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どん詰まり

 各地で退却を続ける連合軍。

 このアルデンヌに配属されている部隊は、ノルマンディ上陸作戦を生き抜いたベテランも多く、損耗が激しい部隊が殆どだったので、部隊再編中だった。

 こうしたベテラン連中が、新任の兵士を鼓舞しつつ、巧みな遅延戦闘を展開しているのだった。

 スタボロー物資集積所での「燃料を焼く」という決断は、ベテラン兵らしい判断で、パイパー戦闘団の進撃を遅らせるとともに、敵に物資を渡さないという一石二鳥の効果を狙ったものだった。

 スタボロー攻略に失敗したパイパー戦闘団は、物資の接収をあきらめ転進。

 しかし、この進軍も、トロワ・ポン、アビエモン両地域の主要な橋が爆破され、機甲部隊の大迂回を余儀なくされてしまった。

 慢性的な燃料不足であるパイパー戦闘団にとって、押してはいるが苦しい戦いが続く。


 一九四四年十二月二十日。

 優先的に燃料を渡されているパイパー戦闘団以外の、後続部隊の遅延が目立つようになって来た。

 スタボロー基地の燃料を接収できなかったことが、ボディブローのように効いて来たのだ。

 俺たち『ならず者小隊』は、撤収を続ける米軍の尻に食いつく小型のテリアの様に、雪降りしきり靄のかかる黒い森の中を、峩狼の群れの様に駆けていた。

 何度か撤収作業をしている輸送部隊との小戦闘があった。

サイドカー部隊が、こうしたトラックや擱座した戦車から、ガソリンを集めて回っており、ケルンで補給した燃料は使い切ったのだが、今でもこうして動き回ることが出来た。

 尋問した捕虜は、全員殺した。

 隠れ、潜み、突然襲うという、我々の部隊には捕虜を移送する余裕などなく、しかも指揮官が米兵を殺すことに異様なほどの執念を燃やす男なのだ。

 米軍の公式命令で、マルメディ事件の報復措置として

「武装親衛隊、降下兵の降伏を許さず。即刻射殺せよ」

 という、頭がおかしいとしか思えない命令が下されている事も、捕虜尋問を通じて知ることが出来た。

 マルメディでのパニックを演出したサボゥ・シェーンバッハ中尉の思惑通りになったというわけだ。

 こうした命令が米軍によって「実施」されていることは、報告という形で戦闘団本部に上げられた。

 サボゥ・シェーンバッハ中尉は、報告にわざとオープン回線を使った事から、これを傍受した部隊も米軍の狂った命令を知るところとなり、民間人を標的とした米軍の『戦略爆撃』を目にしていた若い独軍将兵の憎悪が更に燃える結果となってしまった。

 この霧深い黒い森で、敵味方による捕虜虐殺が行われるようになっていた。


 一九四四年十二月二十一日。

 投棄されたトラックからガソリンを抜き出す作業をしている時、偵察に出ていたサイドカー隊から、ひたすら前進するパイパー戦闘団と遅れがちな後続の部隊の間隙を突くようにして、米軍を中心とした連合軍が反撃を開始したらしいという情報が届く。

 大部隊が移動した痕跡があり、僅かな守備隊が残るスタブロー方面に向かっていると、熟練のサイドカー隊員は読んでいた。

 パイパー戦闘団は、主要な橋を爆破されて、進軍に難儀しながらも、頑ななまでに南進を続けていているところなので、通過したスタボローを奪還されることになれば、敵中に孤立することになりかねない。

