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「ならず者小隊」集結

 水陸両用の小型兵員輸送車シュビム・ワーゲンに乗って牛舎に来たのは、パイパー中佐だった。

 SSのエリート将校らしく、高級車で乗り付ければいいものを、最前線で偵察分隊を運ぶ『こき使われている』四輪駆動車を使うところが、いかにも人誑ひとたらしらしい演出だ。

 同乗していたのは、俺たちが所属するC中隊の隊長メーベル・ドラグナー准佐。何度もパイパー中佐と戦場を潜り抜けた、子飼いの若手将校というところか。

そして、俺たち「ならず者小隊」を率いることになるサボゥ・シェーンバッハ中尉の姿が見えた。パイパー中佐が要注意人物とみているのが、このシューンバッハ中尉だ。

横目で観察する。

人事記録の写真より、たいぶ痩せているように見えた。

 笑みをたたえていた目は落ち窪み、冷たい底光りがあるかの様だ。

 眉間には深い皺が刻まれ、口角は引き結ばれて『怒り』が透けて見える。

 エンジン音も高く、シュビム・ワーゲンの後方から来たのは、BMW・R75という偵察隊御用達のサイドカー付バイク。サイドカーには、泥にも塵芥にも強いMG42機関銃が二脚架に固定されていて、いざという時は弾をバラ撒いて逃げるのだろう。

 こいつらが「ならず者小隊」の耳目となって働くバイク分隊になるはずだ。バイク本体のシートの運転手は、背へはすかいにKar98Kライフルを背負っていて、なんだか騎馬民族の戦士みたいだった。

 履帯の音を響かせて、Ⅱ号戦車L型:(通称ルクス) の159号車が牛舎の中に入ってきた。山猫が雷を咥えた図案が砲塔左側面にデカデカと描いてあり、その下に『電撃ブリッツ』と書いてあった。

「どうすか? 俺の『電撃号』っすよ」

 俺の隣で、このコンパクトな戦車の車長アウグスト・グッテンマイヤー伍長がふふんと鼻をならして自慢する。

 くそヤンクスじゃあるまいし、ここまでやるかね? と、俺は思ったが、

「いいね」

 と、だけ言った。事実、あの図案はなかなか格好いい。美大出身の装填手ダーニィ・フェルベ伍長が描いたのだろう。

 やや遅れて、汎用性の高さから『独軍の使役馬』と仇名されるⅣ号戦車が入ってきた。型はH型。備砲は七十五ミリKwK L/48戦車砲。あの忌々しい百五ミリより、こっちの方が使いやすい。

Ⅳ号戦車H型とは、露軍の対戦車砲、通称『ラッチェ・バム』―― 着弾の後に発射音がすると言われた、初速の早い対戦車砲。その擬音の口真似がそのまま通称になった ―― 対策に、シェルツェンという防護版が、側面装甲と砲塔につけられた新しいバリエーションのⅣ号戦車だ。足回りやエンジンも改良されている。あの『ペンギン』の母体になったのは、コイツだ。

機体番号は442号車。兵によっては、その機体番号で吉凶を占う奴がいるが、俺は全くそんな迷信は信じない。戦車は単なる鋼鉄。これを動かすのは、血肉を持った人間。

俺は、その人間が信用出来るかどうかで、自分の運命を委ねるかを決める。

 直近の上官、アルフレード・シュトライバー大尉は委ねるに足る人物だった。今度は、どうかな?

 俺が所属することになる「ならず者小隊」の直属の上司となるC中隊長メーベル・ドラグナー准佐は大柄で、どこもかしこもゴツゴツと角ばった印象がある男だが、その外見通り、四角四面の人物らしい。

