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4話 先憂後楽

前回までのあらすじ


①「ところで、そちらの世界についても聞いていいですか?」

②「スティーブさんの嬉し泣きなんていつぶりだろー」

③「…チッ…どこ行きやがった…」

「ごちそうさま。 美味しかったよ」


「勿体なきお言葉…いけませんな、また涙が…」


 またしてもスティーブが泣き出してしまった。

 派手に泣き散らすと言うよりは感動をグッと噛み締めているような泣き方だからだろうか、よっぽど嬉しいのだろうと言うのが嫌でも伝わってくるというものだ。

 白い髭の一部が固まっているのがふと見えたが、もしかしてあれは涙で固まってしまったとかそういうのなのだろうか。


「えっと…ごちそうさま……これでいいんですか?」


「うん、そんな感じ」


 どうやらこの辺りにはいただきますやごちそうさまと言った食事作法はないらしかった。

 食事をしている際にスティーブやウィッチからこの世界なりの作法を教えて貰いはしたが、ほとんどあってないような物だったらしい。

 元々、作法のいくらかは神様への奉納だとする所もあるらしく、地域にもよるが現実の世界でも見られるようなお祈りに似た文化もあるんだそうな。

 因みにウィッチたちはそう言う文化の者ではなかったらしく、知識で知っている程度らしかった。


「さってと…」


「…? リーリカ様、どうかなさいましたか…?」


「食べ終わった頃くらいかな…かなり遠くだから正確には言えないけど…」


「侵入者ですわね」


 まだ侵入者だとは一言も言っていないのに、ついさっきまでゼリーのような何かを笑いながら食べていたはずのスラですら何かを警戒するような表情になっていた。

 感動して泣いていたはずのスティーブもいつの間にか表情が険しいものになっている。

 ウィッチがいくらか余裕そうだが、その表情はやはり険しい。


「えっと、みんな?」


「…?」


「私が行ってくるからゆっくりしてて?」


 あれ?一人称、「私」だったっけ?

 それにすごく今更な気がするんだけど、こんな喋り方だったっけ?

 もうちょっと粗暴というか、少なくとも女性的な喋り方では無かったような気がする。


「っ! 畏まりました。ただ、ウィッチ様を連れていく事をお許し頂ければと…」


「もちろんっ! お願いしてもいいかな?」


 やっぱりだ。

 自分の言動に違和感を持つ、マンガなんかだとたまに見る表現だけど体験してみるとなんて気持ち悪いんだろうか。

 自分が喋っている事は理解出来ているし、そもそも自分が思った事を言っている。

 だが、ここで仮に「美少女フィルター」なる物があったとしよう。

 それを通して喋っているからなのか、言葉が全部美少女のような言葉遣いになっているように聞こえる。

 俺と言えば私に聞こえるし、頼むと言えばお願いと聞こえる。

 自分でどうにか出来ない内は、このままで行くしかないだろうか。

 早い所、この違和感に慣れなくては。


「やったぁ! では、ここからはお姉様ではなく師匠と呼ばせていただきますね!」


「師匠? どうして?」


「それは! 私がお姉様の弟子だからですっ!」


 この子、こんなにもパワフルな子だっただろうか。

 なんというか、スイッチ一つでテンションどころか性格まで切り替わってしまっている。

 きっとそう言う子なのだろう。


「とりあえず、誰が来たのか見ておこうか」


「ですわね」


「マジック起動バードアイ…指定:侵入者」


 何をすればいいのか分かると、その使い方がスッと頭の中に入ってくるこの感じ。

 もしかして、元のリーリカが手を貸してくれているのだろうか。

 それはともかく、マジックを発動させると壁の一部が目のように開かれて異質な闇の空間が表れる。

 どうやらこのマジックは見たい場所を指定して空中からの俯瞰的な視点で対象を覗き見れるようだ。

 闇が晴れて来ると、森の中を進む人影を見る事が出来た。

 10~20人程度だろうか?