 報告はすぐにパイパー中佐に上げられ、全軍停止となった。

 放たれたのは、俺たち『ならず者小隊』の様な斥候部隊。

 スパイの報告では、「反撃の部隊は未だ集結せず」となっているが、その確度が微妙になってきた。


 音も無く雪が降りしきる中、『ならすもの小隊』は身を寄せ合うようにして、藪の中に身を隠していた。

 偵察地域を広げるかどうかのブリーフィングだ。

 Ⅳ号戦車とポルシェ・ティーガーを平行に並べ、その間に集まっての会議だった。

 骨がミシミシ鳴るほど寒く、鼻水も凍っていた。

 くそマズいラッキーストライクが配られ、それを掌で囲うようにして吸う。

 寒気対策に、ジンの瓶が回される。

 くそヤンクス(米軍の蔑称)のタバコを吸って、くそトミー(英軍の蔑称)の酒を飲むか。ないない尽くしの俺たちには、お似合いだ。

「ブリュッセルなど、遠く届かん。ここが、ドン詰まりだな」

 一合戦する程度の弾薬はある。士気は高い。実戦を経験させたことで、練度も申し分ない。ただし、燃料がないのだ。

 燃料がなければ、戦車など、大砲が乗っかった鉄の箱になっちまう。

「パイパー中佐は、前進か、後退か、決断を迫られる場面だな。今なら、辛うじて味方勢力圏内に戻る燃料はある。ただし……」

 サボゥ・シェーンバッハ中尉が、ラッキーストライクを吸い付け盛大に煙を吐いた。

「……敵に退路を断たれなければ……だ。だがどうやら、敵は『浸透作戦』で複数の部隊を、我々と後続の間に食い込ませていると、予測する」

 強力なパイパー戦闘団との戦闘を避け、進軍をやり過ごし、再集結して手薄な箇所を攻める。

これが『浸透作戦』という戦術だが、我々は視界の悪さを利用して一撃を加えたが、敵もまた視界の悪さを利用して反撃しようとしている。

「なので早晩、我々は孤立する。これは、確実だ。ならば、我々は何を探すべきか?」

 ぺっと地面に唾を吐いて、口を開いたのは悪童の親玉アウグスト・グッテンマイヤー伍長だった。

「籠城戦が出来る地形。でしょ? 俺ら『山猫』向きじゃあ無ぇ」

 模範解答をした生徒に向けるような笑みをサボゥ・シェーンバッハ中尉が浮かべた。

「そうだ。グッテンマイヤー君。小勢で大軍を引き付けて、進ませない地形。交通の要衝だが、守りやすい地形。そういった場所だよ」

 そう言いながら、彼が指差したのは森の中にポツンとある寒村ラ・グレーズ村だった。

「敵は来る。偵察するまでもない事だ。だから、我々は徹底的に地形を調べる。敵の予測ルート。砲兵を据える位置。戦車はどこからやってくるのか。歩兵はどこを越えてくるのか。ここが、我々の『コンスタンティノープル』だ。ここが、我々の『アラモ』だ。ここが我々の『オダワラ』だ」

 スタボローが奪還されたという情報がもたらされたのは、その一時間後のことであった。

 これで俺たちは、サボゥ・シェーンバッハ中尉の予想通り、敵中に取り残されることになってしまったのである。



 ラ・グレーズ村にパイパー戦闘団は集結していた。

 すでに、半数以上の戦闘車両が燃料切れで擱座しており、戦わずして独軍最精鋭の機甲部隊はすり減ってしまっていた。

 弾薬を回収して、爆破して放棄した戦車が戦闘で失われた戦車の数倍とか、笑えない事態だ。

 サボゥ・シェーンバッハ中尉の予測通り、これ以上の前進を不可能と判断したパイパー中佐は籠城出来る地形を探しており、そういった視点で地形偵察をしていた『ならずもの小隊』が意見具申したこの「ラ・グレーズ村」で後続を待つことに決定したのだった。

 ここは、我々の目的地であるブリュッセルとケルンを結ぶ街道とルクセンブルクから続く街道の合流地点で、上空から見るとアルファベットのY字をして地形だった。

 村は三本の直線が交わる地点に位置し、小さな盆地を形成している。

 パイパー中佐は、Y字の腕二本の先端に陣地(A陣地、B陣地)を構築し、村の後方……Y字の下部……にも陣地(Z陣地)を構築した。

 戦車には走り回るだけの燃料はない。

 なので、『ダックイン』という戦車用塹壕を作って地形で戦車を守りつつ砲塔だけを地上に出して『簡易トーチカ』を形成したのだ。

 互いの背後を、三つの陣地でかばい合う配置は、通称『対戦車陣地パックフロント』と呼ばれ、劣勢を強いられていた頃の露軍が良く使っていた戦法だ。

 敵の機甲部隊が進軍してくると予想される街道沿いのA陣地、B陣地は、がっちりとティーゲルⅠとⅡの『ダックイン』で固めているので、米軍主体の連合軍機甲部隊なら砲弾が続く限り食い止める事が出来るだろう。

 敵は、A陣地、B陣地の間の森林から歩兵部隊を侵入させる作戦しかない。

 それを、正面からZ陣地が迎撃する。

 Z陣地には、Ⅲ号突撃戦車などの駆逐戦車、Ⅴ号パンター戦車やⅣ号戦車といった中戦車が集められていた。

 我々『ならずもの小隊』は陣地に加わらず、敵中に食い込んで偵察を行うこととなった。

 そのための観測所の目星もつけてあり、サイドカー隊とそれを護衛する『山猫』が既にA陣地の側面前方の傾斜地に潜り込んでいた。

 俺が搭乗しているⅣ号戦車とポルシェ・ティーガーは、A陣地、B陣地の中間の森林帯に入り込み、強行偵察を行う事になっていた。

 これは、敵を引きつけ、『対戦車陣地パックフロント』の火線の交差地点に敵を誘い込む役割を兼ねている。

木々をすりぬけることになるので、車体の大きさから言ってⅣ号戦車が必然的に深く敵陣に食い込むことになり、急遽かき集められた敵戦車部隊と真っ先に干戈を交えることになりそうだ。


 各戦車の予備タンクから、『ならずもの小隊』へ燃料が供出された。

 敵中に孤立しつつあるパイパー戦闘団で、満タンの燃料を持っているのは、我々だけだった。


「負担をかける」


 そう言って、俺たちを送り出したエリート中のエリートであるパイパー中佐の顔は、疲労で黒ずんで見えた。

 戦車で作られた簡易トーチカである、A陣地、B陣地の将兵に見送られつつ、俺たちは細い林道に入ってゆく。

 なけなしの燃料を抜き取られて不満はあるだろうが、役目を代わりたいと思う者は誰もいないだろう。


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