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骸の道

ほぼ史実に近い様に書いていますが、それゆえ今回は『胸糞展開』です。

苦手な方はスルー推奨です。


「これが、ドイツ軍の蛮行の証拠だ!」とされている、戦場となったベルギー国内のコラテラル・ダメージの資料映像の殆どは、実はアメリカ軍の『戦略爆撃』によるものとされています。

 ビューリンゲン物資集積所から押収したガソリンなどの一時的な保管場所になったケルンに、続々とパイパー戦闘団が集まりつつあった。

 安全だと思われていたビューリンゲンやスタボローが襲撃されたのを受け、連合軍はアルデンヌの森から撤退を開始。

 それに乗じる形で、第一SS機甲師団の急先鋒であるパイパー戦闘団は深く敵陣に食い込んでゆく。

 俺たち『ならずもの小隊』は強行偵察部隊。

 ケルン防衛隊からの協力としてSd Kfz251半装軌車一両と歩兵一個分隊が随伴する形になった。

 天候は相変わらず悪い。

 雪はずっと降り続け、サイドカー部隊はかなり苦労していた。

 先行して索敵するのが、本来の彼らの任務だが、戦車の履帯が踏み固めた跡をやっとついて来ている状態だった。

 索敵は、Ⅱ号戦車L型『山猫ルクス』一手で引き受ける形になったが、連合軍は雪崩をうって後退しているらしい。

 そもそもアルデンヌに展開していた部隊は、ノルマンディ上陸作戦で甚大な被害を受けた再編成待ちの部隊が多く、見た目より兵力は少ないのだ。

 アルデンヌの森の中の街道を往く。

 晴天だと糞ヤーボどもの餌食だが、現時点では彼らは飛べない。

 雪に半ば埋もれるようにして、黒こげのトラックや乗用車、ロバの死体に繫がれた荷車が転がっている。

 避難民の痕跡だった。

 白耳義国は、大小様々な街が米軍によって爆撃され、破壊し尽くされた。

 戦争のルールが変わったのだ。

 ノルマンディ上陸作戦前夜の英国で、米軍の爆撃隊の訓練を行っていたのが、米国空軍カーティス・ルメイ少将だった。

 彼が提唱したのは『焦土化作戦』といい、高高度で爆撃機を侵入させ、爆弾をバラ撒き続けるというもの。

 本来は、軍事施設への爆撃に限定されていた『点』の爆撃から、指定エリア全体を壊滅させる『面』の爆撃へと転換したのである。

 これは、民間人へのコラテラル・ダメージの増大を意味していた。当然ながら、「人道的ではない」という批判が米軍内から出た。

 これに対するルメイの回答は

「子供が瓦礫の下に埋もれて、泣き叫ぶかもしれないが、そんなことは忘れろ」

 だった。

 民族浄化論者だった当時のローズヴェルト大統領の支持を受けて、米国空軍は『戦略爆撃』と命名された無差別爆撃実施へと舵を切ってゆく。


 その結果が、これだった。

 折り重なるような死体。

 雪が音を吸い込んでしまって、誰もが口を閉ざしていた。

 静謐を破るのを恐れる様に。

 おそらく、人口三千人もないような小さな街。

 街道の途中の宿場だった街なのだろう。

 独国国防軍の軍服の死体も混じっていることから、おそらく避難誘導でもしていたのだろう。

 シャベルを持って、歩兵たちがSd Kfz251半装軌車を降りる。

 俺たちも、道具箱からシャベルやツルハシを持って、戦車を降りた。

 ロバの死体から、荷車を外す。

 そこに死体を並べてゆく。

 開けた場所に、歩兵たちが穴を掘っていて、その淵に死体を並べてゆく。

 後続の部隊が到着した。

 偵察部隊が、停止しているので、何事かと様子を見に来たSS将校が、従卒に指示を与えていた。

 シャベルを持った砲兵や工兵や歩兵が続々到着する。

 誰も、何も、喋らなかった。

 俺は、黒焦げになったウサギのぬいぐるみを抱きしめたまま、どんな髪型だったのか、どんな顔だったかも分からなくなってしまった少女の死体を抱き上げ、そっと荷車に横たえてやった。その軽さに、胸が痛む。

