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3話 ズィーベントローン城

前回までのあらすじ


①「これは……アレか?」

②「着替えも終わったし、ちょっと動くかな」

③「そろそろスティーブが朝食を作り終える頃ですね。 ささっと行って驚かせちゃいましょう!」


 さてウィッチに案内されがてら内部構造を見ているが、どうにも既視感が凄い。

 具体的には既視感というか、実際に見ているんだろう。

 この世界でではなく、現実世界でといういみではあるが。


「…? どうしたんです? そんなにキョロキョロとして」


「えっ? いや…道順とか覚えておいた方がいいでしょ? 次からは案内無く好きな所に行けるし」


 ここは適当な事を言って誤魔化しておこう。

 彼女も「見事な慧眼!」みたいな事言って尊敬の眼差しを送ってくるし、そっとしておいた方がいいだろう。

 それにしても、だ。

 やはりこの、中世の城のようなレンガで出来た石造りの壁や床、ありふれた感じはするが見覚えがある。


「…ん? これは?」


「あぁ、それはかつて勇者の一団が攻めてきた時に付けた傷らしいです。 なんでも呪術で書いてるから消せないんだとか」


「へぇ…」


 その説明を聞いて確信した。

 これ、マップに印を付ける魔法の発信器として働く魔法だ。

 マップ画面を開いた時に印をつけたポイントが緑の点滅で場所を教えてくれる。

 解除アイテムの無い宝箱の記録なんかにはもってこいなんだけど、攻略サイトが充実してた所為であんまり役には立っていない。

 あの壁についているのも、確か魔法の試し撃ちでブッ放した物だった気がする。

 チュートリアルによくある、指定の目標に指定の魔法を撃たせるアレだ。

 いやまぁ、ここはチュートリアルどころか仲間がどんどん退場していく終盤のスタート地だった気がするけれども。


「ひどいですよね、こんな落書きしていくだなんて」


「そ、そうだね…」


 言えないよなぁ、頭の中に響いてきた神の声に従って…というかゲームの進行上ほとんど無理矢理…試し撃ちさせられた後だって。

 しかもそれをやったのが勇者ご本人だとは伝えない方がいいだろう。

 変に見世物みたいな扱いにされても困るし、だからと言って怒り出して壁をブチ抜かれてもそれはそれで困る。


「にしても…ズィーベントローン城ねぇ…」


「はい。七番目の玉座を意味する名を持つ由緒あるお城です!」


 自分が城主な訳でも無いのに、この少女はまるで自分の物であるかのように自慢げに語ってくれる。

 でも、おかげでだんだんと分かってきた事もあった。

 ズィーベントローン城。

 やり込んでいた例のRPGにおいて、ラスボス幹部の七大皇族の一人が住む城と同名どころか同じ場所のようだ。

 初心者プレイヤーがコントローラーを投げたくなるレベルで難易度が高く設定されており、何より嫌らしいのがその長さ。

 突入を開始してからボスの居る場所まで辿り着くまでに通過する部屋の総数は65階層。

 実際に65階まである訳でなく、実際は空間を歪めて長大にしていたらしいが初心者プレイヤーの心を折りに来るには十分な長さである。

 セーブ機能がなければきっとプレイヤーの精神はポキリと折れていた事だろう。


「今では静かで長閑なお城になってますが、勇者が跳梁跋扈していたお姉様のご両親の時代は戦々恐々といった感じだったとか」


「跳梁跋扈って…」


 まるで化け物のような扱いに言葉を失いそうになる。

 確かにあの物語の中では何人かの勇者が出てくるが、そんなにウジャウジャとしたものでは無かったような気がするが。

 寧ろウィッチのような人間か魔物か分からないようなキャラが跳梁跋扈している作品だった気がする。


「まぁ、今は本当に長閑で暮らしやすい世界になっていると思っていますけれど!」


「そ、そうなんだ…」


 楽しそうな表情をこちらに向けて、元気いっぱいに抱きついてくる。

 今でこそ女性の、というか淫魔の身体だから反応こそしなかったけれど、もしも男の時のままでこんな事されたらどうなっていた事か。

 こちらが薄着な事もあって、服一枚を隔てて柔らかい少女の肌が押し付けられている訳で。


「そうなんです! これと言うのも勇者と魔王が共にこの世界を去ってからという物、お姉様のような穏健派の幹部たちがこの世界の安定化に動いてくれているからでして…」


「へぇ…」


 そんな大仕事を押し付けて引き籠ったのかあのサキュバスの王女は!

 これ、もしかすると相当に骨が折れるかもしれない。

 主に心の方の、が付くけれど。

 心の骨が折れる…ってなんか表現がおかしいような…?