 鎧に身を包んだ兵士のような恰好をした男たちが道を我が物顔で歩いている。

 何かを探しているのか、周囲をしきりにキョロキョロと見回しているようだ。


「兵士…?」


「見た所、プロテア王国の物のようですな…」


「プロテア王国…お隣の?」


 その名前なら知っている。

 この城の周囲に広がる森を抜けた先にある大きな国だ。

 そう言えば、あのゲームのスタート地点もプロテア王国の片田舎だったか。

 色々な国を行ったり来たりする事になるが、スタート地点があの町だった事だけはよく覚えている。

 なにせ結構色々なサブイベントが配置されていたので、何度も通う事になるのだから。


「はい。 ご存知でしたか」


「うん、ちょっとね…」


 そして、言われてみれば確かにあの恰好はプロテア王国の兵士が装備している防具や武器だった。

 ちょっと質素というか、見るからに量産性を優先させたようなデザインで防具としての性能もイマイチなのに、かなりの人数が同じ物を装備しているのをよく覚えている。

 というより、ゲームの方だと盾役である「ガラハド・レイク」の初期装備がコレであり、使えないかと思いきや最終版まで強化すると終盤で買える防具よりもずっと防御性能の高い防具へと化ける。

 やはりスタッフの遊び心なのだろうか。

 まぁ、今はゲームの話ではなく侵入者をどうするかだが…


「とりあえず、追い払う方向で行った方がいいのかな?」


「そうですね。元のリーリカお嬢様も侵入者の迎撃は追い払う程度で収めていましたので…」


「すごいのですわよ? 調子がいい時なんて指をパチンと鳴らすだけで事が済んだんですもの!」


 嬉々として話すウィッチが、その眼で訴えかけてくる。

 同じ事をしてみてくれと。

 指を鳴らすだけで侵入者を追い払ってみてくれと。


「えっと……こう?」


「ふぎゃっ?!」


 指を鳴らすと、スラの身体が弾け飛んだ。

 どうやら使った魔法は侵入者の居る場所ではなくスラを起点に発動してしまったらしい。

 すぐに床から別のスラが滲み出て来て、爆ぜてしまったスラだったモノの破片を残らず吸収してしまうと満足そうに腹を撫でる。

 満腹感とかを感じているのだろうか?