 街道に沿って、骸が連なる。

 爆風に吹き飛ばされ、焼夷弾で焼かれた、白耳義国の人たち。

 部隊に随行している報道官か、フラッシュを焚いていた。

 この惨状を写真にとっているのだ。

 俺は、拳を固めて、そいつを乱暴に振りかえらせた。

 ぶん殴ってやろうかと思ったのだが、やめた。

 そいつは、歯を食いしばり、声を殺して泣いていたのだ。

「記録に残さないといけない。忘れてはいけない」

 そいつはそう言った。

「そうだな」

 俺は、そう答えて、地面のシャベルを拾った。


 再び街道を往く。

 反撃に昂ぶっていた部隊は、冷水を浴びせられたようになっていた。

 憎しみが、脳を焼く。

 激戦だった、北アフリカの戦場では、こんなことはなかった。

 一定の休戦時間を設けて、敵味方の兵士が肩を並べて、負傷兵を回収したりしていたのだ。

 会話もした。

 葉巻や酒を交換したりもした。

 俺が、ガキの頃、憧れていた戦士の生活がそこにはあった。

 薄暗い貧民街から、這い出た実感があった。

 のしかかる黒々としたビルの隙間から見えた、青い空を掴んだ様な気がしていたのだ。

 だが、この戦場は違う。

 憎しみが憎しみを生み、底なしの泥沼になってゆくような気がしていた。

 米軍は味方の増援を待ちつつ、必死の遅延戦闘を繰り返していた。

 橋を爆破し、利用されそうな物資や燃料を焼きつつ、極力戦闘を避けて後退していた。


 一九四四年十二月十七日。作戦開始から、三十六時間経過した、昼の事。

 先行する山猫ルクスの悪童たちから、暗号通信が入る。

 我々は、マルメディとリヌーヴィルの間の高地、ボーネズ村の近くに差し掛かっていたのだが、そこに米軍の部隊がいることを、通信してきたのだ。

 規模は、およそ二百。

 山猫ルクス車長のアウグスト・グッテンマイヤー伍長の見立てだと、砲兵観測部隊らしいとのことだった。

 砲兵陣地は後退しつつあり、この部隊も撤退の動きをしているそうだ。

 我々はすぐさま隠蔽行動に移り、後続に指示を仰ぐ。

 パイパー戦闘団は、チィーガーⅠを中心とした二個中隊で正面攻撃をし、我々『ならずもの小隊』は、敵の退路を断つ位置に移動せよとの指令を受けた。

「くそ! 俺たちが見つけたのに!」

 装填手のレヒャルト・テッケンクラート二等兵が不満をもらす。

「バカモン。俺らの任務は『索敵』だ」

 車長のテルオー・バッカード准尉が、車長席から足を延ばして、テッケンクラートの肩を軽く蹴ろうとしたが、彼はそれを器用に避けた。


 大きくボーネズ村を迂回して、反対側に回る。

 観測機器を積んだトラックがまず通過するはずで、それを鹵獲したいところだ。

 暗号通信簿も観測部隊なら持っているはずで、砲兵の陣地の地図などは、値千金の情報になる。敵の配置がわかれば、自走砲による間接砲撃が出来る。

 Sd Kfz251半装軌車を森の奥に隠して、十数名の歩兵がⅣ号戦車の脇に待機する。

 ポルシェ・ティーガーはサイドカー隊を従え、俺たちが伏せている街道脇を見下ろす丘陵の上で、88ミリ砲を構えているはずだ。

 山猫ルクスは、ギリギリまで村に接近していて、状況報告をしてくる手筈になっている。

 退路を断つ位置に着いたことを、通信で知らせる。

 同時に、地響きを立てて、Ⅵ号戦車ティーガーⅠとⅤ号戦車パンターが、村に殺到していることだろう。

 豆を炒るような小銃の発砲音が聞こえる。

「トラックが三台、トンズラこいてきますぜ」

 山猫からの通信。

 テルオー・バッカード准尉が、キューポラのハッチを開けて、双眼鏡を構える。

「ディーター! 来たら鼻先にお見舞いしてやれ!」

 了解ヤボールと返事をして、装填手のテッケンクラート二等兵に指示を飛ばす。

「弾種榴弾。瞬発信管」

 カチっとダイヤルを調整して、テッケンクラート二等兵がシャコンと尾錠を閉める。

「装填完了」

 同時に、砲塔と仰角のハンドルを微妙に動かして、動きを確認する。

 M4との鍔競合いで、少し砲塔旋回軸が歪んだらしく、異音がしているのだ。

 分解して、ハンマーで叩いて直したが、未だにややひっかかる。

「目視! ヨハン出せ! 出せ! ロクスは通信!『我交戦セリ』だ」

 ガルルルンとエンジンが唸る。

 盛り土になっている街道上に立ちふさがるように、斜めにⅣ号戦車が乗り上げる。

 砲塔だけは、ピタリとトラックの正面に向けていた。

 教科書通りの『豚飯の角度』だ。

 トラックは果敢にも、機関砲を撃ってきた。

 M2機関砲。その威力から『ミートチョッパー』と呼ばれる優秀な機関砲だ。

「くそ! くそ! トラック如きが、戦車にはむかうだと!」

 慌てて砲塔内に滑り込みながら、車長のテルオー・バッカード准尉が罵る。

 距離は百メートルちょい。

 砲戦なら、至近距離の範疇だ。

 照準器を覗く。

 回避行動すらせずに、突っ込んで来るトラックの姿が見えた。

 歯を食いしばった、ドライバーの顔まで見える。

 引鉄を引く。

 鋭い砲声。

 硝煙の匂い。

 発射の振動に、照準器の映像がブレた。

 榴弾は、トラックのエンジンルームをぶち抜いて、爆発する。

 大きなトラックが、まるでブリキのおもちゃの様に、一回転して横倒しになる。

 測量機器や、輸送兵員が、バラバラと空中にばらまかれ、地面に叩き付けられる。

「次弾榴弾! 瞬発信管! 装填急げ!」

 後続のトラック二台だ、酔っ払ったように蛇行する。

 こっちは非武装らしい。

 シャコンと尾錠を閉める音。

「装填完了!」

 同時に引鉄を引く。

 蛇行の曲がり端を狙った榴弾が、地面で爆裂する。

 飛び散った鉄片は、薄いトラックの側面をいくつも貫通していっただろう。

 奇跡的に残った、トラックのフロントガラスに、パッと鮮血が散る。

 急ブレーキをかけた、残り一台のトラックが、横滑りして、ゆっくりと横転する。

「突撃! 突撃!」

 随伴歩兵たちが、鬨の声を上げて突入してゆく。

 俺は、同軸機銃の発射ペダルに足をかけて警戒していたが、どうやら抵抗の意思はないようだ。

 武器を捨て、両手を上げた米兵が、小突かれるようにして引っ立てられてゆく。

 丘陵から、サイドカーに乗って、サボゥ・シェーンバッハ中尉が下りてくるのが見えた。


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