異世界一日目
歩き始めて三時間ほど経っただろうか。
アイリスの魔法のおかげで体に疲れはないが流石に、変わることのないだだっ広い草原の景色に飽きてきた。
一方でアイリスはというと上機嫌に鼻歌を歌いながら歩いている。記憶を失っている割にはどこか呑気だ。
……せっかくだし、今の内にこの世界のこととか聞いておこうか。
「なあ、アイリス。この世界のことで色々聞きたいことがあるんだけど」
「うん? なになに? なんでも聞いてよ」
アイリスに話を切り出す。
「この世界にはその……レベルとかいう概念は無いのか?」
「れべる? 何それ?」
ゲームの中のようなファンタジーの世界だからもしかしたらと思ったがどうやら無いようだ。
「あー……聞き方を変えるとこの世界で強くなるには自分でどうにかするしかないのか?」
「そうだねー。わたしの魔法で少しは補助してあげられるけどあくまで身体能力の向上くらいかな」
つまりは戦闘のセンスや技術は自分で会得するしかない。
そうなると早速今日から素振りでも始めてみるか……。
「わかった、ありがとう」
「うん。他に聞きたいことある?」
他か……。
そういえばこういった異世界ファンタジーものには魔王とかの敵は付き物だよな……。
「なあ、この世界には魔王とか勇者っているのか?」
「魔王? そんな存在は物語の中だけだよ。でも勇者は内戦で活躍した各地の英雄がそう呼ばれることもあるみたい」
「なるほど……」
さらに詳しく聞いてみたところ今の時代、内戦もほぼ無くなり、あるとしたら北にある帝国の付近で起こるくらいらしい。
……まあ、平和なことは良い事だよな。
「アイリスはなんでも知ってるんだな」
「うん、自分自身の記憶は無いんだけど何故か知識だけはあるんだ」
少し思い詰めたような、悲しげな表情を見せる。
俺はどう声をかけて良いか一瞬わからなくなった。
「で、でもさ、これから行く国に何らかの手がかりはあるんじゃないか?」
「うん、そうだといいね」
そう声をかけてやるとパッと表情が明るくなる。
こうして他にも色々な話題を出しながら俺達は歩き続けた。
◇ ◇ ◇ ◇
「そろそろ野宿する場所を決めようか」
「うん!」
歩き続けて疲れたわけではないが、辺りが暗くなってきたから早めに休む場所を決めることにした。
アイリスがまだ例の扉を使えるほどの魔力は貯まっておらず今日は野宿をするという判断に至った。
また、アイリスに聞いた話だが、ここら辺は魔物が少ないとはいえ、夜になれば野生の獣が現れることもあるらしいから、いくら疲れないからといって夜も歩き続けるのは得策ではない。
俺達は街道から少し離れたところに川を見つけ、その付近で野宿をすることにした。
「明るいうちにこれを組み立てておこうか……」
「何それ?」
リュックからある物を取り出そうとするとアイリスが興味深そうに覗いてくる。
「ああ、これはさっきアイリスに小さくしてもらったキャンプ用品だよ」
「きゃんぷ?」
こういう時のためにちゃんと外でも食事や睡眠がとれるように用具を準備しておいたのだ。
ただかなりの大きさなのでアイリスには事前に小さくしてリュックに入れられるサイズにしてもらっている。
「まあ見てろって」
そういって元のサイズに戻ったテントの骨組みをみるみるうちに完成させていく。
「わあ、すごい……! お外でもちゃんと寝られるね!」
「ああ、ちゃんと二人分の寝袋もあるから心配するな」
骨組みを組み終わり、布の部分を張ると二人で入るには十分の広さのテントができた。
……さて、寝床の確保はできたからあとは夕飯か。
「アイリス、ここら辺で木の棒を集めてくれるか?」
「うん、わかった!」
先ほどまでテントに目を輝かせていたアイリスが近くの林に木片を集めに行く。
目の届く距離だから心配はないだろう。まだ明るいからな。
数分すると両手いっぱいに木の棒を抱えたアイリスが小走りで帰ってきた。
「リョウタ! 集めてきたよ! それで、次はどうするの!?」
これから行うことにわくわくした様子のアイリスに苦笑しつつ俺はコンロを取り出す。
「それじゃあ何本かここに入れて……アイリスは炎の魔法みたいなのって使えるか?」
「うん! これを燃やせばいいの?」
「ああ、そうだ」
こうしてコンロに小さく折った木の棒を入れアイリスの魔法で火をつけてもらった。
そのあとは上に網を被せ、食材を取り出す。
「なに焼くの?」
「とりあえず一日分の食材は持ってきたからな。野菜と肉ならあるぞ」
リュックの中から小さめのクーラーボックスを取り出す。
もとより持っていくのは一日分の食材と決めていたので余分なものなどなく、最低限で済んでいる。
肉と野菜を網の上に並べると肉が焼ける音と共に美味しそうな匂いが漂ってくる。
「美味しそう……」
アイリスはじっと焼ける様子を凝視している。
しばらくして両面焼き上がると俺は紙皿にとってアイリスに渡す。
「ほら、熱いから気をつけろよ。それと、ちゃんと野菜も食べること」
「うん!」
そう言ってアイリスに渡すと注意したにも関わらず一気に頬張ったため口をはふはふさせながら食べている。
そんな様子もどこか微笑ましいのだが。
俺も一口食べてみると予想以上に美味しく感じた。
白米が無いことがとても残念だ。
こういうのは外でやると美味しさも増すのだろうか。また機会があればやってみよう。
◇ ◇ ◇ ◇
夕食をとり終わった頃にはすっかり暗くなっていた。
辺りを照らすのは余った木を燃やしてできた小さな焚き火の炎くらいだ。
「真っ暗になっちゃったねー」
「そうだな……明日は早めに出発したいし、寝るか。俺が火の番をしておくからアイリスは寝ていいぞ」
火を絶やすと野生の獣が寄ってくる可能性もあるからな。
それにアイリスにこんなことをさせるわけにもいかないし、一日徹夜するくらいなら大丈夫だろう。
「えー、リョウタもちゃんと寝ないとダメだよ」
「そんなこと言ったってな……獣とかいるわけだし……」
「あ、それならいい考えがある!」
アイリスは何か思いついたのかぼそぼそと何か呪文を唱えて魔法を放つ。放たれた光はテントを囲む周辺に分散された。
「今の魔法は?」
「小さいけどね、結界を張ったんだ」
凄いでしょと言わんばかりに胸を張っている。
「ということは獣とかは近づいてこれない?」
「そうだよ! だからリョウタも安心して一緒に寝よ!」
そう言ってアイリスは俺の手を引っ張ってテントの中へと入る。
……こっちに来てもアイリスと一緒に寝ることになるのか。
そんなことを思いながら俺とアイリスは寝床に就いた。