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エリート部隊『第一SS機甲師団』

 ペンギンに配属された時もそうだったが、陳情に来ている将兵の恨みがましい目に見送られるのは、あまりいい気分ではない。

 俺の様に目的地を探している態の者は、陳情ではなく招聘だからだ。

 武装親衛隊のエリート部隊『第一SS機甲師団』は、物資の第一優先配備権を持つ精鋭中の精鋭で、給金もいい。なりたくても、なかなか所属できない部隊の一つなのだ。妬まれるのは仕方がない。

 この部隊は、自出がちょび髭伍長殿の親衛隊なので、思想フィルターがかかっているらしいのだが、俺の様な国防軍の下士官に声がかかるくらいなのだから、実情はどうなのだろう?

 まぁ、俺は戦車砲が撃てれば、国防軍だろうと武装親衛隊だろうと何処だろうと構わないがね。


 ようやく、師団本部の人事部を探し当てて、うんざり顔の窓口係に出頭命令書を提出する。

 優先順位が高い命令書だったらしく、俺はすぐに奥へ通された。

 軍隊っていうのは、ドンパチ撃つばかりが仕事じゃない。

 俺が今目にしている事務畑の連中も軍隊のれっきとした一員で、補給品の確保などの兵站、軍を構成する兵士の掌握、支給される給金の管理、様々な陳情の処理、賞罰の取り扱いなどこうした裏で支える事務がないと成り立たない。

 女性が多いのは、前線に野郎どもが送られていて、人手不足ということか。むさくるしい戦車の中と比べると、ここはまるで花畑だ。匂いからして違う。なんとまぁ、香水の匂いとはね。

「ディーター・クラッセン軍曹ですね。こちらへどうぞ」

 バインダーを抱えた若い女性少尉が、敬礼を省略して、俺に顎をしゃくる。俺の返事すら聞かなかった。

 事務的で慇懃無礼。なんてこった、嫌な予感しかしない。だが、くりくり動く尻の眺めはなかなか良いがね。

 俺が通されたのは、小さな面談室だった。見方によっては、尋問室に思えなくもない。

 その女性少尉は、バインダーを机の上に置いて、自分の向かいにある椅子を俺に勧めた。

「ディーター・クラッセン軍曹。アフリカ軍団・第七十五機甲師団・第九機甲連隊所属、負傷により長期療養、先日復帰……と、あってる?」

 前置きも自己紹介もなく、いきなり女婿少尉が切り出す。

 ペンギンは極秘任務だった。なるほど、俺は負傷して戦線離脱したことになっているわけだ。

「まぁ、そうっすね」

 ―― 面倒くせぇ ―― 

それが俺の感想だが、そのまま言うわけにもいくまい。軍隊にはいろいろな派閥があって、俺に極秘任務を命じた勢力が、この生意気な女性少尉が所属している勢力と同じとは限らない。場合によっては、敵対していることだってある。迂闊なことは言えなかった。

「噂は色々、きいているわよ。アフリカ軍団一の砲手だったとか、Ⅳ号戦車単独で、英軍のクルセーダー戦車五台を撃破したとか」

 アフリカの熱砂を思い出す。

 乾いた空気。エンジンの唸り。硝煙に噎せかえるような車内。汗でびしょ濡れになった戦車兵たち。そして、血の匂い。

 バインダーから目を離し、やっと女性少尉が俺を見る。

 ハシバミ色の瞳だった。

 その時、彼女は無意識に脚を組み替えたが、いい形の脚だ。尻もいいが脚もいい。

「総統閣下には、忠誠を誓っていないみたいだけど」

 そらきた。ここは、武装親衛隊のエリート集団だ。俺の様な素行不良な国防軍兵士はお呼びじゃないってこと。

「いやぁ、そんなこと、ないっすよ」

 わざと、ベルリン下町訛り丸出しで、返答してやる。気取ったエリート様は、それで俺を侮るようになる。侮ってくれた方が、色々とやりやすいのだ。

 目線はこの女性士官の後方に合わせる。口は引き結んでおいた。放っておくと、俺の唇は冷笑を刻んでしまい、権力者は馬鹿にされたと勘違いする。

 表情を読まれている実感があった。沈黙は、まるまる一分ほども続いただろうか? ため息をついて、女性士官がパタンとバインダーを閉じた。

「まぁ、いいわ。あなたは、この第一SS機甲師団のトップエリート、ヨーヘン・パイパー中佐からの直々の指名なのよ。追って、就任の辞令と配属命令が届きます。わが師団にようこそ」

