡単に纏めると、ここでクリストフを始末してリーリカ達を持ち帰って楽しんだ後、エリシア家へ全員で押し入って病気に倒れている当主を含め全員を殺して奪い取ってやろうと言う魂胆らしい。
実に盗賊らしい考え方で、それでいて計算能力の低そうなモノの考え方だ。
こういうバカには、それなりの代償が必要だろう。
そもそも、リーリカ達の領地に足を踏み入れた時点で彼らの運命は決まった訳だが。
「二人してひでぇ言いようですね…何を見たのか知らないですが、アンタ達は丁重におもてなしして…」
「マジック起動 ごめん、ちょっと黙ってて?」
指をパチンと鳴らすと、男は口を閉じ開かなくなる。
いいや、開けないのだ。
だってそういう状態にする魔法だし。
「えっと…15人? そんな人数でこの子を殺そうとしてたの?」
さっき紙に書いたものを読みながら、リーリカを庇う為に立ってくれているクリストフを、後ろから優しく腕を回して抱き寄せる。
勿論、何かしようとか思っている訳では無い。
あのままじゃ、これからしようとしている事に彼も巻き込んでしまいかねないからこうしているのだ。
「あっ?! え、ええええっととっと…」
「あ…リーリカよ」
「りりり、リーリカさん?! 一体何をっ?!」
いきなりの事に驚いているのか、それとも単に女性に弱いタイプなのかは知らないが、顔を真っ赤にして慌てる様子はなんだか見ていて面白い。
今のリーリカが元は男でさえなければ、もっとイジめてみたいという嗜虐心を擽りそうな顔だ。
「ちょっと危ないから、少しの間我慢しててね?」
「は、はい…」
素直にいう事を聞いてくれて助かった。
そのまま体をくるりと回して、子供のように抱きついてくるのを優しく受け入れる。
顔が沸騰しそうなくらい真っ赤になっているが、この身体でそんな事をされていては仕方のない事だろう。
女性に耐性の無さそうな、初心な少年なら猶更だ。
隣で殺意混じりの視線をクリストフへ向けてくるウィッチには、後で同じかそれ以上に可愛がってやらなくては。
「えー…こほん……周りで隠れてるみなさーん? くれぐれも私達には攻撃しない方がいいですよー?」
注意喚起はしておいたが、はたして…
まぁ、結果は目に見えて分かっていたが。
「っ~!」
さっきまで喋っていたのを黙らせた、目の前の男が声にならない声を上げながら剣を抜こうとする。
だが、彼は剣を抜く前に自分の身体の異変に気付く。
身体が思うように動かないのだ。
まるで硬直してしまったかのように、腕を剣の柄へ動かす事すら出来ない。
「今度のは…」
「師匠、あれは」
「ちょっと待って、当ててみるから… …えっと、《トランスガンパウダー》…え、ガンパウダー?!」
「正解です。流石は師匠ですわ!」
なんとえげつない…
ガンパウダー、日本語だと火薬と言う意味だ。
目の前の男はつまり、火薬へと変えられたという事になる訳だが…
「だったら火気厳禁…あれ? なんか火気推奨ってなってるんだけど?!」
「当然ですわ。 はやく着火して差し上げないと、湿気を吸って爆発してくれなくなっちゃいますよ」
この魔法を考え出したのはいったいどんな爆弾魔だったと言うのだろうか。
あとは小さな火種でも起ころうものなら、即座にボン。
「え、何を…」
「み、見ちゃダメっ!」
「ふがっ!」
周りの様子が気になったのか、振り返ろうとしたクリストフを振り向かせないようにする為に、彼の頭をもっとしっかり抱き寄せる。
結果胸へ顔を突っ込まれる事になり、ちょっとくすぐったいが我慢するしかない。
今からあの男に起ころうとしている事をこの少年に見られるよりはずっとマシだ。
苦しいのか抱きつく手がプルプル震えているが、ここは耐えて貰うしかないだろう。
「よし、やっていいよ?」
「あら、師匠はやらないんですの? では頂きますね」
そう言うとウィッチは杖を取り出してこちらへ視線を向けると、嬉しそうな顔をしながら前へ向き直り杖を振る。
「うふふっ …マジック起動」
「えっ」
杖から放たれた光は、身体をよじって動こうとする男へ迫って行き、到着するとパチンと弾ける。
その弾けた光が火種となり、彼は文字通りの花火へと化けた。
パチパチと弾けながら彼の身体を昇って行き、腰あたりまで来た所で彼の下半身は火を噴き彼を空高くへと打ち上げる。
きっと彼の部下たちみんなが見ているであろう高さまで来た所で、火薬の全てを引火し全てのエネルギーが放出され爆ぜる。
元が人間だという事さえ知らなければ、綺麗な花火が打ち上がった。
「…汚い花火ですわね…おね…師匠ー!」
「お疲れ様ー」
やりきったと言う感じの笑顔でウィッチが帰って来た。
それにしても、あちらの思考を読んだ結果とは言え、あの男を殺してしまった事には違いない。
目の前で人が爆ぜ散ったというのに、何故か心はそれほどパニックになっては居なかった。
どちらかと言えば、手軽に排除出来て良かったと落ち着いているくらいだ。