「ご、ごめん!?」


「いいよー。 けど、魔法に慣れるまではやらない方がいいかもね」


「確かにそうですわね… ほぼ不死身のスラならともかく私やスティーブがアレを喰らっていたらと思うと寒気がしますわ」


 全く以てその通りだ。

 魔法を使ってみたかと思えば仲間が肉塊に変わるなんて冗談にも出来ない。

 魔法を使う際は十分な注意を払わなくては。


「そうだよね……とりあえず、見に行ってみようか」


「お供しますわっ!」


「いってらっしゃーい」


「いってらっしゃいませ」


 スラとスティーブを残し、ウィッチと一緒に侵入者の確認に向かうべく移動の準備を…と行きたい所だったが、その準備はあまりにも早く終わってしまった。


「マジック起動ディメンションバケットっと…うわぁ、ホントに消えるんだ…」


 またしてもマジックを起動してみたり。

 頭の中へ直接扱い方が、まるで最初から知っていたかのように流れ込んでくるのだから使わない手はないと言う物だ。

 前に出した右手が、まるで見えない何かに食べられたかのように見えなくなり、代わりに現れたのは先の見えない程に暗いモヤのような物だった。

 それが異次元との境目だと言う事もなんとなく分かる、分かってしまう。

 きっと第三者視点で見ると右手はモヤの中へ消えているように見えるのだろうか。


「コンボマジック起動チョイス…指定:私の外套…あ、コレか」


 ちょっとヒンヤリとした空間の中、何かを手に掴んだのを感じ取ると一気に引っ張り出す。

 少々乱暴かもしれないが、よほど無理矢理引っ張り出すようにでもしなければ問題はない。

 何もない空間から引っ張り出してきたのは、黒と紫の大きな眼が印象的な外套だった。

 コートと言うよりはマントのような感じだろうか。

 それを羽織り、これで出発の準備も整ったと言う物だ。


「ウィッチ、行くね?」


「はい、師匠! ウィッチはいつでも!」


 準備完了と言ってくれるのはいいのだけれど、どうしてそうもくっつく必要があったのか。

 これから転移魔法を使う訳だが、その魔法陣は使い方の他にも拡大方法までが頭の中に流れ込んできているから簡単に行使出来てしまうだろう。

 それをウィッチも知っているであろう事は想像に難くない。

 なら、転移中に振り落とされないようにする為?

