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最前線へ

 一九四四年十二月五日、深夜。灯火統制で闇に沈んだベルリンを進発する。

 隠密任務なので、軍楽隊も、更には見送る者とてない出撃だった。

 妙に冷えると思ったら、やはり雪になった。

 幸先がいい。少なくとも今夜、糞ヤーボは遊弋していないはず。

 都会であるベルリンに人の気配がない。

 夜間外出禁止令が出ているのだ。まるで、巨大な廃墟の中を、俺たちは進んでいるかのようだった。

 装填手席で、俯いてテッケンクラート二等兵が眠っていた。

 こいつは、暇があると居眠りをコキやがる。いびきなんぞかきやがったら、ぶん殴って起こしてやるからな。

 無線機のチューニングをしているのは、メリエ伍長だ。露軍の捕虜だったことから、秘密警察ゲシュタポにスパイ容疑をかけられた男だが、無実だった。

 拷問にかけられたことで、恨みに思っているのではないかとパイパー中佐は疑っていたが、今のところその兆候はない。とっつきにくい男ではあるが。

 操縦手のリヒテンシュトーガ上等兵は、大きな負傷から回復したにも関わらず、完全に復帰したように見える。

 懸念がないわけではない。

 俺が砲手席から身を乗り出して肩を叩くと、右肩の場合はすぐに反応するのに、左肩の場合は不意を衝かれたような動きをする。

 無線が故障した際に、蹴ったり叩いたりして操縦手にこっちの意思を伝達する訓練をしたのだが、その時に気が付いた事実だ。

 多分、この男は左目の視力を殆ど失っている。そして、それを隠している。

「黙っていてくれ」

 俺はそう懇願された。操縦手は戦車の守りの要。それを片目に預けるのはリスクがある。

「俺には、もう戦車こいつしかねぇんだ。ここが、俺の家なんだよ。取り上げないでくれ」

 彼の家族は、『ならずもの小隊』の隊長サボゥ・シェーンバッハ中尉同様、全員米軍による無差別爆撃で死んでいる。

 同情したわけではないが、俺は彼の事を誰にも報告しなかった。

 軍隊にしか居場所が無いと言っていた、彼の立場に共感したのかも知れない。

 彼は、目のハンデを経験と勘の良さで補っている。

 手押し車で操縦訓練をしている訓練学校のガキどもなどと比べると、この歴戦のベテランであるリヒテンシュトーガ上等兵の方が何百倍もマシだという判断もあった。

 困ったのは、車長のテルオー・バッカード准尉との間がギクシャクしたままということ。

 手柄の横取りについて、俺は全く気にしていないのに、手柄を盗んだ当人が意識しているのだ。

 まさか、こっちから、

「あんさん、俺から手柄盗んだけど、気にしてないので、大丈夫っすよ」

 ……と、言う訳にもいかず、面倒臭いことになってしまった。

 テルオー准尉殿は、俺と目を合わせることもなくなってしまった。

 まぁ、普通にこの442号車を指揮してくれれば、別に何の不満もないわけだが。

 そんな俺たちを乗せて、暗闇を鋼鉄の使役馬が走る。

 履帯が石畳を噛む震動。

 低いエンジン音。

 計器の淡い光が、まるで夜光虫の様だった。

 廃墟と見まごう街に雪が降る。

 先行する『山猫』の車体が、白く凍てついていた。



 夜が白々と明ける前、俺たちは第一目的地であるミンデンに到着した。

 ここは、既に連合軍との最前線基地の一つだった。

 激しい空爆にさらされていて、市内は瓦礫の山があちこちに出来ている。

 我々に用意された宿舎は、半ば崩れた自動車修理工場だった。

今は稼動していないこの工場には、クレーンなどの施設がまだ残されていることから、戦車兵である我々に駐留している部隊が配慮してくれたのが分かった。

 ここは、砲撃や爆撃で散々叩かれている。

「殴り返してくれ」という、期待の現れなのだろう。

 クレーンを使って、指揮車であるポルシェ・ティーガーを整備する。

 こいつは、すぐにエンジンがいかれる、手間のかかる機体だった。

 今回も、エンジンブロックからの異音とバッテリーの不具合があったらしい。

 頑丈なⅣ号戦車は、酷使してもなかなか壊れない。

 簡単な整備だけで済んだ。扱いやすい良い子だ。

 ポルシェ・ティーガーの砲手ザンク・ブルムガーテン軍曹と一緒に、同機の操縦手ハンス・シュワルツカッツ伍長が黙々と駄々っ子のエンジンを弄っている。

 ブルムガーデン軍曹の顔は、照準器をぶち抜かれた際に、そのガラス片でザクザクに切り裂かれてしまったそうで、傷だらけだ。

 シュワルツカッツ伍長は喧嘩で同僚を刺した事があり、カッとなると何をしでかすか分からない乱暴者だが、どこかの田舎の公立学校の教師みたいな、物静かな顔をしている。

 一見すると、傷だらけの砲手の方が凶悪犯に見えるが、小動物に好かれるタイプの優しい男だった。

 この二人が並んで作業しているのを見ると、人は見かけによらないものだと思う。

「そっち終わったんなら、手伝えディーター」

 そう言って、ブルムガーテン軍曹がスパナを投げてくる。

 俺はそれをキャッチして、彼等の方に近づいて行った。


 再び夜を待つ。

 なけなしの燃料を、このミンデンの守備隊から分けてもらった。

 街の中心を南北にウェーザー川が流れていて、それと交差するようにミッテルランド運河が流れている。

 河川を使った水運の交差点の町であり、爆弾と砲撃で破壊されなければ、こじんまりした工場が並ぶ古い街なみが広がっていたはずだった。

 今は、工場は地下に移され、強制収容されたユダヤ人が労働につかされているという噂だ。

軍需品の生産なので、場所は俺たちの様な下っ端兵隊には知らされていないが。

 ジャガイモとタマネギの塩辛いスープとソーセージと黒パンという、夕食を分けてもらった。

 えっちらおっちらと、我々二十人の食糧を荷車で運んできたのは、『ユーゲント』と呼ばれる、少年志願兵たちだった。

 戦車を見て、目を輝かせている。

「Ⅳ号戦車だ。頼もしいね」

「Ⅱ号L型だぜ、かっこいいなぁ」

「うわっ ポルシェ・ティーガーじゃん! 始めてみた!」

 などと言って、なかなか帰ろうとしない。

「操縦席、座っていいぜ」

 悪童の頭目、アウグスト・グッテンマイヤー伍長が言う。

 『ユーゲント』たちは、山猫によじ登って騒いでいる。

 俺は、塩辛いスープを口に運びながら、その光景を見ていた。

 こんな、ガキも前線で戦うのか……。そう考えると、胸がむかつく。

 メール・レ・バンの基地で、夕焼けの海に向って、誰が一番遠くまで石を投げる事が出来るか競っていたペンギンの少年兵たちのことを思い出す。

 あの、血まみれのノルマンディーから、彼等は一人も帰ってくることが無かった。

 独国の未来を背負うべき、若者たち。

「この戦争に意味はあるのか?」

 そう問いかけてきた、P-09のボーグナイン少尉は、凍ったバレンツ海の底に眠っている。

 アフリカ戦線で生き延びた。

 ペンギンでの戦いでも生き延びた。

 俺の足跡は、死体が積み重なっている。

 そして、俺の手は血まみれだ。

 霧のアルデンヌの森で、俺の旅路は終わるかもしれない。

 その時、何を思うのか?

 居場所を掴む闘いの果てに、何が待つというのか?


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