 そういって、彼女は席を立ち、俺に握手を求めてきた。

 俺も席を立って、彼女と握手する。

 女の癖に、力強い握手だった。ベア島にいた、情報部の女性飛行士を思い出す。露軍の夜間爆撃隊『夜の魔女』から、独国に亡命した兵士だった。

 彼女らも、こんな力強い握手をするタイプだったのかもしれない。


 俺に割り当てられた宿舎は、師団本部に近いユダヤ資本の高級ホテルの一室だった。名目上『提供された』となっているホテルだが、事実上の接収だろう。ここの持ち主がどうなったか知らないし、知りたくもない。

 まぁ、ベルリン市内にホテルを持っているぐらいだから、第一次大戦後に独国に乗り込んできて、独国を食い荒らした類の連中だろう。

 金もコネもあっただろうから、今頃は安全なアメリカあたりに亡命でもしているかもしれないがね。

 宿舎といえば、バラックやテントばかりの生活だった。

例外はロストックの『幸運亭』で、あそこは狭くて古かったが、実に清潔で居心地がよかった。美人の看板娘も居たし。

なんであの娘が、陰気くせぇシュトライバー大尉に惹かれたのか、今でも謎だ。

 このホテルの一室は、幸運亭よりも広くて豪華だが、なんだか落ち着かない。狭い戦車内に慣れた身としては、この空間が広すぎるし、体が沈んでしまいそうなふかふかのベッドは柔らかすぎる。

 ベルトを外して、ホルスターごとワルサーP38を取り出す。


「もう、私には必要ないんだよ」


 そういって、これを俺に渡したシュトライバー大尉の清々した顔を思い出す。なんだか、死神を彼に代わって背負わされた気分だ。


「いけすかない、海軍野郎め」


 御大層な鏡台の上にワルサーP38を乱暴に置く。

 鏡に映る俺の姿は、なんだかとても疲れているように見えた。


 呼び鈴で目を覚ます。

 天井にあるクリスタル製のシャンデリアの存在に、一瞬自分が何処にいるのか分からなくなったが、すぐに『第一SS機甲師団』の宿舎なのだと思い出した。

 もう一度、呼び鈴が鳴った。

 結局俺は、ベッドで眠る事が出来ず、ソファで毛布に包まって眠ったらしい。

 毒つきなが、ズボンを穿き、上着をひっかける。

 ドアの外には、まるで少年のような兵士……いや、まるっきり少年だ……がしゃっちょこばって立っていて、俺の顔を見ると、型通りの敬礼をした。

「伝令であります、クラッセン軍曹どの」

 そういって、書類封筒を俺に差し出してくる。

「あ、うむ、ご苦労」

 答礼して、封筒を受け取る。

 伝令の少年兵は、くるっと回れ右して、小走りで去って行った。

 徴兵年齢が十八歳に引き下げられたというが、あんなのが、戦場で役立つとは思えない。

 ともに海で戦った十五人の少年兵たちも、みな死ぬか行方不明になってしまっている。

 なんとも、やりきれない気分だ。


 輸送トラックの運転手に分けてもらったドライフルーツとチーズで朝食を採る。珈琲は、ポットに入ったものが、各部屋に配布されていた。

 まるで、焦げたパンをお湯に浸して上澄みを汲んだような珈琲だが、無いよりマシだ。

 書類封筒を開ける。

 正式な『第一SS機甲師団』任命の辞令と、髑髏をモチーフとした徽章、そして、几帳面な字で書かれた手紙があった。

 どうやら、俺が配属される部隊の隊長、最年少で中佐に抜擢されたエース、ヨーヘン・パイパー中佐の直筆の手紙らしかった。

 この瞬間、俺はエリート揃いの『第一SS機甲師団』の中でも、精鋭中の精鋭であるパイパー戦闘団に組み入れられたのだった。


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