はじまった『ラインの守り』作戦
一九四四年十二月十五日、深夜。
降りしきる雪の中、『ならずもの小隊』のサイドカー部隊に先導されて、オペル・ブリッツ三トントラック十二両が、待機場所に出発した。
ビューリンゲン物資集積基地からおよそ二十キロメートルの所にある谷に、身を寄せ合うようにして、我々襲撃班が基地を制圧するのを待つ段取りだ。
ケルン基地の大型通信機から、暗号文が入ってきていた。
スタボロー物資集積基地を襲撃する部隊も配置につき、待機状態に入ったそうだ。
あっちは、物資の規模が大きい。
第七機甲大隊が、主力を担うらしい。ノルマンディ上陸作戦の際、パイパー中佐とフランスを転戦したベテランたちだが、その半数は新規採用の連中だった。それが、不安要素ではある。
スタボロー襲撃班とタイミングを合わせる形で、当方のビューリンゲン襲撃班は動く。
地形確認の時間はたっぷりあったので、ほぼ万全の形で襲撃できるだろう。
「まただよ、糞が」
通信を担当していた、ロクス・メリエ伍長が毒づく。
「どうした?」
サボゥ・シェーンバッハ中尉が、拳銃を磨く手を止めて身を乗り出す。
「敵兵力の確認に誤謬があったそうです。立った今、敵にM22空挺戦車ローカスト一個小隊三両が加わりました。英国第六空挺師団の実験小隊です」
空挺師団支援の軽戦車として開発されたのが、M22空挺戦車だ。通称『いなご(ローカスト)』という。
開発したのは米国だが、この戦車を運用する輸送機の開発が遅れていたので、実戦投入されなかった悲運の戦車である。
これに注目したのは、英国。
英仏海峡を渡る反攻作戦用に、大型グライダーが開発されており、この大型グライダーで当該M22空挺戦車を輸送する実験がなされているという噂があった。
悪天候という条件下での降下作戦の実験を行い、そのまま手薄なビューリンゲンを支援する……そんな流れらしい。
「情報部が後手に回るのは、今に始まったことではあるまい。我々は、前進し、叩きつぶし、ガソリンを頂く。それだけのこと」
獰猛な笑みが、シェーンバッハ中尉の顔に浮かぶ。
反撃も遅延戦闘もさせないほど、素早く攻めきる。敵に、ガソリンを投棄させる暇を与えることなく。
作戦は動き始めてしまった。
今更、豆戦車が三台加わったからといって、もう止められない。
奇襲・強襲は、スピードが命だ。
特に、補給基地への奇襲は、物資廃棄の時間を与えてはいけない。
ガソリンなど、燃やせば一瞬で収奪できなくなるのだから、豆戦車とはいえM22空挺戦車が加わった時点で、策は必要だ。
第百機械化大隊の随伴歩兵第一中隊の指揮官も含めて、小休止の間に打ち合わせをする。
Sd Kfz251半装軌車七台に分乗する約百二十人の兵士の指揮官が、このハンス・ヨスラント大尉だった。
歩兵が詰め込まれている半装軌車の荷台は露天だ。
「俺らがカチンコチンに凍っちまわないうちに、作戦を終わりにしようぜ」
といって、両手をすり合わせて足踏みをしている。
雪を、肩に頭に降り積もらせながら、あんな荷台に収まっていたら、凍傷対策に手足を動かさないといけない。
「もとより、そのつもりです。歩兵部隊は、予定通りこのⅣ号戦車442号車に先導されて、ビューリンゲン物資集積基地に向ってください。うちのサイドカー部隊予定通り、狙撃ポイントで待機。Ⅱ号戦車L型159号車は、敵M22空挺戦車ローカストを誘い出す役割をしてもらう。いかにも、偶然遭遇したので、とりあえず逃げるという演技をしろよ」
雪が地図の上に降りかかるのを、手で払いながら、サボゥ・シェーンバッハ中尉が、指示を出す。
「全部は、釣れないかもしれませんぜ」
Ⅱ号戦車L型159号車、通称『山猫』自称『電撃号』の車長、アウグスト・グッテンマイヤー伍長が無精髭の浮きはじめた顎を、ジョリジョリと撫でながら言う。
「構わん、逃走ルートは、この林道を使え。曲がり角が多いから、射線が切れる。M22の備砲は、先般交戦したM5A1スチュアートと同様、37ミリ戦車砲M6だ。至近距離だと、Ⅱ号ならどこでも抜かれるぞ」
