少女の素性
蔵で見つけた少女を家に運び込んだ。
見た所外傷は無かったのでとりあえず布団に寝かせて様子を見ることにした。
規則正しいリズムで呼吸をしているからいずれ目を覚ますだろう。
「まだ起きそうにないし、今の内に二階の様子も見ておくか」
この少女があんな所で倒れていた理由も見つかるかもしれないし。
俺は少女を一瞥し、家を出てもう一度蔵へと向かった。
◇ ◇ ◇ ◇
「うわっ埃が……」
二階はほとんど手つかずだったのか、少女が倒れていた付近の物を動かしたら埃が舞った。
マスクつけてくるべきだったかな……。
むせ込みながらも口に手を当て捜索を続ける。
「これは……?」
埃を被った骨董品の中に一つだけ綺麗な物を見つける。
それは”扉”だった。
重厚感のある木でできたもので、煌びやかな装飾など一切ない重々しく無骨なデザインだ。
まさかこの扉が違う世界に繋がっていて少女はそこからきたのではないだろうか。
そんな突拍子も無い考えが浮かんだが、自分でもそんな現実味の無い案は即座に否定しようとした。
……しかし、それが事実だとすれば外傷も何もない少女がそこで倒れていた理由もはっきりする。
全てはこの扉を開けてみればわかることだが自分に開ける勇気はない。
「と、とりあえずあの子が起きたら話を聞いてみるか」
不気味な扉を後にし、そろそろ起きるであろう少女の元へと向かうことにした。
◇ ◇ ◇ ◇
「うぅ……」
少女を寝かせている部屋に戻って暫く経った時、少女は眼を覚ました。
上体を起こし、目をこすりながら辺りを見回している。蔵の中にいたことからもしかしたら……と思ったがどうやらこの家に見覚えは無いらしい。
そして辺りを見回していた少女の目と俺の目が合う。少女はハッとした表情を見せ俺に問いかけるが……
「*******?」
……まあ、予想通り言葉がわからない。
この容姿で日本語がペラペラだとしたら逆に不気味だが。
だがかろうじてこの子の表情、語尾の上がりから俺に何かを聞いていることはわかる。
「ええと……どうしたものか……」
とりあえずジェスチャーで言葉が通じていないことを必死に伝える。
その間彼女は続けて問いかけてきたがやっとジェスチャーが通じたのか、納得したような表情を見せた。
納得してもらえたけどこのままでは意思疎通ができない……。
俯いて何か対策はないかと考えていた時だった。
少女は俺の額に向けて両手を伸ばしていた。
何かのジェスチャーだろうか。
そう思い彼女の方へと向き直ると
「*******」
謎の言葉を唱えた後彼女の手から光が溢れる。
俺は一瞬のことで理解ができなかった。
手品? 何らかのトリック?
でも今する必要性がわからないしそもそも光の発生源がわからない。
俺に当てられた光はまるで少女の手から生成されたかのような自然なものだった。
驚きで声も出ないまま一連の動作を見届ける。
五秒ほどの短い時間、俺は少女の手から溢れる光を浴びていた。一瞬にも思える時間だが何故だかこの時はとても長く感じた。
そして徐々に光は小さくなり、完全に消えた後少女は口を開く。
「これで……わかるかな……?」
何と今まで俺の聞いたことのない言語を話していた少女が日本語を話し始めたのだ。
先ほどの光に引き続き俺は呆然としてしまう。
「えっと……通じてない……?」
「……あ、ああごめん。ちゃんと通じてるよ」
問いかけに応じない俺を心配そうな様子で見つめてきたので、動揺を隠しきれないが気を取り直して返事をする。
一方少女は言葉が通じたことに安堵した表情を見せていた。
「ところで君はいったい誰なんだい?」
話が通じたところで少女に質問をする。
少女の名前、どこから来たのか、なぜ蔵で倒れていたのか、そして先ほどの光と話が通じるようになったのはなぜか……聞きたいことは山ほどあるが幼い少女に質問攻めするのも酷だろうしひとつひとつ聞いていくことにする。
「わたしはアイリス。……あなたは?」
「俺は柊龍太。好きに呼んでくれていいよ」
「それじゃあリョータって呼ぶね」
嬉しそうに俺の名前を呼ぶアイリスに愛らしさを覚える。見た目は神秘的な美しさでもやはり年相応の少女らしい。
「うん、そう呼んでくれて構わないよ。ところでアイリスはどこから来たんだい?」
本題に入る。
彼女はいったい何者なのか。
「えっと、わたしはランドリアから『異界の扉』を通ってここにきた……はず」
ランドリア?そんな地名は聞いたことないな。
扉というと先ほどのあれか?