 でもなさそうだ。

 きっとこれは、ただ単にくっついていたいだけなのだろう。

 子が親に甘えるように。


「マジック起動テレポートゲート…飛ぶよ?」


「はいっ!」


 返事と共にしっかりと両腕でちょっと痛いくらいにしがみ付いてくる。

 これなら振り落とされたりする事も無さそうだ。

 そう判断して、目の前に発生した魔法陣が近づいてくるのを何の抵抗もなく受け入れる事で二人はこの城から姿を消した。


======


「……はっ!」


 崖から転がり落ちた少年は目を醒ます。

 怖い夢を見ていたとかではない。

 命の危機を感じたからだ。

 出来る事なら、この状況こそが夢であってほしいと願うばかり。

 というのも…


「グルルルゥ…」


「ひっ!し…シルバーウルフっ?!」


 銀の立派な毛皮を持つ、人とそう大差ないほどの体躯を持つ獣が数匹で少年を取り囲んでいた。

 どいつもこいつも、獲物をじっくりと観察し襲う算段のようだ。

 相手に敵意が無いと分かっているからなのか、それとも獣として当然の事なのか、大げさなくらい強く威嚇してくる。

 時折まるで人間のように笑って口角を上げたりしている辺り、勝ち誇っているのだろうか。


「ここまでなのか…父様…母様…」


 久しく会えていない二人へ、諦めにも似た声を上げつつ祈り自分の最期を悟る。

 もう、自分はこの獣たちに喰われるしかないのだ。

 武器は持っていないし、拳で追い払えるほど腕が立つ訳でもない。

 獣から逃げ切れるような足も持っていなければ魔法を扱えるような技量も持っている訳もない。

 彼が出来る事は、ただ奇跡が起こってくれと祈る事のみ。


 そして、その命を懸けた祈りは聞き届けられた。


「……あぇ?」


 言葉にならないような声を出しながら、自分に起きた不思議な現象を目の前にして少年は固まる。

 大きな口を開けて喰らいつこうとしていた狼の動きがピタリと止まっているのだ。

 目だけは動いているのか、少年の事をただじっと見つめてくる。

 まぁ、今では獲物としてではなく自分の動きを止める程の危険な敵として認識している事だろう。

 とは言っても、これはこの少年がしている訳ではないのだが。


「…あ~、これ便利でいいかも」


「ふふっ やっぱり魂は違っていても、師匠は師匠なんですわね」


「…女の…子…?」


 森の方から、二人の少女が歩いて来るのが見えた。

 片方は紫の髪を持つ幼い少女、もう一人は金の髪を持つ女性。

 姉妹と言うには似ていないし、幼い少女はもう一人を”師匠”と呼んでいたし姉妹ではないのだろう。

 ではこの二人は一体何者なのだろうか。

 なんて考えている内に、この少年にとっては少しばかりショッキングな光景が飛び込んでくる。


「グルルゥ…ガァァァ!」


「あ、危ないっ!」


 最初は少年を取り囲んでいた狼たちが、仲間を助ける為なのかそれとも獲物をあの少女達へ変えたのかは分からないが、二人へ襲い掛かる。

 しかし、狼たちの牙や爪は二人へと届く事はない。


「おぉ、今度はこうなるのね」


「これはパラライザーと言って、所謂麻痺魔法ですわね」


 少女達は襲い掛かってくる狼たちを迎え撃つでもなく自然体でそこに立っているのみ。

 だと言うのに、狼たちは次々と電撃でも喰らったかのように身体を硬直させてその場に倒れ込む。

 中には泡を吹いて気絶しているのもいるようだ。


「あ、あのっ!」


「人…? 大丈夫でしたか?」


「…(村人? どういう事かしら…バードアイで見えたのは兵士の装備を纏めた一団の筈…それに、汚れてはいるけれど村人にしては良い物を着ている…)」


 少年の恰好に疑問を抱くウィッチに対して、リーリカの行動はあまりにも無警戒だった。

 警戒するような事でも無かった事が救いだとは言え、もしこれが罠の類だったらどうするつもりだったのだろうか。

 なんて呆れるウィッチは余所に、リーリカは座り込んだまま立ち上がろうとしない少年へ優しく手を差し伸べる。

 少年の方も警戒心が無いのか薄いのか、リーリカの手を何の疑いも無く掴む。


「助けて頂いてありがとうございます」


「いえいえ、魔法の試し撃ちしてただけですから」


 あははと笑うリーリカだが、本当にそうなのだから他に言い表しようがない。

 少年の方はといえば、渡りに船とでも言いたそうな、希望に満ちた顔をしていた。


「魔術師の方なのですか! これは助かりました!」


「助かった…?」


 リーリカの手をギュッと握り、嬉しそうな顔をする少年。

 その背後で物凄く嫌そうな顔をするウィッチの事など気にもしない。


「僕はクリストフ・ラ・エリシア。貴女達の腕を見込んでお願いしたい事があります!」


「お願い? それにエリシアって…」


 エリシアという名にどこか聞き覚えがあるリーリカ…というより本人ではなく明の記憶がすぐに違和感の正体へと結び付けてくれた。

 こちらへ来る前にやっていたゲームに、エリシアの名を持ったキャラクターが居たではないか。

 明がお気に入りだった姫騎士がそれだ。


「エリシア家をご存知なのですか?」


「え…あ、うん。 ちょっと話に聞いた事があるなぁって」


 ちょっとどころではないのだが、異世界から知ってますなんて言っていい顔をされるはずもない。

 だから、ちょっとぼやけた答えにしてみた訳だが。


「そうなんですか! で、なんと?」


「えっ? えーっと…」


 思っていたより強く食いついてきてしまった。

 適当なタイミングで話を終わらせた方が良かっただろうに。

 さっきみたいにまた襲われるかも知れないのだし。

 とりあえず話をはぐらかす為にもお願いしたい事とやらを聞き出さなくては。


「有名な家だって。 それで、私達にお願いしたい事って?」


「っと、そうでした。 実は…」


 話は切り替わって、クリストフが説明しようとしてくれていた筈だった。

 なのに説明は後回しになってしまう。

 何故かって?そんなの邪魔が入ったからに決まってる。


「…ん? こんな所に居たんですかい。 まったく、手間掛けんでくださいよ」


「プロテア国軍の兵士さん…?」


 草むらがガサガサと音を立てたかと思えば、一人の男がやってきた。

 黒髪痩せ型のその男は、探してる途中にさっきと同じような狼に襲われたのか、血の滲んだ剣を持っていた。

 元居た世界で現れたらまず最初に殺人を疑っていただろう。

 返り血で鎧の一部が赤く染まっているし、反撃を受けているのか鎧の所々がヘコんでいる。


「そっちのお嬢さん方は?」


「あ、私は…ウィッチ?」


 リーリカが名乗ろうとしていたのを、ウィッチが横から出てきて止める。

 その表情は、決してニコニコしたいつものウィッチではなかった。


「師匠……この人からは嫌な臭いがします…」


「ウィッチさんの言う通りです。この男は…」


 クリストフまで前に出てリーリカを庇うように二人して男の前に立った。

なんだかよく分からない事になってきたぞ?


続く

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