普通ならそんな簡単に人を殺していい訳がうんぬんと続く所なのだろうが、不思議とそんな感情は噴き出しても来なかった。
これもリーリカの身体へ入った事による変化なのだろうか。
「先月教えて頂いた魔法、もうこんなに使えるようになっていましたわ!」
「え、そんな事も教えてたの?」
「はい! 本物の師匠はもっとすごい事も教えてましたのよ? 例えば…んっ…」
嬉々として喋っているウィッチだったが、帽子を取って頭を撫でてやるとさっきまでのマシンガントークが嘘のように黙り込んでしまった。
すごく気持ち良さそうな顔のまま、頭を撫でられる事を受け入れている。
頭を撫でているだけなのだが、それはこれ以上ない程のご褒美なのだろう。
「お、お姉様ぁ~…」
「あれ? 師匠じゃなくなっちゃったの?」
「うぁ……い、今だけは…今この時だけは甘えさせてくださいぃ…」
「あらあら……おいで?」
既にクリストフが力なく抱きついているが、一人が二人になった所でそう変わるものでもない。
空いている片腕を広げてウィッチを招き入れて三人くっついて…
「マジック起動…さ、帰ろう?」
「はいっ!」
「……」
足元に魔法陣を発生させて、目の前に同様の陣が表れる。
ここへ来た時と同じように、後はこの陣をくぐれば城へ戻れる訳だが…
一つ、やっておく事があった。
「…私の家までおいで?」
その言葉だけを残して、魔法陣をくぐって城へ帰るのだった。
誰に言ったか? そんなもの、周囲を取り囲むように隠れ潜んだまま出てこない者達に決まっている。
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「お帰りなさいませ、お嬢様方…一人多いようですが?」
「ちょっとお話が…あったんだけど、今は無理っぽいかな」
「ノビてますわね……起こしますか?」
城に帰ると、まるでずっと待ってたかのようにスティーブが出迎えてくれる。
どうやらテレポートゲートで移動した先は、出発する時に居た場所とほとんど同じだったようだ。
しがみついたまま動かない二人の内、流石に動いて居なさすぎるクリストフを引き剥がしてみると、目を回して気絶していた。
そりゃ、あんな衝撃的な事があればこんな少年なら気絶してしまってもおかしくないだろう。
「ううん、大丈夫。 それに、これからちょっと忙しくなるから」
「と、仰いますと?」
「侵入してきた人たちに魔法をかけて、ここに来てもらうよう仕向けたの」
帰る直前に言った言葉がそうである。
あの爆発した男の頭の中を覗いた魔法を使った時、この城の情報もあったのだ。
つまりは、ここの存在を知っていたと言う事になる。
「なぜそのような事を…?」
「色々と情報を聞き出そうと思って…ダメ?」
「いえ、そのような事はございませんよ? ただ、お嬢様本人だったら迷わずそんな面倒そうな事はやりたがらないでしょうから…」
やっぱり面倒くさがりなんじゃないか。
部下からこう思われているとなると、本当に常日頃から面倒くさがったりしていたんだろう。
まぁ、今はその本人は心の中へ引き籠っているらしいので伝えれているかどうか不明だが。
「そうだったの…っとスティーブ、この子をお願いしてもいい?」
「承知しました。客間のベッドで眠らせておきましょう」
すっかり眠ってしまっているクリストフをスティーブに任せてリーリカは部屋を出る。
そろそろ誘い出した者達が城へ到着する頃だ。
別に頭で計算しているという訳ではないのだが、自分の勘がそう告げてくれるのはやはり元のリーリカの助力あっての事なのだろう。
面倒くさがりなのか協力的なのかよく分からないものだ。
「お姉様?私もご一緒しましょうか?」
「そうね…ウィッチ、お願いしてもいい?」
「はい!喜んで!」
こんなに見ていて嬉しくなる返事は見た事がない。
とは言っても、ウィッチが認めてくれてからというもの彼女の態度はずっとこんな感じなのだが。
外でこそ師匠と呼んでいたが、帰ってくるなりお姉様呼びなのも、やっぱり懐いているというより甘えてきているのだろう。
猫のように甘えた声で構って欲しくてたまらないのだ。
そう言う意味では、猫と言うより犬の方が近いかもしれない。
「スラ、地下牢のいくつかに椅子を用意して? そこでお話するから」
「あいあいまーむ!」
床からいきなり現れたスラは、返事だけ嬉しそうに返すとすぐに床の中へ戻っていく。
彼女の事だ、用意はすぐに終わってくれるだろう。
後はこちらで引き込んだ者達をそこへ誘導して情報を聞き出せばいい。
仮にも侵入者なのだから、客人として扱う事は出来ないがきっと彼らは何一つ文句など言わず従ってくれる事だろう。
なんせそう言う魔法なのだから。
「スラはそんなに驚かないの?」
「彼女はスライムですから…それに、本人談によるとここの地下にずーっと棲み付いてるとか…」
スラはダンジョンの主か何かなのか?