それを聞いて、悪童の頭目グッテンマイヤー伍長が鼻で笑う。
「誰に言ってるんすか。掠らせもしませんぜ」
悪童の強がりに、ニヤリと笑いながら、サボゥ・シェーンバッハ中尉が地図の一点を差す。三本の林道が交差する地点だった。
「ポルシェ・ティーガー11号車は、この地点で伏撃。真正面からM22の装甲をぶち抜いてやる」
我々は、山猫を追いかけてM22ローカストが通過するまで隠れていて、その背後に登場。Sd Kfz251半装軌車を率いて基地を襲撃するわけだが、素早く居残りのM22を排除するのが先決となる。
全機が山猫に釣られてくれれば仕事が楽になるが、我々をナメ切っている連合軍でも、そこまでバカではないだろう。
Sd Kfz251半装軌車では、防御に徹した戦車は倒せない。
居残りのM22が踏ん張っている間に、ガソリンを爆破されていまえば、万事休すだ。
民間人救出作戦の結果を見て、サボゥ・シェーンバッハ中尉は我々を腕利きと信頼してくれている。その信頼に応える必要があるだろう。
「作戦開始は、深夜、日付が変わった瞬間。それまで待機とする。すまないが、ハンス・ヨスラント大尉、炊煙が昇ったらマズいので、温かい食事は採れません」
いかにも、叩き上げの歩兵らしい大尉がヤンクスじみた仕草で肩をすくめる。
「ラジエーター・ポットのお湯でもすするかね」
エンジンを冷却するラジエーターに、水が入った小型ジェリ缶を結び付けておくのは、全てが凍りつくバレンツ海でやったことだ。
エンジンの放熱で、熱いお湯が作れるのだ。
それを、露天荷台に身を寄せ合うようにして待機している歩兵が、大事そうに掌でマグカップを包むようにして、飲んでいる。
粉末チョコレートを溶かした、ココアもどきであるが、多少は温まる。
我々は、冷凍庫の中のように寒い戦車の中だが、風が無い分露天荷台の彼等よりマシだ。
夜になるとぐっと気温は低下し、鋼鉄の使役馬の車体が白く凍りついてゆく。
細かく砲塔と、砲身の仰角を動かす。
エンジンの暖気で位置を悟られないようにするため、機関は停止している。
動いていれば、エンジンの熱気で多少は温まるのだが、今はそれもない。
吐息が白い。カチカチで歯が鳴った。
居眠り野郎の装填手テッケンクラートもさすがに眠れないらしい。
「寝たら、もう二度と起きられなくなっちまいそうです」
凍死か。ありえるな。
雪はますます強く降り、視界はかなり悪くなっていた。
糞寒いのはともかく、急襲側にはこの視界悪化は好条件だ。
時間の経過が遅い。
黒々と蹲る古木の幹に、べっとりと雪が張り付いていた。
びょうびょうと風が鳴っている。
重みに耐えかねて、枝が折れる音とともに雪塊が地面に落ちる。
ここから約二十キロメートル先で、後続が到着しないまま、孤立した敵部隊がいる。
輸送部隊の兵士。
護衛の歩兵。
臨時の増援となった、英国第六空挺師団の戦車兵。
この極寒の深い森の中、何を思っているのだろう。
首のマフラーを巻き直す。
冷たい空気が、服の間から忍びこんで来るかのようだ。
不意に、通信士のロクス・メリエ伍長が、暗号が送られてくる小型ラジオのスイッチを切り、代わりに通信機の電源を入れた。
微動だにしなかった、操縦手のヨハン・リヒテンシュトーガ上等兵がエンジンの起動スロットルを開く。
癖の様に左目をこすっているが、今日は眼の調子がわるいのだろうか?
がるるる……とエンジンが唸る。
Sd Kfz251半装軌車や他の戦車も暖気を始めた。
時計を見る。まもなく日付が変わり、十二月十六日になる。待機の時間は終わった。
交戦規程通りに車長席のハッチを開け、鉄帽をかぶったテルオー・バッカード准尉が上半身を外に晒す。
マフラーで顔の下半分を覆い、ゴーグルを装着していた。
そうでないと、この吹雪の中では呼吸も出来ず、眼球を痛める。
「作戦開始。諸君らの健闘を祈る」
無線機から、総指揮官のサボゥ・シェーンバッハ中尉の声。
続いて咽頭マイクから、テルオー・バッカード准尉の声が響いた。
「442号車、状況を開始する。戦車前へ!」




