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索敵開始

 ミンデンで夜を待ち、守備隊に見送られながら真夜中に進発する。

 昼に降り出した雪は本降りになっており、今年六月のノルマンディ上陸作戦からずっと快進撃を続けてきた連合軍の出足を鈍らせる要因になるだろう。

 散発的な抵抗はあったものの、独軍は情けないほどズルズルと後退を続け、わずか半年で独国本来の国境線にまで追い詰められてしまった。

 反撃しようにも、制空権はない、機甲部隊を走らせる燃料もない。

 始動した大反攻作戦では、最後の備蓄を振りしぼって、やっと一会戦分の燃料しかないのだ。

 足りない分は敵から奪う……とか、薄氷を踏むような作戦なのだが、無い袖は振れないということか。

 揺れる車内で、計器だけが淡く光る。

 また、装填手のテッケンクラート二等兵は居眠りをしていて、軽いいびきをかいていた。

 聞こえるか聞こえないかの声でハミングしているのは、通信士のメリエ伍長。

 いつどんな通信が入るのかわからないので、通信機の回線は開き放しなのだが、ザッピングしながらラジオでも聞いているのかもしれない。

 テルオー・バッカード准尉は、交戦規程通りにキューポラから頭を出して、周囲を警戒していた。

 こんな闇夜で雪が降っているのなら、大概の車長はハッチを閉めて砲塔内に潜り込むものだが、彼は頑なに交戦規程を守る傾向があった。

 それを、部下に強要しないので、助かるが。

 戦闘が始まるまで、砲手には仕事が無い。

 だが、テッケンクラート二等兵坊ちゃんのように、あからさまに交戦規程違反の居眠りをするわけもいかず、俺は固い座席で大人しく座り、砲塔の転輪が凍結しないように、たまに細かく旋回ハンドルを回すぐらいしか仕事が無い。

 そうなると、「うるせぇな」としか思わなかった、ペンギンの機銃手バルチュ伍長の馬鹿話しが妙に懐かしい。

 車長席のキューポラから、凍る様な冷たい風が吹き込んでくる。

 俺は、手がかじかまない様に息を吹きかけ、腋の下に挟み込む。

 履帯が地面を噛む音が変わってくる。

 小石を砕く響きが消え、まるで綿の上を走っているかのような感覚だ。

 雪が積もりはじめているのだろう。

 気象予報官は、大雪を予想していた。

 糞ヤーボ(戦闘爆撃機の総称。戦車兵にとって、恐怖の的だった)が飛べなくなるのは歓迎だが、作戦行動に齟齬が生じるのが怖い。

 俺たちは、一回勝負の危ない賭けをしようとしているのだ。

 ビューリンゲンにある、物資集積基地。

 スタボローにある物資集積基地。

 この二か所同時に奇襲攻撃をかけ、ガソリンを奪う。

 それが、今回の作戦『ラインの守り』の嚆矢となる。

 これが失敗すると、作戦継続はほぼ頓挫してしまうだろう。

 馬鹿な作戦だ。

 ちょび髭伍長殿に意見を言う者はいなかったのだろうか?

 まぁ、『敗北主義者』の烙印を押されて、拘束されるのがオチだろうがね。

 敗色が濃くなると、内部統制を強化して内ゲバが増加する。

これが、世の常だ。



 払暁、ケルンに到着する。

この辺りは弾圧されていた左派ゲリラが、連合軍の支援を受けて破壊工作をしている物騒な地点だ。

 まるで日課のように、敵砲兵隊により砲撃が加えられており、ここに暮らす市民の被害も多い。

 この街のシンボル的な存在である『大聖堂』は奇跡的にまだ無事で、爆撃と砲撃に耐える市民や兵士の精神的な支柱になっているそうだ。

 ここを守るのは、国防軍第七十五歩兵連隊と、輸送を担当する第百機械化大隊。

 俺たちは、この第百機械化大隊と共同作戦を張る。

 この部隊からは、機甲部隊ではお馴染のSd Kfz251半装軌車が随伴歩兵とともに提供される。

 輸送担当はオペル・ブリッツ三トントラック。

 これに工兵隊が随伴する。

 ビューリンゲン物資集積基地は、スタボロー物資集積基地と違い建設途中の基地で、露天に野晒でドラム缶の燃料が置いてあるそうだ。

 これらをトラックに積み込み、一気に輸送する作戦。

 彼らの協力は不可欠である。

 俺たち急襲部隊二十名が、第百機械化大隊が提供してくれた掩蔽壕に移動する。

「遠路、ご苦労様です」

 朴訥な田舎の農夫といった容貌の男が、大隊長のハインリッヒ・シュタインベック大尉だった。

 気苦労が絶えないのだろう。疲れ切った顔をしていた。

「今日は、爆撃がないので、比較的マシですな」

 そんなことを言いながら、『ならずもの小隊』小隊長のサボゥ・シェーンバッハ中尉と握手する。

 早朝から砲撃が始まっていたが、ここの守備隊は慣れてしまったのか、身をかがめることすらしない。慣れというよりは、麻痺に近いか。

 履帯の泥や小石を掻き落とし、砲身にグリースを塗る。

 クレーンなどの操作は、機械化大隊の連中が手伝ってくれるので、だいぶ楽だ。

 憂鬱なことに、ここでも『ユーゲント』の姿がある。

 独国が追い詰められている証拠を見せつけられているかのようで、気が滅入る。

 彼らを守るために、俺たちは戦場に立っているのではなかったか?


 俺たちが待機の準備を進めているのを尻目に、サイドカー隊がケルンの街を出てゆく。

 ここの守備隊である国防軍第七十五歩兵連隊の斥候兵が、ドライバーの後部にタンデムしており地形の把握と、偵察に出ていったのだ。

 さすが、『ならずもの小隊』の良心。真面目で優秀なバイク乗りたちだ。しかも、狙撃兵なみの銃の腕なのだから、恐れ入る。

 スタボロー攻撃の部隊と歩調を合わせるために、最低三日はここで待機となる。

 その間に、交戦エリアの地形把握をしておきたいという意図があるのだろう。

 ここケルン基地からビューリンゲンまではおよそ直線距離で八十キロメートルほど。

 中間距離にオペル・ブリッツのトラック隊が隠れ潜む場所を見つけなければならない。

 できれば、ビューリンゲンから四十キロメートル圏内に。

 我々が守備隊を排除したらトラック隊は一気に走り込み、ドラム缶を積めるだけ積んで、逃げる。

 出来れば、二往復以上はしたいところだ。

 中間の隠蔽場所を仮の集積所にして、ピストン輸送する。

 トラックの数がだいぶ爆撃や砲撃で減ってしまったので、こうした手段をとるしかない。

 偵察が今回の作戦の要だ。場所の選定が重要になってくる。

 それを、サイドカー隊の六人は理解しているのだろう。

 この作戦が、実に危うい事も。彼らは、腕っこきのベテランなのだ。


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