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襲撃

 視界が悪かったので、常識外の接近戦になってしまった。

 こっちの利点は襲撃側だったので、地形の把握を含め精神的なアドバンテージがあること。

 有利なうちに、一両でも撃破しておきたいところだ。

「横を抜かれる! 林道から降りろ!」

 テルオー・バッカード准尉が喚く。

林道は、四十センチほどの盛り土になっている。この地面の高低差で、弱点の車体下部や側面を守るのは定石だ。

「ああ! くそ! マジか!」

 操縦手のヨハン・リヒテンシュトーガ上等兵が、口汚く罵る。

バキバキと木を押し倒しながら、Ⅳ号戦車が林道の脇に滑り込む。

 鋼と生木が激突した騒音が車内に響いていた。

 シュルシュルと立て続けに、靄と雪を切り裂いて、砲弾が飛んでくる。

 正面に一両、左側面に最低でも二両。

 おそらく、距離は百メートル前後だ。

 我々の正面に陣取る、M4シャーマンが、ギリギリまで仰角を下げて、砲塔を回転させているのが、雪の紗幕と靄の奥にチラリと見えた。

「イエスのキンタマに誓って、もっと飛ばせ! 狙ってやがる!」

 テルオー・バッカード准尉の叫びに、更にヨハン・リヒテンシュトーガ上等兵がペダルを踏み込む。

 チカっとマズルフラッシュ。

 唸りを上げて、砲弾が頭上を飛越した。近すぎて、仰角がとれなかったようだ。

 反撃に撃ち返す。といっても、思い切り上向きにしても、やっと相手の履帯が発射角度に入る程度だった。

 だが、それでいい。

 足を止めてやる。

 応射を恐れて、M4が超信地旋回を始めた。

 ヨーロッパ戦線で、貫通力に優れた独軍戦車に叩かれ続けた結果、常に正面装甲を向ける癖が、米軍にはあった。露軍の方が、戦車隊の動きは大胆だ。

 正面のM4シャーマンは、基本手順に従っている。

 その反応で分かる。こいつは『新兵ルーキー』だ。

 足を止めて砲撃してきたのも、納得。砲手が不慣れということ。

 砲弾の無駄になるので、行進間射撃は推奨されない。

「今動いても、遅ぇよ!」

 呟いて、引鉄を引く。

 75ミリ砲弾が、M4の履帯に命中した。

 バキンという金属が激突する音。

 同時に、ガラガラと履帯が車体から滑り落ちる音が続く。

「左旋回! 脇腹にぶち当てるんだ! 各員衝撃に備えろ!」

 林道の上で擱座したM4の側面から、Ⅳ号戦車がぶち当たる。

 いい判断だ。衝撃から立ち直れば、テルオー・バッカード准尉は優秀な戦士だった。

 M4シャーマンの重量は、およそ三十トン。Ⅳ号戦車はやや軽い二十五トン。

 ただし、こっちは全速力で走っている。

 傾斜を駆け上がりながら、M4の側面に衝突する。

 生木を倒した時とは、比べものにならないほどの、衝撃と音。

 林道上のM4シャーマンがガガガと横に滑る。

 友軍戦車が盾になって、残り二台は砲撃出来ない。

「押せ! 押せ!」

 床を踏み鳴らして、テルオー・バッカード准尉が鼓舞する。

 俺は、必死に砲塔を旋回させていた。

 M4シャーマンが近距離直射を狙って、砲身をこっちに向けてきているのだ。

 Ⅳ号の砲身と、M4シャーマンの砲身とが、ガキンと噛みあった。

 まるで、古代の剣闘士の鍔迫り合いの様に。

 Ⅳ号戦車自体が歯を食いしばっているかのように、砲塔の転輪がギチギチと音を立てる。

 事故か、我慢できなかったか、不意にM4シャーマンが砲を撃つ。

 空気がビリっと震え、木々の樹冠の雪がどさっと落ちた。だが、それだけだった。

 砲口は斜めに後方に抑え込まれているので、砲弾は森の奥に消えてゆく。

 履帯を破壊された側から、Ⅳ号戦車に押され、やや傾いていたM4シャーマンの車体が微かに浮く。

 そこにⅣ号戦車が更に押し込んでゆく。

 斜めに傾きながら、M4シャーマンが林道の反対側斜面にずり落ちてゆく。

 Ⅳ号戦車の砲塔正面ががら空きになった途端、砲弾が飛んで来た。

 金属が弾かれる鐘の様な音。装甲を抜かれなかったのは、運が良かった。

 ガクンと車体が揺れて、人いきれで結露した水滴と、錆び止めのペンキが、俺たちに降り注ぐ。

 擱座したまま、斜面にずり落ちたM4シャーマンは、もう砲撃の射角をとることは出来ない。

「よし! 下がれ! 下がれ!」

 全速前進から、後進にギアを切り替える。

 履帯が雪と砂利を巻き上げて、大きく軋んだ。

 一瞬、車体がふわっと浮き、ドスンと林道の脇に着地する。

 車体を支えるリーフ・スプリングがギーギーと悲鳴を上げた。

 ほぼ横倒しになって、柔らかい腹を見せているM4シャーマンに照準を合わせる。

「撃て!」

 テルオー。バッカード准尉が叫ぶ。

 M4シャーマンのカラカラと空転する履帯が外れた転輪が、まるで助けを求める足掻きの様に見えた。

 引鉄を引く。

 徹甲弾が、薄い下部装甲を貫通して、M4シャーマンの内臓に飛び込む。

 それを見届けることなく、Ⅳ号戦車はその場で超信地旋回をして、ビューリンゲン物資集積基地に向う動きを見せる。

