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錯綜する情報

 我々Ⅳ号戦車442号車を追い抜いて、まるで軽騎兵の様に『山猫ルクス』が雪を蹴立てて走ってゆく。

 Ⅳ号戦車は、トラック隊の護衛のために居残った一台を除いた六台のSd Kfz251半装軌車をぞろぞろと引き連れて走る。

 途中で林道を反れた。

 森の中に身を顰める。

 半端な雪だと踏み荒らされた跡が続いているので、存在が発覚する危険があるが、これだけの大雪だと、履帯の跡はすぐに覆い隠されてしまう。

「蒸気でバレる。エンジンを切れ」

 テルオー・バッカード准尉が指示を出す。

 半装軌車の歩兵さんたちには、また辛い待機の時間となった。

 音も無く、雪が降り続く。

 視界は十メートルもない。

 このアルデンヌの森特有の、靄も出てきているようだ。

 隠れている我々にとっては、天然の煙幕のようなもの。天佑だ。

 鉄兜と外套に、雪を降り積もらせながら、テルオー・バッカード准尉が双眼鏡を覗いている。

 俺は耳を澄ましていた。

 間もなく、悪童どもがM22ローカストを遭遇戦を装って、引っ張り出してくるはずだ。

 連合軍は、この世界を巻き込んだ戦争の緒戦で、散々独軍の戦車に叩かれた記憶がある。

 彼らの砲は我々の戦車の正面装甲を抜くことが出来ず、当方のKWK(戦車砲の記号)は、スポスポと彼らの戦車を貫通した。

 ゆえに染みついた彼らのドクトリンは、数の上での有利さに頼るということ。

 現在、圧倒的物量で押し切ろうとする作戦の根底も、それだ。

 そこから導き出せる俺の予想は、二両。

 高性能の快速軽戦車、Ⅱ号戦車L型を追尾する場合、必ず二両以上で行うはず。

 防備がおろそかになるのを嫌って、一両は基地に残すだろう。

 つまり、わがⅣ号戦車は、M22ローカストに半装軌車を喰われないように守りながら、あっという間にその一両を撃破しなければならないということだ。

 遠くで地響き。

 絶叫するエンジンの音。

 軽快な二十ミリ機関砲の連続発射音。

 M22ローカストの37ミリ砲の鋭い砲声が二発。


―― 来た!