歩きながら考えていると、あっという間に城の入り口まで来てしまっていた。
そして勘の告げた通り、扉の向こう側には十数名の男たちがゾロゾロと集まっている。
うわ言のように唸ったり虚空を見つめていたりと、ホラーゲームのゾンビのようだ。
「着きました…けれど何ですかこの有様…」
「あ…あれぇ…強すぎたかな、《マインドチャーム》…」
そこまで言って何かに気付いたようにあっと声が漏れるが、もう後の祭り。
隣に立っていたウィッチは急に俯いて黙り込む。
黙り込むとは言っても、呼吸だけはとても荒かったが。
「はぁ…はぁ……お、お姉様っ…」
「あっちゃぁ…ウィッチ、ごめんね?」
「くっ! お姉様の声を聴いてるだけで…うぅぅ…」
身体の内側から来る心の滾りを、どうにか抑えようとして苦しそうに悶えるウィッチ。
そう、彼女は扉の向こう側に居る者達と同じような状態となっているのだ。
今すぐにでも術者であるリーリカに触れて愛して貰いたい。そんな感情がウィッチの心と体を支配しようとしている訳で。
全てはリーリカが不必要に魔法名を指定して口にしてしまった事が原因である。
「ウィッチ、ごめんなさい…私のせいで…」
「んはぁ! こ、声だけでこんなに威力があるだなんて…流石はお姉様です…」
勝手に発動してしまった《マインドチャーム》の効果は、簡単に説明すると以下の二つだ。
一つ、受けた者は発動者の事を本能的に激しく好いてしまうよう思考を書き換えられる。
二つ、抵抗出来なかった物は上記以上の思考停止状態に追いやり絶対服従の僕と化す。
ウィッチは前者、門の向こうに居る男たちは後者と言えるだろう。
元から発動者であるリーリカの事を好いているウィッチの場合、きっと今すぐにでも抱きつくなり押し倒すなりしたいという気持ちで頭の中が一杯になっている事は明らか。
それを必死に抑え込んで苦しめてしまっている。
この魔法の恐ろしい所は、抵抗する程度じゃあまり意味がないという事だ。
「ウィッチ、ここは下がって」
「んくっ……そ、そうさせてもらいます…すみません、お姉様…」
ウィッチが物凄く残念そうな表情で下がって行ったのを見届けてから、リーリカは指をパチンと鳴らす。
そうすると門がひとりでに開き、外で呻き散らしていた者達が入ってくる。
入ってきた者達を招き入れたリーリカは、部屋の中へ通さずに地下通路へ続く扉を開くとそちらへ招く。
「んしょ…っと あれ、おじょーさま? 準備できましたよー」
「ありがとう、スラ」
「うっはぁ…すっごいズラズラ連れてきましたねー…椅子足りるかな」
とは言っても、その人数はどれだけ適当に数えたって十人も居ないくらい。
数が減っているのはここへ来る途中に穴にでも落ちたのだろうか。
それともこんな状態なのだ、何かに襲われた者も居たのかもしれない。
もしそうだったとしたら減ってしまった者たちには悪いことをしてしまった。
まあ元の目的が既にアレなので、こちらが謝るような程の事でも無いが。
「うん、足りるかな。 全員、ここにお座り」
「うぁー…」
虚ろな目のまま、男たちはリーリカの声に従い椅子に座っていく。
それにしても、魔法に抵抗出来なかった状態を見ているとあるものを思い出す。
この身体になってすぐに見た、あの干からびた男たちだ。
あれらと状態が似ているような気がしないでも無い。
もしかするとあの時の人たちは同じ魔法であんな腑抜けた事になっていたのだろうか。
「さって…始めようかな……《マインドシーカー》」
紙とペンを用意し、あの時と同じように彼らの頭の中を覗き見ては紙に書き留めていく。
二度目に使ってみてあぁなるほどと思った事がある。
これ、あまりにも無防備になるんだ。
書いている間は集中してスラがどんな顔をしてるかも分からなくなるし、もし背後から襲われでもしたらきっと抵抗できないだろう。
「はぇー、すっごい集中してるー……終わるまで待ってよっと」
スラが何かを言っているのは聞こえて来ても、耳には入ってこない。
ただ只管にペンを走らせていき、頭の中で見た事をなるべく鮮明に書き記していく。
それから全てを書き上げるまで、そこそこの時間を取ってしまう事となる。
続く