「ところで、そちらの世界についても聞いていいですか?」


「えっ?」


「お姉様がよく話していらしたんです。 あの世界はすごく平和で理想的だって!」


 理想的、ねぇ…

 確かに見た感じだと文明レベルは現代よりもずっと低い。

 ゲームの設定がそのままなんだとしたら、世界の文明レベルは高くても近代のレベルにすら達していなかった筈だ。

 識字率が恐ろしく高いという事以外は現実世界の中世から暗黒時代くらいの間だろうか。

 識字率の高さにしても、時代や特殊な言語以外が統一化された世界であるが故に高レベルの識字率を確保している訳だ。

 もし現実世界同様に国家毎で言語が違っていれば、ここまで文字が知られる事も無かっただろう。


「平和…だったかなぁ…?」


「そうなんですか?」


 まぁ平和と言ってしまえば平和だっただろうか。

 歴史的な話をするなら戦争とかも数えきれないくらい起こって来たけど、ここ最近ではそんな事は聞かない。

 これと言って世界規模な争いが起こっていた訳でも無ければ世界が滅亡する危機に陥っていた訳でもないし。

 一応、世界が滅亡するみたいな噂話は何度も立っては予言の日を過ぎて消えて行くのを何度も見ているが。


「まぁいいじゃない」


「うぅん……あ、スティーブ!」


 廊下の向こう側から誰かが歩いてくるのが見える。

 件のスティーブ氏らしい。

 カートに作った料理を乗せて運んでくる途中だったようだ。

 …アレ? って事はどこで食事になるんだろう?


「お嬢様方、珍しいですな。 お呼びせずともこちらに来られるとは」


「聞いてくださる? お姉様がやっと…」


「ええ、見れば分かります。 意識は別の方の物なのでしょう?」


 一目見ただけで分かる物なのか。

 外見的な物以外なのだとしたら、この初老の男性、かなりの達人かもしれない。

 基本的には人間と同じように見えるが、背中からはサキュバスの物とはまた違う形状の尾が伸びていた。

 あの尻尾さえなければ、彼を人間と見間違えてしまっていただろう。


「申し遅れました、私この城で料理を任されております「スティーブ・アーガルス」と申します」


「あ、これはご丁寧にどうも…」


「ふむ…お嬢様よりもだいぶ礼儀正しい人のようで」


 見た目はそのお嬢様本人だというのに、この人言う事がかなり大胆だ。

 普通ならそんな事口が裂けても言えない物なんじゃないだろうか?

 それともこの世界ではこれが普通なのだろうか。


「そうなんですか?」


「えぇ… いつものお嬢様でしたら、多分鼻を鳴らして無視されると思いますので」


 子供かっ!

 ちょっと機嫌悪い時のツンデレな女の子かっ!