 予想通り、二両を引っ張ったようだ。

 我々は、息をひそめて隠れる。

 交戦中なので、よほど注意力がある車長でないと、Ⅳ号戦車は見つけられまい。

 意識を自分たちに向けるため、悪童どもは機関砲弾をバラ撒きながら走っているだろう。

 卑猥な歌を歌いながら。

 一発でも貫通弾があればあっという間に死ぬ、百メートル以下の近接戦闘。

 彼ら『山猫ルクス』が求めて止まない戦の形式だ。

 あとで聞いた話だが、車長のアウグスト・グッテンマイヤー伍長は、ズボンを降ろして、尻を敵にむけて挑発していたそうだ。

 まったく、金玉をふっとばされちまえばよかったんだ。馬鹿どもめ。

だが、死ぬほど俺たいは笑ったがね。


 快速の軽戦車同士のおいかけっこが、通過してゆく。

 この林道のどこかにポルシェ・ティーガーが隠れていて、88ミリ砲を構えているはずだ。ローカストでは、どこをに当たっても貫通する必殺の砲弾。

 じれったいほど、慎重に通過を確認して、テルオー・バッカード准尉が前進を命じる。

 親鴨の後ろをついてゆくかのように、Sd Kfz251半装軌車が二列縦隊三両で続いてくる。

 彼らの役目は、きちの制圧。

 だが、M22ローカストが一両いるだけで、それは出来なくなる。

 まずは、M22を排除する。

 そのために我々が先行する形になる。

「間もなく、目標に接近する。ティーター軍曹、標的を確認次第、撃て」

 帽子を後ろ前にかぶり直す。

了解ヤボール! 弾種徹甲! 装填急げ」

 装填手のレヒャルト・テッケンクラート二等兵が尾錠を閉める小気味良い音とともに

「装填完了」

 と報告してきた。

 六秒ってところか。まあまあいいタイムだ。

「目視! M22! 正面に居座ってやがった」

 塹壕に車体の下半分を突っ込むようにして、固定砲座に役割をしていた。

 これを『ダックイン戦法』という。

 距離があれば有効だったのだろうが、視界が悪く百メートル程度でいきなり殴り合いになるなら、M22程度の装甲では意味がない。

 照準器を通して、相手の動揺が伝わってくる。

 ハッチが閉まり、いつでも動き出せるようにエンジンをふかしている。

 慌てて撃ったのか、敵の37ミリ戦車砲M6は、この至近距離にもかかわらず大きく上方にそれた。

「トーシローが!」

 罵りながら、引鉄を引く。

 75ミリKWK L/48が咆哮する。

 塹壕から僅かに見えている操縦席のフラッペに、ピンポイントで命中するのが見えた。

 ガクンとM22ローカストの動きが止まる。

 徹甲弾が車体を貫通し、操縦手をミンチに変えて、砕けた鉄片が車内を跳ね回ったのだろう。

 多分、内部は血の海だ。

 バレンツ海に自沈したP-09の内部の様に。

「敵戦車! くそ! 下がれ! 下がれ! 下がれ!」

 突然、テルオー・バッカード准尉が叫ぶ。

 同時に、砲弾が砲塔を掠めて飛び去る、空気を裂く音が聞こえた。

 砲声に聞き覚えがある。間違いない、75ミリ戦車砲M3だ。散々、アフリカ戦線で聞いた砲声である。

「M4シャーマン!」

 米軍の汎用中戦車。

 Ⅳ号戦車が独軍の『使役馬』ならば、こいつは米軍の『使役馬』といったところか。

「聞いていないぞ! こんなことは聞いていない!」

 テルオー・バッカード准尉が譫言のようにつぶやいている。

 肩越しに彼のキューポラ内部の手すりを掴む手が見えたが、それはブルブルと震えていた。

 聞いていなくても、M4が目の前にいるのは事実だ。このままズルズル後退すれば、後続のSd Kfz251半装軌車が全部喰われる。

「下がるな! 側面をとれ! 相手は鈍亀だ!」

 見えているM4シャーマンとは、別の方向からシュルシュルと砲声と同時に砲弾が飛ぶ。

 操縦手のヨハン・リヒテンシュトーガ上等兵が急制動をかけ、再び前に出る。

 我々が下がろうとしていた地点に、ドンと雪と腐葉土を巻き上げて砲弾が着弾した。

 これで、位置不明が二両、正面に一両、M4がいることが分かった。

「何をしている! 逃げろ! 馬鹿もん」

 テルオー・バッカード准尉が地団駄を踏む。

「アンタこそ、寝ぼけてるんスか! 後ろに歩兵たちがいるんスよ! 俺らが下がってどうするんスか!」

 思わず叱責してしまう。部下の前で上官に逆らうのは下策だが、仕方ない。

ノルマンディ上陸作戦後、欧州全土の独軍諜報網は、ズタズタにされている。その困窮具合は、フグロイ島を本拠地としていたスパイ『カエル』から聞いて知っていた。

 M4が悪路の中到着した情報が届かなかったか、意図的に隠蔽されたのだろう。

 ギャギャギャと、ギアが切り替わる音がする。大きく傾いて、林道から滑り落ちてゆく。無言だが、少なくとも操縦手のヨハン・リヒテンシュトーガ上等兵は俺に賛成らしい。

 隠れている二両の位置をおおまかに読んで、段差で側面装甲を守る動きをした。いい判断だ。

 通信士のロクス・メリエ伍長が、後続のSd Kfz251半装軌車に後退して隠れるように指示を出していた。

 これらは皆、文句を垂れる前に、車長が下さなければならない事柄だ。

「貴様ら! 軍法会議ものだからな! 反逆罪だ!」

 テルオー・バッカード准尉は、この期に及んで、まだ責任問題に言及している。

 こいつは、アレだ。

 予定通りに事が運んでいると普通だが、予想外の出来事に遭遇するとパニックを起す手合いだったか。

「上等っスよ。今はM4を倒しましょうぜ」

 何かあっても、部下に失敗を擦り付けられる状況になって、やっとテルオー・バッカード准尉は車長の役目を思い出したらしい。

「お前ら、覚えておけよ! よし、まずは、正面の一両をやる! 行進間射撃!」

 走りながら、照準はつけていた。

 一度の砲撃で加熱した砲身が、外の冷気と反応してキンキンと音を立てていた。

 M4シャーマンのずんぐりした砲塔が回転する。

 これほど揺れていて、なおかつ仰角がとれないと行進間射撃は難しいが、脅かす意味でも一発撃っておきたいところだ。

 揺れる照準器を睨みつつ、俺は勘で照準を合わせた。

 撃つ。

 M4も同時に撃っていた。

 敵の砲弾は、我々の通過後の雪を跳ね上げた。

 こっちの砲弾は、M4の砲塔の先端を掠り、火花を散らして弾かれていた。

 もっと、下方を狙ったのだが、砲身の加熱で鋼が膨張して、思ったより狙いが上にいってしまったようだ。


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