 雪と靄でちらっとしか我々が見えなかっただろうが、何処に向ったかの推測ぐらいは出来る。

 基地方面に向ったⅣ号戦車を追尾する構えを見せるだろう。

「よし! 喰いついたな! 林道を跨いで反対側に移れ!」

 車体が軽い分、Ⅳ号戦車の方が足回りは良い。

 林道を挟んで対峙していると見せかけて、視界が悪い事を逆手にとり、追尾してくるM4シャーマンの反対側面をとるつもりだ。

 斜めに林道を横断する。

 段差に乗り上げる時に、段差を飛び降りる時にも、座席から投げ出されそうになるほど、揺れた。

 車長席キューポラで、フックに吊るしたテルオー・バッカード准尉の軍帽が揺れて、徽章がカンカンと音を立てていた。

 追尾して来ているはずのM4シャーマンの前を、大胆に横切った形になったが、目視はされなかったようだ。

 今は、エンジンのアイドリングの音だけがしている。

 雪の紗幕と靄に紛れるように、藪の中で待ち伏せしているのだ。

 多分、相手は新兵どもだ。

 こんな、視界が悪ければ速度は出せまいと思ったが、その通りだった。

 それに、数が優位でないと、米軍は攻撃に踏み切らない。

 だから脅えたヤギの様に、身を寄せ合うようんして、前進してくるはずだ。

 耳を澄ます。

 履帯の音が聞こえないか?

 目を凝らす。

 流れる靄と舞う雪の奥に黒々とした戦車のシルエットが、照準器から見えなかったか?

 エンジン音に乗って、相手の恐怖が伝わってくる。

 せわしなく左右に振られる砲塔に、砲手の焦りが透かし見える。

 彼らが想定している場所と反対側に移り、じっくりと狙いを定めているとは、想像していないようだ。

「どこだ? どこに消えた?」

 そんなことを、考えているのかもしれない。

 くだらない会話を、無線で話すのも米軍の特性だが、それをやっているのかもしれない。

「狙えるか?」

 必要ないのに、テルオー・バッカード准尉が声を顰めて俺に言う。

「ばっちりっすよ」

 照準器の先に、上下に間延びしたM4シャーマンの影が見えていた。

 時折、靄と雪に隠れるが、微速前進しているので、追尾出来る。

「狙いがつきしだい、撃て」

了解ヤボール


 白い雪の紗幕に、影法師の様なM4シャーマンの陰影。

 狙うは、車体のやや後方。そこにエンジンルームがある。

 僅かに砲塔旋回ハンドルを動かして微調整する。

 照準器に三角模様とM4シャーマンの影が重なった。

 引鉄を引く。

 鋭い75ミリ戦車砲の砲声。

 徹甲弾が、装甲にぶち当たった甲高い音。

 M4シャーマンはつんのめる様に停まった。

 チロリと見えたのは、炎の赤い舌。

 キューポラから、慌てて開いた操縦手の上のハッチから、砲塔脇のハッチから、黒煙と炎が噴き出し、白い世界に鮮やかな色彩を放つ。

 炎の中で、必死に這い出るような人影。

 それも、上半身を出したところで、力尽きたらしい。

 操縦手らしいその人物が、一瞬こっちを見たような気がした。

「よし! 出せ! 出せ! 右回りだ!」

 感傷に浸る間もなく、Ⅳ号戦車のエンジンがガルルルンと咆哮する。

 テルオー・バッカード准尉が双眼鏡で見ていたのは、残り一両の砲塔の回転する向き。

 コイツは左回りに砲塔をこっちに向けようとしていた。

 その射線から逃れる様に動いているのだった。

「次弾徹甲! 装填急げ!」

 ガクガク揺れる車内で、器用にバランスをとりながら、テッケンクラート二等兵が砲弾をはめ込み、尾錠をシャコンと閉める。

「装填完了!」

 敵は、撃破された僚機を盾にするかのように、後進し、斜め前方に切り替えようとしている。

 黒煙が煙幕の様になって邪魔だが、条件は相手も同じ。

「歩兵部隊に、突入を指示しろ!」

 サシの勝負に持ち込めたと踏んだ、テルオー・バッカード准尉が歩兵投入に踏み切る。

「突入せよ! 突入せよ!」

 無線機に向って、通信士のロクス・メリエが通る声で言っていた。

 撃破され炎上するM4シャーマンの陰から、残り一両の前四分の一程度が見えた。

 相手の砲塔はまだ回りきっていない。

 引鉄を引く、側面装甲にボコっと穴が開いたのが見えた。

 ガクンとM4シャーマンの動きが停まった。

 雪煙を蹴立てて、Sd Kfz251半装軌車が鉄条網で出来た簡易防壁を踏み破り殺到する。

 小銃の音がパラパラと鳴った。

 荷台から飛び降りて、散開する兵士たち。

 Sd Kfz251半装軌車の操縦席の上に設置された、グロスフスMG47機関銃のチェーンソウが樹を切るような連続音がしていた。

 撃破された最後のM4シャーマンから転がり出た血まみれの戦車兵が、コルトM1911を撃っていた。

 Sd Kfz251半装軌車の機銃手が、銃口をそいつに向ける。

 雪面がその戦車兵の周囲で沸騰したかのように跳ね回り、奇妙なダンスを踊って、ばったりと倒れた。

 胸糞わるい光景だったか、キューポラから上半身を出して見ていたテルオー・バッカード准尉が、ぺっと唾を吐いていた。


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