「なので私、ちょっと感動して… いけませんな、年を取ると涙脆くなってしまって…」


 あ、これガチの奴だ。

 久しぶりに会った孫が生意気だった頃と打って変わって真面目な子に育ってくれていたのに感動して涙するお爺ちゃんと同じパターンじゃないか。

 そんな状況に出くわした事が無いって人には伝わらないかもしれないが、分かる人は分かってくれるだろう。

 こう、感動して泣いているのをグッと堪えようとしているのが見ていて分かる感じだ。


「ち、ちょっと! 朝食が冷め…あ、パンだったわ…」


「っ…えぇ、今日のメニューに暖かい物はありません。 ご所望でしたらスープなど作りますがどうでしょう?」


「あ、お願いします」


 無くても構わなかったけれど、スープは料理の腕が直に出ると言うし、ちょっと試させてもらうとしよう。

 なんて、人を試すような知識がある訳でもなく、ただ単に食べ物に興味があっただけである。

 でも、スティーブの泣き出しそうな程に喜んでいるこの表情を崩してしまうのはあまりに忍びない。

 気が付けば、スティーブはスープを作る為にキッチンへ戻って行っていた。

 全員分の朝食を乗せたカートを残して。


「スティーブさんの嬉し泣きなんていつぶりだろー」


「…えっ? ひゃっ!」


 どこからか声が聞こえてきて、ふとスティーブの置いて行ったカートの方を見ると、粘っこそうな液体が湧き出していた。

 それはあっと言う間に盛り上がって行き、人の姿を形作っていく。

 我ながら少女のような悲鳴を上げてしまって今更恥ずかしがったりしてるが、バレテないだろうか。


「す…スライム…?」


「あ、おじょーさまー…? あ、もう中身違うんだっけー? ようこそー」


 スライムだ。

 スライムの少女だ。

 身体が暗い水色でほぼ統一された、半透明の身体を持った10歳くらいの少女がカートの取っ手を持って運ぶのを引き継いでいた。

 身体が半透明なのは身体の向こうにあるカートが少し透けて見える事からも確実だ。


「スラ? そう、お姉様が言っていた通り引き籠ってしまったのよ」


「自分の身体の中に引き籠るってある意味器用だよねー… しかも…ごめんね、おじょーさまの中の人…」


 ごめんねと言ってスラと呼ばれた少女は腕の一部を変質させていた。

 それはきっと刃物のように鋭い物だったのだろう。

 だが、それが振るわれる事はない。

 スラの腕が動くよりも早く、彼女自身がいきなり弾け飛んだのだ。

 爆弾が爆発するようにボンッと身体が弾けビチャビチャと飛び散って行く。

 傍目に見れば少女がいきなり弾け飛んだのだからトラウマモノだろう。


「ねー? 何やったか分かる?」


「分かります! ウィッチ分かりますっ!」


 正直言って何をやったのか分からないのでウィッチに解説を任せよう。

 それにしてもスラがもう一人どこからともなく湧いてきたのには驚いた。

 これはアレか、身体の一部がわんさかあって、今飛び散ったのは髪の毛の一本とでも言った所なのだろうか。

 確かに、髪の毛の一本なら本人からしてみれば気にする事も少ないだろう。

 まぁこちら側からしてみれば、新しく現れた方のスラが飛び散った方のスラを割れた皿の破片を拾い集めるように吸収してしまった方が驚きな訳だが。


「あれはお姉様の開発した自動迎撃魔法で、発動者に対して攻撃的な意識を持った相手を予備動作無しで迎撃してしまうというとても素晴らしい魔法でして私も今研究を…」


「あー…任せておいてごめん…」


「はい?」


 魔法について熱弁してくれている事には感謝している。

 でも、後にした方がいいかもしれない。

 腹の虫が食事をご所望のようだ。

 ぐぅ、というよりぎゅるるるーといった感じの音が廊下に響き渡る。

 もしかしたらスティーブがいるキッチンにまで聞こえているんじゃないだろうか。


「……」


「っ~…」


「あは~…」


 腹の虫の鳴き声を聞いて、皆して驚いたような顔をする。

 もしかして、腹の音を聞くのも初めてだったりするのだろうか。

 二人の驚いた顔が、だんだんとニマァっと笑うような表情に変化していく事からもそうなんだろうなぁと悟る。


「…お腹の鳴る音もかわいい~!」


「えっ?」


「ホントホントー!きゅるる~ってホントに蟲みたーい!」


 このままイジられると思っていた本人としては、この反応は少し予想外だった。

 これではまるで愛玩動物として愛でられているようではないか。

 なんて考えている事など気にも留めず、二人はまるで人形を褒め愛でるかのように撫でまわしてくる。

 ウィッチはともかく、スラの方は液体なのだから髪がベタ付くのなんの。

 正直言ってすぐにでも離れて食事がしたい。

 けれど、この満面の笑みを浮かべる二人の少女を引き剥がすような真似が出来るだろうか?


「っ……」


「あっははー! 照れてる、かっわいー!」


「はぁ…はぁ……照れてるお姉様、照れて顔を赤らめてるお姉様…」


 約一名発言の危ない者も居るが、ここはそっとしておいた方がいい。

 無暗に引き離してしまえば余計に拗らせる事もあるのだから。

 それを知っているからこそ、リーリカはうろたえもしなければ慌てもしなかった。


「んー、これはこれで…新鮮だよねぇ」


「……ですわねぇ…あぁ、お姉様の良い匂いに包まれて…」


「あはは…」


 二人の反応を見るに、リーリカ本人なら突っ撥ねていたのだろうか。

 確かにこれがずっと続いていたら鬱陶しく感じるのも無理はないかもしれない。

 まぁ二人とも食事にしようと言ったらすぐに言う事を聞いてくれたので良しとしよう。

 丁度良くスティーブもスープを作って来てくれた。

 仄かに湯気が立っているスープの香りが鼻孔を擽ってきて知的好奇心と食欲が刺激されるというものだ。

 食事の際に手を合わせていただきますをやったら不思議そうに皆してこちらを見ていたので教えてやったり。

 やっぱり食事は楽しくなくちゃ。


===========


「はぁ…はぁ…はぁ…」


 ここはズィーベントローン城へ続く道から脇の茂みへ入った所。

 一人の少年がある集団に追われていた。


「…どうだ、見つかったか?」


「…っ?!」


 聞き覚えのある声に、少年は自分の口を手で塞ぎ固まる。

 見つかる訳にはいかない。

 捕まる訳にもいかない。

 捕まってしまえば、どうなるかは分かり切っているのだから。


「…チッ…どこ行きやがった…」


 茂みのすぐ向こうでキョロキョロと眼をギラギラさせながら少年の事を探す、鎧を纏い怒りの表情に満ちた男。

 あの男に見つかってはいけない。

 ただ逃げなければ。

 少年は自分の気配を薄くしてあの男をやり過ごす事だけに集中する。


「……」


 走ってきた事で高鳴る心臓の音が聞こえないよう必死に声を潜める。

 暫くしてその場から立ち去ったのを確認して、少年もまたその場を離れる事にした。

 したはずだった。


「……え?」


 茂みを離れどこかへ逃げようとした少年だったが、その足は地面を踏む事は無い。

 進もうとしたその先は、崖だったのだから。

 そのまま彼は身体を戻す事も出来ず崖を落ちていく。

 大声を上げては見つかってしまうからと、口を押えて怯えながら。

視界が真っ暗になったのと共に、彼は意識を手放すのだった。


つづく。

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