そしてなぜ疑問形なんだ?
質問する度に新たな疑問が増えてくるがそれもひとつずつかいけつしていくことにしよう。
「『異界の扉』っていうのは木でできたゴツゴツした感じの大きな扉で合ってるかな?」
「うん、それで合ってるよ。あの扉をくぐるとランドリアに行けるんだ」
一瞬耳を疑う。
扉をくぐると別世界に行ける。
これは先ほど俺が思いついた現実味の無い考えだ。しかし、今までのことからアイリスの言っていることは嘘ではなさそうだ。
「そ、そうか……。それじゃあ何故アイリスはさっき疑問形だったんだ?」
「えっと……わたし、自分の記憶が無いの……」
「えっ記憶が無い?」
これまた驚きの情報である。
記憶喪失というやつか?しかし扉の名称などは覚えているようだし……。
「扉のこととか魔法のこと、あっちの世界のこととかは覚えているんだけどわたし自身のことを覚えていないの……。わかるのは名前だけ……」
悲しげな表情を見せるアイリス。
だが今の発言に聞き逃せないことがあった。
「ちょっと待って、今、魔法って言った?」
「うん、言ったよ? さっきリョータにも使ったよね?」
なるほど。急に言葉が通じるようになったのは魔法のおかげか。
異世界から来たことを肯定する以上、魔法の存在と否定できない。それにこの身をもって体験した以上信じる他ない。
「わかった。それで、アイリスはそれ以外に覚えていることは無いんだな?」
「うん……」
自分の記憶がないことが余程悲しいのかまた俯いてしまった。
「……なあ、アイリス。その世界に行ったらもしかしたら記憶が戻ったりしないか?」
「わかんない……。でも行ってみれば何かはわかるかもしれない」
きっと手がかりがあることは間違いないだろう。
そう予測はしていたものの危険が伴う可能性はあるはずだ。
アイリスが扉を使ってこの世界にまで逃げ込んだのは何者かに襲われた可能性が高い。それに記憶がないのも襲撃者に魔法による攻撃で地震に関する記憶だけを取られていてもおかしくはないだろう。
……そうなると答えはひとつか。
「アイリス、俺と一緒にその、ランドリアに行かないか?」
「えっ、いいの!?」
「ああ、アイリスだけだと危ないからな。俺もついて行ってあげるよ」
アイリスは先ほどまでの落ち込んだ様子から一転してぱあっと明るくなった。
もちろんアイリスを助けたいという気持ちもある。
だが異世界と聞いて行ってみたいと思うのは俺だけじゃないはずだ。未知の世界への興味が原動力になっても仕方ない。
「それじゃあ今日はもう遅いし、明日準備を整えて入ってみようか。お腹空いただろう? 夕飯作ってやるからちょっと待っててくれよ」
「うん! リョータありがとう!」
こうして明日の予定を立て、俺とアイリスは一緒に夕飯をとった。
◇ ◇ ◇ ◇
「……どうしてこうなった」
「どうしたのリョータ? 早く寝ようよ」
何故か一つの部屋に布団が二枚敷かれている。
つまりアイリスは俺の隣で寝るということだ。
「いやいや、なんでアイリスが俺の隣に? 空いている部屋あるって言っただろ?」
「だって寂しいもん……。 だめ?」
うっ……。そんな表情をされると断れない……。
「で、でも二人密着していると暑くないか?」
ほら、もう夏なんだし。
「あ、それならこうして……えいっ」
アイリスが何か手を広げるとまた光が満ちる。
光が消えるとなんとなく涼しさを感じた。
「これなら問題ないよね?」
……どうやらまた魔法を使ったようである。
「はあ……わかったよ……。一緒に寝ようか」
「やったー! それじゃあリョータ、おやすみっ!」
そう言ってアイリスは布団に入る。
しばらくして寝息が聞こえてくる。
しかし一日でここまで気を許されるとは……。
初日にしてかなり懐かれてしまったようだ。