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線を引く男

ある日,彼は考えていました。


海は大きくて青い。空も大きくて青い。

もしかすると海の端と空の端では,2つが混じりあっているんじゃないだろうか。


もしそうなら,いつか海が空を飲み込んだり,空が海に食べられたりするんだろうか。

大変だ,このままでは海と空が1つになってしまう。


誰か,誰かが止めなくちゃ。

混じらないように,分けるためには。


そうだ,きっと誰かが2つが混ざらないように線を引いているに違いない。

海と空の真ん中で今日も2つを守ってるのさ。


そんなわけで,海と空の境目では今日も誰かが線を引いている。

2つが混じってしまわぬように。




男は海が好きだ。


太陽の下で悠然と構えている青い海は力強く格好がいい。

一方で朝や夕方に見せる赤い海は強さだけではない,太陽の光を受け止める優しげな印象を受ける。

どっしりと構えているようでそれだけでは終わらない,柔らかくて安心感を感じさせる器の大きさに男は強く惹きつけられた。


男は空が好きだ。


夕方沈んでいった太陽は朝になると光を撒き散らしながらきらきらと昇ってゆく。

中心に据えた太陽は瞳のように自分を上から見守り,空模様は日々,めまぐるしく変わる。

雲も,雨も,太陽も,星も,月も,意のままに操り,自らを小さなものだと感じさせる程の圧倒的な姿は,彼が思い浮かべる自由そのものであり,憧れずにはいられなかった。


男は海と空が好きだ。


お互いがお互いを引き立てあい,似ているようで確実に異なる青き2つは絶妙な均衡を保ちながら,奇妙にも同時に隣り合って世界に存在するのだ。


男にとって浜辺で海と空を眺めている時間は,何物にも代え難く,男の人生そのものであった。



何の気まぐれか,はたまた運命だったのか。


そんな永遠に飽きることのない繰り返しの日々の中で,ある時,

たった1つ,不幸にも男は疑問を持ってしまった。



海と空とは何なのだろう。



青くて大きな2つはすぐ隣にありながら,異なるものの様に見える。

けれどもし,見えないところでつながっていて,本質的に同じものだとしたら?


一度考えだすともう,男は止まれなかった。


太陽は,それに月も星もいったいどこから昇ってきているのだろう。沈んでいった太陽が反対側から昇ってくるのは?見えていない間は海が太陽を飲み込んでいるのか?じゃあ,朝と夕方に太陽とともに海が赤くなっていたのは。

海の水はどこから来ているのだろう。例えば自分の上にあるこの空は滝のように流れる海の一部で,月も星もそこを漂っている場合。つまり自分が今,上だと思っている空は上ではなくて横で海は下ではなく上で世界は・・・。


世界はこの島を包み込むように1つで,海と空は・・・同じもの?



馬鹿馬鹿しい,こんなものは気のせいだよ。

海と空は別のもの,名前だってそれぞれについているじゃないか。

第一,穏やかな海と奔放な空じゃこんなに違うんだ。同じものなはずがない。


だが,もし,仮に,例えば,海と空が1つだったとしたら?


穏やかな海も空が荒れている日には暴れ狂い,

かと思うと落ち着きを取り戻し静かな海と静かな星たち。


ふと目につくようになった似ている部分が,男の思考を加速させる。


ならばこの”1つの何か”に包まれている自分,ひいてはこの島はどうなる?

日によっては見えたり見えなかったりする星は”1つの何か”の中で浮いたり沈んだりを繰り返す島の1つということもあり得る。

いずれこの島も,太陽や月や星たちと同じように飲み込まれてしまうのか?

実はもう,気づかない内にほんの少しずつではあるが飲み込まれて・・・。


そこまで考えると,男は恐ろしくて夜も眠れなくなってしまったのだ。



勿論,そんな確証はどこにもない。

だというのになんともいえない不安ばかりが大きくなり,男の心を苦しめた。


その日はいつ来るのだろう。今日か明日か,

いや既に取り返しのつかないところまで来てるのではないか。


次の朝には男が暮らしている島さえも丸ごと喰らい,

海も空も2度と浜辺で,自分の目で見ることはできなくなるかもしれない。


そして何よりも,自分が信じていたものを失ってしまったような,裏切られたような,寂しさやら怒りやらの入り混じった感情が男の心を支配した。



以前の幸せな日々を忘れてしまう程に疲れ切った男が

海と空は同じであるという結論に至った時,男は1つの考えを閃いた。


自らの手で,海と空を2つに分ければいいのだ。



そこからはあっという間だった。


島の大きな木から切り倒すと,いかだと櫂を作り,生えていた蔦を集めて結び,長い紐を作った。

海と空の真ん中に長い紐を這わせて境目を作るのだ。


あれほど好きだった空と海には目もくれず,何の疑問も持たずに

ただひたすら長い長い紐を作り続けた。



さて,何日もかけて完成したそれらをいかだに乗せて,男は島に別れを告げた。

目指すは空と海の間の遠い彼方。


きっと今頃は思いきり紐を引っ張りながら,空と海を分ける線を引いているのだろう。



空と海を何より愛していた,線を引く男のお話。




なんだかおかしな気もしますが,彼は満足げに頷くと

このお話は本棚に仕舞いこんで,ゆっくりと目を閉じました。





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