 コンパクトな戦車『山猫』のマーキングを見て、への字に曲げた口を更に不満そうに曲げた。

 その機先を制するように、パイパー中佐は、

「おお! カッコいいじゃないか! 今度、私の機体に何か描いてくれよ」

 ……と、言った。

 何かを怒鳴ろうとしたドラグナー准佐が、言葉を飲みこむ。

 ハッチから身を乗り出し、『何か文句あるか?』といった顔つきで、ドラグナー准佐を睨んでいた悪童三人が、面食らったような顔をしていた。

「いいすよ」

 美大出身の装填手ダーニィ・フェルベ伍長が、ぶっきらぼうに答える。

 だが、こいつは照れ隠しで、本当は嬉しいのが見ていてわかる。

「あーあ、一発で転がされやがって、馬鹿だなあいつら」

 その様子を見ていた悪童の親玉、Ⅱ号戦車L型159号車、『電撃号』の車長アウグスト・グッテンマイヤー伍長が鼻で笑う。

「うちの総大将は、人誑ひとたらしだよ」

 そう俺が言うと、隣のグッテンマイヤー伍長は「そうすね」と頷いた。

 パイパー戦闘団は、優先的に機体や人員が融通されるとはいえ、各地から集められた寄せ集めだ。余計な軋轢は避けたいと思っているのだろう。

「うわっ……あんさんのⅣ号、車長はバッカ曹長じゃねぇすか。最悪だ」

 Ⅳ号戦車442号車のキューポラのハッチを開けて、顔を出した男を見て、グッテンマイヤー伍長がつぶやく。

 予め、人事資料を見ていたが、車長を務めるテルオー・バッカ曹長の経歴には、特に問題が無いようにみえたのだが……。

 彼は激戦区を戦い抜いてきている。

バルバロッサ作戦の時に、最も早く、深く、敵陣に食い込んだ部隊の一員として、三級鉄十字章を叙勲されている。

 経歴は申し分ないのだが……。

「俺のツレが、このバッカの野郎と同じ小隊だったらしいんですがね、あまりいいウワサは聞かないっす。なんでも、平気で手柄を横取りするそうですぜ」

 まぁ、そういった手合いは珍しいものではない。

 そのバッカ曹長が、身軽にⅣ号戦車から飛び降り、俺の方に歩いてきた。

 グッテンマイヤー伍長は、素知らぬ顔をして、『電撃号』の悪童たちと談笑するパイパー中佐を眺めているようなふりしている。

 多分、耳はこっちを向いているだろう。

「やあ、君があの『砲撃の名手』クラッセン軍曹だね。怪我で長期療養中だったと聞いたが、もう大丈夫なのかね?」

 擦過音が目立つ甲高い声。下がり眉の下には小狡いサルのような細い眼。皺が多いので老けた顔だが、年齢は俺より少し上ぐらいだろう。

 ただし、頭髪は薄くなりはじめていた。

「ええ、まぁ、大丈夫っす」

 わざと、ベルリン下町訛りで答えてやる。

 だが、バッカ曹長の表情は変わらない。感情を隠すのが上手いか、上下関係にはうるさく無いか、どちらかだ。

「そうか、歴戦の勇者は大歓迎だ。機体は無事だったんだが、乗組員全員が負傷する事故があってね、総入れ替えなんだよ。いやはや、まいった、まいった」

 そんなことを言いながら、俺と握手する。

 柔らかい握手だった。力比べをするような、タイプではないということか。

「君は、Ⅱ号L型の車長、アウグスト・グッテンマイヤー伍長だね。これから、よろしく頼むよ」

 一通り、あいさつすると、バッカ曹長はパイパー中佐とその幕僚のところに向った。

 感じは悪くないが、値踏みするような目つきは気に入らない。

「なぜか、やっこさんの乗組員は、戦死率が高いんでさぁ。あんさんも気を付けてくださいよ」


 最後に牛舎に入ってきたのは、Ⅵ号戦車―P、通称ポルシェ・ティーガーだ。車体番号は11号車。十台の試作機があり、その予備パーツをかき集めて、一台をでっち上げた、ツギハギ戦車だ。

 悪評高い空冷エンジンは、水冷エンジンに変えられたらしい。

 エンジンルームが大きいので、砲塔や操縦席は車体前面に偏っていて、前につんのめるような外見だった。これが、「ならず者小隊」の指揮車となる。

 備砲は、Ⅵ号戦車と同じ88ミリKwk43L/71。独軍の傑作戦車砲だ。通称 88(アハト・アハト)。連合軍の恐怖の的だった砲がこいつだった。


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